いや、再開してから思うままに書いてたらいつの間にかこんな話数に(^^
これも応援してくださる皆様のおかげです。
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「た、助かった……というか私、生きてるよな? 実は、この船の向かう先がヴァルハラなんてことは……」
「おいたわしや、司令官」
その自分が生きていることに今一つ実感が持てないエンテの憔悴した姿は、部下たちの涙を誘った。
同じ死線を潜り抜けたシンクロニシティのせいか、そこには確かに信頼関係が存在していた。
ただの吊り橋効果と言ってしまえば、それまでかもしれないが。
どうやらフェルディナンド・フォン・エンテは運のよい男だったようだ。
火炎でできた暴風雨のような無数の核弾頭攻撃と集中豪雨のような集束中性子線&荷電粒子、雲霞のような敵戦闘艇の群れ……その渦中の中にあっても乗艦”チュートリンゲン”は小破で耐え抜いてみせたのだから。
そして、彼と”チュートリンゲン”同様に幸運だった船が48隻もあった事は、あの半ば
ケッテンの無茶無謀による艦隊同士の正面衝突のような交差で多くの船が衝突で自滅じみた最期を迎え、そこにヤンの無慈悲なまでの猛攻で1000隻いたはずの船は瞬く間に蹴散らされた。
いや、瞬く間に蹴散らされたからこそ、チュートリンゲンをはじめとする49隻は運良く退路を見いだせたのだった。
繰り返すがエンテは運のよい男だ。
ヤンが追っ手をかけなかった事と、彼らが一目散に逃げに徹した事により、帰路これ以上の接敵もなく全艦イゼルローン要塞にたどり着くことができたのだから。
自業自得とはいえ、エンテ艦隊所属の巡航艦と接触して航行不能になった挙句、横っ腹を見せたために集束中性子線の集中砲火を浴びて遺言も残せずにこの世から消えたゲオルギウス・フォン・ケッテンよりは、よほど運が良かったと言えよう。
そして、彼の幸運はまだ続く。
彼はこの戦いに生き残ったばかりかその決して短くはない生涯の中で、帝国将兵にとって『死亡フラグのブランデー漬け』ことヤン・ウェンリーが直接率いる艦隊と戦場でまみえることは、この先二度となかったのだから。
全く幸運な男もいたものである。
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ヤン・ウェンリー率いるYS11特務護衛船団は、星の大海を進む……もうすぐ目的地のヴァンフリート星系第4惑星だ。
大雑把になってしまうが、帝国貴族率いる500隻の小艦隊×3、約1500隻を屠ったことになるが、艦隊の内部……というか船団旗艦”バーミンガム”のブリッジに目を移せば、意気消沈とかお通夜って空気では無論ないが、かといって意気軒昂というほどでもない。
なんというか……戦いの高揚が過ぎた後のクーリング・タイムの中、改めて戦った敵を分析すると微妙な気分になったということだろうか?
勿論、ヤンをはじめ「自分達は虐殺者だっ!」なんて自虐的な卑下をする者はいない。
どんな身分であれ、相手取ったのは自由惑星同盟の領域を侵犯する不心得者、敵国の侵略者であり、自分達はそれを討つ事で給料をもらうプロの軍人だからだ。
「……というわけで、我々の累計損害はざっと100隻少々というところだな」
そう報告するのは、我らがYS11特務護衛船団の良心ことジャン・ロベール・ラップ大尉であった。
無論、全てが撃沈されたわけではない。
むしろ、撃沈された船は被害全体の4割に届かず、残りは大破し放棄された船と人員を救助し、アスターテに戻された中破かそれ以下の損傷の船だった。
ヤンは行軍速度が遅れるのを嫌い、たとえ小破であっても艦隊行動に速度的な理由でついてこれなかった船はアスターテに戻していたのでこの数字になったのだろう。
「どう計算しても、損耗率は1:15以上か……敵の不手際が主だった理由とは言え正直、出来過ぎだね」
要するに、味方が1隻沈む間に敵が15隻以上沈んでる計算になる。
「これで”銀河帝国軍はこんなもの”と侮らなければいいんだけどね」
