いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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はっはっはっ、スマホの機種変して馴れないよ。


公国女

 一枚、やけに色鮮やかに色とりどりな紙が一枚、彼女の手にあった。

 

「今年も、もうそんな季節ですのね」

 

 開け放った窓からは、突き刺すような強い陽射しと、喧しい程に蝉の鳴き声が鳴り響いていた。

 菊代は、テーブルの上に置いてあった、雑誌を手に取り、二つ折りになったページを開く。

 

「あら、ビキニ特集ですの」

 

 ページを開き見れば、中々に派手な柄の上下や、これは色々と不味いのではないかと、疑いたくなる様な角度と布面積の水着が、モデルと共に載っている。

 母の跡を継ぎ、神皇国の巫女代表となって数年。こういった衣装を身に纏って、遊ぶという事は無かった。最近は何事も無く、こうして丸一日、何もせずのんびりと過ごせる日も増えてきた。

 手にした雑誌と、テーブルの上のチラシ。その何れもが、夏の到来を報せている。

 

 ふと、空いた手で額を拭えば、僅かに汗の湿りを感じた。夏とは言え、その盛りには程遠く、部屋に吹き入れる風も、蒸し暑さではなく涼しさを運んでいる。

 しかし、暑さを感じないという訳ではない。その証拠が、額の汗ばみだ。

 さて、どうするか。エアコンを使ってもいいのだが、菊代自身があまりエアコンの風を好かない。だが、暑さも好きではない。

 作られた涼しさか、自然の暑さか。菊代が頭を悩ませていると、ふと気になる事が頭を過った。

 

 ――おば様、どうしているのでしょう?――

 

 隣国最強の魔女にして、菊代の後見人でもある変人。あのナジェーリア・リトリアが、この夏にどう過ごしているのか。

 神皇国と公国の緯度は殆ど変わらず、彼女の住まいがある土地は、地理的にもそう離れてはいない。この国と同じ様に、季節は夏だ。

 公国の夏が、どんな季節なのか。菊代は知らない。菊代は神皇国から出た事が無い。母が生きていた頃は、菊代はまだ今より幼く、母も忙しく海外旅行に行く様な暇は無かった。だからか、いきなり現れるナジェーリアが、手土産と共に持ち込んでくるキテレツな話が、楽しみで仕方が無かった。

 

 今、菊代は天内家の当主となり、事実上神皇国の巫女の代表となった。家の者や、母の代から仕えてくれている者達のお陰で、国内の日帰り旅行程度なら、無理無く行ける様になった。

 だがそれも、今だけの事だろう。神皇国、天内家の巫女は、世界の裁定者を任ずる。

 これは魔女という、単体で強大な存在を有する世界が、その力で壊れない様に、太陽神という強大なエーテル生物から、加護を与えられる神皇国が、その役割を背負う。遥か太古に決められた約定だ。

 

 天内菊代はその巫女の代表。今は力不足だが、何時かは世界中の魔女魔導師を相手取り、その全てを下さねばならない。

 

「遊んでいる暇は無い、でしょうけど……」

 

 それでも、あの稀代の変人が今どうしているのか。何か企んでいないか。気になり始めれば、どうにもならない。

 

「物は試し、ですわね」

 

 カタログを片手に、菊代は受話器を空いた手で取る。

 つい最近まで、公国は帝国と争っていたが、今は終戦している。あの四角い顔の大尉からも、今は大分落ち着いていると、報せが届いてもいる。

 

 

『はい、はい、こちら、代理のナディア・イヴェノヴァ中尉』

「イヴェノヴァ中尉ですの?」

『ああ、ああ、今日は将軍も大尉も、視察で留守さ。何か用かい、天内の巫女』

「少し、おば様と話をしたくて。来週ですけど、予定に空きはありそうですの?」

『来週、来週か。確か真ん中辺りで休暇を取ってた筈だ。将軍に伝えておくさ』

「宜しくお願いしますわ」

 

 

 何か用事があっても、自分の名前を出せば、何を置いても来てくれる。そんな確信にも似た甘えがある。

 そんな自分に情けなさを覚えつつ、快活に笑うナジェーリアの姿を思い出す。

 ささやかな悪戯にあの人は、またあの時の様に笑ってくれるだろうか。

 そんな思いを胸に、菊代は電話のダイヤルを再度回した。

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 ナジェーリア・リトリアは、その日久方ぶりに上機嫌と言える感情の中に居た。

 小煩い政治家や、いまだに嘗ての栄華にすがる貴族。どれもナジェーリアの嫌う者しかなく、ナジェーリアを

 嫌う者しかない。

 正直な話、煩わしさから全て吹き飛ばしてやろうかと、そんな不穏な考えを巡らせていた時だった。

 大事な、もう一人の娘と言っても過言ではない、親友の忘れ形見である菊代から、何やら休日の誘いがあった。

 〝将軍〟という立場さえ無ければ、一も二もなく飛び出して、菊代の元へ向かっただろう。あの子は母の立場を継ぎ、周囲にも信頼出来る者が居るとはいえ、まだまだ子供だ。軽んじられる事も多々あるだろう。

 だが、友好国の重鎮である自分が、彼女の元へ赴けば、あの子を軽んじる声も小さくなる筈だ。

 

「随分、随分とご機嫌だな?」

「はっはっはっ、同志ナディア。あの菊代からの誘いであるよ? 機嫌が悪くなる理由が無いね」

「それは、それは良かったな」

 

 彼女の部下であり、酒飲み仲間でもあるナディア。あの〝降星事変〟以来、彼女はどうにも不安定で、帝国との講和でも、ちょっとした事が原因で取り乱し、結局は紛争が最近まで続いてしまった。

