取り敢えず、シルヴィアに関して、判明させなければならない事は解った。
「リューヌの性能云々については、テレジアがどうにかするだろう」
ナジェーリアがティーカップを傾けながら、テーブルの上にある紙に、ペンを走らせる。
「まずは何故、同志軍曹が狙われたのか」
「人質にしては、異様に狙い打ちしてたよね」
「軍曹は、何か心当たりは?」
心当たりはと、聞かれてもシルヴィアにはそれらしいものは思い当たらない。
しかし、狙われていた事は事実。何か原因はないかと、考えを巡らせるが、その様な原因に皆目見当がつかない。
まず、途絶えた筈の
それと、エーテル活性体という、とんでも科学の実体疑惑もどうにかしてほしい。
というか、実家に国を滅ぼせる戦力が集結している現状を、誰かどうにかしてくれないだろうか。
まあ、どうにもならないから、現状があるのだが……。しかし、一つ、気になる事はあった。
「勘違いでしょうけど、いいですか?」
「ふむり、構わないとも。ほら、言ってみ給えよ」
「あの死霊術師、確かカタリーナ・フィーベルでしたっけ。私の事を知っている様な気がしたんですけど……」
「同士軍曹、それは本当かね?」
「た、多分?」
シルヴィアに確証は一つも無い。だが、あの死霊術師の道化が、何度か向けてきた視線は、敵対のそれよりも、もっと親愛のそれに近い、そんな色があった様な気がした。
「クシャトロワは、どっかであれと会った覚えは?」
「ありませんよ。第一、会ってたら忘れませんよ」
「まあ、あのキャラなら、交流があったら忘れませんわね」
満代の言う通り、カタリーナのキャラは、一度会ったら中々忘れる事は無い。
それに、事前に会っていたならば、その時に狙いだとしていたシルヴィアを拐うなりすれば、あの様な大立廻をしなくてよかったのだ。
そして、こうやって油断させるのが目的なら、実行役にシルヴィアでは、少々どころではなく、力不足だ。
「まあ、そんな気がした程度の話なら、そんなに気にしなくてもよくない?」
「確かにな。あのクソガキは私が叩き割るから、気にしたところで無意味だ」
「いや、ブレーメイヤ。そうじゃない」
「しかし、留意はしておくべきであるね。恐らく、彼奴らの行動には、同士軍曹の出自が関わっている。情報の少ない今、砂粒の可能性でも切り捨てるのは、考えた方がよいだろうね」
パイプを弄りながら、ナジェーリアがそう言って、( ´-ω-)y‐┛~~といった形の紫煙を吹かす。
確かなエーテル操作技術の表れではあるのだが、彼女を知る満代からすると、( ´-ω-)y‐┛~~の┛の部分の造りが甘い様に見える。
「ナジェーリア、エーテルの練りが甘いぞ」
「はっはっはっ、少々雑にやってしまったね」
そう言って、ナジェーリアは紫煙を吹き消し、また新しく紫煙を燻らせる。
敵、として確認されているのは三人、カタリーナ・フィーベル、アビゲイル・フランシア、フレデリカ・ガーデルハイト。
現状、存在をはっきりと確認しているのは、この三人だが、実力に関しては問題は無い。
今判っている範囲内でも、三人纏めてこの場に居るネームド一人で足りる。
なので、注意するべきは、連中が何を目的として、シルヴィアを欲していて、何時どの様にして現れるかだ。
「顔は割れているが、連中の居所が知れん」
「完全に未所属未発覚の魔女三人、見付けようとするなら、それなりに大変だよ?」
「まあ、その辺はテレジアの奴がどうにかするだろう。問題は、彼奴らがどういう存在なのか、である」
「おば様、どういうとは?」
「ふむり、ならばこうしようか」
言って、ナジェーリアは深くパイプを吸うと、大量の紫煙を吐き出す。
すると、ナジェーリアが吐き出した紫煙は、見る間に形を変えていき、一枚の板の様に固まる。
そして、板の様に姿を変えた紫煙は、更に変化を加えていき、そこには文字が並んでいた。
