なんというか……ブラックコーヒーを片手に読むことを推奨かなと?
さて、場所はうって変わって首都惑星ハイネセンより遥か彼方、大マゼラン雲にあるイスカンダルほど遠くはないが(イスカンダルは地球から約16万8千光年)、それでもハイネセンよりイゼルローン要塞の方がずっと近い、ここアスターテ星系の自由惑星同盟軍拠点では……
「やっとというか、ようやくと言うか……姉上の懐妊が明らかになったから、腹が目立つ前に婚儀を行うというのは正直どうかと思わなくはないが、まあケジメを付けぬよりはずっといいか」
そう駆逐艦”イナヅマ”の艦長室で、ホログラム・メールを見ながらつぶやくのは我らが黄金獅子、ラインハルト・ミューゼル大尉である。
今回は話の都合上、一人称ではなく三人称でお送りします。
「あれ? ラインハルト君、何を読んでるの?」
と朝食を運んできたのは、黒髪ポニテがトレードマークの元気娘(ややドジっ娘要素混入)、ご存知”アオバ・アヤ”大尉であった。
確かに駆逐艦に限らず艦長室には、その任務の多忙性ゆえに定時に食事がとれない(あるいは食堂へ行く時間が捻出できない)艦長のために簡易キッチンが付属しているのが通例ではあるが……別にガールフレンドやボーイフレンドに飯を作らせるためにあるのではない。普通、使うのは本人か従兵だ。
というか最近の”イナヅマ”の艦長室は妙に所帯じみた空気感があるような気がする。
「姉上がついに結婚するそうだ。それで休暇をとって戻ってこれないか?とな」
「それは、おめでとうだね♪」
「ダンケ」
素っ気ない返しのようであるが、ラインハルトの頬は微妙に緩んでいる。
”もう一つの記憶”の中の姉の結末が”アレ”なのだ……自分が病で倒れた後、いつまで姉が生きたかはわからないが、とても心から幸せになったとは思えない。
そんな敬愛する姉上が、心から好きな相手と幸せな結婚をするのだ。これで喜ばないラインハルトではない。
勿論この世界に生きる姉が、”もう一つの記憶”の中に生きる姉とは別人なのは百も承知だ。
だが、それを言うなら自分だって”若くして皇帝”になったあの男とは別人。何かの因果で混じり合ったかもしれないが、あくまで意識の中心は『同盟生まれのラインハルト・ミューゼル』だ。間違ってもフォン・ローエングラムなどではない。
(それに今の俺は、ミューゼルという姓をそれなりに気に入ってるんだ)
自分とは別の自分の”確かな
(なら、姉上が無上の幸せをつかむのはむしろ当然だな。何より同盟にはあのふざけた皇帝がいない)
「お姉さんの結婚相手って、たしかヤン少佐だっけ?」
と、アメリカン・ブレックファースト・スタイルの朝食をテーブルに並べるアヤ。
その動きによどみはなく、逆によどみがなさ過ぎてここが軍艦の中だということを一瞬忘れそうになる。
ちなみにアメリカン・ブレックファーストとは、日本のファミレスのモーニング・メニューの定番でトーストなどのパン類とコーヒー(あるいは紅茶)、スクランブルエッグなどの卵料理にソーセージやベーコンなどの軽い肉類、サラダなどで構成される、基本的には簡単なメニューだ。
だが、ここで着目すべきは全てアヤの手作りという点だろう。
「ああ。姉上を幸せにしてくれる相手なら、基本誰でも構わんが……まあ、先輩が
「そっかそっか♪」
どうでもいいが、プライベート・メールを平然とアヤに見せるラインハルトもラインハルトだが、それをためらいなくナチュラルに読むアヤも……いや、最早何も言うまい。
そしてラインハルトは、アヤお手製の朝食……特にマーマレードがたっぷり塗られたトーストをジッと見ながら、
「うむ。どうやら、もうあの珍妙なペーストは姿を消したようだな」
「あ、あんなこともうしないって!」
☆☆☆
実は先日のこと……ラインハルト的にアヤをドジっ娘疑惑ではなく、正式に”ドジっ娘認定”した出来事があった。
休暇で一緒にエル・ファシルに日用品の追加を買い足しに行った際(世間ではそれをデートと言うのだが……)、アヤがマーマレードと間違えてマーマイトを買ってきたのだ。
マーマレードは確かにこの世界線におけるラインハルトの好物の一つだ。
そしてその日、悲劇は起きた……
『随分、茶色いマーマレードだなぁ。匂いも変だけど……エル・ファシルでは、これをマーマレードっていうのかな?』
誤解のないように言っておけば、アヤはマーマイトなんて”食の英国面”のような食べ物がこの世にあることを知らなかった。
まあ、21世紀の地球でも、その存在を知らない人間の方が多数派なのだから無理もない。
一応書いておくと、マーマイトとは『ビールを作った後に沈殿した酵母、ビール版の酒かす』を主原料にした加工食品で、21世紀の地球だと、英国本国とニュージーランドやオーストラリアなど旧英連邦の一部などで好んで食されている。いるのだが……評判から察するに日本人の味覚には、あまり適合しないようである。
加えて、誤解のように言っておくが地域によって好まれる味付けはあるだろうが、同盟ではどこであろうとマーマレードはマーマレードだ。マーマイトをマーマレードとして売っている、食品表示法の真っ向からケンカ売るような地区は同盟に存在しない。
その日、ラインハルトは多忙だった為、アヤはサンドイッチを作り仕事の片手間に食事がとれるように配慮した。
そして、当人であるラインハルトは、
(チョコレートソースのサンドイッチとは、アヤにしては珍しいな……)
事務処理に忙しかったせいもあり、なんの疑いもなく口に入れたのだっ!
