「では先輩方、後はお任せしても?」
『おうよ。行って来い』
『うむ。気を付けるんじゃぞ』
まんまロックな親父であるリンチと、祖父的なポジションを狙えそうなビュコックに見送られ、ヤン率いるYS11特務護衛船団は、今回の最後のミッションを行うべく進路をヴァンフリート星系第4惑星第2衛星、通称”ヴァンフリート4=2”へと進路を向けた。
実際、貴族艦隊1500隻に対し、ロックと老獪が率いる計3000隻パラレル・ツイン・アタックは明らかにオーバーキルであり、当初の500隻弱から400隻強程度まで数を減らしていたYS11特務護衛船団に出来ることはあまりあるとは言えなかった。
どうでも良いが、パラレル・ツインとは内燃機関の並列2気筒エンジンのことを指す言葉でもある。ただし、リンチの趣味的にはV型2気筒、いわゆるVツインだ。
何の事を言ってるかと思われるかもしれないが、要するにバイクのエンジンの話である。
今時、427cuinのV8レシプロ・エンジンを搭載した”コブラ・レプリカ”を愛車にしてるだけあり、きっとバイクもレシプロVツインの心臓を持つハーレーダビッドソンだかインディアンだかのレプリカなのだろう。
とりあえず、でっかいアメリカンバイクよりスクーターやらカブやらが似合ってしまうヤン・ウェンリー個人としても、正直これ以上の戦闘は避けたかった。
武功を上げたくない上げたいの話ではなく、単純に船も乗員も消耗していたからだ。
考えてみてほしいんだが、ヴァンフリート星系に来てからというもの、最初にほぼ同数の敵と戦い、次に相手の自滅があったとはいえ倍の敵と戦い、最後は3倍の敵と細心の注意を払いながら何時間も追いかけっこだ。
これで疲弊しない方がどうかしている。
普通に考えれば、技量差が大きく各個撃破の機会に恵まれたとはいえ、連戦で3倍の敵を屠る方が異常なのだ。
という訳で、ヤンはのこのこイゼルローン要塞から出てきた貴族艦隊合計3000隻のうちの半分をベテラン二人に進呈し、輸送艦に積み込んだアスターテで荷下ろししなかった最後の1割の荷物、”自立起動型無人観測機材群”をヴァンフリート4=2にばら撒きにと向かったのであった。
☆☆☆
”好事魔多し”
世の中には、そんな言葉がある。
「さーて……無事にコンテナも投下できたし、ようやくこれで帰れるなぁ」
”バーミンガム”のブリッジでう~んと背伸びするヤン・ウェンリー中佐殿であった。
その表情はなんというか……元々童顔なヤンが、更に輪をかけて若いというか幼く見えてしまう。
この艦隊にアンネローゼが居なくて幸いだろう。居たら即座に私室にお持ち帰りでしばらく拉致監禁、おそらくこの後のアクシデントに間に合わなかったろうから。
「ヤン、それ絶対フラグだぞ?」
「フラグだろうねえ」
珍しく意見が一致したラップとワイドボーンだったが……二人は気付いてないようだが、実は上記のセリフもフラグである。
「ヤン司令! 特定周波数重力波探知! 波形からワープアウトです!」
三人の同期は顔を見合わせ、
「「「そう上手くはいかないか」」」
ため息をついた。
「方位と距離と予想される規模は?」
「イゼルローン回廊方向、三次元座標15/57/63! 距離、900光秒と推定! 輻射パターン、帝国艦と一致! 規模は……」
絶句するオペレーターに情報参謀たるバグダッシュが続けるように促す。
「規模は……3000隻規模ですっ!!」
「うん。逃げよう。今回は一切の小細工なしで、一目散に。尻尾を巻いて、あるいは尻に帆を立てて」
「ヤーン! 言い方ぁっ!」
ラップは思わず叫びツッコミを入れるが、
「ラップ、重力波形密度やらパッシブで捉えたエネルギー輻射からわからないかい?」
「何をだ?」
ヤンは連続規則してる各種センサーからの情報を模式図として三次元投影し、
「おそらく、敵はワープ直後に即座に行軍陣形に移行。進軍を開始しているのさ。こういう連中をなんて言うか知ってるかい?」
ヤンは少し頬を引き
「”精鋭”って言うのさ」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ほう……今回も、中々良いナンバーじゃないか」
通信傍受を始めたとたん、味方とはあまり呼びたくない輩の阿鼻叫喚の声と同時に飛び込んできたのは、レスポールとDimazioのハードロック・サウンド!
第013話でその登場が示唆されていた、とある事情があってブラウンシュバイク公爵より送られた銀河帝国の誇る旗艦型ヴィルヘルミナ級の1隻、その名は”フレイヤ”!
そのブリッジにて、この色々奔放で中々困った女神の名を冠した帝国有数の巨大艦の主、帝国屈指の伊達男であるオスカー・ロイエンタール・フォン・マールバッハ伯爵少将はアドミラルシートに肘を立てながら、組んだ長い脚で機嫌よさそうに床をタップしていた。
「先輩ェ」
困ったような苦笑をするのは、士官学校時代の後輩であり親友であり副官でもあるヴォルフガング・ミッターマイヤーだ。
どうも、この敬愛すべき先輩は、あのエル・ファシルの一件以来、よくわからない同盟の音楽……
(これ音楽だよな? ノイズに酔っ払いが、がなってるだけとかじゃないよな?)
やや、先輩に比べると頭が固いというか開明的ではない……というか良識ある帝国臣民であるミッターマイヤーにとり、KISSは今一つ受けが悪いようだ。
「いいじゃないか、ミッターマイヤー。帝国じゃまず聞くことのない音だ。兵士たちが自発的に録音するなら止める理由はないな」
「先輩はラディカルすぎるよ。ところで逃がしてよかったのか?」
「ん? ああ、あのヴァンフリート4=2に張り付いていた小艦隊か?」
頷くミッターマイヤーに、
「別に構わんさ。俺達の任務は、あくまで”味方の救出”だ。小艦隊を追いかけまわしてるうちに全滅されても面白くない」
「ああ、確かに……急がないと、着く前にとんでもない事になりそうだなぁ」
ロイエンタールやその友人であるランズベルクのような例外はいるが、どこぞの
「それにこんな
「……アーサー・リンチ中将か」
「あの男、貴族狩りは上手そうだからな」
だが、残念ながらロイエンタールもミッターマイヤーも気がつかない。
目の前の小艦隊……逃がした魚は、信じられないほど『大きさ』だということを。
そう……帝国の将来を考えれば、貴族が全滅したとしても倒さなければならない敵はまさに目の前にいたのだ。
人間に歴史を俯瞰することはできない。
だから気づかない。
今、この瞬間こそヤン・ウェンリーを戦場で狩りとれる千載一遇の好機だったと……
歴史にIFはない。
だが、もしこの時、ロイエンタールがヤンとその一党の首をまとめて落としていたら、銀河の歴史は全く違ったものになっていただろう……
読んでいただきありがとうございました。
なんか、久しぶりにミッターマイヤーを書けて妙に嬉しい作者です(笑
あっ、ウルトラどうでもよい私事ですが、この第084話で私ことドロップ&キックの連載、最長不倒記録を記録しました♪(これまでの最長は第083話)
これも応援してくださる皆様のおかげです。
ありがとうございました!
そして、これからもよろしくお願いします(^^