金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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今回の話で、チャプターエンドとなります(^^
日常篇の終って訳ではないんですが、99話というのもキリが良いので。

それにしても、この世界線のヤン……働きすぎ(ワーカホリック)疑惑が(汗
まさか、ヤンにワーカホリックなんて一番似合わない単語をくっつける日がくるとは……




第099話:”大戦の足音 まあ、出来ることは出来るうちにやっておこうというのは賛成だよ?”

 

 

 

さて、今日も今日とて軍大学技術開発研究部艦艇科VR-CADルームにて、最近技術将校としての役割が板についてきてしまった我らがヤン・ウェンリー少佐と、同盟軍唯一の疑似人格型AI……いや、もしかしたら疑似が付かない人格型AIかもしれない”Direct Experience Linked Feedback system”、通称”D.E.L.F(デルフ)”との熱い(?)セッションが続いていた。

 

「装甲砲艦のみならず、巡航艦の方の改良もいけるかな?」

 

と気分転換という訳ではないだろうが、ヤンは現行巡航艦のデータを立ち上げながら、少々数値をいじっていた。

仮称”装甲砲艦”(アーマード・モニター)の構想、”戦列砲兵計画”(プロジェクト・ラインバレル)はほぼ完成を見たので、ちょっと他の艦種にも食指を伸ばしているようだ。

 

『まあ、コンピューターユニットとメイン動力炉の新型への換装と18㎝中性子ビーム砲の組合せだったら、理論上は行けそうじゃね? まあ、一応次世代巡航艦の開発は始まっちゃあいるが、コンセプトが形になるのは結構先になりそうだし、中継ぎって事なら許可も下りるかもな』

 

現行の主力艦種の開発順序は、古い順から記すと……

 

標準戦艦(約半世紀前。宇宙歴751年のパランティア星域会戦で初期量産型の参加が確認されている)

 ↓

巡航艦(宇宙歴760年代前半に1番艦就役)

 ↓

アキレウス級旗艦型戦艦(宇宙歴760年代中期以降、試験/試作型(アイアース級)である1~5番艦までが先行量産。パトロクロス以降の本格大量建造は770年代に入ってから)

 ↓

駆逐艦(770年代初頭に1番艦就役)

 ↓

ラザルス級宇宙空母(780年代。スパルタニアンの正式配備が770年代前半で、前級のホワンフー級も同時期に竣工)

 

となり、標準戦艦が現行型で最も設計が古いことがわかる。

そりゃあ、次世代標準戦艦の開発も盛んになるはずである。

そして、次に来るのは巡航艦になるのも道理だが、性能的には不足があるわけではないので、現状それほど急がれているわけではない。

 

「ふーん。次世代巡航艦か……かなりハイエンドを目指すみたいだし、むしろ別の路線を目指した方が良さそうだね」

 

蛇足ながら、この時点ではまだ試案も纏まり切れてない次世代巡航艦は、後に『同盟艦で最初に傾斜装甲の概念を取り入れた船』とエポックメイキングな栄誉を得られた”レダ級”として結実し、後年大量建造されて大暴れすることになるのだが……まだ、同盟に『傾斜装甲の概念が()()()()()()現在では、まだ誰もその予想図を描けずにいた。

 

『別の路線ってなんだ?』

 

高い船と安い船の組合せ(ハイ・ロー・ミックス)案”として売り込むのさ。具体的には、”ムフウエセ”級とのセット販売かな?」

 

高価な個体だけで軍備を揃えるというのは、古今東西の軍隊の夢であるが、まあそれは大体叶わない。

例えば、今の同盟軍なら戦艦だけで艦隊を編成すれば、そりゃあ強いかもしれないが、まあ予算的にも人員的にも設備的にも現実的ではないだろう。

 

実はこの”軍事的妥協案”は、今に始まったことじゃない。

21世紀現在、有名どころと言えば『F-15とF-16の関係』だろうか? あるいはやや変則的だが『F-22とF-35』もその関係かもしれない。まあ、別にF-35はF-22に比べて格段に調達コストが安いという訳ではないが、少なくとも米軍は維持コストの安さを根拠に調達を進めている。

 

