このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです   作:緋色の

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そういえばアルカンレティアに転送屋ってあるのか?
ないと困るからあることにしとこう。
そんな感じのお話です。


第十話 助っ人求めて

「俺のことを話そう」

 

 幹部二人との熾烈極まる戦いのあと、仲間に俺のことを話すと決めた。

 めぐみん達の部屋で、ウィズも交えて話をする。

 みんな、緊張した様子で俺を見つめ、一言も逃すまいと耳を傾ける。

 

「二十年後、俺達人類は魔王軍との戦いに敗れ、大陸の片隅に追いやられたんだ」

 

 ウィズはそんな、と悲痛な声を漏らし、めぐみん達はやっぱりと呟く。

 

「だけど、希望もあった。爆裂魔法を改良し、一日に数発使えるようにした大魔法使いがいた。それはその人にしか使えないし、理解できない魔法だ」

「ま、まさか!」

「めぐみんだ。爆裂魔法を数発使えるのは大きかった。残る人間を排除しようと動く魔王軍を後退させ、人類最後の勇者と呼ばれるめぐみんは魔王軍と戦っている」

「ふふふ。我ならばむしろ納得!」

「すまん。嘘だ」

「……今、嘘と言いましたか?」

「ああ。ちょっとからかっただけだ」

 

 その瞬間、めぐみんは俺に殴りかかってきた!

 それを他の三人は自業自得と助けようとも、止めようともしなかった。

 ほんの少しからかっただけだ。

 あまりにも真剣に見てくるもんだから、ちょっとやっちまったんだよ。

 悪気はなかったんだ。

 猛犬のように唸るめぐみんを何とかして押し返し、今度こそ話をする。

 

「お前らは平行世界ってわかるか?」

 

 俺の言葉にみんなは首を傾げた。

 やっぱり最初から説明しなきゃいけないか。

 

「平行世界ってのは、言ってみればもしもの世界だな。例えば俺達は温泉旅行に行くと決めたけど、別の世界では旅行に行かなかったり、或いは別の場所に行っていたり。そういう別の道を歩んでるのが平行世界となる」

「へえ……! 私がもしもああしてたらって思ったことをしてる世界もあるってことよね?」

「そうなりますね。別の可能性なんて考えれば考えるほど出てきますから、無限と言っても過言ではありませんね」

「ん。カズマ、今その話をしたということは」

「そうだ。俺はその平行世界から来た」

 

 どこのと聞いてこなかったのは、無限に存在することを思い出したからだろう。

 次にみんなが俺に向けたのは、好奇心だった。

 俺がどんな世界から来たのか。

 どうしてここに来てしまったのか。

 俺は話す。

 

「俺は魔王を倒した世界から来たんだ」

「倒した? カズマさん、魔王倒したの!?」

「カズマの貧弱なステータスでどうやって!?」

「ゴブリンに囲まれたらそのまま死んでしまいそうなのにどうやって倒したんだ!?」

「カズマさんが魔王さんを? 想像できません」

「うるせえよ! こんなんでも倒したんだよ!」

 

 案の定、俺の貧弱なステータスが上げられた。

 そうだよ。

 元の世界で、城に残ろうと無茶をしたら、雑魚モンスターに袋叩きにされて死んだよ。

 でも、みんなして的確に攻めてくるなよ。

 泣いちゃうぞ。

 

「まあ、その時は色々やって、世界一深いダンジョンの最深部にテレポートで連れていって、最後は爆裂魔法で倒したんだよ」

「待って下さい。ダンジョンで爆裂魔法なんて使ったら崩落して生き埋めになりますよ」

「まさに自爆だ。それで魔王倒せた」

「死んでるならどうして……」

「魔王を倒した褒美に願いを叶えてもらって、生き返ったからな……」

 

 俺の話があまり信じられなさそうな顔をしてるめぐみん達を見て、俺は続けた。

 

「俺のパーティーにめぐみんとダクネスの二人はいた。ゆんゆんは入ってなかったな。代わりにスペックだけは本物のアークプリーストがいた」

「私いなかったの!?」

「こっちだと最初からいたけど、元の世界だとゆんゆんはデストロイヤー倒してから出会ったからな。その時には俺のパーティーは固定されてたし、ゆんゆんはソロでやってた」

「まあ、想像に難しくありませんね。人見知りとか発動して、パーティー組めない姿が浮かびます」

「やめて! 私が一番よく想像できるから言わないで! 向こうの私は何て恐ろしい思いをしてるの?」

 

 頭を抱えて自分のことのように胸を痛める。

 実際自分のことかもしれないが、まるで今自分に起きてるようにするのは、熱が入りすぎというか。

 そこは、向こうの私は負け組ね、ぐらい言ってもいいと思うんだ。

 

「話を戻そう。向こうでカズマが魔王を倒したってことは、その、私達は魔王討伐のパーティーってことになるのか?」

「そうなるな。それでお前は毎日のように見合いが来て、めぐみんは爆裂散歩をしてるし」

「あれ!? 私もちやほやされたりとかは?」

「活躍はしたが、貴族でもないし、頭のおかしい爆裂娘と来れば誰もちょっかいかけないだろ」

「何ですかそれは! もっと私を敬うべきですよ!」

 

 確かに大活躍はしたが、それまでの頭のおかしい行動がマイナスに持っていってるんだよな。

 めぐみんが理不尽なことに怒っている中で、私はどうしてるの? とゆんゆんが気にしていた。

 

