「
オペレーターの悲鳴じみた声に、
「チッ! もう来やがったか……」
リンチは舌打ちをし、
「全艦、無事な奴は退避行動の予備動作に入りつつ”
矢継ぎ早に命令を繰り出し、
「信管設定は”時限/外圧/
リンチの命令には少々説明がいるだろう。
”吸着機雷”とは自立機動型の機雷の一種で、読んで字の如く「自ら移動して敵艦に張り付く機雷」のことである。
簡単に言ってしまえば、センサー有効圏内(自立機動時間と一致)にいる敵艦の防護フィールドの隙間(例えば、噴射口後方や側面砲などの発射の為に空いたフィールド間隙など)から入り込んで船体表面に張り付き爆発する、やらしい機雷だ。
現代海戦兵器で言えば”CAPTOR機雷”などに近いかもしれない。
またホーミングに純粋な複合センサー式IFFだけでなく、敵艦の詳細情報を「見た目から判別する」画像認識を優先選別情報としたのは”損傷艦”を選別したいからだろう。
一見すると便利兵器に思える吸着機雷だが、実を言えば欠点も多く実戦での使い勝手はかなり限定的だ。
例えばまともな防空装置を持ってる軍艦なら、かなりの確率で吸着する前に迎撃されてしまうだろう。
機雷本体にはそれなりのステルス処理はされてるが、いざ自立機動を始めれば、噴射炎による赤外線輻射などで捕捉は容易だからだ。
またセンサー半径も自立機動時間も長くはない。単純射程なら対艦ミサイルなどより遥かに短いはずだ。
それもそのはずで、この機雷は本来、敵艦隊/船団予想進路に機雷原を展開し、航路を機雷封鎖で阻害するような使い方をする武器なのだ。
今のリンチのように敵艦隊と肉薄し、血みどろの近接艦隊戦のど真ん中での使用など考慮されていない。
だが、そこを補うキーワードは”損傷艦”である。
機動力が低下し、上手くすれば防護フィールドや対空兵装が使用不可になってる船なら容易に吸着できる。
そしてリンチはすぐに起爆させるつもりはない。
信管で、「時間が来れば爆発する。外そうとすれば爆発する。旗艦の暗号化された超光速通信コードを受信すれば爆発する」と設定したのには理由があった。
(
健全な1000隻が揃っていた状況ではない。
既に100隻以上が沈み、損傷艦多数。傷ついてない船の方が少ないくらいだ。
その状態で200隻以上が葬られ、撃沈艦は400隻に達しようとしていた……
「まさかこの距離でまともに当ててくるとはな……足が殺された船は直ちに乗員を脱出させろ! 船速が落ちた船は損傷軽微でも構わず廃棄! 敵艦沈めるより脱出艇の回収を優先! グズグズするな!」
敵艦隊が第一射を放ったのは、有効射程ギリギリのはずだ。
残念ながら練度においても、リンチ艦隊を上回るのだろう。
(よりによって相手は、精鋭クラスか……)
なら余計に猶予はない。
使える吸着機雷の全弾投射を確認したリンチは、
「動ける奴は全力退避だっ!! ケツまくって逃げっぞ!! 気合入れ直せ!!」
☆☆☆
「ほう……早い判断にいい逃げ足だ」
提督席で思わず感心するロイエンタール。
敵艦隊の戦場離脱の手際の良さは、いっそ手本にしたいレベルだった。
なにせ第一射の命中直後には既に退避行動に移っていたのだ。
(良将というのは勝ち戦よりも負け戦で真価を発揮する、か……)
そう言う意味では敵将は十分に評価に値すると判断できる。
加えて言えば途中までは明らかにリンチの勝ち戦、人間誰しも欲はあるし慢心もするものである。
故に勝ち戦の最中に引く決断をするというのは、心理的にも存外に難しい。
(それを事も無げに俺の前でやってみせるか……)
おかげで二射、三射と続けられた艦隊統制砲撃は、半ば奇襲じみた初撃ほどの効果はあげられていない。
