果たして、ケーフィンヒラーの運命は……?
エコニア捕虜収容所に来た直後……馬鹿騒ぎに巻き込まれる前、俺は40年も収監され一種の牢名主のような立ち位置にいたクリストフ・フォン・ケーフェンヒラー元帝国軍大佐の下を訪れていた。
正確には入り浸っていたというほうが適切だろう。
別におしゃべりに花を咲かせるためじゃない。ただ、この男……第二次ティアマト会戦でコーゼル大将の艦隊において情報参謀を務め、あの戦いで捕虜になって以来、牢の中でひたすら研鑽を重ねた歴史的洞察に興味があったからだ。
正確には、その能力を確認したいってところか?
職務怠慢も甚だしいが、この任官が過熱気味のマスコミから俺を遠ざけるための一種の休暇配置だということは事前に知らされていたわけだし、怠惰といわれる筋合いはない。
それに赴任の建前は”ブルース・アッシュビーが謀殺された”という内容の調査だ。言い方を変えれば、俺は職務を忠実に行っているな。
そしてある程度、ケーフェンヒラーがまとめていた資料を読み終えると、
「つまり、こういうことであろう?」
俺はもう一つの人生を生きた記憶も手繰り寄せながら、
「”ミヒャールゼン提督の暗殺”、”ジークマイスターの亡命”そして”ブルース・アッシュビーの軍事的成功”……繋がるはずのない三つの事象が全て一本の線で繋がっていると」
そう俺は切り出した。
「ほう……面白いことを言い出すな? ボウズ、お前は何を見て、何を読んでそう結論付けた?」
どうやら俺はケーフェンヒラーの興味を引く事には成功したようだ。
ボウズ呼ばわりされても特に腹もたたんから不思議なものだ。
おそらくは目の前のこの男に、確かに俺をボウズ呼ばわりできるほどの風格……老木の年輪のようなそれを感じさせるからだろう。
「参考にしたのは貴官が集め、まとめた資料だ。付け加えるなら、俺の先輩はたいそう歴史好きでな。特に歴史ミステリーだの歴史上の謎解きだのに目が無い。俺も少なからず影響を受けてるのさ」
完全な嘘という訳ではないぞ?
答え合わせをしようか。
無論、俺はこの場にある資料だけで推論を完成させたわけじゃない。
というよりむしろ、俺は最初から”知っていた”のだ。
何を?
自由惑星同盟軍上層の命により25年間の封印指定がなされたB級機密事項、通称”ケーフェンヒラー文書”を、だ。
☆☆☆
もう一つの人生において、俺は今と違う意味で先輩、いや”ヤン・ウェンリー”なる人物をよほど気にかけていたらしい。
俗っぽい言い方をすれば、”宿命の
実際、一度も勝てなかったようだしな。
姉上はいともあっさり勝ってしまったが……
いや、断じて俺が姉上に劣るという意味ではないぞ?
世の中には相性というものがあってだな……
まあ、それはよい。
だから同盟を瓦解させた後(今の俺にはひどく違和感がある言い回しだが……)、ロイエンタールが接収した資料の中に”それ”はあったのだ。
若き日のヤン・ウェンリーがまとめた資料というだけで十分に興味引かれたが、それが四半世紀もの間封印が必要とされた機密文章ともなれば、俺が即時送るよう命じたのも無理はあるまい?
