金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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今回はいつもより長いです(^^
このシリーズではバッケンレコードかも。

とりあえず、ラインハルト君のモノローグ、そのとりあえずのラストです。


第060話:”シャイロック 彼等は如何にして悪徳商人呼ばわりされるようになったのか?”

 

 

 

今から約100年前の宇宙歴682年、フェザーンは銀河帝国より自治権を得て歴史の表舞台へと出た。

そして、彼等は自由惑星同盟からでは未確認だった銀河腕間回廊を通りやってきたのだ。

 

フェザーン人……今の同盟ではシェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』に出てくる悪徳高利貸しに(なぞ)えられ商人組合(シャイロック)と蔑称に近い呼び名が与えられた者たちには、そうなるだけの理由があった。

 

同盟市民が『()()()()()()()()()()()()帝国の亡命者』に不信感を持ったのはいつの頃だろうか?

 

(本来、こういうのはヤン先輩の分野なんだが……)

 

まあ、俺も少なからず影響を受けているということなのだろう。

フェザーン人が、同盟にとって唯一の外国であり、同時に正式な敵国である「帝国籍を維持したまま」同盟内に商売や居住が可能となる『就労ビザ』や『特別在留許可』を獲得できるようになった裏側には、多くの収賄事件や疑獄事件があった。

その黒幕=資金源となったのが、『同盟に亡命した()()()()()()()()()だったのだ。

 

だが、それが当初は大きな騒動となることはなかった。

贈収賄にからむ汚職事件は、民主主義国家であり資本主義経済を導入する自由惑星同盟にとり、建国以来さほど珍しい話ではなかった。

無論、フェザーン人達が大胆に賄賂をばらまくようになった時節には、ジャーナリズムを売り渡した反動的左派の()()()()により、”フェザーン系亡命人”という存在は巧妙に隠蔽され、『同盟人同士のありきたりな贈収賄事件』として報じたのだ。

 

だが、同盟のマスメディア全てが左翼の売国奴という訳ではない。

アヤの本来の専門がメディア戦略であるように、メディアを武器として考えているのは同盟政府だって同じだった。

まず、その皮切りとなったのは、今や非公認の政府広報誌として有識者に認知される”Weekly Sentence Summer”のスクープ記事だ。

当時は今と違い、時たま面白い記事を出す、右でも左でもない中道のさして面白みのない平準的なメディアとして知られる程度だったらしい。

それが……

 

”Scoop!! 銀河帝国の陰謀! フェザーンを迂回路にした同盟への経済侵略かっ!?”

 

とセンセーショナルな見出しと共に記事を発表した。

昨今の汚職事件の資金源の多くが、同盟へ亡命してきた元フェザーン系帝国人である事を素っ破抜き、フェザーンマネーによる汚染状態を克明にレポートしたのだ。それも”どこからか流出した”詳細なデータ付きでだ。

 

無論、最終的に『フェザーン系亡命者は銀河帝国の工作員』と断じた記事に、当事者たちは『差別だっ! 訴訟も辞さない! 謝罪と賠償!!』と猛反発。

だが、この手の情報を公表したのは、”Weekly Sentence Summer”だけではない。状況証拠的におそらく同盟政府の制御下にあるだろう保守メディアも(こぞ)って報道合戦を繰り広げたらしい。

そんな情報戦が可能だったのも、実は潜在的にフェザーン系亡命者に対する不信感があったからだ。

 

俺の両親のような「純然たる帝国からの亡命者」、いわゆる異邦者(フォリナー)のステレオタイプというのは、「命からがら帝国から逃亡してきた者」であり、同盟人側から見ればのうのうと帝国内で生きてる人間に同情の余地はないが、「”独裁と貴族の宮廷政治(ゴールデンバウム王朝)”の愚かさを命がけで否定し圧政より逃れてきた人々」は表層的にでも同情的に見ていた。

 