とはいえリンチ艦隊はもはや半減以下にはなってるだろうが……だが、おかげで効果の薄くなった統制砲撃を諦め、強襲的な追撃砲戦に早い段階で切り替えねばならなくなった。
「悪くない将だ。ミッターマイヤー、そうは思わないか?」
更にロイエンタールが気に入ったのは、意外に聞こえるかもしれないが「見捨て方の上手さ」だ。
見たところ、出来る限り乗員は回収したろうが……船足を殺された艦は見事に置いていかれている。
でなければ損傷艦を抱えている状況で、あれほどの速度で撤退は出来ないだろう。
非情に聞こえるかもしれないが、人の命がバーゲンセールになる戦場では、時に非情な判断が出来なければ無駄に死人が増えるだけだ。
「ああ、そうだな先輩。残念なのは帝国軍人じゃないことぐらいだ」
士官学校時代の呼び名と口調に戻ってることにロイエンタールは満足を覚え、
「全艦、最大戦速度を維持しつつコルプト艦隊を迂回、敵艦隊を追撃せよ!!」
☆☆☆
そしてそれは、ロイエンタール艦隊が未だ混乱収まらぬコルプト艦隊を迂回しようとする時に起こった!
『
「なんだと……!?」
非常に珍しいことに、驚きの表情で椅子から立ち上がるロイエンタール。
ミッターマイヤーも思わず唖然としてしまう。
「やられた……」
何しろ、貴族艦隊の中でレーザー水爆と思わしき爆発が立て続けに起きたのだから。
1発1発の威力はさほど宇宙空間用の兵器としては大きなものではないが、数が数だ。
恐らく逃げ損ねた味方も爆発に巻き込まれたろう。卑怯卑劣の謗りを受けてもおかしくはないが……
だが、不思議なことにロイエンタールの顔には怒りはない。いや、それどころか笑みすら浮かんでいた。
「クックック……やってくれるではないか」
ロイエンタールは理解していた。
敵が仕掛けた”置き土産”は、断じてロイエンタール艦隊を攻撃するものではない。
傷ついた貴族艦隊に”ロイエンタールの
帝国の権力構造上、いくらロイエンタール……マールバッハ伯爵でも、露骨に「眼前で敵に致命的な打撃を喰らった貴族艦隊」を見捨てるのは、流石に憚られる。
置き去りにされた味方の数と、このブービー・トラップを発動させて生き残れる味方の数を冷静に天秤にかけ、それを見越した上での攻撃だろうが……
「練度の低い船から200隻この場に残り、生存者を救助せよ」
だが、リンチにも誤算はあった。
並みの貴族や同門閥、あるいはブラウンシュバイク閥に取り入りたい者が指揮する艦隊であれば、確かに効果は抜群だったろう。
もしかしたら点数を稼ぎたいために艦隊全力で救助に当たったかもしれない。
だが、相手が悪すぎた。
率いてるのはロイエンタール……食傷気味になるほど重い母の愛を受けても変わらぬ戦闘向きの気質の持ち主だ。
別にブラウンシュバイク閥の評価など塵ほども気にしないというわけじゃない。
面と向かって非道と非難されない程度の”恩と貸し”を施し保身に手を抜かず、なお可能な限り「戦争を楽しむ」のがロイエンタールという漢だった。
腹芸の一つもできないものが生き残れるほど、帝国貴族は甘くない。
「残りは追撃砲戦を続行! 全艦、我に続け!!」
200隻が抜けたことで圧力は当然弱まるだろうし、また分派した以上はいくらか足踏みはあっただろう。
だが、それがどうということもないと言い切れるのが、ロイエンタールの恐ろしさだ。
リンチたちの命がけの鬼ごっこは、まだ終わってはいないようだった……
これにて数話に渡った、後に”エル・ファシル沖会戦”と呼ばれる戦いの大半は終わりを向かえました(^^
次回からはプロローグのエピローグっぽくなる予定です。
果たしてリンチ提督の運命は……