ウルレイカは久々に普通という感覚を得た。
普通の家、普通の庭、普通の煙突、帝国にもある普通の一般庶民の家だ。
「普通、普通だよ菊代」
「そうなんですの?」
「けぇっ! これだからセレブは……!」
「な、なんですの、その言い種は?」
ウルレイカが半ば吐き捨てる様に言うと、菊代が目を剥くが、ウルレイカは何処吹く風と口笛を鳴らす。
「うわぁ、普通、普通だよ」
「あの、ルーデルハイト大佐。他が凄すぎるだけですからね」
シルヴィアの言葉に、ウルレイカは周囲を見る。
菊代、神皇国の巫女序列第一位の名門天内家当主、金持ち
リーリヤ、公国名門貴族当主で高級将官、金持ち
ナジェーリア、公国最強魔女で高級将官、金持ち
金持ちしか居ない。
「ブルジョワジー!」
「遂に頭がおかしくなったか?」
「うっさい、金持ち!」
ウルレイカは帝国、公国に共通する煉瓦造りの一般的な一軒家の前で叫んだ。
ウルレイカ・ルーデルハイトは、一般庶民の出だ。
裕福ではないが、特に貧しくもない。そんな普通の出自。
軍属となり、帝国ネームド魔女にもなり、金回りは比較するのも馬鹿らしくなった。
だが、生来の富裕層には程遠く、そういった者達と関わると、己の出自を改めて自覚する。
「金持ちばっかかよー……」
「はっはっはっ、まったくその通りであるね」
「いや、リトリア。あんたもそうだよ」
「おや、私の出自を知っての事かね?」
「リトリアの?」
ウルレイカは思案し、隣の菊代を見る。
しかし、彼女も首を横に振るだけで、求めた答えは返ってこなかった。
ならばと、同じ国に所属し、同等の階級であるリーリヤに聞こうとするが、肝心の彼女は関わる気がないのか、さっさとクシャトロワ宅に入ってしまった。
「はっはっはっ、なに、そう気にする事ではないよ」
「いや、その言い方は気になる」
「ふむ、そうかね?」
口の端にパイプを噛み、ナジェーリアは紫煙を吐き出す。
白の雪に白の髪とコート、それに白い紫煙。肌も白く、パイプや軍服の黒が無ければ、ナジェーリアは白一色の女だ。
何時だったか菊代が、一言漏らしていた言葉を思い出す。白のコートと髪を吹雪に靡かせ進む背中は、確かにそのまま白に消えてしまいそうだ。
「はっはっはっ、何をしているのかね? 早く、入り給えよ」
「おば様、それはクシャトロワ軍曹の台詞では?」
菊代が疑問するが、彼女は意に介さず、パイプから燻らせた紫煙を、雪の中に吐き出した。
紫煙が雪の粒に巻かれて、消える。菊代は何故か、その光景に胸騒ぎを覚えた。
その雪の先に居るナジェーリアが、ぽっかりと開いた扉の中へと消えていく。それはまるで、また自分だけが置いて行かれるのではないか。
菊代は、そんな錯覚を覚えた。
「おば様」
不意に呟く。風の音に掻き消され、誰にも届かない。菊代は扉を潜った全員の背を追って、クシャトロワ邸へと足を踏み入れた。
「あ、いらっしゃいませ」
公国の家には標準の暖炉が、煌々と薪を燃やす部屋に、シルヴィアは部屋着で居た。
「気楽だね? クシャトロワ軍曹」
「いやぁ~、久しぶりに実家に帰ったものですから」
照れた様に頭を掻くシルヴィア、薪が火の中で弾ける音が聞こえる。
「そういえば、クシャトロワ軍曹? ご家族の方はいらっしゃいませんの?」
「あ、私一人ですよ」
「え、実家に一人?」
「あ~、私、両親を知らないんですよね。家族は亡くなった祖母だけでしたし」
なんとも軽い調子で、シルヴィアが生い立ちの一部を言い放った。あまりにも軽く言われた事実に、全員が驚愕に目を剥く。
「おい、ナジェーリア」
「ふむ、彼女が天涯孤独の身であるという事は知っていたが、細かな事実は初耳であるよ」