「良いかね? 今、この場に居る者達はこうである」
公国¦ナジェーリア・リトリア、リーリヤ・ブレーメイヤ、シルヴィア・クシャトロワ
神皇国¦天内菊代
帝国¦ウルレイカ・ルーデルハイト
「他にテレジアやリューヌ、フレスアードも居るが、同志軍曹以外のネームドである」
「リトリア、それがどうしたのさ?」
「ルーデルハイト、彼奴らは全員がネームド以下だが、準ネームドではあった。さて、それだけの実力者が、全く名前も知られずに居られるか?」
今の世界、実力のある魔女魔導師というのは、ほぼ確実に国や市町村に所属しており、大体の履歴等の問題の無い情報はある程度開示されている。
中には未所属の者も居るが、そういった者達は九割が変わり者か、碌でもない者だと知れわたっている。
だが、あの三人は実力は足りず、人格もそうとは言い切れない。何か事情があるのは確実だが、あの年齢で己の存在を隠しきれる様な権限があり、そしてそれを動かす為の根回しまで出来る様には見えない。
「となると、本人締め上げて、直接聞いた方が早そうだね」
「寧ろ、それしか無いな。しかし、リトリア」
「何かね? 同志リーリヤ」
「連邦の阿呆どもの関与は考えているのか?」
「それに関してだがね。事が起これば、間違いなく首を突っ込んでくるだろうね」
「あ、ボクもそう思う」
「一応、連邦首脳部には、神皇国から警告を出してはいますが……」
そうもいかないのが、あの世界の厄介者の新興国だ。
なまじ、資源と経済に優れている分、面倒になるくらいには人材を、山の様に抱えている。
そして、それらを増やそうと、世界に何か動きがある度に、それらに首を突っ込んでは、事を掻き乱して利を得ている。
あの満代でさえ手を焼いた国が、世界が大きく動き出している今、何もしない筈が無い。
「しかしまあ、連邦にも探りを入れるべきであるね」
ナジェーリアが紫煙と共に、その言葉を吐くと、名前に姿を変えていた紫煙も解ける。
どうにも面倒な事ばかりだ。
ナジェーリアはパイプの灰を灰皿に落としながら、ため息も落とし、
「ああ、そう言えば、クシャトロワ軍曹」
「はい、なんでしょうか? ブレーメイヤ少将」
「ベアトリーチェ・イオリア、この名に聞き覚えはあるか?」
「ベアトリーチェ・イオリア、ですか?」
「ブレーメイヤ、誰それ?」
「お前と合流する寸前に、道を尋ねられてな。妙に気になった」
あれは何故だろう。
特に容姿に気になる要素は無く、強いて言うなら話し方が、菊代に似ていた。ただそれだけだった筈、なのに今のリーリヤには、あの女が気掛かりでならない。
「ふむ、どうかね? 同志軍曹」
「んー……、聞き覚えというより、何か見覚えがある様な無い様な、でも昔、祖母に怒られた時に、イオリアがどうとか言っていた様な記憶が……」
「つまり、軍曹もよく覚えていないけれども、うっすらと記憶がある、と?」
菊代がそう言うと、シルヴィアは釈然とはしないが頷く。
記憶が薄いという事は、恐らくは相当に幼い頃の記憶だろう。記憶を辿る魔導も有るには有るが、あれを行使するには、公的機関で最低でも四人以上の、第三者の魔女魔導師の、監視の元でしか行えない。
しかも、それを行う為にも、非常に煩雑で面倒な手続きを、大量にこなさなければならない。
「えらい剣幕で怒られた記憶はあるんですが、なんで怒られたのか、それがさっぱりです」
「であるならば、調査の基本である」
新しく刻み煙草を詰めたパイプに火を点け、ナジェーリアがコートの内ポケットから、何故持っているのか、いやにそれらしい虫眼鏡を取り出す。
「おば様。調査の基本とは?」
「はっはっはっ、菊代。調査の基本は足、つまりは聞き込みであるよ」
虫眼鏡で菊代を覗き込みながら、ナジェーリアは笑いながらそう言った。