通称〝沼の魔女〟
ガラスの魔女〝テレジア・ディートリッシュ〟専属の魔女メイド。
少々、生い立ちが特殊であり、その生い立ちに関係して魔導もかなり特殊である。
彼女の原典となったのは、四回目の転生を果たしたテレジアが造り出した〝収納系魔導〟である。
四回目では、戦闘に関する魔導より生活に関する魔導を多く生み出した。その一つがリューヌ・テュレイルの原典である。
リューヌは人間や魔女というよりは、魔導生物に近い。
その肉体は高濃度のエーテルで形作られており、通称の通りに底無し沼の如く、彼女の肉体は何もかもを沈めてしまう。
しかし、ネームド魔女となると、彼女の肉体容量を飽和させてしまう一撃を軽く撃ち出してくる上に、彼女自身が戦闘向きでは無いため、メイドをしている。
拾ってもらった事には感謝しているが、あのサボり癖はどうにかならないのか。あの見た目幼女の中身ババア、とか思ってない。
テレジア・ディートリッシュを語る際に、決して外す事の出来ないモノがある。
「陛下、これも御自身が招いた事態。如何なされるおつもりで?」
「如何も何も、このままだとエーテルが消失する可能性があるから話をしようと、招集を掛けた訳なんじゃが」
「しかし残念ながら、陛下の信用の無さが原因で誰も集まりませんでしたね」
ははは、と感情を込めずに無表情に笑うリューヌ・テュレイルもそれに深く関係している。
いや、彼女には現代に生きる魔女全てが関係している。
「〝現代魔女の始祖〟と謳われ、共和国の象徴と祭られるにも関わらず、これですか」
「キツくね? 妾に対してキツくね?」
「は、は、は、片腹痛いとはこの事ですね」
「この、毒舌メイドが……!」
彼女、テレジア・ディートリッシュは現在の肉体的年齢こそ若年層になるが、その精神的年齢は最年長となる。
それは彼女が持つ魔女としての特性、否、呪いが関係している。テレジア自身は祝福と言っているが、知らぬ者にとっては呪いに他ならない。
「良いか?! 妾とは共和国で、共和国とは妾なのじゃ!」
「はいはい、存じておりますとも」
テレジアに与えられた
しかし、約束を交わした二人の子供は時が経つにつれ、その身に宿した力を目覚めさせ、約束も捩れ姿形を変えていった。
「存じておるなら、敬わぬか!」
「敬っておりますとも」
「だったら!」
「しかし、陛下。敬い方は人其々に御座います。私には私なりの敬い方が御座いますが、まさか陛下、貴女様ともあろう御方が、御自身の願望を押し付けるのですか?」
二人は魔導を志し、数多の冒険を乗り越え、そしてお伽話に語られる〝魔神〟を討ち果たし、英雄となった。
「んぎぃー! 詭弁を弄しおってからにぃ!」
英雄となった二人は、人々が安寧の日々を過ごせる場所を集まってきた人々と共に作り上げた。
それが共和国であり、〝建国妃〟テレジア・ディートリッシュが唯一愛し、祝福を受け入れた者こそ〝建国王〟である。
「しかし、陛下。〝福音の魔女〟とは一体?」
「話をすり替えるな! ……はあ、まあよい。先ず第一に〝福音の魔女〟なんぞ、妾も初めて見る」
「ですが、陛下が見付けられたのでしょう?」
「まあ、のう。散歩中に周囲のエーテルが急に稀薄になれば、その中心地に見た事の無い魔女が居れば、世界の最期だか滅びだかに現れる〝福音の魔女〟だと思うじゃろ?」
「即ち、陛下が発見された魔女が、〝福音の魔女〟である根拠は無いと?」
「確証も無いがの」
彼と彼女が嘗ての幼き日に交わした小さな約束は、〝建国王〟最期の日にその歪に歪み捩れた。
ずっと一緒に居よう。そんな子供の約束は、時と魔導に歪み、王と妃という立場に捩れた。
祝福は呪いとなり、テレジアに降り注ぎ、彼女を共和国に縛り付けた。
彼女に掛けられた
「……陛下、それであの変人共が集まると?」
「まあ、半分ダメ元じゃしの」
「陛下」
「言うな言うな。妾からしてみれば、共和国以外の国なんぞいっその事、滅んでくれて構わぬと思っておる」
テレジア・ディートリッシュは死ねない。否、正確に言うなら、死んでもまた生まれる。
その立場は王族貴族平民と変わり、性別も何度か変わったりしたが、共和国最強の魔女である事だけに変わりは無かった。
二人が興した共和国という概念が存在する限り、テレジア・ディートリッシュはそれと共に在り続ける。
「もういっそ、全世界共和国とかどうじゃ?」
「陛下、発言にはお気をつけを。何処から話が漏れるか」
「ここは妾の宮殿、ここには妾とお主しか居らぬ」
「まあ、それもそうですね」
笑い泣き、天寿を全うした。悪逆として処刑された事もあった。
しかし、それも全て許した。彼女にしてみれば、共和国の民は自らの子供だ。彼女にとって、反乱や革命は子供達のちょっとした反抗期でしかない。
今の民主政治となるきっかけの革命で、彼女は処刑された。王政による国内不安、世襲による独裁では立ち行かなくなると、革命家や思想家達は民衆に訴えかけ、そして革命を起こした。
後の歴史にも記される争い無き革命。これにより流れた血は、当時王族として生きていたテレジアとその他数人の王族達のみであった。
王政の廃止を証明する為の処刑だったが、〝建国妃〟であるテレジアの首を落とす事を民衆は憂い、革命家や思想家達も自らの行いに涙を流し、処刑人は許しを乞うた。
しかし、本人は堂々と処刑人に斬首を命じた。
『ほれ、早うせよ。大の男が泣くでない。妾とこの国を思うのであれば、さっぱとこの首を落とせ』
当時のテレジアが遺した功績に特筆すべき点は無い。
魔導の研究も前回と比べて緩慢、政治も特に悪政を敷いていたという訳でもない。
しかし、この革命がほぼ無血で成されたのは、彼女が裏から根回しをしていたからだと、歴史家は語る。
「まあ、何にせよじゃ。リューヌ」
「何でしょう? 陛下」
「〝福音の魔女〟が世界を滅ぼすと世迷い言をぬかすなら、妾は正面から奴を叩き潰す」
自らの行いで、民衆が無駄な血を流さずに済むように、自分と覚悟ある王族のみで済むように、彼女は誰にも悟られぬ様に裏から手を回し、革命の成功させた。
それが事実なのかは解らない。
何故なら、本人が昔の事は忘れたと言って話さないから。
「リューヌ、仕度をせい」
「陛下、どちらに?」
「判っておるだろうに。公国、ナジェーリアの元へ行くぞ」
「畏まりました」
一礼し、下がるリューヌを横目に見て、テレジアは凄惨に笑った。
「〝福音の魔女〟だか何だか知らぬが、妾の
共和国を興し、現代魔導の基礎を築き上げた魔女テレジア・ディートリッシュ。
その静かな怒りは、ゆっくりと燃え上がっていた。
生活魔導
皆の暮らしに役立つ魔導だよ。
何処かの将軍の部下の軍曹が、この生活魔導のプロだったりするよ。