 まあそれも、あちらの紛争が終わっては困る連中が、仕掛けた道化の仕業だったが、怒り狂った鎌槌の魔女が帝国の首都の目の前まで迫るとは、考えが至らなかったのか。この時代最強クラスの魔女を舐めすぎだと、ナディアは憐れんだものだった。

 

「さて、同志ナディア。夏の神皇国は久方ぶりなのだが、これ程に暑かったかね?」

「暑い、暑いと思うなら、その上着を脱いだらどうだ?」

「……では、屋内ではそうしよう」

「古い、古い女だな」

 

 まったく、〝公国の古き良き女〟のままだ。ナディアは公国の夏用軍服の上着を肩に掛け、隣のナジェーリアを見る。

 天内の屋敷に入り、いつもの白いコートは脱いでいるが、軍帽に軍服を隙無く着込み、彼女だけ冬のままで止まっているのではと、疑いたくもなる。

 

「ふむ、涼しいね」

「もう少し、もう少し緩めても、バチは当たらんぞ?」

「あまり、はしたない事を言うものではないよ?」

 

 案内は無いが、長い廊下でも進む道が解る。恐らく、この屋敷自体に施された魔導の効果だ。

 侵入者はそのまま外へ、客人は客間へ、その様に足を向けさせる。抵抗は出来るが、意味は無い。

 導かれるまま、足を運び、辿り着いた部屋の扉を開く。

 

「お待ちしてましたわ」

「……おい、おいおい、マジか」

 

 ナディアはウェーブ掛かった髪を掻きながら、現状を整理しようと、部屋で待ち受けていた菊代を見る。

 母親譲りの長く美しい黒髪、高いエーテル適性とナジェーリアには及ばないが、他を圧倒する内燃エーテル量。そして、それらを扱い、形にする確かな技量。

 実力者であるナディアすら、霞みかねない紛れもない天才。

 その才媛が、何故か水着姿で出迎えている。

 さて、どうしたものか。大体の予想はつく。希に、ナディアやナジェーリア、実力者であり顔の売れている魔女に、広告塔の仕事が舞い込んでくる事がある。今の菊代の状態も、恐らくそれだろう。

 

「あの、どうかしましたの?」

「ああ、ああ、ちょっと待て」

 

 だが、今はこれがまずい。水着姿、これが最大の地雷だ。

 ちらと、隣に立つナジェーリアに目をやる。何も動きが無いのは、受け入れているからか、事態に追い付けていないからか。

 

「……菊代」

「将軍、将軍、落ち着けよ。あんたも知ってる筈だ」

「それとこれとは別である。菊代、何であるか? その破廉恥極まりない格好は……!」

「ええ……」

 

 神皇国の新鋭メーカーによる、新作水着の試着。その対価に、新作を幾つか分けてもらい、あまり露出をしている場面を見た事の無いナジェーリアに、少しばかりのドッキリをと、そう画策していたのだが、この反応は少し予想外だった。

 

「肩に背中、足まで、しかも、へ、臍まで丸出しではないか! ああ、私は何と満代に申し開きをすれば……!」

 

 

巫女¦『あの、イヴェノヴァ中尉?』

鉄鎖¦『ああ、ああ、そうだったか。知らなかったか。公国には、水着で泳ぐという文化がほぼ無い訳だ』

巫女¦『つまり、初めての異文化交流ですのね』

鉄鎖¦『やっぱり、やっぱりお前は満代の娘だな。まあ、万年凍土の国で露出する=死が、日常の公国人は基本肌を晒さない。屋内で半袖かドレスで肩出しが限度か?』

巫女¦『そこで私が、臍出しナマ足ビキニかました、と』

鉄鎖¦『まあ、まあ、今となっては割りと風化し始めてる文化だ。ここまで反応するのは、この将軍くらいさ。公国女が肌を見せるのは、愛した相手のみってのを、いまだに守り続けてる』

巫女¦『つまり、おば様は古いという事ですのね』

鉄鎖¦『お前、お前、本当に満代の娘だな』

 

 

「菊代、話は終わっていないよ?」

「おば様? 今は少し時代が変わりましたの」

「菊代、時代が変わっても変わらぬものもあるのだよ?」

「おば様、それでも行き過ぎはよくありませんわ」

 

 じりじりと、距離を詰めつつ、互いに有利な距離を保とうとしている二人を見ながら、ナディアは懐かしさを思い出す。

 嘗て、あんな風にふざけていた二人が居て、その周りで自分達が囃し立てて、たまにやり過ぎて満代に全員撃墜される。

 今は満代が居なくなり、周りも半数以上が居なくなった。だが、ナジェーリアが居て、自分が居て、満代の娘の菊代が居る。

 

「ふ、ふは……!」

 

 それが嬉しくて、思わず笑いが溢れた。

 

「む、同志ナディア。笑ってないで、この解らず娘に何か言ってやってくれ給え!」

「おば様こそ! 時代遅れの魔女になりますわよ!」

「はいはい、はいはい、なら着てみればいいだろうに。ここでなら私らしか見てないさ」

「ぬぅ、同志ナディア。君まで……!」

 

 あの頃の様には、もう無理だろう。自分達も老いて、衰えていく。だが、今はこうしていられる。

 

「将軍、将軍、ものは経験って言うだろう? ……それとも、菊代の希なワガママを聞かずに帰るかい?」

「うぬぬ、……仕方あるまい」

「フフフ、おば様。これが時代の流れですわ」

「菊代、菊代、お前も露出の激しいのはやめてやれな」

 

 〝降星事変〟も生き抜き、紛争も終わった。何が起こるのか分からない、それが世界だ。

 だが今だけは、嘗ての日々を思い出す事を許してほしい。

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