いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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今回は作者が活躍させたい魔女の〝フレスアード・スレイファン〟の幕間話です。
気付いている人はいるでしょうが一応、モデルは不夜城のキャスターです。
というか、服装はほぼまんまです。はい。


砂漠の幼王

 豪奢な一室、そこにある天蓋付きの寝台に眠る影が二つあった。

 大小二つの内、小さい影がまだ夜闇の残る朝に起き上がる。透き通る様に薄いシーツをはだけると、シーツの海から濃い肌色の手が伸びる。

 

 「王よ、お風邪を引きます。どうか、こちらへ」

 

 小さな、幼い身をシーツの海に浮かぶ己の身へと引き寄せる。砂漠の国である王国の朝と夜は、冬国の公国と比肩しうる程に寒い。

 閨に横たわる魔女は、己が主を母猫が仔猫を暖める様に、赤毛の少年を抱き寄せた。

 

 「フレスアード」

 「我が王よ、どうかご自愛を」

 

 褐色の柔肉に、赤毛が沈み込む。

 柔らかな肌を、緩く抱き留めれば、淡い体温が伝わってくる。

 

 「せっかく、早くに目が覚めたのだ。朝焼けが見たいのだがな」

 「では、御召し替えを」

 

 赤毛の少年を抱いたフレスアードの、肉厚で形の良い唇が言葉を紡ぐと、どこか浮世離れした従者が現れ、その手に持つ衣服に少年を着替えさせようとする。

 

 「よい、自分で着替える」

 

 少年は従者から衣服を受け取ると、薄絹の寝間着を着替える。

 

 「我が王」

 「フレスアード、そなたと二人の時だけは、余の好きにさせよ」

 「御意に」

 

 少年の見る先には、砂漠と石造りの町並みを、朱色に染める太陽が顔を出し始めていた。

 これから、あの朱色が輝きを増せば、こうして太陽を見る事は出来ない。今、この僅かな時間のみ、王国では太陽を見る事が出来る。

 少年は、すぐ背後に立つフレスアードの身に己の手を這わせ、長身の彼女を見上げる。

 

 「フレスアード、我が魔女よ。余はこの国を守れるだろうか?」

 「我が王、この国を守れるのは貴方の他に有り得ませぬ」

 

 フレスアードが、少年の疑問を即座に否定するが、少年は昇り始めた太陽に目を細めて、吐息と共に言った。

 

 「フレスアード、余は未熟な王だ。身も心も、なにもかも未熟だ」

 

 少年は向き直り、フレスアードを真っ直ぐに見据える。

 柔らかな褐色の身、己を庇護する王国最強の魔女、フレスアード・スレイファン。

 彼女には、幾度となく窮地を救われた。彼女が一度物語を紡ぎ語れば万夫不当の軍勢が現れ、己は何もせずとも驚異は取り払われる。

 今もそうだ。この閨にも、フレスアードの魔導の軍勢は潜んでいる。

 そして

 

『我が問いに答えた人間が未熟とは、中々に面白い事を言う』

 「〝魔神〟様」

 

 それらすら凌駕する圧倒的な存在〝魔神〟も、彼女と共に在る。

 守られてばかりのお飾り。少年は、王としての己をそう判断する。

 だが

 

『我が問いに答えたという事は、お主以外にこの国の王は務まらぬという事だ。我が魔女の主よ』

 

 〝魔神〟の声はフレスアードが持つ長杖から響く。

 この世界各地で語られる存在〝魔神〟、その一柱の言葉。

 その言葉が指す問いに、己は偶々答えたに過ぎないのではないか。

 少年は赤毛に朱色を写し俯いた。

 

 「我が王」

 「フレスアード」

 

 声と共に、頭を抱き寄せられる。

 暖かで柔らかい重さが頭に乗った。

 

 「我が王、自信をお持ちください。貴方様だからこそ、私共は身命を捧げているのです」

 

 少年、砂漠の幼王は俯き沈黙したまま、己を撫でるフレスアードの手と言葉を受け入れていく。

 

 「我が王、砂漠の幼王、未熟でいいではありませんか。未熟なれば、それは先があるという事、つまりは王国に未来があるという事」

 

 フレスアードは一度身を離し、幼王に視線を合わせる。

 己よりもずっと低い頭身、しかし未だ成長を続けるその心身、王に選定された時は頼り無くあどけなかった彼が、今や己と〝魔神〟だけでなく、王国の民草が認める王となりつつある。

 王国は多民族国家、多数の民族や部族が権勢を求めて、この砂漠に(ひし)めき合っている。

 そして、それは王の基準が其々に違うという事だ。

 

 「我が幼王、不安が御座いませば、このフレスアードに。私は、貴方様の全てを受け入れます」

 

 凛とした、切れ長の瞳が一瞬歪み、しかしその歪みを見せまいと、幼王はフレスアードの身に顔を埋め隠す。それは涙を溢すのを見られたくない、幼き心故の意地なのだろう。薄絹に染みた湿りが、僅かにフレスアードの身を濡らした。

 

 「余は、…〝僕〟は、王になんてなりたくなかった」

 「はい」

 「村で皆と一緒に暮らしたかった」

 「存じております」

 「友達と一緒に遊びたかった」

 「そうで御座いましょう」

 「でも、僕が王にならなくちゃ、村が国が枯れちゃう」

 「我が王」

 「フレスアード、…‥怖いよ。僕が間違えたら、村だけじゃなくて、色んな部族や民族が死ぬんだ。僕を恨んで死ぬんだ。一人や二人じゃない。百人や二百人でもない。もっと、数えきれない人達が死ぬんだ」