だが、フェザーン人にはそういう”匂い”がなかったのだ。

民主主義国家にして資本主義経済を採用している自由惑星同盟にとり、確かに「金持ちが金の力で安全や権利を買う」のは否定できることじゃない。

だが、フェザーン人は何かがおかしい。

それを最初に指摘した……メディアが動く前に言い出したのは、実は”フォリナー”のコミュニティだった。

フェザーン人たちもフェザーン自治権獲得より半世紀も前に第一陣がやってきていたフォリナー・コミュニティに接触をかけてきたが、フォリナーは決してフェザーン人たちを亡命者社会に受け入れようとはしなかった。

理由はフェザーン人特有の胡散臭さももちろんだが、

 

『フェザーン人は帝国を拒否拒絶した亡命者などではなく、ただの”()()()()”。自分たちとは別のカテゴリーの人種』

 

という認識だった。

同盟が移民と認める以上、そして同盟から見れば自分たちも同じ『帝国からの亡命者』という枠組みである以上、フォリナーは積極的に同盟人となったフェザーン人を排斥するような真似はしなかった。

だが、同盟社会で初めて亡命者となったフォリナーの言葉は、いくらフェザーン人がメディアを使ってもみ消そうとしても完全に封殺することはできなかった。

 

実はこれこそが、フォリナーと”商人組合(シャイロック)”が、未だ反目する根源的な理由だ。

特にフォリナーの主張や考えは、大手メディアよりも”星間情報ネットワーク(インター・プラネット・ネットワーク)”で拡散していった。

 

フェザーン人たちは星間情報ネットをプロバイダ企業などを買収して掌握しようとしたが、それも上手くいかなかったようだ。

というのも星間情報ネットワークの大本は、実は”自由惑星同盟軍”なのだ。

これは星間情報ネットワークのインフラが、そもそも同盟領全域をカバーする”軍用FTL(超光速)通信網”を引くときに整備された物を、その後に政府が公金を投じて情報通信容量を拡充させ、それを民間に『余剰回線を貸し出す』形で成立したものだからだ。

 

つまり、民間企業でも認可を受ければ敷設できる限定的な”惑星内の情報通信網(イントラ・プラネット・ネットワーク)”ならともかく、惑星外につながる全ての情報通信は、音声/データを問わず必ず公的サーバや回線を通ることになる。

 

そもそも自由惑星同盟は、民間開放回線ですらもネットを使うなら《b》”自由惑星同盟社会保障番号(ソーシャル・セキュリティ・ナンバー)”が必要となる。

”ソーシャル・セキュリティ・ナンバー”とは、同盟市民なら出生届時にDNAや他の複数生体情報の登録と同時に自動配布/設定される個人識別ナンバーで、各種公共サービスを筆頭に銀行口座の開設や居住惑星外への移動/宇宙港の利用など多くの行動に必要となる。

 

自由惑星同盟の星間情報ネットは匿名での使用はできるが、例えば匿名で犯罪を示唆するような書き込みがあるとする。その権限がある公的機関が調査すれば、別にプロバイダーやらサーバ/回線管理会社などに捜査協力など依頼しなくとも、たちどころに匿名性は剥ぎ取られ個人を特定されるのだ。

個人認証が必須の同盟のネットは、ヤン先輩に言わせれば『音声通信もデータ通信もひっくるめで犯罪者ホイホイ』らしく、すぐに捕まらなくとも追跡はしっかりされていて、わざと泳がされた挙句に一網打尽なんてこともあるらしい。

一番犯罪が露見しにくいのは皮肉にも一番古典的な紙媒体の手紙や密会らしい。

 

つまり長々と何を言いたいかと言えば、当時の同盟国内では帝国出身の亡命者が国籍保有者としては多数派で、いかに金をばらまいてあちこちを買収していたとはいえ、新参者の少数派であるフェザーン人亡命者では工作しにくかったようだ。

無論、生粋の同盟人を買収してネット工作をしようとしたらしいが、逆にそれはヤン先輩の発言通りに当局の要監視対象として悪目立ちしたようだ。

 

