中年女¦『はて? 共和国からの秘匿通信かね?』
事務員¦『そーなんでーすよー、だかーらー代わーりまーすねー』
女帝¦『おら、早うせい! 妾を待たせるな!』
中年女¦『はっはっはっ、一体何事かね?』
女帝¦『ええい! 小娘、小娘はそこに居るのか?!』
中年女¦『小娘? 小娘とは、誰かね?』
魔導通信が、耳元で叫ぶ様に喚き散らす。ナジェーリアは、電話や通信を嫌う。首輪を着けられている様な気分になるし、居場所を特定されてしまう事が、何よりも嫌いだ。
仕方無く持たされたこれだが、やはり好きにはなれそうにない。だって、喧しい声が耳元で、所構わず喚き散らすのだから。
女帝¦『ナジェーリア、妾を謀るか?』
中年女¦『はっはっはっ、固有名称を言い給えよ。我々が最年長だと気付いているかね?』
ナジェーリア、四十半ば
テレジア、今までの人生を加算すると、四桁近い
つまり、
中年女¦『言ってしまえば、私以外は全員小娘と呼べるのだよ……!』
女帝¦『……!付きで言う様な事か! ほれ、あの給士の小娘じゃ』
中年女¦『ああ、同志軍曹の事であったのかね。まったく、小娘小娘と連呼するから、とうとうボケたかと思ったではないか。居るが、どうかしたのかね?』
ナジェーリアがそう言うと、テレジアが甲高い声でナジェーリアの鼓膜を打撃した。
女帝¦『ナジェーリア! その小娘に繋げ! 今すぐじゃ……』
そこまで聞こえたところで、エーテルの波長を断ち切り、パイプを吹かす。
周囲、シルヴィア達が怪訝な顔で、こちらを見てくる。
確かに、魔導通信は当事者同士にしか聞こえず、端から見ると、一人で耳を押さえて悶える中年女だ。
まったく、余計な事をしてくれたと、ナジェーリアが盛大な溜め息を、紫煙と共に吐き出す。
すると、クシャトロワ宅の電話が、突如として喧しく鳴り始めた。
「うぇっ! 回線切ってるのに!」
シルヴィアが驚き、エーテルで操作している箒の柄で、電話機を軽く小突く。仮にも魔女ならば、怪異の一つや二つ、笑って使役するくらいの事はしてほしいのだが、シルヴィアはソファーに隠れたままだ。
「ふむ、まったくしつこいね?」
「あの、おば様? 一体何が?」
「はっはっはっ、テレジアの奴が妙なテンションでね。また何かしらクスリでも、やっているのではないかとね?」
「はい?」
「はっはっはっ、まったく何なんだろうね?」
喧しく喚く電話機、その受話器を手に取り、己の耳に当てるのではなく、そのまま電話機に立て掛ける。
そして
『ナジェーリア!! 貴様、覚悟は出来ておるのか?! おぉん!?』
「テレジア、よくここが解ったね?」
『あの間延びする喋りの部下に、貴様の行き先を聞いて、貴様のそのバカでかい内燃エーテル追って、そこの電話機に魔導通信を繋げただけじゃ!』
「態々説明有難う。で、要件は何かね? 私達はこれから茶の時間なのだが?」
『だから、クシャトロワとかいう小娘に繋げと……!』
「わ、私ですか?!」
ソファーから飛び上がり、今では大分型遅れとなった電話機を見る。最近聞いた、甲高い声が僅かなノイズを含んで、受話器のスピーカから聞こえてきた。
『よーしよしよし、小娘よ。端的に問うぞ。お主、リューヌに何をした?』
「へ?」
言葉の意図が掴めず、シルヴィアは気の抜けた声を出した。周りも同じだ。少々世間知らずなところがある菊代は、
「ま、まさか、列車で読んだ週刊誌に書いてあった三角関係ですの?」
「いや、菊代? 多分、というか絶対違うから。てか、あの週刊誌に書いてあるの、大半がネタか誇張だから」
興奮し、ウルレイカに宥められ、それを見ていたリーリヤは面倒臭そうに、浅い溜め息を吐いた。
シルヴィアは電話機の向こうの相手が、一体何を言いたいのか理解出来ない。共和国の侍女に何をしたと問われても、逆に己に何が出来るのかと問い返したい。
下手をしなくても、其処らの子供に負ける可能性のある己が、世界でも有数のエーテル生物侍女に何が出来るのか。
「えっと? リューヌさんがどうかしたんですか?」
『どうしたもあるか。リューヌの性能が上がっておるのだ』
だからどうした。シルヴィアはそう言いたかったが、周囲のネームド魔女全員が、その雰囲気を変えた。
「テレジア、一体どうした?」
『それをこちらが問うておる! いいか、小娘。嘘偽り無く答えよ。お主は何かしたか?』
何もした覚えが無い。というか、何かされそうになっていた記憶しかない。まず第一、話が見えなさすぎて、シルヴィアには何をどう答えたものか、判断がつかない。
シルヴィアが、返答に迷い固まっていると、受話器からもう一つの声が聞こえた。
『皆様、リューヌ・テュレイルで御座います。この度は、不肖の身の事柄で皆様の御時間を割いてしまい、誠に申し訳御座いません』
「テュレイル、性能が上がったとか聞いたけど、どうしたの?」
『はい、以前より内燃エーテルの巡りが良く、分体も一度に八体まで機能させられます』
「エーテル生物の貴様が、いきなり性能が上がるか。他に気になった事は?」
『いえ、ブレーメイヤ様。特には。しかし、直近での変化と言われますと、やはりあの会合での、クシャトロワ様との接触かと』
リーリヤがシルヴィアを見る。だが仮に、彼女に何が出来るのかと、いざ考えてみると、何も出来ないが答えだ。というより、高濃度高密度のエーテルの塊であるエーテル生物の性能を、急激に上昇させるなど、リーリヤはおろか主であるテレジアにも不可能だ。
「あの陛下? クシャトロワ軍曹に、何か出来るのですの?」
「あの、さらっとガッツリくるの止めません?」
「だが、あの露出ピエロが何かしたとも考えられん」
「あれ死霊術師だったんでしょ? エーテル生物のテュレイルをどうこう出来るの?」
「死霊術自体の文献が残されてませんから、何とも言い切れませんわ」
「だが、貫かれたのは分体だ。本体ではない」
情報を整理し、頭を捻る。あの死霊術師カタリーナが分体を貫いた際に、何かを仕掛けていたとしても、本体のエーテル濃度と分体のエーテル濃度とでは、桁が違う。つまり、何かを仕掛けていたとしても、海に塩を撒くようなものだ。
その上、リューヌは〝沼〟の魔女。異物を体内に取り込み、無力化するのは彼女の十八番。己の体に変調をもたらすものが入り込んでいて、気付かないとは考え難い。
それに敵であるリューヌの性能を、上昇させる意味が解らない。
無言となった室内、そこに紫煙を吐く息が聞こえる。
「テレジア、何か隠してないかね?」
『仮説じゃからの。小娘を調べんと、はっきりとした事は言えん』
じゃがの
『もしやすると、その小娘は世界を書き換えかねん存在やも知れぬ』
「はえ?」
呆けたシルヴィアが、そんな声を溢した。