金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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このシリーズにおいては過去最長の長さです(^^

この世界の同盟、中々どうして強かですよ?




第038話:”ラインハルトはある部分でアッシュビーを越え、リンチは苦難の先に涅槃を得る”

 

 

 

「ぶっちゃけて言ってしまえば、軍部と政府は結託してアナタ達の情報を切り売りすることにしたのよ。文字通りにね……ただ、これにはきちんとした理由もあるの」

 

 

 

エル・ファシルからの凱旋後……

 

自分たちも煽りの片棒を担いだとはいえ、”エル・ファシルの英雄トリオ”の冷めやらぬ大衆人気に気を良くした同盟マスコミは、左派右派を問わずにこぞって”フィーバーの拡大と再生産”を狙った。

 

具体的には軍と政府に、アーサー・リンチ、ヤン・ウェンリー、そしてラインハルト・ミューゼルの更なる情報提供を求めた。

 

政府はともかく、軍部は最初はそれに応じる気は無かったようだ。

マスコミの熱を冷ますためにヤンは軍大学に、リンチは新たに再編される”大規模な地方艦隊”の編成に、ラインハルトは僻地と言ってよいエコニアへとそれぞれバラバラの方向へ赴任させたこともそれを物語る。

 

まあ、ヤンだけが首都星ハイネセンに残されたたが……これは彼が三人の中で最も注目度が低かったことに加え、”上の強い意向”があったからだ。

 

 

 

だが、そうは上手く行かなかったのは政府や最高評議会だった。

マスコミは、こう詰め寄ったのだ。

 

『俺たちは協力した。エル・ファシルに馬鹿貴族に攻め込まれた失態は追求しなかったし、政府が望む英雄譚を広めるのに最大限の努力もした。だから、相応の見返りをよこせ』

 

厚かましいとも思える態度だが、元来マスコミとはそういうもんだ。厚顔無恥はマスコミだけでなく報道に携わる者全般にとっては美徳、じゃなければ相手が隠したがってる秘密を暴いてスクープなどと銘打ち晒したりは出来ないだろう。

 

政府も最初は難色を示したが、民主主義の根幹(建前)でもある「報道の自由」や「国民の知る権利」を盾に取られるとちょっと弱い。

マスコミの一部、特に反政府的な左翼マスコミだけを敵に回すのならともかく、政府にべったりの右派マスコミや中道まで敵に回すのはどう考えても得策じゃない。

それに政府だって”三英雄(トリオ)”の人気をまだまだ政権支持率のアップに繋げたいという本音があった。

 

そこで政府は、軍に対して「協力要請」を行うことにした。

別名、”要請はすれど判断は丸投げ”。まさに民主主義らしい判断だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

自由惑星同盟軍は、シビリアン・コントロールを大前提とする”()()()”が建前だ。

なので政府から「市民の要求に応えてほしい」と頼まれれば、あまり無碍にも出来ない。

極論だが、「三英雄のプライバシーを守るため、情報学的クーデターを起こす」なんて選択肢はありえないのだ。

 

だからこそ、軍上層部は”()()”した。

まず、

 

”全部は出せん。欲しい情報を提示しろ。なるべく詳細にだ。無論、軍が全てに応えるとは限らない”

 

と条件を出し、さらに……

 

”情報を供出する報道機関は軍が選別する。反政府や反戦を掲げる反動的左翼メディアや不穏分子に英雄を弄ばれるのは、迷惑この上ない”

 

と言い放った。

 

 

 

賢明な読者諸兄は既にお気づきだろう。

この処置、実は軍がマスコミに仕掛けた()()()()なのだ。

マスコミが一丸となって攻めてくるのは軍とて強敵、志願兵誘致(リクルート)活動の点から考えても、軍に好意的なマスコミまで敵に回すのは不利益が大きすぎる。

だから、マスコミと()()()()を分別し、分断したのだ。

物語には出てこないが、この時代でも軍には相応に頭が切れる者が揃っていたことは、同盟市民にとり僥倖だっただろう。

 

