金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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第013話:”かくて小さな戦いは終わりぬ”

 

 

 

さて、視点は熱く激しい戦場からその反対方向……今度はエル・ファシルより離れた宇宙(ソラ)に移してみよう。

 

 

 

「綱渡りだったが……上手くいったようだな? 先輩」

 

「ああ。何とかなって、正直ホッとしてるよ」

 

ラインハルトの言葉にヤンはベレー帽を人差指でくるくる回しながら軍人としては率直過ぎる感想を述べるヤン。

 

本来なら作動させるべき探知阻害(ジャミング)装置を切ることにより隕石群に擬態したヤンとラインハルト、そして民間人300万人以上を乗せた船団は、無事に帝国軍の哨戒網を抜けることに成功した。

 

ただ、受信(パッシブ)オンリーにした超光速通信越しに断片的に入ってくる音声通信は、戦場がひどい混乱状態に陥ってることを示すものばかり……

無論、通信機どころか全てのアクティブ・センサーを切った隠密無音航行(サイレント・ラン)のど真ん中では、こちらから連絡を取れるはずもない。

だが……

 

「中尉! 付近にワープアウト反応多数! 百を超えます!!」

 

「チッ! このタイミングで……」

 

舌を打ち鳴らすラインハルトだったが、

 

「いや、このタイミングと場所だったらきっと……」

 

 

 

「敵味方識別装置、反応”味方(グリーン)”! 艦船データベース照合! エル・ファシル駐留艦隊旗艦”シャイアン”を確認!!」

 

”わっ!!”

 

ブリッジで一斉に歓声が上がった!!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ボロボロじゃねぇか……」

 

オペレーターの一人がワープアウトしてきた200隻を割り込む船を見て、呻くように呟いた。

それはリンチ艦隊の現状を端的に表していた。

 

「極短距離指向性通信、入ります」

 

「つなげてくれ」

 

 

 

『よお、中尉。そちらは無事に脱出できたようで何よりだ』

 

ヤンは提督席から立ち上がると珍しくも綺麗な敬礼で、

 

「はっ! 少将の艦隊は無事とは言えないようですが……」

 

『ああ。派手に沈められちまったな。航行可能なのは187隻……どこを見ても損傷艦ばかりさ。だが……』

 

だがリンチは悪人面をニヤリと歪ませ、

 

『敵艦隊は振り切った! 脱出作戦は成功だぜ!!』

 

「少将閣下、お見事でした!」

 

サムズアップするリンチに再敬礼で微笑むヤン。

意外なことに、ヤンもテンションは上がってるらしい。

 

『ははっ! ありがとよ』

 

リンチは胸を張り、

 

『エル・ファシル駐留艦隊残存187隻、これよりエル・ファシル臨時脱出船団の護衛任務につく!』

 

「はっ! 臨時船団長ヤン・ウェンリー中尉、これよりリンチ少将の麾下に入ります」

 

 

 

 

それから28時間後、エル・ファシルへと急行していた第12艦隊と無事に合流を果たす。

中破以上の判定で、そのままの航行は危険と判断された7隻がその場での破棄が決定され、第12艦隊より10隻の駆逐艦を融通されたリンチ残存艦隊とエル・ファシル脱出船団は、統合作戦本部よりそのままバーラト星系へ向かうように指示されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自由惑星同盟名称「エル・ファシル脱出戦」、銀河帝国名称「エル・ファシル沖会戦」……

この宇宙暦788年/帝国暦479年に起こったエル・ファシル星系を部隊とした戦いは、同盟/帝国双方が勝利を主張し、後世の歴史家から双方が正しいと認められた珍しい戦いとなった。

 

つまり脱出戦と捉えるなら「2.5倍の敵に攻められながらも600隻近くを撃沈ないし航行不能/修理不可にし、民間人全員脱出を成功させ戦略目的を達成」とする同盟が正しく、純戦術的局地艦隊戦と捉えるなら「貴族艦隊の過半数は失われたが、正規軍の損失0で800隻以上を撃沈」せしめた帝国の主張が正しいということになる。

 

貴族艦隊に痛打を与えながら脱出作戦を成功させた同盟に、撃沈数で上回りなおかつ正規艦隊はノーダメージだった帝国……どちらかのみを勝者とするなら判定の難しいこの戦いではあるが、敗者が誰であるかを絞るのは容易い。

 

そう、貴族艦隊である。

コルプト少将をはじめ、参加した(マンハントに参加しようとしていた)多くの貴族が戦死していた。

 

 

 

『貴殿には感謝すべきだろうな。マールバッハ伯爵』

 

「感謝ですか……”貸し”だと思ってよろしいので?」

 

マールバッハ伯爵……ロイエンタールは、通信機越しに映る”ブラウンシュバイク公爵”に貴族らしいと評される笑みを浮かべ、

 

『貴殿が望むなら”借り”にしておこう』

 

ブラウンシュバイクが「ブラウンシュバイク閥のコルプトを半ば見殺し」にしたのにも関わらず、ブラウンシュバイクが礼を言うのは奇妙に感じるかもしれない。

 

だが、ブラウンシュバイクはロイエンタールに対し、「貴族にしては珍しいほどの善意」を感じていた。

どういうことか?

