いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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魔女
太古よりこの世界に存在する特殊な力を持つ女性達。
彼女達の闘いは、どちらかが戦闘不能になるか魔法杖を破壊される事のみで決する。


公国 鎌槌の魔女
ナジェーリア・リトリア


 どうにもならぬ事はどうにもならぬ。

 それが世界の真実であり真理であると、記憶の彼方にある某かが言っていた気がするが、誠にその通りであると思う。

 

 言われてみれば、どうにもならぬと言うのだから、どうにもならぬ。それが自力であろうが他力であろうが、どれ程に懇願しようがどうにもならぬのだ。

 話に聞く禅問答の様な一文であるな。

 しかし、それも事実である。

 

 元の木阿弥と言う言葉は違うな。後悔先に立たずと言う言葉が合っている気がする。

 ならば、どうにもならぬ様にならぬ為に行動したのかと問われれば、その答えは是である。

 しかし、それも主観的であり、客観的に見れば私は何もしていなかったのだろう。

 

 だが、そう、だがだ。

 努力は認められると、記憶の果てにある某かが説いていた気がする。そして、誠にそうであってほしいと思う。

 私がどうにもならぬ様に努力していた事は事実であり、その努力に対する仕打ちが〝これ〟とは、世というものは誠に狭量ではないかと、私は思うのだよ。

 

 「将軍」

 「…解っているとも。同志大尉」

 

 まったく、実にまったく、世とは狭量である。

 私は一仕事終えて、自宅に帰り、手製のペリメニを肴にヴォートカを飲み明かし、来るべき輝かしく愛しい休暇の日々、その朝日を迎えたい。

 ただ、それだけだったのだよ。

 それだけ、その細やかな楽しみを望んだだけであったのに、

 

 「なあ、同志大尉」

 「なりません将軍」

 「まだ何も言ってないではないか」

 「何時からの付き合いだと?」

 「…かれこれ、十年になるかね?」

 「十三年目になります」

 

 ふむ、この四角い顔のとても優秀な副官と出会い、もう十三年が経つのか。

 年を取るものである。もう四十も半ばが見えてきた。

 

 「…良いですか、将軍。今回の〝これ〟は軍令部からの指令です。たとえ将軍と言えど、これを無視すれば」

 「命令違反、私を疎ましく思っている他の将軍に弱味を握られる、かね?」

 「仰る通りです。銃殺刑まではいかないでしょうが、それでもです」

 「しかしだな、同志大尉。私の様な鎌と槌を振るうしか能の無い中年女、何をそこまでするのかね?」

 「将軍。その〝鎌と槌を振るうしか能の無い中年女〟に勝てる〝魔女〟が我が国には居ないのです」

 「国威高揚のつもりかね?」

 

 だとすれば、見当違いも程があるというものであるな。

 私の様な中年女よりも、部下の若いハリツヤのある魔女達に〝これ〟をさせた方が、よほど効果があると思うのだがね。

 しかし、我が優秀なる副官にそれを言えば、また小言が対空機関銃の弾幕の如く振り撒かれるだろう。

 それは避けたい。我が優秀なる副官は、優秀なのだがたまに小言が五月蝿いのが瑕であるが。

 

 ふむ、しかし、戦場で敵の魔女と剣戟を結んでいる最中でも小言を言え、その小言に救われたのも一度や二度ではない。やはり、私の副官は優秀であるな。

 

 「国威高揚、まさしくその通りです」

 「戦争好きは結構だが、私の様な年寄りを酷使しないでもらいたいものだ」

 

 四十路の半ばが近くなって年下の、生きの良い若い魔女達を相手に空中戦をするのは、中々に体に響くのだよ。

 最近では東欧の、あの〝喧しい悪魔のサイレンを吹き鳴らす魔女〟の相手が辛くて仕方がない。

 誰か替わってくれないかと思うが、私と私の部隊以外では悲惨な結果に終わっているから無理であろうな。

 

 ふと、自分の腰のベルトに通してある〝鎌と槌〟を撫でてみた。

 よく研がれ、よく磨かれた二本。魔女となり軍に入り三十年以上、私と共に空を駆けて何百何千と命を奪ってきた得物だ。

 私は、魔女はろくな死に方はしない。当然である。

 

 「将軍、そろそろお時間です」

 「解っているとも、同志大尉」

 

 魔女というものは、大量殺戮兵器である。人間の体のままに空を駆けて、おおよそそれを実現出来ぬであろう得物でそれを実現する。それが魔女だ。

 血肉を、臓物を撒き散らし死ぬ。それが魔女の避けられぬ最期である。だからこそ・・・

 

 ふむ、いかん、年を取るものではないな。

 つい、感傷的になってしまう。

 

 「将軍?」

 「なに、気にする事はない。一服する時間はあるのだろう? 同志大尉」

 

