「調子はどうだ? カタリナ」
「まあ、悪くないですよぉ」
「それはよかった」
煉瓦造りの建物で、アビゲイルが問うと、カタリーナは蜜色の肌を見せて笑う。
その身に以前リーリヤから受けた傷跡は無く、アビゲイルのよく知る彼女の姿があった。
「流石はリーリヤ・ブレーメイヤ。生半可な力では、押し潰されるか」
「アビィと私じゃあぁ、相性悪すぎですよぉ」
「案ずるな。次は私が相手をする」
簡素なシャツ姿のフレデリカが、木刀を片手に携え、手拭いで汗を拭っていた。
「彼奴めの剛力に相対出来るのは、私だけだろう」
「確かにな。だが、無理はするな。我々の目的は、奴らの打倒ではない」
「承知している。我らの目的は〝奪還〟だからな」
フレデリカが言うと、残る二人も頷く。
だが、三人の顔には自嘲の色があった。
「皆が聞いたらぁ、呆れられますねぇ……」
「で、済めばいいがな」
「我が師に知れたら、殺されるかもしれん、いや、殺される……」
溜め息を一つ吐き、フレデリカがテーブルに置いてあったボトルの封を開け口を付ける。
喉が乾いていたのだろう。一気に煽ると表情が消え、そのままに固まった。
アビゲイルが何事かと視線を向けると、フレデリカが待てと掌を立てる。
ややあって、フレデリカが顔を上げ、喉を真っ直ぐに伸ばす。喉、食道、胃までが通され、
「ふっ……!」
腹式呼吸の要領で、ボトルの内容物を胃へと落とした。
「おい、フレデリカ」
「あぁ~、それ私のボトルゥ」
「道理でな!」
目を閉じ、静止していたフレデリカが、カタリーナの言葉に手にしていたボトルを床に叩き付けた。
空洞の金属特有の反響音を響かせ、煉瓦造りの床を転がり、ボトルの底に残っていたゼリー状の物体が飛び出る。
アビゲイルが思わず距離を取ると、カタリーナが抗議の声を上げる。
「あぁ、ヒドイぃ! 折角手に入れた〝ゼリーうどん〟がぁ!」
「おい、なんだその奇っ怪なワードは?」
「神皇国の飲料メーカーがぁ、老舗のうどん屋とコラボして出来たぁ、新世代うどんですよぉ」
カタリーナがボトルを拾い、底に残っていないかと覗き込む。
しかし、残念ながら〝ゼリーうどん〟は残らず、フレデリカの胃と床に消えていた。
「もうぅ、やっと手に入れたのにぃ」
「喧しい。お前のその謎味覚はどうやったら直るんだ?」
「生まれつきぃ、ですよぉ。というかぁ、味はどうでしたぁ?」
カタリーナの問いに、フレデリカが難しい表情を浮かべる。
今、フレデリカの胃に収まっている〝ゼリーうどん〟、単純な味としては、ちゃんとしたうどんだった。その味を単純に言うなら、鰹と昆布の合わせ出汁と淡口醤油の関西風。
ちゃんとしたうどんであったらならば、まだ良かった。
しかし今回は〝ゼリーうどん〟、そう〝ゼリーうどん〟だったのだ。
寒天で固まった液体うどん、フレデリカの評価ははっきり言って、
「不味い」
「ええぇ~?」
「何故、驚く? 私でもゼリー状のうどんは嫌だ」
「アビィまでぇ……」
「これを機に、お前の謎味覚直せ。な?」
フレデリカとアビゲイルが、カタリーナの肩に優しく手を置く。
そして、二人の目には簡単には言い表せぬ優しさという名の、強制力が宿っていた。
その目から逃げる様にして、カタリーナは話題を提供する。
「〝つぶつぶおはぎ〟は美味しかったでしょうぅ?」
「ああ、餅米の粘る嫌なつぶつぶ感さえ無ければ、おしるこだったな」
選りに選って、カタリーナが贔屓にしている同じ飲料メーカーが、老舗甘味屋とコラボした〝つぶつぶおはぎ〟を話題にした為、アビゲイルの指が蜜色の肌に食い込む。
「あ、あ、肩、取れぇ……!」
「私達も強制はしたくない。だからな、お前の自主性に任せる」
「ああぁ、肩が肩がぁ……!」
被害者二人が万力の如く締め上げれば、情けない声をカタリーナが漏らす。
涙目になったカタリーナから手を離し、フレデリカはアビゲイルに向き直った。
「アビィ、シルヴィは?」
「私より、カタリナに聞いた方がいい」
「シルヴィはぁ、変わってませんでしたよぉ」
カタリーナは目を細め、何かを懐かしむ様に語った。
「家事が得意なのもぅ、私の骨を怖がってぇ、頭を抱えて隠れるのもぅ、何も変わってませんでしたぁ」
「虐げられているという事は無かったか?」
「それは無い。〝鉄鎖〟の魔女ナディア・イヴェノヴァが、箱入り娘と表現していたからな」
「その魔女は信用出来るのか?」
「出来るさ。私の事を、ちゃんと愛されて育った子だと言ってくれたよ」
アビゲイルが腰に差した細剣の柄を撫でる。
装飾も最低限、実用性を求めたそれは、鉄と革の擦れる音を僅かに立てた。
「そうか。……ますます、やり辛くなるな」
「だが、そうも言ってられん」
「そうですよぅ。私達は取り返すんですよぅ」
どうにもならない。答えは既に出ているし、出している。
「しかし、先走り過ぎてもいかん」
「そうだな。……〝ベアトリーチェ〟をあまり怒らせたくない」
「長いですからねぇ……」
カタリーナがいつの間にやら、新しいボトルを持ってきて開けていた。
どどめ色の液体が放つ不可思議な匂いが、アビゲイルの鼻に届く。
悪臭ではない。しかし、甘さと苦みとその他諸々がまぜこぜになった匂い。簡単に言えば、鼻と目にクル。
「カタリナ、お前なんだそれは?」
「〝スポーツベリーコーンスープ〟ですよぉ」
手首のスナップを効かせ、カタリーナの額をはたいた。
良い音が響き、カタリーナの衣装の飾り鈴が鳴る。
「……ベアトリーチェは?」
「〝福音〟の跡地の調査だ。万が一、テレジア・ディートリッシュが出てきても、奴なら対処出来るからな」
「ああぁ、アビィがヒドイぃ」
「お前は味覚を直せ」
ボトルの中身を啜るカタリーナを見て、アビゲイルとフレデリカは溜め息を吐いた。
次回
同志軍曹の故郷に着いた一行。
彼女達を待っていたのは
「ははは、何も無いね」
「まったくだ」
「いやぁ、田舎ですんで」
特にこれといって何も無い町
「ここが私の実家です」
「フツー、フツーだよ。菊代」
「落ち着きなさい、ルーデルハイト」
フツーの同志軍曹の実家
「そういえば、同志軍曹。君の御両親は健在かね?」
「あ、私、両親の顔知らないんですよ」
「「「「は?」」」」
さらっと言うよ。重い過去
まあ、こんな感じかな?