 

 怖いよ。震える身で、少年は己にしがみつき身を沈めながら、内心の恐怖を語り部に吐き出していく。

 フレスアードは、そんな少年をただ受け入れた。

 

 「我が王、どうか、そのお心の恐怖を吐き出してください。私だけは、貴方様の恐れを全て受け入れましょう」

 「嫌だ、怖いよ、フレスアード、皆が僕を責めるんだ…‥」

 「王よ、貴方様の正しさは私を含め、諸侯は皆理解しております。貴方様は決して、西の部族が吹聴する愚王などではありませぬ」

 

 少年の政策は、今はまだ芽を出していないが、近い将来、彼が成人の儀を迎える頃には、この幼王は賢王と称えられている事に違いない。

 それだけの才が、彼にはあるのだ。

 

 フレスアードは、少年の顔に手を這わせ、額に己の額を合わせた。

 そして、両の目伏せて彼女は彼にだけ聞こえる声で、言い聞かせる様に語った。

 

 「王、我が幼王、私は貴方様の恐れを全て受け入れ、私共が貴方様を間違えさせませぬ。貴方様は御自身の正しさを信じ、もし仮に過ちを犯したならば、私共が貴方様を咎め正しましょう」

 「僕は、王でいていいの?」

 「我ら砂漠の民は盟約の民、〝魔神〟様の問いに答えた貴方様を疑う者は居ませぬ」

 

 岩すら焼き潰す苛酷な環境に生きる砂漠の民は、盟約を重んじる。

 砂漠の王国の王は〝魔神〟の問いに、確かと答えなければなる事は出来ない。

 武王と称えられた先代王が倒れ、次代の候補が〝魔神〟の問いに挑んだが、誰一人として確かと答える事は出来ず、元老達が頭を抱えた時、今よりも幼い彼がただ一人〝魔神〟の問いに答えた。

 

 「…フレスアード、ありがとう」

 「これも私めの役目、お気になさらず」

 「…僕は、…余は決めた」

 

 王はフレスアードの額から己の額を離し、顔横にあった手を握る。小さな手を長い手指に絡ませ、彼は凛とした目で正面に見える水晶の様な双眸を見据えた。

 

 「余はそなたを正室として娶る」

 「はい?」

 「フレスアード、余は本気だ。余には今はまだ種が無いが、種が出来た時は迷ず、そなたを孕ませる」

 「わ、我が王よ、私は〝魔神〟様の魔女、いかに我が王の言葉とは言え、それは…」

『いいのではないか?』

 「ま、〝魔神〟様!?」

 

 長杖から響く重い声に、フレスアードは思わず目を剥き、長杖の先端にあるランプを見た。

 そこから響く声には、喜悦の響きがあった。

 

『我が魔女と我が魔女の主の子となれば、この国も安泰であろう? くくく、鎌槌のに報せてやりたいものだな』

 「〝魔神〟様、私はただの魔女。王のお胤を頂くには、少々身分が…」

『それは我の格が低いという事になるぞ? 我が魔女よ』

 「う……」

 

 今思い付く限りで、確実に断れる策が一瞬で破れた。確かに自分は、王国の象徴である〝魔神〟を使役する魔女だ。しかし、その自分の身分は高くない。

 王国は身分社会、元は王室の側女兼任の魔女に過ぎず、使役魔導と幻燈魔導が、他の魔女よりも少し得意なだけだった。

 だが、先代の魔女が〝魔神〟との盟約を終え、次代に自分を指名した。

 何故かは分からない。彼女はそれを教える前に、王国を去ったから。

 しかし、自分が跡継ぎになる時は荒れた。先王から寵愛を受けていた部類であり、その自分が王国の象徴となる魔女になるのだ。荒れぬ訳が無かった。

 だが、魔女の跡継ぎを決めるのは先代と〝魔神〟、そこに他者が介入する余地は無い。

 他者は黙るしかなかった。

 

 「しかし、私は…」

 「フレスアード、余はそなた以外は嫌だ」

『くくく、覚悟を決めろよ、我が魔女』

 「うむぅ…」

 

 フレスアードは唸る。困った。確かに、自分は王の夜伽も勤めだ。

 そこには、幼い王に〝女〟を教えるというものも含まれている。

 しかし、それは側女としてであり、正室という国家に関わる身分になるのは、気の迷いに近い気がする。

 だが、目の前の王は本気だ。本気で自分を正室に迎えようとしている。

 このままでは、王室に余計な確執が生まれる可能性がある。

 フレスアードは、苦し紛れに一つの提案を出した。

 

 「では、我が王。こうしましょう。貴方様が成人の儀を終えた日に、今日の事を覚えておられたならば、私は貴方様の妻となり、お子を孕みましょう」

 「言ったな、フレスアード。余は確かに聞いたぞ。余は絶対に忘れない。そなたを必ず正室に迎える」

 

 待っていろ。幼王はフレスアードに抱き着き、顔を見上げる。と、そこで幼王は首を傾げる。

 

 「時にフレスアード、子はどうやって成すのだ? そなたが余の胤を飲めば、子が出来るのか?」

 

 凛とした王の瞳に幼き心を宿して、少年は魔女に問うた。

 

 「そのお話はまたの機会に、今日はここまで」

 

 王の僅かに乱れた衣服を正して、幻燈の魔女は微笑んだ。




次の幕間は将軍かな?
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