嗚呼、なんという事だろう……なんという悲劇だろう。せめて口に入れる前に匂いを嗅ぐ一手間をかければ、あるいはアヤに対する精神防壁がもう少し高ければ、”ソレ”は避けれただろう。
だが、そうはならなかった……
ラインハルトは、口の中いっぱいに広がる塩気と臭気に悶絶しながら、自分が何を摂取したのか自覚したのだ。
脳が味覚を拒否する中……
「マ、ママレード・ボーイがマーマイト・ボーイだったら、話が大幅に変わってしまうだろうが……」
そして、意識を手放した。
☆☆☆
ちなみに宇宙時代に復刻した古典少女漫画”ママレード・ボーイ”は、アンネローゼの幼い頃の愛読書だった。
確かに主人公が「甘くて苦いママレード」でなく「塩辛くて粘っこいマーマイト」だったら、キャラ崩壊では済まない気がする。
「まあ、アヤがドジなのは今に始まったことではないか」
「ひ、ひどい!」
と言いながら、普通に食べているラインハルト君である。
味自体に文句が一つも出ないことを鑑みるに、普通に満足してるらしい。言い方を変えれば、アヤはどうやらラインハルトの味の好みを把握してるっぽい。
「ところでアヤ……」
マーマレードの甘さの余韻をコーヒーで流して一度味覚のリセットをかけ、
「お前はどうする?」
「はえ? 何が?」
するとラインハルトは事もなげに、
「お前も姉上の結婚式に参列するか?と聞いているんだが」
「ふぇっ!? えっ、いいのっ!?」
多分、おそらく、間違いなく……ラインハルトは、自分が口走ってる意味を深くは考えてないだろう。
そう、「家族が祝う姉の結婚式に、親族でない女性を連れていく」という意味を……
「姉上と先輩が連名で、『友達や世話になってる人も誘っていい。いや、むしろ誘え』と言ってるんだ。リンチ中将には別口で招待状を出してるようだしな。まったく……姉上もそんな心配はいらんと言うのに」
「ん? なんのこと?」
「俺がコミュ障を拗らせて、艦隊でボッチになってないかと心配してるんだ。俺のどこに心配する要素がある?」
「わ、わからなくはないかなぁ~とか思っちゃったりして……」
「ん? アヤ、何か言ったか?」
「う、ううん! なんでもないよぉ~♪ と、ところでラインハルト君は、なんでわたしを誘ってくれたのかなぁ~って……」
ちょっと期待を込めた上目遣いのアヤに、
「ん? 大した理由はない。この艦隊で四六時中一緒にいるのはアヤだし、一番親しいのはお前だと思ったから誘ったのだが……迷惑だったか?」
クリティカル!
「う、ううん! そ、そんなことない! そんなことないよ! 誘ってくれてすっごく嬉しいしっ!!」
「うむ。アヤは先輩とほとんど面識ないから少々悩んだが、お前が良いというなら出席で返信しておくぞ?」
「う、うん! ラインハルト君、ありがとう♪」
「こちらこそだ。姉上の幸せを祝ってくれる人間は、多いほうが良いのだろうからな」
結局、ラインハルトは自分が何を言ったのか全く自覚は無いようであるが……まあ、それでこそラインハルトなのだろう。きっと。
ただ一つ言えるのは……既に外堀も内堀も埋め立て工事が終わり、更地になってるような気がするのだ。
読んでいただきありがとうございました。
ラインハルトとアヤの無自覚のイチャつきっぷりはいかがだったでしょうか?(^^
いや、書いてる途中でシュガー・リバース症候群(笑)を起こしそうになりながら、「さっさと付き合っちまえ!」と思わなくもなかったのですが、まあこの世界線のラインハルト君は、鈍感系主人公路線まっしぐらですw
まあ、とりあえずアヤは結婚式に出席するようですが……なんか波乱の予感?(えっ?
まだまだ日常パート(いや、それとも結婚パートか?)は続きそうですが、よろしくお願いします<(_ _)>