金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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話は唐突にちょっと前に戻ったり……?




第037話:”凱旋の舞台裏 ~英雄の作り方~”

 

 

 

「はあ? 今度は唐突に物騒な話になったもんだね?」

 

あまり遠まわしになってない言い方で、ヤンはアシュリー・トリューニヒトに「どうせ愛人になるなら、ラインハルトなんかどうだい? 私より明らかに優良物件だよ」と進めてみたが、あっさり「No」と返されて、その理由と言うのが……

 

『だってワタシ、まだ嫉妬に狂った女()に串刺しにされたくないもの』

 

だった。

 

「ヤンだけでなく、ラインハルト君……でいいのよね?」

 

ととりあえずアンネローゼに確認を取るあたり、やはり政治家は抜け目なし。

どうやら、両親を除くこの家のパワーバランスを既に把握してるようだった。

アンネローゼがにこやかに頷くのを確認してから、

 

「とにかく、リンチ中将はともかくアナタ達二人は、今軍でどう扱われてるかわかってないでしょ?」

 

「? どういう意味だい?」

 

「ホント、無頓着なのね……仕方ないわね。ヤンの言うとおり、少なくとも容姿ではラインハルト君の方が勝るわね」

 

アンネローゼが”そうかしら?”と言いたげに小首を傾げるが、

 

「アンネローゼ、あくまで一般論だから。この際、貴女やワタシの主観はおいておくわ」

 

コホンと咳払いしてから、

 

「まず、これは先に言っておくわね? ズバリ! ”美形は金になる”のよ!!」

 

 

 

「きっと、最近の軍広報部の”ラインハルト様推し”の状況とそれにいたる理由を知ったら、本人卒倒しかねないわね?」

 

そう切り出したアシュリーが語るには……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

元々、マスメディアからは”エル・ファシルの英雄トリオ”の情報提供欲求が激しかったらしい。

 

ブルース・アッシュビーや730年マフィアの例を出すまでもなく150年間も戦争が断続的に続く国家であれば、軍人がヒーローとして祭り上げられるのは自然だろう。

勝てる軍人なら、容姿に疑問符がつくような人物でも、相応に祭り上げられてしまう。

 

そんな折、馬鹿の代名詞たる帝国貴族がマンハント目的にエル・ファシルを侵犯するという大事件(スクープ)が起きたのだ。

 

当初、マスコミはエル・ファシルの被害が確定した時点で、軍と政府の無能を激しく糾弾しようと構えていた。

どういうことか?

実は、”銀河英雄伝説 星図”などをグーグル先生などに打ち込んで画像検索をし、星々の位置関係を見てもらえればわかるのだが……

 

エル・ファシルと言うのは確かにイゼルローン回廊の同盟側出口間近にあるのだが、敵拠点であるイゼルローン要塞からエル・ファシルまでの航路にアルトミュールにヴァンフリート&アルレスハイム、会戦で名高いティアマトやダゴン、そしてアスターテなど多くの星域があり、そこで同盟側も哨戒網を張り、定期的にパトロールを行っていた”はず”なのだ。

 

だが、貴族艦隊もその後を追いかけてきたイゼルローン要塞の直援艦隊であるマールバッハ艦隊も、まんまとその哨戒網をすり抜け、エル・ファシルに至っているのだ。

 

後日の調査でわかったことなのだが……これが可能となったのは偶然じゃなかった。

理由はなんともお粗末で、最近目に見える大きな戦いがなかったせいか、このいわゆる”国境パトロール”は完全にルーチンワーク化しており、艦隊が定期巡回するタイミングがわかれば、それをすり抜けることは簡単だったのだ。

 

実際、今回の襲撃は小勢ではあったが……その”哨戒の穴”を加味した軍部が極秘に行ったシミュレーションによれば、”最大()()()()()()3()()()()(あるいは5万隻)までなら哨戒網を潜り抜け、エル・ファシルに到達可能”という恐ろしい結果がでたのだ。

 

その根本にあったのは、”回廊での戦いがせいぜいで、帝国軍が有人惑星がある同盟領まで攻め込んでこないだろう”というあまりに楽観的でお粗末な先入観だったのだから始末に負えない。

