バーラト星系、主星ハイネセン……
自由惑星同盟全体の首都ともいえる星である。
そしてそこに降り立ったリンチ少将、それにヤンとラインハルトはまるで星その物が鳴動したかのような、集まった民衆の喝采と歓喜の声によって迎えられた。
無論、主役は2.5倍の敵と戦い1000隻の艦隊を200隻以下まで減らされなお奮闘し、貴族を叩きのめし命がけで民を守ったリンチである。
”闘将リンチ”
”アーサー・ザ・ウォリアー”
早速、リンチの勇戦を称える横断幕が熱狂的に帰還を歓迎する市民達の間に見える。
無論、これらの勇ましすぎる二つ名は帰還前にマスコミが率先して流し、これ幸いと裏にいる政府や軍上層部がプロパガンダに用いたものだ。
だが、リンチは存外に
後々のデメリットを考え自分独りだけ悪目立ちするのはよしとせず……
「愛すべき同盟市民諸君! 確かに私は勇戦した。志半ばで散っていった同胞達は、賞賛されてなお余りある……だが、忘れてはならぬ!! 戦ったのは私の艦隊だけではないのだということを!!」
演説の最中、同じ壇上にいたヤンとラインハルトを呼び寄せると肩を組み、
「我々が戦っただけでは300万を超える市民全員の脱出は叶わなかったろう! だから私は告げねばならん! 我々が敵を引き付けてる間、市民を率いて智謀の限りを尽くし戦場から脱出させた若き勇者、ヤン・ウェンリー中尉とラインハルト・ミューゼル少尉の存在を!!」
さっそく自分以外にも的を増やすことにしたようだ。
「努々忘れてはならぬ! 敵を倒すのは必然に過ぎぬ!! 同盟軍の本質とは市民軍であり、その真骨頂とは同盟市民の守護者たらんということを!! まさにこの二人の若者が成し遂げた偉業こそ、同盟軍のあるべき姿であることを!!」
そして一気呵成に持ち上げる。
見事な奇襲を喰らいきょとんとして反応が追いつかないヤンに、半ば諦めたように小さくため息をつくラインハルト……若いラインハルトの方が余裕があるのは、やはり”皇帝として生きた記憶”が混入しているせいだろうか?
「私はここに宣言する! 私の、いや同盟軍が誇る理念は! 理想は! 確かに次の世代に、未来に受け継がれたと!!」
そして高らかに、
「自由に誉れあれ!
☆☆☆
「や、やられた……」
なにやらげっそりした雰囲気を漂わせながら、ヤンはぼやいた。
所詮はただの中尉、せいぜい裏方の一人として終わるかと思ったのだが……
「シャトル降りてすぐに、勝ってもないのに戦勝式典なんぞに引っ張り出された時から嫌な予感はしたんだよ」
リンチ少将曰く、「とりあえず座ってりゃあいい。給料分だと思えば腹もたたねぇだろ?」とラインハルト共々その言葉に従ってみれば、あれよあれよと言う間に壇上に引っ張り出されてインスタント・ヒーローの仲間入りだ。
「先輩、今更だろ?」
とは既に達観の域に達していたラインハルトの弁。
「どうやらリンチ提督には、前もって式典の連絡は入っていたようだったからな……確かに俺たちみたいな下っ端が、舞台に上げられたあたりで妙だとは思ったが、おそらく最初から軍首脳部了承の上での仕込みだったのだろう。即興にしては演説の進行が巧みすぎる」
リンチに言わせれば、「しょぼくれたオッサンだけがヒーローじゃ華がない。お前さん達を持ち上げるのは、そっちの方が映えるからさ」とのこと。
同盟軍のブルゾンをまるで軍広報モデルのように着こなすラインハルトはまんまあの容姿だから納得も出来ようが、ヤンも実は「軍人らしからぬ優しげな雰囲気」が時代にマッチしたのか意外と受けがいいらしい。
(まったく食えないオッサンだ……まあ、必ずしも同一人物とは言えないが、酒浸りの自堕落でも同盟でクーデターのトリガーになれる人材だったのだから食えないのも当然か)
と、最近客観的に消化しつつある”皇帝として生きた記憶”の中の情報と重ね合わせ、奇妙な笑みが零れそうになった。
「とりあえずここは前向きに考えないか? ある程度、名が売れるのは必ずしもデメリットばかりではあるまい?」
「やれやれ。わが後輩ながら建設的なことで。私としては可もなく不可もなく波風立てずに軍人生活をすごし、あわよくば後方勤務について、早期退役の後に憧れの恩給生活と洒落込みたいね」
平常運転と言えば平常運転のヤンに、ラインハルトはあきれたように、
「先輩、知らないのか? そういうのを”