だが、我慢ならないのはマスゴミ認定され情報学的な排除をされたメディア各社だろう。

怒り狂った彼ら彼女らは、まず政府相手に交渉したときのように「報道の自由、国民の知る権利」を錦の御旗にして突撃した。

 

しかし、その戦術を予想していた軍部は、「軍規、公務員の守秘義務、同盟市民の基本権利であるプライバシーの保護」を矛にし相殺。

 

今度は「エル・ファシルに貴族を招きいれた失態、軍部だけを槍玉に挙げ責任を追及するぞ」と脅しをかけた。

だが、軍の対応は……

 

『好きにしろ』

 

だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

軍公式マスゴミ認定を受けたメディアは、有言実行した。

報道だけでなく一部の左派議員まで巻き込んだのだ。

しかし、

 

『軍部は今回の失敗を猛省している。我々は確かに帝国の愚かな貴族を笑えないミスを犯した。だが既に手は可能な限り打った。市民諸君には安心して欲しい』

 

そのコメントに嘘は無かった。

そう、先に述べた少将から中将に昇進したリンチ提督の任務こそ、地方艦隊あるいは警備艦隊としては例外的な規模となる地方艦隊、”()()()()()()()()()()()()()()”の編成だった。

 

先に再編と証したのは、「生き残りの旧エル・ファシル防衛艦隊のメンバー」、いわゆる”リンチ一家”の再服役志願者に新たな船(プロパガンダも兼ねるので、見栄えのいい新造艦ばかり)を与え、それを中核に地方艦隊や防衛艦隊の中から明らかに余剰と思われる兵力を抽出(原作の第14/15艦隊編成の縮小版)し、それで肉付けして再編した艦隊だった。

 

その陣容は新米とはいえ中将の地位に相応しく旧エル・ファシル艦隊の7倍の規模、半個正規艦隊に匹敵する7000隻だ。

また座乗する新たな旗艦は最新鋭のパトロクロス級(改アイアース級)の1隻で、特別ボーナスでまだ名無しだったその船の命名権を与えられたリンチは、迷うことなく”ニルヴァーナ”と名づけた。

 

ニルヴァーナ(Nirvana)とは直訳すれば仏教用語で言う”涅槃(ねはん)の境地”のことだが、間違いなくこの場合の元ネタは、アメリカン・ロックバンドの”ニルヴァーナ”の方だろう。

基本、ベーシストのリンチの私室に多くのベースに紛れ、こっそりカート・コバーン仕様のムスタングとジャガーが置いてあるので間違いない。

噂では、戦艦にも私物として持ち込んでるらしいし。

 

ちなみにだが、この寄せ集めの艦隊の乗員名簿の中には、まだ無名のグエン・バン・ヒュー、チュン・ウー・チェン、ライオネル・モートン、ラルフ・カールセンなるどこかで聞いたことのあるような名も紛れ込んでいるが……それは今はあえて深く追求しない。

 

そう、”イゼルローン方面警備強化計画”の目玉こそ、この闘将リンチ中将率いる”エル・ファシル特別防衛任務群”だったのだ!!

 

 

 

さて、ここで話が繋がってこないだろうか?

リンチ中将が艦隊の再編を行いつつ、寄せ集めを一日でも早く艦隊戦術機動が出来るようにもう訓練を課してるのがイゼルローン回廊の同盟側で入り口近辺にあるエル・ファシル宙域。

ラインハルトがイナヅマに乗り向かったのはイゼルローン方面の哨戒任務……

 

 

 

「要するに、今回ラインハルト君がイゼルローンに向かったのは、リンチ中将の艦隊に合流するためよ。それは単に”駆逐艦1隻を戦力として追加する”って意味じゃもちろんないわ。リンチ中将とラインハルト君……ミューゼル中尉を再び組ませることによって、更なるプロパガンダ効果を狙ってるのよ」