 

無論、この話題の焦点はコルプトの「貴族が全てにおいて優先される」である。

全ての中には勿論、弁明の使用もないほど「皇帝よりも」が含まれると解釈できた。

それを踏まえて、ブラウンシュバイク公にとって最悪な状況とはなんだろうか?

 

”コルプトが生き残り、爵位を継いでブラウンシュバイク閥のコルプト子爵となった後に、今回の通信内容が「ブラウンシュバイク公を除く重鎮」にのみ送信される”

 

ということだろう。

もし、そんなことになればコルプト一門を門閥から追放する程度じゃすまなくなるのは当然だ。

 

だが、ロイエンタールの判断と報告により結局は、なんら表沙汰になることもなく「死人を裁く法はなし」という形で落ち着くだろう。

コルプトの弟が子爵位を継ぐのにも支障はない筈だ。

 

 

 

「ブラウンシュバイク公、”()()コルプト子爵”には今回の事情説明、”裏事情と自ら得た継承権(りえき)”コミでお願いします。逆恨みされるのも面倒なので」

 

『わかっている。表向きは貴殿を”嫌ってる素振り”をさせるが。彼にも立ち位置があるのでね』

 

「それでかまいませんよ。私としても表立って馴れ合うつもりはない。ただ、”門閥外に友好的な勢力がいる”という意味を理解してもらえればいい」

 

するとブラウンシュバイクはフッと笑い、

 

『つくづく君を我が門閥に欲しいな。知ってると思うが私にはエリザベートという娘がいてね』

 

「社交界デビューのエスコートなら僭越ながら引き受けましょう。ただし婚約は母を通してください」

 

『君の母上か……これはまた手強い』

 

 

 

 

 

 

後日、「コルプト少将の弔いを戦場で成し遂げ、貴族の名誉を守った」と意味深長に評され少将へと昇進したロイエンタールの元には、最新鋭の旗艦級大型戦艦”ヴィルヘルミナ”級の1隻が届くことになる。

彼が貴族らしく私的に購入したとされたが……その真相は、言わぬが花であろう。

 

ただ、後に「女神の名の方が興が乗る」とロイエンタール自によりで”フレイヤ”と大して考えもなく名づけられることになるこの船は、同級でミュッケンベルガー座乗の”ヴィルヘルミナ”と対のように名を馳せる事になる。

 

蛇足ながらフレイヤ、女性の美徳と悪徳を全て内包した故に美しく、自由と放埓を愛し欲望のまま行動することを是とし性的にも奔放……という伝承が残る中々に困った女神のようだ。

ただ、誤解のないように言っておくが……ロイエンタール自身は”別の世界線”とは打って変わり、女性関係が派手ではない。

母の教育の賜物か、それとも爵位持ち貴族の立ち位置故か?

『女は何かと注意すべし』と言わんばかりに端麗な見た目とは裏腹に、かなり身持ちが固い。

 

それが性的な意味でも倒錯し堕落した男貴族に見慣れた貴族の婦女子達には「清廉で潔白なお人柄」と映るらしく、ロイエンタールが「帝国貴族一のモテ男」となる一因となっているのは実に皮肉であろう。

 

もしかしたらロイエンタールにしてみれば「貴族の尻拭いをしたら、門閥の元締めから戦艦を贈呈された」以上の意味はないかもしれない。

例えば勝利というものは、彼の存外に長い人生の中では割とありふれた事柄であるのだから。

 

少なくとも彼がこの戦いの中で印象に残った同盟将校は、”エル・ファシル艦隊を率いて劣勢ながら善戦した男”であり、その裏で活躍した二人の尉官の名を知るのは、ずっと後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




800隻以上を沈められながらも、なんとかリンチ提督は生き残れたようです(^^

艦数は同じでも原作より船の質もよく、練度が高かったことが原因でしょうか?
はたまたリンチ提督がロック親父だったことが原因だったりして(^^

ともかく残り1話でプロローグは終わり、原作と異なる顛末を迎えたエル・ファシル組は……



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