元々、やや女難な気はしますが、今回はちょっと毛色の違う困難が来るようですよ?
「ちょ、ちょっと待ってくださいグリーンヒル閣下! 私、いえ小官は大尉です! それもまだ階級章を磨く必要もないほどのなりたてのホヤホヤです!」
「それが何か問題かね?」
と軽く切り返すのは、海千山千の情報部の雄”ドワイト・グリーンヒル”准将。
伏魔殿じみた情報畑にいるのだけあり、そうそうこの男の感情は揺るがない。
「いや大問題でしょう!」
それを見ていたまだ若手に類されるバグダッシュは、改めて上官の評価を上方(?)修正する。やっぱりグリーンヒルも妖怪の一種だと。
付き合いができてまだ間もないというのに、人間扱いするのに迷いが出てきたヤン相手にこうも優位に渡り合えるのだからその評価もうなずける……のか?
「大尉が巡航艦の艦長というだけでも問題なのに、小規模とはいえ護衛船団を率いるのはさすがに階級が見合わなすぎです!」
少し補足すべきだろう。
本来、軍の階級と役職は一致している。階級というのは単純に言えば軍隊における地位と考えてよく、地位の高低はそのまま給料と預かる部下の命の数を表す。
例えば、最近ラインハルトが就任した駆逐艦の艦長は大尉が普通で、それより乗組員の多い巡航艦の艦長は最低、それより1階級上の少佐が務める。
ラインハルトの場合は、負傷で空席になった駆逐艦艦長になった途端に10隻の駆逐艦を率いる小戦隊長になってしまったが、これは本来なら特例的な事例だ。
無論、カメ娘のアオバ大尉がそうであるように大尉ならば駆逐艦の艦長になれるというものではないので、そういう目安だと思ってくれれば良い。
ヤンが言ってるのもそういう類のもので、少なくとも現状の大尉という階級では巡航艦の艦長というのはかなりNGだ。
ましてや輸送船と護衛艦合わせて30隻に満たないような小規模とはいえ、
だが、グリーンヒルにとってそれは些細なことのようで、
「問題ない。ヤン大尉、君はこの作戦限定で
☆☆☆
さて、自由惑星同盟軍の既定の中には、”臨時任官”というものがある。
我々の世界に置き換えれば、”野戦任官”という言葉と一番ニュアンスが近い。
野戦任官とは何かと言えば、普通は階級に応じた役職が与えられるのが軍隊であるが、戦地においては将官や士官が負傷あるいは戦死などで、必要な役職が空席になる場合がままある。
兼任などで補えればいいが、戦地でそうできない場合は『その役職に見合った階級への任官』を行う場合があるのだ。
昇進ではなくあくまで”任官”というところがミソで、今回の場合を例にとれば『ヤンに船団長を任せるために、”
つまり、本来なら役職に見合った階級の軍人を就任させるところを、逆に適格者に役職を務めるのに必要な階級を名目上、それも一時的な処置として与えるという事。
実は史実でもこのような事例は散見されていて、特にアメリカでは柔軟な人材運用を得意とするかの国らしく戦史に名を遺す著名人が多くいる。
例を挙げるならカスター将軍、ジョージ・パットン、ジョージ・マーシャル、ウィリアム・ハルゼーなどが野戦任官経験者だ。
もっとも自由惑星同盟軍は”野戦任官”ではなく”臨時任官”という呼び方を採用している。
その理由もあんまりと言えばあんまりなもので、同盟は現在150年にわたり銀河帝国と絶賛戦争中、つまり常在戦場どころか常時戦時下、つまり野戦じゃなくとも割とこのような『人材の弾力的運用』は行われている。
これもやりすぎれば人事面などに組織工学的な混乱をもたらすが、適度に運用すれば軍という組織の活性化につながると上層部は考えていた。
例えば、この世界の臨時任官経験者の大御所と言えば、『現場からの叩き上げ二等兵から提督に駆け上がった名将』であるアレクサンドル・ビュコックがそうである。
一兵卒の希望の星であるかの御仁の有名な立身出世エピソードの一つである。
というのも、自由惑星同盟はかつては『
無論、ハンモック・ナンバーは未だに重視はされてはいるが、それだけで全てが決まるわけじゃない。
もうちょっと細かく同盟軍の人事(昇進)事情を語ると、一般に士官学校卒業と同時に少尉として任官して軍のあちこちに配されるが、戦死や不名誉を含む除隊などにならず、大過なく1年を軍人として過ごせればその時点で配属場所に関わらず、一律に”中尉”へと昇進する。
いわゆる”万歳昇進”だ。
その先の出世は確かにハンモック・ナンバー上位者の方が優位で、確かに首席卒業は普通は同期の出世頭になるが……同期である首席のマルコム・ワイドボーンが未だに中尉なのに、ヤンが大尉である現状が現状の自由惑星同盟の柔軟性を表しているといえよう。
もっともそれは間違ってもヤンが望んだ形での発露ではないだろうが。
蛇足ながら似たような軍事用語で、”戦地昇進”というものがあるが、これは本来なら同盟軍本部で行わなければならない昇進やその手続きを前線から対象者を下げられない場合に行うもので、戦地で昇進させるため色々と略式になってるだけで、内容その物は普通の昇進だ。
「そんな無茶苦茶な……」
ヤンも軍人である以上、臨時任官制度自体は知っていたが、まさか自分がその被験者……もとい。適応者になるとは思ってなかったに違いない。
「だが、できないとは言うまい?」
「命令とあらば」
内心、ヤケクソじみた気持ちがないとは言わないが、それでも原則より心持整った敬礼で応えた。
「では命じる。ヤン”
グリーンヒルの言葉にヤンは少し考え、
「例えば、護衛艦群に関する暫定的人事権とかもいただけるんですか? この作戦限定の臨時艦隊司令部の設立とか。あるいは、時限的な引き抜きなんかも」
「君が必要とするならば、好きにやりたまえ」
(それならば何とかやれるかな……?)
暖機運転を終えたヤンの頭脳が、少しずつ回転速度を上げ始める。
それは、『この戦いをいかに自由惑星同盟にとり有益に終わらせるか?』の最適解の算出を弾き出すことと同義だ。
(私が直接率いるとなれば、計画全体に修正が必要だ)
原案段階では、『平均的な同盟宇宙軍佐官なら実行できる』レベルでデザインした。言うならば、かなり妥協した安全策だ。
だが、自分が指揮できるならもう少しアレンジを加える余地がある……
(ならいっそ、より積極策に出てみるのが吉かな?)
そうなれば戦力の再策定も必要だが、それは何もハイネセンやバーラト星系で全て補う必要はない。
臨時艦隊司令部のメンツだけは、今のところハイネセン近郊に集中してるのでそれなりに手を回せねばならないが、戦力はありがたいことに『
何しろ、今あの最前線にいるのは……
(幸いコネもあるし、使えるものなら使っておこう)
後に多くの歴史家は語ることになる。
この大して旨味のない星系で行われた一連の戦いこそが、後に”大戦略家”ヤン・ウェンリーの開眼の戦だったのだと。
お読みいただきありがとうございました。
ヤン、図らずとも出世(仮)もしくは(偽)です。
二階級特進ではなく、あくまで「中佐に任官」ってことで(^^
まあ、護衛と輸送船合わせて30隻前後の護衛船団を率いるので、このぐらいの便宜は必要かなーと。
それにしても……このシリーズのグリーンヒルさんは、中々にイイ性格していらっしゃるようで(笑