 

 

 

流石にこの冷や汗どころか滝汗&顔面蒼白のレポートは外部には公表されなかったが、同盟軍部はその状況を重く見てイゼルローン方面の警備強化と抜本的な見直しを余儀なくされた。

 

実は第032話でラインハルトが駆逐艦”イナズマ(なのです!)”に乗っかってイゼルローン方面に旅立ったのも、その”イゼルローン方面警備強化計画”の一環なのであった。

きっと今頃は楽しそうに帝国艦を沈めてるに違いない。それが新たな英雄伝承のエピソード(ヒロイック・ファンタジー)となるのも知らずに……

 

 

 

さて、話を元に戻すと……

エル・ファシルの急襲事件は、明確な哨戒網の穴があるのに気づけなかった軍部と、その責任を負うはずの政府のこの上なく明確な失態だった。

 

マスコミも被害が明らかになった時に備え、一斉に叩く準備をしていたが……思い切り潮目が変わった。

 

そう、リンチ提督が艦隊レベルで満身創痍になりながらも貴族艦隊を返り討ちにし、ヤンとラインハルトがまんまとその隙を突いて民間人の悉くを脱出させてしまったのだ。

 

自らの失態をよーく自覚していた軍上層部も最高評議会も、この結果を小躍りして喜んだ。

なにせ、自分たちの失態を英雄譚で上書きできるのだ。

それこそ、『こんなチャンス、滅多にないんだからネ☆』という状況だ。

 

そして軍政の上役たちはこの”()()”を失態を糊塗するために必要以上に盛り上げ、政府を叩こうとしていたマスコミも『乗らなきゃこのビッグウェーブへ!!』とばかりに掌を返して政府の”英雄譚キャンペーン”に相乗りした。

 

もちろん、打算はある。

マスコミにとっても、政府を叩くより英雄譚を喧伝するほうが色々と”旨味”があるのだ。

マスコミは民衆を扇動もするが、同時に大衆に迎合する。そういう意味では、民主主義の政治家とマスコミはよく似てると言えるだろう。

つまり、「大衆受けする……大衆が望む情報を提供しないと、メディアを問わない購読者数/視聴数が激減し直接収入が断たれ、広告収入も同じく激減し死活問題」となるのだ。

誰も読まないニュース・メディアに価値はなく、そこに広告を出す企業もいない。

 

 

 

皮肉に聞こえるかもしれないが、「それなりに戦争経済を上手く回し、大衆が特に重税にあえぐ事もない。そして大きな負けもない」同盟政府や軍の人気や信頼度は、少なくともこの時代は高いのだ。

とにかく「政府と軍を叩くことにしか存在意義を見出せない」反動的左派勢力や、どんな政治にも満足できずとりあえず不平不満を国家にぶつけることしか出来ないアナーキシスト、あるいは”()()()()()()()()()”の持ち主、帝国の工作員などなどを除く、良識ある多数派市民にとり、政府や軍を糾弾し間違いを正す程度ならともかく、必要以上に政府や軍を叩くのは好ましくは思わない。

例えば、同盟総人口240億人に対し、同盟軍の正規軍人(軍属を除く)は1億人超。つまり計算上は240人に1人は軍人であり、本人や家族や友人もまた同盟市民なのだ。

 

 

 

第014話で語られた”同盟市民による熱狂的な凱旋の出迎え”には、このような舞台裏があったのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「とまあ、こんな事情があったんだけど……」

 

軍の機密情報を、夕飯のレシピ並みの手軽さで入手できるアシュリーの政治力には驚嘆、あるいは末恐ろしいものを感じるが……

 

「問題は、むしろヤン達が凱旋した後だったのよ」

 

少し苦笑しながら、アシュリーは続きを話し出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お嬢ニヒトは情報通(挨拶

この娘がバックにつけば、少なくとも同盟内でヤンが情報戦に遅れをとることは無いでしょう(^^

実は”エル・ファシルの戦い”を別視点、非軍人の目線から書いてみたいな~と前々から思ってたんですよ。
三英雄(トリオ)が生まれた地であり、始まりの地であり、そして三人について回る出来事ですから。


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