原作同様に歴史好きのヤンの事だから、このあたりの事例は知っていても不思議ではないが……この男、存外に商売人気質が強いのかもしれない。

考えてもみれば、この男は家系的に”船主のフェザーン自由商人”だ。運命のいたずらか? 原作より10年ほど早く同盟人になったようだが、父ヤン・タイロンの血脈はその思想と共にしっかり受け継がれているようだ。

 

 

 

『それよりヤン坊、無人艦載戦闘艇(スパルタニアン)の開発はどうすんだよ? 量子コンピューターのAI自体は俺っちでも組めるが、実測データが無いと流石に無理だぞ? 確かにこれまでの艦隊戦闘ログから抽出してある程度はできるけどよ、要求考えるとちと荷が重いな。出来れば専門に観測した戦闘機動データがほしいところだぜ』

 

そして、次世代艦にとり割と肝になりそうな装備開発を口にするデルフ。

 

「ああ、そういえばそっちも進めないとなぁ」

 

デルフをパートナーにしてから、絶対時間で約半年、体感時間的には早数年……デルフはヤンの『思考の癖』を把握していた。

他にも高い記憶力を持ち合わせてるくせに、時折スコンと物忘れをすることもだ。

そのあたりのフォローをするのも自分の役割だとデルフは考えていた。

 

「マスターデータの作成か……いっそ、誰かにテスト・パイロット頼むかな? 心当たりがないわけじゃないし」

 

『アンドリュー・フォーク大尉か?』

 

「よくご存じで」

 

『まあ、ヤン坊のプロフィール見る限り、そのぐらいしか思いつかんわな。フォーク大尉のスケジュール確認と招聘可能かどうかは確認しておいてやるから……そろそろ時間じゃねーのか?』

 

「ああ、もうそんな時間か……それにしてもシトレ校長、じゃなかった大将閣下はいったい一介の少佐に何の用事なんだか」

 

『さあな。俺っちはただの開発サポートAIだからな、その辺の事情はわからん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

「イゼルローン要塞攻略の”原案”ですか?」

 

「うむ」

 

現在、シドニー・シトレは大将へと昇進し、”自由惑星同盟軍統合作戦本部”へ入り、次長の椅子へと座っていた。

原作であれば、今頃は正規第8艦隊の提督のはずだが、どうやらこの世界線では状況が異なっているようだ。

 

いや、本来ならばこの世界線でもそうなっていたはずなのだが……そうも言ってられない事情が同盟にあった。

実は統合作戦本部の本部長補佐がストレス性心労と高齢を理由に退役してしまい、その時の数人いる次長の一人がスライドで本部長補佐に就任。

本来ならば、他の部門から引き抜くかすべき場合なのだが、人事異動があったばかりで動かせる適当な階級を持つ人員がいなかったのだ。

 

それにシトレの場合、士官学校の校長というのは、休暇配置ではあっても間違っても左遷ではなかった。

同盟軍人事部や作戦本部長、あるいは国防委員会はシトレを『極めて優秀な後方将官』と認識されていたのも大きかった

要するに前線で短期間指揮をさせて箔をつけるより、一足飛びに配置させて後方から提督たちに方針を示した方がその能力を活かせるとの判断だ。

 

あながちその評価が間違いとも言えないのが、微妙なところではあるのだが……その代わりという訳ではないのだが、現在第8正規艦隊を率いてるのはラザール・ロボス中将であった。

逆にロボスは前線司令官として評価されているようだ。

 

「ヤン少佐、君がイゼルローン要塞攻略に価値を認めてないことはよく知っている」

 

当然だが、シトレは第027話で登場したヤン・ウェンリー著の”怪文書”、イゼルローン・レポートを熟読していた。

 

「だが、君が指摘した通り……イゼルローン要塞攻略は、同盟軍にとり『最も重要なパワープレゼンス』だ。我々が望まなくとも、議会が望めば動かざるえない」

 

「率直に言ってそれが民意というのは少し違うでしょう? 最高評議会の支持率回復のための出兵というのなら、反対ですよ。そこで死ぬ兵が可哀そうだ」

 

ヤンが危惧してるのはそこだった。

原作で大きくクローズアップされたアムリッツァの悲劇につながる”帝国領侵攻作戦”だが、あれは極端な負け戦だからこそ国家存亡に繋がったが、そこまで大きな敗北でなければ、あるいは当時の議長だったロイヤル・サンフォードが、同盟の政治家としてよほど独創的な政治思想を持っていたというのでなければ、過去に何度か同じような事例はあったはずだ。

