「将軍、将軍?」
「どうした? 同志軍曹」
「あ、ボリス大尉。将軍に書類を届けに来たら」
二人が振り向く先、適度な装飾が為され書類が積み上げられた執務机、その席に座った銀髪の女が肘掛けに肘を乗せ手を組み、目を閉じていた。
「寝て、ますよね?」
「ああ、寝ているな」
「珍しいですよね?」
「ああ、珍しいな」
机の上に置かれた軍服の彼女愛用のパイプと灰皿を見ると、先程まで紫煙を燻らせていたらしき跡と匂いがある。
恐らく、ついさっきまでは起きていたのだろう。
「穏やかな寝顔ですね」
「同志軍曹、あまり覗き込むな」
「す、すいません。でも、どんな夢見てるんですかね?」
「……さてな」
「と言うか、将軍って夢見るんですかね?」
穏やかな寝顔を浮かべるナジェーリアを見ながら、ボリスとシルヴィアの二人は、机に積み上げられた書類を静かに片付けていく。
「ボリス大尉、やっぱり将軍お疲れですかね?」
「流石の将軍でも、疲れはあるだろう」
「ここ連日、政治家の先生方と夜会ですからね~」
「俺も出れる夜会には供をしているが、身分で出席出来ん夜会もあるからな」
公国では未だに貴族社会の名残がある。その為、ボリス達一般階級と言われる出身では、出席出来ない会又は入れない建物や土地と言ったものが存在する。
ナジェーリアも一般階級出身だが、公国最強の鎌槌の魔女という肩書きがある為、出席が可能となっている。
そして、政治家や嘗ての貴族に連なる家系の者達はナジェーリアやリーリヤとの
「将軍自身はなんと言うか、変人の類いなのだが」
「ボリス大尉って、当たり前のように言いますよね」
「それが俺の役目だ。諫言がな。十三年間変わらぬ役目だ」
静かな寝息が聞こえる。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
見て見てマーマ!
「ふむ、どうしたのだね? 〝タチナヤ〟」
でっかいカタツムリ!
「おお! 中々に大物ではないか」
うん! パーパにも見せてくる!
パーパが何だって?
あ、パーパだ!
「ああ、〝アレクセイ〟。タチナヤがカタツムリを見付けたのだよ」
おお、大物じゃないかタチナヤ!
壁に引っ付いてたの!
「我が娘ながら、よくやるものである」
〝ナジェリ〟
「どうかしたかね? アレクセイ」
煙草、止めないのか?
「む? 何を言うかと思えば、アレクセイ。私は魔女であるよ。悪縁も良縁も纏めて飲み下す。それが魔女である」
……はぁ、分かった。
マーマ、煙モクモク~
「クックック、アレクセイ。タチナヤはよく解っているよ」
タチナヤ、マーマがカタツムリ欲しいって
マーマ、はい、カタツムリ!
「ぬ?」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「ぬ、う、止め給え。カタツムリは飛ばぬのだ」
「ボリス大尉、これ、どんな夢を?」
「解らん……」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
ナジェリ
「ふむ、アレクセイ。まあ、あれであるよ。魔女も人間であるという事である」
いやな、ナジェリ。それでも、これはひどいぞ?
マーマ、料理へた?
「ひどい夫と娘である。ただ少し卵の調理を失敗しただけではないか」
ナジェリ、それでもだ。卵を爆発させる奴は居ない。
卵爆発するの~。
「ふむ、では、アレクセイ。どうすれば、卵を爆発させずに済むのか。御教授願おうか」
ああ、まずだな。卵は
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「成程、卵に殻は要らぬのか」
「いや、ホントにどんな夢見てるんですか?」
「解らん」
「卵に殻が無かったら、中身出ますよね?」
「当然だな」
「でも、将軍」
「魔導の隠語か何かじゃないか?」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「アレクセイ、これは何だね? 中々に刺激的な絵のマッチではないか」
ナジェリ
「アレクセイ。ああ、安心し給えよ。私は言い訳は聞く主義である」
初めて聞く主義だが……
あ、いや、そのだな、仕事でな?