と憂いながら苦笑するという器用な表情を魅せるヤン・ウェンリーであった。
「多少はそうなっても仕方ないんじゃない?」
さもありなんという顔をしてるワイドボーンに、
「敵の過大評価もよくないけど、敵の過小評価は輪をかけて危険だよ。それは即ち、味方の過大評価にもつながるからね。軍人っていうのは職業柄、常に『”最悪”の事態を想定し、”最悪の中の最善”を見極める』事が求められる以上、楽観というのは避けるべきなんだ。端的に言えば、味方が勝ってる時の想定も必要だけど、それ以上に負けてる場合を想定すべきなのさ」
「何故と、聞いていいかい?」
「勝ってるときはごり押しも力押しも選択肢として持てるけど、負けてるときはそれができない。常に味方が勝ってることを前提に作戦を組むのは、楽観が過ぎる」
ワイドボーンは満足そうに頷いた。
「敵を過小評価したものが指揮をとれば、いつか必ず手痛いしっぺ返しを食らうのが世の常だけど、それに巻き込まれる兵が可哀そうだ。今回、スペースデブリにクラスチェンジした帝国艦は、打つ手を間違えれば自分達の近い将来像だと何人が理解してくれるか……」
本音を言えば、このブリッジに詰める船団首脳陣は安堵していた。
確かに士官学校時代のヤンを知る者も多いから、彼が驕り高ぶり、勝利の余韻に酔いしれるような性格でないことは理解していたが、忘れがちになるが今回の一連の戦いがが初陣である者もまた多い。
船団司令官という経歴から見れば早すぎる地位と重責を与えられたヤンが、戦場で全く豹変する可能性もゼロではないのだ。
おそらく、その心配が本当に皆無だったのは”もう一つの世界”……『ヤン・ウェンリーという男が、自由惑星同盟の全艦隊を率いても余りある将器を持ち、もしそういう状況だったら自分に勝ち目がなかった』事を理解しているラインハルトぐらいじゃないだろうか?
「まあ、何事も”過ぎたるは猶及ばざるが如し”さ。過大も過小も過信も禁物。物事は正確に、そして冷静に見なけりゃ答えなんて出せないからね」
そう穏やかな笑みを浮かべた時のことだ……
「索敵部隊より入電! ”敵艦隊見ユ。数1500隻前後、半包囲陣形ヲ展開”!」
情報参謀たるバグダッシュの報告にヤンは口の端を微かに釣り上げた。
(ようやく
「索敵部隊に帰還するように伝えてくれ。それと送り狼をつけられたら、無理に引きはがさずそのままこちらに誘導して構わないとも」
「……よろしいので?」
疑問形顔のバグダッシュだったが、
「ああ。それにしても1500隻、現状こちらの3倍以上の戦力か……」
ヤンは苦笑しながら、
「まともに正面からやりあったら、まず勝ち目はないよねえ」
ブリッジのいた人員は、全員なぜか形容しがたい表情を浮かべた。
何故ってヤンの”勝ち目がない”発言が、どうしようもなく胡散臭く、何より嘘くさく聞こえたのだから仕方がない。
「各
ヤンが命じたのは、転進でも回頭でも反転でもない。
言ってしまえば、『背中を見せずに銃口を敵に向けたまま、じりじりと後ろに下がれ』と命じたようなものだ。
当然、敵艦隊が全力疾走すれば追いつかれる公算が大きい。
「さて、楽しい楽しい命がけの”鬼ごっこ”と洒落こもうか?」
そう口ずさむヤンは、何故だか本当に楽しそうに見えた。
ヤンが逃げる鬼役で、貴族艦隊が追い掛ける……本来はそうあるべきシチュエーションだ。
だが、貴族艦隊は遠からず思い知るようになるだろう。
例え逃げてようとなんだろうと、鬼は鬼だということを……
読んでいただきありがとうございました。
80話も書いて、まだ原作開始まで10年近くある罠(汗
まだまだ、原作開始まで描きたいエピソード……例えば、原作じゃありえないヤン・デザイン艦の出現とか、同盟ミューゼル家第二世代艦(あるいは同盟楊家第一世代艦?)の建造とか、ドックがアンネだけとは限らないとか、同盟最年少減衰になり損ねた男の小話とかいっぱいあるんですが、果たしてあと何話かかるのやら……(^^
あと完結まで何年、何話かかるかも、そもそも完結まで持っていけるかも不明ですが、これからもお付き合いいただければ嬉しいです。
さて、次回はそろそろ渋いオヤジ達の出番のような……?