……今生のラインハルト様は、好き嫌いは別にして割りとサブカルの話ができそうな気がする。
きっと学友の影響に違いない。伊達と酔狂の方か、理屈屋パイロットの方かは不明だが。
☆☆☆
などと相変わらずな話を展開しながら、二人は帰還兵を今か今かと待ち受ける出迎えの家族が待つ広場へと足を進めていた。
そして、
「ラインハルト!」
「姉上!」
ひっしと生還の喜びを抱き合うことで表す姉と弟……
ヤンの脳裏には”シスコン”という単語が浮かんだが、それを音声化するほど愚かではない。
実際、微笑ましい光景だと思ったのも事実だし。
まあ、天涯孤独の身の上としては余計にそう感じるのかもしれないが。
「どうしたのラインハルト? ”姉上”だなんてかしこまった言い方して? いつもみたいに”姉さん”でいいのよ?」
「あっ、いえ私も少し大人になったというか……ああっ、そうだ。今回の戦いで色々経験したので、それなりに思うところがあったんですよ」
まさか『別の人生を経験した俺の記憶が混じったおかげでキャラがブレたんです』と言う訳にはいかず、かなり苦しい言い訳だ。とってつけた感が半端じゃないが……
「う~ん……そうなんだ? でも、お姉ちゃんちょっと寂しいかな? ラインハルト、あんまり一人で大人にならないでね」
ちょこんと小首をかしげるアンネローゼ、実はちょっと天然か?
「うっ……」
姉のまっすぐな瞳にタジタジのラインハルト……銀河最強の黄金の獅子も、どうやら可憐な花の前には形無しのようである。
(さて、せっかくの家族再会。誰かと会うアテもない邪魔者はさっさと去るとしますか……)
士官クラブで帰還祝いに少しは上等のブランデーを一杯引っ掛けて帰ろうかと思いながら、背中を向けるヤンだったが……
「お待ちください!」
彼女にしては珍しい大声で呼び止められ、
”きゅ”
「えっ?」
袖をチョコンと掴まれた。
反射的に振り向いた先にいたのは、もちろんアンネローゼ・ミューゼルで……
(綺麗な娘だなぁ……)
正面から見ると改めてそう思う。
もっともアンネローゼは内心、かなり焦っていたりする。
(ど、どうしましょう……)
実は彼女、ヤンが去ろうとしたのを見て反射的に行動してしまっていた。
つまり考えての行動ではなく、
(そ、そうよ。まずはラインハルトを助けてもらったお礼を言わないと!)
「あ、あの、弟を助けていただいてありがとうございました!」
するとヤン、お決まりのちょっと困ったように髪を掻く仕草で、
「いえ。後輩、ああミューゼル少尉に助けてもらったのはむしろ私の方でして。彼は既に私が道端に落としてしまった勤勉さと実直さを兼ね備えた、私には勿体無いぐらいの優秀な後輩ですよ」
タハハと苦笑するヤン。
実はこれ謙遜とかではなく結構、ガチだったりする。
ヤンの名誉のために言っておくが、ヤンが仕事をしなかったのではなくラインハルトがヤン以上のペースで仕事をこなしてしまっただけである。
”きゅん♪”
だが、世の中何が幸い(?)するかわかったものではない。
ヤンの他意のない、少年のような笑顔にハートを鷲づかみにされた女性が一人……
”きゅ”
「はえっ?」
不意に手を包むように握られ、どう反応していいかわからなくなったヤン中尉。
そんな大尉昇進確定リーチの整った顔立ちだが冴えない印象の青年に、アンネローゼは、
「あの……」
「えっと……はい」
彼女は真顔で、
「その、一目惚れしました! 結婚を前提に私と付き合ってくださいませんか?」
”姉上ぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!!?”
祝賀ムード溢れる会場にラインハルトの絶叫が響き渡ったのは、歴史の必然だったのだろう。
こうして変遷し改竄された銀河の歴史のページがまた一枚……
Ende
いや~、最後に書けましたラインハルト様の絶叫!(挨拶
実はずっと”姉上ぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!!?”を書きたかった(笑
ちなみにサブタイの元ネタはパーシー・スレッジ、もしくはマイケル・ボルトンの名曲、”
スローバラードのいい曲ですよ♪
CMにも使われたことがあるので、もしかしたら聞いたことあるかも?
サブタイの”