「ふむ、成程。仕事であるか」
そ、そうだよ。仕事の付き合いなんだ。
「珍しい仕事もあったものである。〝魔女の乳挟みキャバレー〟とはな。何を挟む仕事の付き合いなのだね?」
ナジェリ、勘違いしないで。
「勘違いであるか。まあ、確かに私は豊かな方ではないが、挟めない程ではないと自覚しているぞ?」
ナジェリ、そうだけどそうじゃないんだ。
「では、試してみるかね?」
え? あの? ナジェリ? ナジェーリアさん?
「嗚呼、そうであるな。しかし、安心し給え。タチナヤは保育園のお泊まり会である」
落ち着こう? な?
「そう動くものではない。私は挟めない程ではないというだけであって、君のは中々に……」
ナジェリ、それ以上いけない……!
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「挟み難いのであるよ」
「卵、挟みます?」
「む? 卵は割るものだろう」
「ですよね。では、将軍は何を挟むつもりなんでしょう?」
「本当に解らんな」
「動くでないよ。擦れるではないか」
「ホント、どんな夢を?」
「将軍の夢が解る訳がない」
「………」
「………」
「ボリス大尉、この部分なのですが」
「そこはだな」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
ナジェリ
マーマ
「どうかしたかね?」
ナジェリ
マーマ
「聞こえているよ」
ナジェリ
マーマ
「聞こえていないのかね?」
ナジェリ
マーマ
「これは……!」
どうして?
どうして?
どうして?
どうして?
ど
う
し
て
?
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「はっぁ……!」
「将軍! 大丈夫ですか?」
「は、ああ、同志大尉か」
「酷く魘されていましたが、一体?」
「魘されていた?」
「はい」
ふと、額に触れる手に湿り気がある。汗、それも冷や汗。
頭も瞼も重い、口内が粘り喉が渇き貼り付く。夢でも見ていたのか?
時計を見る。どうやら、仮眠のつもりが確りと寝ていたようだ。
「今、同志軍曹が茶を淹れています。暫しお待ちを」
「うむ、すまんな」
「将軍、その書類は……」
「ああ、〝公国〟〝帝国〟〝共和国〟〝連邦〟〝神皇国〟、五国全ての主要魔女に通達されたものである」
「正直な話、眉唾と言うか想像かと思っていました」
「私もであるよ」
ナジェーリアが手に取った一組の紙束に並ぶ文字、それはこの世界に生きる者であれば、知らぬ者は居ない〝お伽噺〟であった。
「気のせいかと思っていたが、まさかな」
「将軍」
「同志リーリヤだが、最近は斧鉞の動作が重くなった気がすると言っていたよ。まあ、私も鎌の切れが悪くなった気がするのだがね」
ベルトに差していた鎌を手に取り、灯りに翳す。
幼少の頃から使っていた鎌を元に、よりエーテルの乗りが良い様に打ち直した一振り。
手入れは怠っていない。実際、切れ味が落ちた訳ではないが、刃の通りが以前より悪くなった気がする。
槌も軽くなった気がしないでもない。
「同志大尉は何か無いかね?」
「特にこれと言っては無いですね」
「ふむ、であるか」
ナジェーリアがパイプに葉を詰め、火を着ける。
息を二、三度吹かせば、紫煙が目の前に満ちる。
煙を肺に入れれば、重たくのし掛かってきていた瞼が少し軽くなった感覚が芽生える。
「お待たせしました」
「おお、来たか。して、今日の茶はどの様なものかね?」
「はい、今日は将軍がお疲れの様でしたので、ミルクと砂糖をたっぷりと使ったミルクティーとスコーンです。スコーンにはミルククリームと夏蜜柑の皮を多く使ったジャムをどうぞ」
「ふむ、茶が甘い分、茶請けは甘味が軽いな」
「相変わらず良き腕である」
「有難う御座います」
ナジェーリアとボリスがシルヴィアの淹れた茶を褒め一息吐くと、シルヴィアが二人の見ていた書類を見付けた。
「将軍、これって……」
「同志軍曹も気になるかね?」
「気になると言うか、これ本当ですか?」
「紛う事なき事実であるよ」
「〝福音の魔女〟」
三人が見た書類に書かれていたものは、世界の終わりに現れると言い伝えられる伝説の魔女、それが確認されたという報せであった。
次回予定
神皇国
〝梓弓の
巫女は巨乳でズドン。誰かが言った。