「あ、あはは、き、聞かれませんでしたし、あまり言う回るのもですね……」
シルヴィアがあらぬ方角を見ながら、しどろもどろと言い訳めいた発言を続ける。
「か、隠してた訳じゃないですよ?」
「まあ、それはいいとして、軍曹は本当に両親を知らないの?」
「あ、はい。写真も無いですし、祖母に聞いても、知らないの一点張りでした……」
ウルレイカはリーリヤに目をやる。どうやら、彼女も似た事を考えている様だ。
シルヴィア・クシャトロワの両親は、この際どうでもいい。それより重要なのは、彼女の祖母だ。
「祖母殿は、どの様な人物だったのかね?」
「問答無用な人でした」
シルヴィアは即答した。
「祖母、ヴィレッタ・クシャトロワは、問答無用が人の姿になって歩いてる様な人でした」
「た、例えば?」
「学校で魔導授業を受けさせられて、結果はお察しでしたけど、何故か祖母が講師の顔面に膝を……」
「うわぁ……」
ウルレイカが引いた。話を聞く限り、シルヴィアの祖母は中々に過激な人物だった様だ。
「他にも、私が近所のガキ大将に苛められていたら、エーテル弾を保護者の顔面に……」
「祖母は魔女だったのか?」
「ああ、はい。みたいです」
リーリヤが記憶を漁るが、ヴィレッタ・クシャトロワという名の魔女は聞いた覚えが無かった。他、ウルレイカと菊代、ナジェーリアも同様に、シルヴィアの祖母は無名の、この町に憑いた魔女だったのだろう。
魔女は家と土地に憑く。国は、自国の魔女や魔導師の総数を把握する為に、魔女魔導師として活動を補佐する代わりに、国への帰属を求めた。
多くの魔女魔導師が、それに従ったが、古くから土地に憑いていた者達は、国へ帰属せずを貫いた。
「同志軍曹、一つ聞きたいのだが」
「なんでしょう?」
「何故、君の祖母殿は、魔導講師の顔面に膝を?」
ナジェーリアはパイプを口の端に噛み、シルヴィアを見る。紫煙を吐くナジェーリアに、菊代が横目を向けるが、シルヴィアが文机に置かれた喫煙具を指し示す。
ナジェーリアのパイプとは違う。管に金具だけの、紙巻き煙草を差し込むタイプ。
古い、使い込まれたそれは、主無いままに古びた煙草と並んでいた。
「祖母も煙草好きでしたから」
「はっはっはっ、それはいいね。で、同志軍曹、答えは如何かね?」
「ああ、はい。どうやら、祖母は私を魔導に関わらせる気はなかった様でして、その話を通していたのに、講義に参加させた講師に……」
「ふむ、そうなのかね」
言って考え始める。紫煙を燻らせ、暖炉の火の熱を浴びながら、ナジェーリアは目を閉じた。
そして、片方だけ開き、菊代を見た。
「菊代、君はどうだったかね?」
「どう、とは?」
「満代には、どうだったかね?」
この中で、二世魔女は自分とリーリヤだけ。リーリヤはブレーメイヤ家の跡取りとして、自分は天内家の跡取りとして、強制された訳ではないが、自分から魔女としての道を選んだ。
他の道もあったが、菊代は
だとすれば、シルヴィア・クシャトロワはどうだったのか。
「私は自分で選びましたが、クシャトロワ軍曹は?」
「私は祖母が亡くなってから、食い扶持の為に士官学校に……」
「じゃあ、それまでは魔導には関わってないの?」
「はい、関わっていたのは、生活魔導くらいでした」
公国もだが、士官学校に入れば、生活は確保されるし、かなり少ないが給金も出る。
身寄りを失った者が選ぶ選択肢としては、至極まともな部類だ。
「だとすれば、同志軍曹。君の祖母殿は、何故に君を魔導から遠ざけていたのだろうね」
ナジェーリアが紫煙を吐く先、文机にある古びたパイプの金具が、こちらを品定めする様に、暖炉の光を反射していた。
次回
世界の真実