男は立ち尽くしていた。何もかも燃えていた。フォース部隊のフォイエを集中した結果であった。
五十半ばだろうその男は墨のような黒い塊を持っていた。塊は人の形をしていた。
* * * * * *
軍の家系ではあったが決して位の高い家ではなかった。偶々フォトンの扱いに長け、他の者よりも多くのダーカーを屠ってきた。それだけである。それでいつのまにかシップの軍を束ねる地位にまで上がってきた。
自ら先陣を切って戦い、誰よりも多くの戦火を挙げた。切り込みながら周りに指示を飛ばし殲滅するーー其れが常であった。兵達からは戦場の将軍”イッシモ”と渾名され、人望が厚かった。だが、政治を扱う者達からは煙たがられた。
十度や二十度では済まない。もしかしたら百度有ったかもしれない妨害もあった。その度に心は削れたが、助けてくれる者もいた。名はベトレイと言った。今、副官として傍に就いている。そして副官だけではない、家族としても共に在った。
子供もいた。男にとっては孫である。娘とベトレイを逢わせたとき娘が惚れ、そのまま夫婦になった。結婚して十ヶ月目に子が産まれた。男は孫を溺愛していた。休暇毎に逢いに行き、慈しんだ。孫のほうも男を愛していた。年は離れていたが、血の所為なのか昔の映像作品を観るのも二人の共通の趣味だった。孫に逢う度、男は幸福とはこういうことなのだろうと思った。
孫の名はエルピスといった。
「御爺様、エルピスは嬉しゅうございます。このような服を買って貰えて」
短い腕を振りながら時代がかった風な口調で笑顔の少年は言う。昨日の夜に観たドラマに影響されたのだろうと男は思った。
「そうかそうか、儂こそ喜んで貰えて重畳であるぞ。しかしそのような物で良かったのか?」
濃い茶色のおかっぱ頭を愛おしそうに撫でながら、白髪交じりの髪を後ろへ撫で付けただけの男は言った。少年に付き合ってこちらも時代がかった風な口調だ。終始嬉しそうに笑っている。
二人は孫と祖父の関係であった。祖父は軍を率いる将軍であり、久し振りの休みに孫に逢いに来たのだった。昨日の晩に娘夫婦の家に行き夕餉を馳走になり、約束していたドラマを見て語り合いながら寝た。孫は興奮して中々寝ようとはしなかった。昼前に起きて、欲しかったと言っていた服を孫の母と三人で買いに市街地へ出たのだ。
「いつもの服よりこちらのほうが良いのです。服を気にせずに遊べます」
買った服は唯の青いパーカーだった。周りの孫と同年代の一般市民もそのような服を着ていた。孫はやはり祖父の血なのか、父親の副官のように机に向かって過ごすより身体を動かすのが好きであった。趣味の映像作品も、刀で斬り合いをしたり銃を撃ち合うような激しいものを好んだ。友達も、活動的な者が多い。男はそれで良いと思っていたが娘……母親はもっと勉学へ目を向けてほしいと言っていた。もうすぐ中等部へ進むのだから友達も考えろとも言っている様だ。副官である父親は何も口を出さなかった。子供の事は母親に任せているようである。
「エル。毎日のように高価な服を汚されても困ります。遊びに出るときはそれらを着ていくように、わかった?」
「わかったよ、わかってるってば母さん」
流石に時代がかった口調を止め、母親に言い返すエルピス。眉をハの字にし、口を尖らせた顔は天使の様だと男は思った。
「この先に美味い店が出来たのだ。昼はそこにしよう!」
「はいお爺様!」
「ちょっとお父さん!また大味なお店でしょう!もう~……」
エルピスを肩へ担ぎながら男は言った。男は形式ばった高級な店より多少大雑把な所謂庶民的な食事の方が好きだった。今のような地位になる前に慣れ親しんだ味はやはり舌が好むのだ。エルピスも子供だからか多少大雑把な方が好みのようである。
「この前のハンバーガーは美味でした。お爺様」
「うむ、肉汁とケチャップが……」
突如市街地に爆音が響いた。車は燃え、瓦礫が辺りに散らばった。空を映す天面モニターは黒煙で隠されてゆく。
逃げ惑う人々の背を追っているのはダーカーの集団であった。