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公国では当たり前の曇り空の下、ボリス・カレンディット大尉は冷や汗を流していた。見る者が見れば、鉄面皮とも呼ばれる彼の有り様に、目を見開いただろう。
それもその筈、今から彼が出迎えるのは、友好国の最重要人物であり、近代魔導の母とまで謳われる人物だからだ。
最近は要人によく会う。
ボリスは内心で嘆息する。自分はあくまでも、一般的な魔導師でしかない。
こう言うと何故か、とある事務と炊事に特化した部下が凄い顔を向けてくるが、どうあっても一般的な軍人魔導師でしかない事は揺るぎ無い事実だ。
その自分が、今は公国最強の魔女の副官だ。何の冗談だと言いたくなるが、現実なのだ。
現実は認めなければならない。そうでなければ、死ぬだけだ。
ボリスが軍人として戦場で、〝降星事変〟で学んだ事だ。
だから
「おっぷ……」
「陛下」
若干、何かに酔っている見た目幼女の精神年齢最高齢な魔女と、旅行鞄が腰辺りから〝はみ出している〟侍女も、現実だと認めなければならない。
「お待ちしておりました」
「ん? おうおう、誰かと思えば、大尉ではないか。出迎えご苦労じゃの」
「陛下が無理を言いまして、申し訳ありません」
「いえ、構いません」
訪問の連絡が入ったのは、つい三時間程前。
共和国は帝国を間に挟んでいるから、三時間で公国に着くのは不可能に近い。
ならば、どうやってこの短時間で公国に着いたのか。
「あの新型は要調整じゃの。帰ったら、また魔導式を組み直さんと」
「しかし、リトリア将軍はあの加速を如何にして制御しているのでしょう?」
「確かにのう。あの変人の事じゃ。どうせ、録でもない方法でも使っておるのじゃろ」
どうやらこの二人、共和国からナジェーリアの〝鎌〟を真似た新たな魔導で移動してきた様だ。
しかし、よく新たな魔導を次々に開発するものだ。それが幾度となく繰り返してきた経験に裏打ちされたものだとしても、ボリスは素直に関心する。
通常、魔導というものは開発に時間が掛かる。
形式、消費エーテル抽出量、触媒、使用環境その他諸々を過去の魔導資料と照らし合わせて実験し、組み上げては組み直しを繰り返して、漸く〝図面上での完成〟へと漕ぎ着ける。
ここから、実際に仮定された使用環境で目的を果たせるのかを実験する。
開発魔導の約九割は、ここで現役魔女魔導師達にダメ出しを食らいまくって、
「ま、妾は天才じゃし。あの変人がどうやって制御しとるかなんぞ、パパッとお見通しじゃ」
「そうですか。では、どうぞ」
「え?」
ボリスを置いて繰り出される、テレジアに対するリューヌの無茶ぶりに、テレジアが固まった。
まだ合流もしていないのに、これである。
テレジアが鈍い汗を流す横で、リューヌは腰辺りからはみ出ていた旅行鞄を自らの体に押し込み、なに食わぬ顔で立っている。
その表情は、テレジアの答えを急かすものではなかったが、テレジアはリューヌの無表情に焦りを隠せない。
「ディートリッシュ陛下、テュレイル殿。先ずは、中に入られてはどうでしょうか?」
「お? おお! そうじゃな。どれ、案内を頼むぞ」
渡りに船と、テレジアがボリスの誘いに乗り、バーバヤーガ基地内へと足を踏み入れ、リューヌもそれに続く。
「して、大尉よ」
「は、何でありましょうか?」
「ナジェーリアはどうしている?」
ボリスは言葉に詰まった。言える訳が無い。自身の直属の上官であり、公国最強の魔女が清酒とヴォートカと麦酒をチャンポンして酔っ払って、空き瓶を親友の忘れ形見と誤認して、撫で肩であるねなどとほざいている。などと、言える訳が無い。国の沽券に関わる。
『同志軍曹』
『あ、はい。どうしました? ボリス大尉』
ボリスはシルヴィアに念話を試みる。
すると、暢気な声が頭に響いた。
『将軍は今どうしている?』
正直な話、酔い潰れるなりしていてくれたなら、体調不良なりの理由を付けて、面会を遅らせる事が可能になる。
その隙に、酒精を抜いて復帰させる。
元々、ナジェーリアは酒に強い。酔い潰れたのを見たのは、十三年の付き合いでも片手で数える程しかない。
『え、将軍ですか?』
『そうだ』
『あ~、そのですね』
『どうした?』
なにも今日でなくてもいいではないかと思いはしたが、天内満代の忘れ形見である天内菊代と、杯を交わした事が嬉しかったのだろう。普段しない呑み方をしていた。
『将軍は……』
『同志軍曹?』
そこまで声が届いたところで、念話が途切れた。
何事かと、ボリスは再度念話を試みるが、その前に何故念話が途切れたのかが解った。
「はっはっはっ、何時振りであるかね? テレジア」
「相変わらず、神出鬼没じゃな。ナジェーリア」
酔い潰れていた筈のナジェーリアが、何食わぬ顔で口の端にパイプを挟んで現れた。
まだ少し紅の差した顔だが、足取りは確りとしたもので、紫煙を燻らしている。
「良い度胸じゃの? 妾の前で煙草を飲むとは」
「同じ魔女、気にするものではあるまいに」
薄い笑みを浮かべる二人、金と銀の二色が近付き、二人の内燃エーテルに影響されて、空間エーテルの波が可視化する。
ボリスはナジェーリアの腰に目をやる。鎌と槌はまだベルトに差したままだ。
リューヌはテレジアへと目を向ける。テレジアの魔導は多彩だが、真に頼りとする魔法杖は屋内では展開し辛い。
頼むから、荒事は避けてほしい。従者二人の願いであった。
「カレンディット大尉」
「ボリス大尉」
と、そんな事を考えていると、ウルレイカと満代が、奥の応接室から走ってきた。
少し遅れて、シルヴィアが向かってきているのも見える。
「お二人共、待ってくださ~い」
「同志軍曹、君は軍人の筈なのだが?」
「いや、それよりも、どういう状況なのさ、これ?」
「テレジア・ディートリッシュ陛下ですわね」
「いや、それは分かるけどさ。なんで、共和国の要人が?」
「それを言えば、私達もですが」
公国、帝国、神皇国、共和国、四国の最重要魔女が一堂に会する。
その中心の金銀は、薄い笑みを深くし、笑い言った。
「〝福音の魔女〟の話かね?」
「うむ、しかし、人が増えるかもしれんのぅ。どうじゃ? 妾の〝宮殿〟に招待してやろうか?」
「是非、招かれようではないか」
他の魔女を置いて進む二人の話、〝宮殿〟とは何のかと菊代が問おうとした時、屋外にとてつもないエーテル密度を感じた。
「今のは?」
「菊代菊代、外見なって!」
単純な魔女としては下の下であるウルレイカが、興奮して窓の外を指差す。
そこには、菊代の常識を越えるものがあった。
「どうじゃ? 妾の〝宮殿〟は?」
「いや、懐かしいものであるね」
「いや、でも、これって……?」
「エーテルだよね?」
ナジェーリアが懐かしむ周りで、年若い魔女達は呆気に取られる。
「良い良い、気分が良いぞ。とくと見るが良い。これが妾の魔法杖である空中宮殿〝パンション・ヴェルサイユ〟じゃ!」
菊代達が窓から見上げる空には、バーバヤーガ基地よりも遥かに広大なガラス造りの宮殿が浮かんでいた。
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