 

アシュリー・トリューニヒトはクスクス笑い、

 

「まったく軍部もワタシたち政治家のお株を奪うようなエグい手を打ってくれたもんよ。敵対的マスコミのネガキャンを触媒にして自らのイメージアップ。しかも手管が”三英雄の二人”、大衆人気の1位と2位を使うなんて、それこそ開いた口が塞がらないわ。オマケに言えば、これでミューゼル中尉を早期に大尉へ昇進させる”口実”もできるしね」

 

この世界の自由惑星同盟は、ありえないミスもするが動くときは卒が無い。

というより、今回のフォローもそうだが発想がかなりえげつない。

 

「まったく同意するよ。ホント、自分がひどく善人に思えてくるから不思議さ」

 

少し皮肉げな口調で相槌を打つヤンに、

 

「そういうこと。ま、その分頼りがいもあるとも言えるけど……多分、今頃は友好的なマスコミとつるんで、盛大に”新たな英雄伝説”のプロットでも練ってるんじゃないかしら? ちなみにワタシがしゃべった内容もだいぶデフォルメされて情報公開されるはずよ? それとも、もうされてるのかな?」

 

「あらあら。ラインハルトも随分立派になったわね~」

 

そう微笑むお姉さまに、

 

「暢気なコメントありがとう。でも立派になるのはむしろこれから先よ。知ってる? 三英雄の中で老若男女合算の総合的な一番人気は僅差で信頼と実績が物を言うリンチ提督だけど、老若女性の一番人気はラインハルト君よ?」

 

「う~ん。当然のような?」

 

ヤンは納得するが、

 

「納得は出来るわね。問題なのはその規模かしらね? アレを問題と呼ぶのは間違ってる気がするけど」

 

「どういうことだい?」

 

「軍が公共還元サービス名目で、小銭稼ぎにパーソナル・フォトデータの有料ダウンロードサービスやってるのは知ってるでしょ?」

 

「そういえばそんなサービスがあったような……?」

 

知らないというのは実に幸せである。

ちょうど自分を囲むような目の前の少女? 女性?二人が課金ダウンロードしまくっていることを、ヤンが知ることは生涯無かった。

 

「ラインハルト君の今週のダウンロード販売金額、ついにブルース・アッシュビーを抜いて週間ランキングで歴代1位になったわよ? 他にも軍協賛企業と手を組んでシグネイチャー・アイテムのタイアップ企画とかも広報部がコソコソやってるみたいだし」

 

そのうち、”ラインハルト・モデル”の腕時計とか靴とかペンとか軍用ブルゾンのレプリカとかが市場を席巻するかもしれない。

それにアシュリーはまた嘘をついた。いや、正確には全てを話していない。彼の企画が第1弾として先行してるだけで、企画が立ち上がっているのは”ラインハルト()()()()()()”ようだ。

サブカルが根底まで染み付いてる国家をナメてはいけないということだろう。

実現するなら銀河英雄伝説のファンとしてはかなり食指の動く話ではあるが……

 

「そりゃすごいな」

 

多分だが……ヤンはその凄さも、同時にやってくる面倒さもわかっていないと思う。

おそらく自分がその立場になるまで。

 

「言ったでしょ? ”美形は金になる”って。何重もの意味でね」

 

そうチャーミングの微笑むアシュリーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ラインハルト様は陣営が変われど人気者(挨拶

サブタイどおりにある部分において、あっさりブルース・アッシュビーを追い抜いてしまったラインハルト様でした(^^

そして新型旗艦に旧エル・ファシル艦隊の7倍の規模の艦隊を引き受けることになったリンチ……半個艦隊編成ってどこかで聞いたことあるような?

それにしてもこの世界の同盟、転んでもただで起きる気は毛頭無いようです。あっさり災い転じて福となしてしまいました。

どうやら、名前が出てこないだけでこの時代の同盟上層部にもかなりのやり手がいるみたいですね~。



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