 長年愛用するパイプに刻んだ煙草葉を詰め、火を入れる。

 渋味と苦味、僅かな甘味と辛味。重要なのは味ではなく香りである。

 独特の香りを纏った煙を肺へと送り満たした後、口内へと戻し舌の上で転がし、空へと吐き出す。

 ああ、いかんな。ここは室内であった。空へと消えさせてやる事が出来ん。

 

 「同志大尉、昔の話だ。娘がな、私と同じ魔女になると言い出した事があったのだよ」

 「それは…」

 「4つの頃だ。私は初めて娘に手をあげてしまったよ。夫も大層驚いていた」

 「将軍」

 「ああ、そうだとも。娘が私と同じ魔女になるなぞ、認められるものではない」

 「……将軍、灰をこちらへ。お時間です」

 「すまんな、同志大尉」

 

 パイプの灰を差し出された灰皿へと落とす。

 まだ燃焼しきっていない葉もあったが、時間ならば仕方あるまい。

 嗚呼、まったくもってどうにもならぬ事はどうにもならぬ。

 私は仕事終わりの休暇を楽しみにしているだけの、ただの中年女に過ぎないのに、身分不相応な立場に立ち部下に恵まれ、〝鎌槌の魔女〟と呼ばれるに至った。

 

 「時に、同志大尉。君は理解しているかね?」

 「何をでしょう?」

 「民衆達が〝何〟を喜んでいるのか。そして、それを理解出来ているのかだよ」

 

 車窓の外、私が乗る車を見て歓喜の声を上げる民衆達が見えるが、君達は理解しているかね?

 自分達が〝何〟を喜び、〝何〟を讃えているのか。

 

 「簡単な話であるよ。民衆が喜び讃えているのは、ただの大量殺戮兵器なのだよ」

 

 鎌で刈り取り、槌で叩き潰す。

 ただただひたすらに、それを繰り返して生き延びてきた。

 

 「百に千に万に殺しに殺し、その果ての一つが私であるよ」

 

 ちらりと車窓の外へ目をやると、子供が眩しい笑顔でこちらへ手を振っているのが見えた。

 嗚呼、やめてくれ給え。

 その目を、その顔を、その手を、こちらへ向けないでくれ給え。

 それらは、もっと輝かしいものへと向けてくれ給え。

 

 君達の輝かしいその笑顔はもっと、素晴らしいものへと向けられるべきなのだ。

 

 「将軍、着きました」

 「ああ、そのようだな」

 「…将軍」

 「どうかしたかね? 同志大尉」

 「差し出がましい事を言いますが…」

 

 珍しい事もあるものだ。あの優秀なる副官が言い淀むとは、何時以来か?

 〝カルドロン大橋の攻防戦〟での退却進言だったか。

 

 「ふむ、言ってみるといい」

 「…では、貴官は殺戮兵器などではありません。一人の人間ですよ。〝隊長〟」

 「……‥」

 

 〝隊長〟か。これまた、懐かしい呼び名であるな。

 私が一部隊の臨時指揮官であった頃の呼び名だ。 

 

 「ク、ククク、そうか。そうであったな。私はどこまで往こうと私でしかない。〝鎌槌の魔女 ナジェーリア・リトリア〟だ」

 「その通りです。将軍」

 「感謝である。同志大尉」

 

 さて、往こうか。

 私の楽しみである休暇を妨げる愚か者達の元へ。

 私は〝鎌槌の魔女 ナジェーリア・リトリア〟、祖国に歯向かう者を刈り取り叩き潰す者である。

 

 「しかし、同志大尉。私はイブニングドレスを、この歳で着ることになるとは思わなかったぞ?」

 「申し訳ありません。上層部からの指示がありまして」

 「構わぬよ。このドレスは君の趣味から外れていそうであるからな」

 「将軍……!」

 「ハハハ、許し給えよ」

 

 同志軍曹の様な男好きのする肉感的な身体はしてないが、体型には気を使っているのでね。まだイケるのではないかね?

 

 「さて、我が祖国の老人達のご機嫌を伺うとしよう」

 「ご武運を」

 

 これが終われば、冷えたヴォートカと温かいペリメニが私を待っているのだ。

 少々、気合を入れて掛かろうか。




ナジェーリア・リトリア

プラチナブロンドの美女に分類される。
現在、戦地に立つ魔女の中では最年長の一人
既婚者であり子供が居た。
愛煙家で酒好き、口の端には常にパイプがあったりする。

魔法杖
〝鎌槌ヴォジャノーイ〟
鎌と槌が一体になった様な見た目の魔法杖。
鎌と槌は分離が可能で、鎌の〝引き寄せの斬撃〟と槌の〝衝突による圧砕〟、この二つを巧みに使い分ける。

名前に関しては深い意味は無く、ナジェーリア曰く

「私の故郷の川辺にヴォジャノーイが居たのだよ」

ただそれだけ。
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