 

「いや、現政権はそこまで困窮してはおらんさ。だが、遅かれ早かれ出てくるだろう」

 

「その根拠は?」

 

「君を責める気はないがね……今回の”ヴァンフリート星系会戦”が遠因だよ。少佐」

 

「はっ? ですが、あの作戦は”公的に失敗した”はずですが? まさか……”基地設営ではなく、要塞駐留艦隊の誘引と殲滅が本来の目的”であることが露呈したので?」

 

「安心したまえ。それはない。公文書にもあれを失敗として記載されている。いるのだが……」

 

シトレは苦虫を?み潰したような顔で、

 

「だが、一連の戦いで勝ちすぎてしまったのさ。そこで誤った認識が広がってしまった。彼我の損耗率が10:1ともなれば無理もないがね」

 

「……”帝国軍、与し易し。今が攻め時”ですか?」

 

シトレは頷き、

 

「今はまだいい。だが、来年はわからん。こういう場合、民意を煽り得票を狙う者は必ず存在する。現最高評議会に限らずな」

 

ヤンは大きくため息をつき、

 

「”帝国が弱体化した今こそイゼルローン要塞攻略の好機”ですか? 馬鹿馬鹿しい。たかだか3000隻にも満たない程度を沈めたくらいで弱体化の証になるのなら、イゼルローン要塞はとっくに陥落できてますよ。それこそ私が軍人になる前に」

 

「まあ、そうだろうな」

 

シトレは苦笑いし、

 

「だが、民間人は当然、軍事のプロという訳ではない」

 

「そりゃそうでしょうけどね……鮮やかに勝ちすぎた、ですか。かと言って無様に負けるわけにもいきませんからね。軍人だって同盟市民だ。死なないに越したことはないし、そもそも必要もないのに戦場に行くべきじゃない」

 

「誰も彼もが理性的に戦争を見ている訳じゃあるまい? まあ、それに君一人で考えろとは言わんよ。それにすぐ必要という訳でもない。ただ現状、君の言い方を借りれば準備をしておくに越したことはないという話だ」

 

「……閣下が陣頭指揮を執るので?」

 

「生憎と私は後方に回されてしまったからな……おそらくは、ロボスあたりにお鉢が回るだろう。正否を問わず、大将昇進を対価に。彼を大将に押し上げたい勢力は事欠かないことだし」

 

(こういう生臭い話には関わりたくなかったんだけどなぁ……)

 

だが、そうも言ってられない……自分が何で飯を食っているのか、いい加減自覚していたヤンは、ため息の代わりに敬礼を返し、

 

(それにしても、ロボス中将も運がない)

 

彼の人となりを知ってしまった今となっては、そう思えて仕方のないヤンだった。

 

「幸いにして、()()はロボス閣下とは面識がありますので」

 

「なら、ねんごろになれとは言わないが、その面識を生かす(すべ)を考えたまえ。彼は良い軍人だよ?」

 

「知ってます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、後に”第5次イゼルローン攻略戦”と呼ばれる事になる戦い、その導火線に火が()いた。

だが、彼が初めて経験する”大戦”(おおいくさ)の前に、いくつものイベントが待ち構えてることを、ヤン・ウェンリーは知る由もなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

久しぶりに登場のシトレ大将、そして再登場した途端に無茶ぶりをかますシトレてんてーでした(^^

まあ、この人はこういう役回りですからw
ただ、まだ『半個艦隊で要塞墜とせ』と言わない分、マシかも?

原作と大きな差異は、いきなり後方(統合本部)配属になってしまったことですかね?

ちょっとネタ晴らししてしまうと、シトレが後方配属になったため、『シトレ前線指揮のイゼルローン要塞攻略戦』がイベントとして消滅しました。

なので第5次イゼルローン要塞攻略戦は、前倒しでロボス中将指揮の作戦になりそうです。

いや、もしかしたら代替えイベントになる可能性も……


とりあえず、色んな意味で仮初めの平和は終わりそうですよ?

このエピソードで第06章は終わりで、次回から新章になる予定です。
まだ全然書けていないのですが、気長にお待ちいただけたら幸いです。



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