”ケーフェンヒラー文書”
これを読み終えたときの俺の率直な感想は、
『どうりで25年封印されるわけだ。書かれた時から四半世紀の時が経てば、当時の関係者は全員ヴァルハラへと旅立ってるだろうからな』
端的に言えば、ヤン・ウェンリーがまとめたそれは”歴史の暗部”に他ならない。
始まりはおそらく、マルティン・オットー・フォン・ジークマイスター大将かそれに近しい人物が帝国内に立ち上げた、ゴールデンバウム王朝あるいは貴族政治打倒を目指した地下組織だ。
だが地下活動を続けるうちに独力での帝国の変革あるいは革命は不可能と判断した。
妥当な判断だろう。俺が生きただろう時代と違い、当時のゴールデンバウムはそんなに衰えた国家ではない。
そこでジークマイスターは考えた。”自由惑星同盟”を僭称する敵対勢力の手を借りようと。
つまり敵の敵は味方と言う発想だ。
そこでジークマイスターは自分の地下組織を後任のクリストフ・フォン・ミヒャールゼン中将に預け、自分は同盟に亡命しおそらくはブルース・アッシュビー、あるいは彼を含む何らかの同盟組織と接触をもった。
つまりアッシュビーの驚異的な戦果は、ミヒャールゼンが帝国で集めた情報をジークマイスターが伝えたうえではじめて成り立つもの……ということだ。
だが当初はうまく機能したWin-Winの関係も、アッシュビーの戦死で破綻する。
そして帝国ではミヒャールゼンが粛清され、”幻の革命”は幻のまま歴史の狭間に消えた……
「俺の推測はこんなところだ。素人の推測だから穴だらけかもしれんが」
とはいえ先輩……ではなくヤン・ウェンリーのレポートだ。的外れと言うことはないだろう。
あの先輩、首から上は俺から言わせても化け物だからな。
たまに人類のカテゴリーに入れていいか疑いたくなる。
「補足するなら貴官がミヒャールゼンと、帝国内で地下組織の摘発を行っていたとおぼしきコーゼルに仕えてたというのも論拠になるかな?」
「ははっ」
その時のケーフェンヒラーの笑みはひどく乾いていた。
「ボウズ……仮にそれが正解だったとして、お前はどうするつもりだ? いや、どうしたい?」
面白い聞き方をするな。
だが、その前に伝えなければならない事がある。
「ケーフェンヒラー……俺が今言ったままのことを報告書に書けば、」
俺は一度言葉を切り、
「確実に消されるぞ?」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「パトリチェフ、おそらく今回の騒動を片付けた功績……という口実で、おそらくケーフェンヒラーは釈放となる。なんだったら恩給とかもつくかもな?」
「……そうかもしれませんな」
おいおい、推定情報将校。表情が微妙にこわばってるぞ?
「ところで、釈放されたケーフェンヒラーが公式に同盟へ亡命するという話は聞いているか?」
「はっ……?」
そりゃ聞いてないだろうな。
「俺がそうするよう説得した。ついでに言えば作家としてデビューすることも了承済みだ。あの爺様には文才があるし、幸い俺……ではなく父のツテだが、出版業界にコネもある。おそらくトントン拍子に話は進むだろうさ」
「一体何を言って……」
「デビュー作は、第二次ティアマトの裏で繰り広げられる手に汗握るスパイゲームが題材だ。帝国に潜入した同盟諜報員ジャック・スチュアートと帝国情報部の対決が骨子となる」
「そ、それはどういう……?」
「まだわからんか?」
そこまで混乱する言い回しはしてない筈だが?
「爺様が半生賭けて突き止めた”
パトリチェフは更に困惑する。
ここいらが攻めどころか?
「あれはただ、歴史小説の執筆が趣味の爺さんにすぎん。俺はそのような内容を報告書に記すつもりでな」
「それに口裏を合わせろ……と?」
俺は無言をもって肯定とする。
「だから、お前さんが用意した”
ヤン・ウェンリーのレポートを読んだ俺は、その後の顛末も知っている……
ケーフェンヒラーは出所と新年の祝杯、アルンハイム印ハドリアン・ビールを呷った後、”
最後、ラインハルト様がパトリチェフをやんわりと脅したでござる(挨拶
今回もラインハルト視点でしたが、いかがだったでしょう?
このシリーズでは、”推定
つまりこの世界では、原作のような”ケーフィンヒラー文書”が書かれる事はなさそうです。
その代わり、元帝国軍大佐という経歴を持つ年嵩の新人小説家が生まれそうですが(笑