それも当たり前で、別にフェザーン人に限らず亡命者は法的にすべからず”元敵国人”であり、当然のように軍や警察の治安当局の重点観察者だった。

それが繁盛に同盟人と金銭授受、それも人目につかないようにコソコソやっていれば嫌が上でも目立つ。

そして、そんな後ろ暗い取引をやってるような連中ならば、ほぼほぼ無自覚に法に抵触した行動をするのが自明の理だ。

これは推測だが、おそらくは多くのフェザーン絡みの事件は、そんな中で発覚した案件も多いんじゃないのか?

 

 

 

そんな情勢の中で、フェザーン系同盟人によって巨大贈収賄事件が発生する。

これも俺が生まれる前の話らしいが、とある惑星の地方議会や地方公共機関の首脳陣が、丸々賄賂を受け取っていた事実が公表されたのだ。

 

これはフェザーン人による同盟の一領土の乗っ取りであり、あたかもフェザーン人が同盟にも自治領を事後承諾的に作ろうとしてるように同盟市民には見えたのだ。

この事実に、当時の同盟市民は怒りより先に恐怖を覚えた。

特にこの贈収賄事件が起きたのは、何度か出てきた同盟籍を持たないフェザーン人でも同盟内で商売できる『就労ビザ』や更新を繰り返すことで長期滞在が可能な『特別在留許可』がロビー活動で可決、施行されたばかりだったのだ。

 

フェザーンに得体の知れない気味悪さを感じた同盟市民は、一気にフェザーンに対し門戸開放/中道路線から慎重路線に傾き、フェザーン出身者/居住者に対して『就労ビザ』や『特別在留許可』やそれに付随する限定的なソーシャル・セキュリティ・ナンバーは付与されても原則、亡命を受理しない方針を支持したのだ。

 

その時、対フェザーン強硬派として音頭をとった、妙に聞き覚えがある気がする議員がいたとかいないとか。

 

それでも、全てのフェザーン系同盟人の同盟籍を剥奪/国外強制退去を迫ったり、『就労ビザ』や『特別在留許可』を即時廃止をしないあたり、同盟の国家としての甘さとぬるさを感じてしまうが……

 

こうして、同盟におけるフェザーン人社会、”商人組合(シャイロック)”は形成された。

厳密に言えば、シャイロックは「同盟籍を持たないフェザーン人のコミュニティ」のことだが、同盟生まれの俺や姉上が広義ではフォリナーに分類されるのだから、同盟籍を取れた時代のフェザーン系同盟人やその末裔もシャイロックに加えて構わんのだろう。

 

ただ、ヤン先輩のような『イレギュラーのイレギュラー』……『乗っていた商船が同盟内で事故に合って先輩が唯一生き残り、自由惑星同盟の軍人が里親となった為に正式に同盟籍を取った』なんて人間は、普通シャイロックとは呼ばれない。

というか、先輩もそう呼ばれるのを心底嫌がってるようだ。

 

フェザーンやシャイロックに関しては、他にも色々と言いたいことがあるが……今回は、この辺でな。

退屈な話だったろうが、最後まで付き合ってくれた事に感謝する。

 

まあ、個人的な見解だが……同盟の中で生きるのなら、知っておいて損のない知識だとは思うぞ?

 

 

 

「何しろ、”この世界”は混沌に不足を感じないからな」

 

「? ラインハルト君、なに言ってるの?」

 

「なんでもないさ。ああ、なんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

いや~、予定よりずっと長くなってしまったラインハルト君による同盟の現状解説、ようやく終了です(^^1

このシリーズの同盟は、原作より末期的でもないし国家としても強靭なのですが、その分混沌としてたりしてるので、そのへんを描けたらとか思ってます。
退屈じゃなかったら嬉しいんですが(汗

次回からは、再びチラッと原作と違う過去が出てきた魔術師さんが登場予定です。

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