「ゆんゆんは別のパーティーに一時的に入って、俺達と一緒に魔王の城に乗り込んだぞ。討伐後は……会ってないからわからんが」

「ええっ!? 一緒に倒したのに!?」

 

 あまり接点がないから。

 里に帰ったとか、こそこそ冒険者を助けてるとか、そんな噂は耳にするけど、事実は不明だ。

 ある種の都市伝説になりかけてるからな。

 いい意味でも悪い意味でも存在感ある。

 

「ま、俺はこっちでも向こうでも仲間に苦労かけられて、お守りやってるな」

 

 ウィズが何か言いたそうにしてたが、俺は軽く頷くだけで無言を貫く。

 大雑把だが、こんなもんでいいだろう。詳しく説明すると半年か一年は軽くかかる。

 それに今は俺の話よりも大事なことがある。

 

「さて、話は終わりだ。次はハンスだ。こいつはどう倒すか悩むな」

 

 ギルドには魔王の幹部がこの街に来ていて、温泉の破壊工作を進めていたことを包み隠さず話した。

 ダクネスの権力も利用することでより円滑に話を進められた。

 近頃温泉の質が理由もなく落ちていたのもあり、俺達の話は本当とされ、今アルカンレティアでは厳重な警戒体制が敷かれている。

 そして、俺の記憶を生かし、温泉の源泉には例え管理人であろうと通さないように警告した。また、管理人も身柄を保護しておくようにも言った。

 俺の話の意図を理解した職員はすぐに手配してくれた。

 残る問題はハンスが力で押し通るかもしれないということだ。

 はっきり言ってハンスは手強いどころか勝ち目が薄すぎる。

 

「デッドリーポイズンスライム。スライムは物理、魔法、どちらも耐性が高い。その上幹部級と来た。とんでもなく強いだろうな」

「おそらく私の爆裂魔法でも一撃で仕留めるのは困難でしょう」

「私は氷漬けにはできたけど、あれは人の形をしてたからよ。もしも巨大スライムにでもなられたら、無理があるわ」

 

 ハンスはベルディアなんかとは格が違う。

 あいつの欠片に当たるだけでも即死する可能性がある猛毒は脅威でしかない。

 倒すには、多くの冒険者が集まり、長期戦に持ち込む必要がある。

 しかし、それだけじゃ足りない。

 リッチーのウィズを埋めるだけの戦力が必要だ。

 ウィズは中立の立場であり、手を出すことができない。これは痛い。

 前回は管理人が食われたから力になってくれたが、今回は違う。

 ダクネス達には、ウィズにはお店があって、俺達と違って冒険者じゃないから強制はできないと言って、諦めさせた。

 しばらく話し合ったが、実りあるものにはならず。

 このまま粘っても妙案が出そうにないから、今日は寝ることにした。

 

 

 

 朝食を食べた俺は散歩に出た。

 ハンスの一件があるからか、アクシズ凶徒……教徒の姿は見られなかった。

 しかし、連中が朝起きるのは嫌だから昼まで活動しないという可能性も捨てきれない。

 俺は適当に歩いて、考える。

 この街の冒険者もみんな強い。だが、相手は幹部で、最も厄介なスライムだ。

 強い冒険者が多くいる。それだけでは不安だ。

 氷漬けにする。それが一番効果的だ。

 そして、欠片を飛ばしてくる事態も想定したら、魔法を使える冒険者が必要不可欠になる。前衛職よりも魔法強いの多さが勝敗を握る。

 そして、上級魔法を使えることが好ましい。

 

「上級魔法を使える強い魔法使い。しかもたくさん確保しなきゃいけない。無理ゲーじゃねえか!」

 

 十人、二十人は欲しい。

 もちろんそれほどの人材を集めることは不可能だ。

 王都をはじめとした様々な街に要請をかければ……、だめだ。時間が足りない。

 それにハンスが来るとも限らない。

 不確定要素が強い以上、派遣は望み薄だ。

 奇襲をかけたとはいえ、俺達が優勢になっていたから、それで怖じ気づいてくれたらいいんだが。

 どちらかと言うとハンスは怒りから復讐するタイプだろう。

 それにアクシズ教徒の猛威に晒されながらも活動を続け、崩壊まであと一歩のところまで来てるんだ。

 あいつは絶対に来る。

 そして、ウォルバクだ。

 半身の居場所を知ったからにはハンスと共に襲撃してきそうだけど、そうじゃない気がする。

 なぜなら半身を猫質にすればこっちが有利になるからだ。

 元の世界では時間をかけて攻めるなど忍耐強さを見せた。

 それを踏まえて考えると……。

 あの巨乳の邪神は確実に奪取できる方向で進めるはずだから、混戦が確定してしまう状況はつくらないだろう。しかも多数の冒険者がいる中でちょむすけを奪うのは危険が伴う。

 安全と確実を両立させた作戦をとるはずだ。

 つまりウォルバクがハンスと共に戦う可能性は低めになる。

 だからといって俺達が不利なのは変わらない。

 

「一人で何うんうん唸ってるんですか?」

「めぐみん。どうしてここに?」

「落ち着かないから散歩していたらカズマを見つけましてね。これどうぞ」

「おっ、気が利くな」

 

 めぐみんから飲み物が渡される。

 買ったばかりみたいで、地味に熱い。

 火傷しないように注意しつつ飲む。

 

「いつもみたいにパッと浮かばないんですか?」

「相手が悪いからな。めぐみんの爆裂魔法でも一発で仕留められない。ダクネスがみんなを守ることもできない。何より魔法使いも数が足りない。ゆんゆんクラスの魔法使いが十人以上必要だけど、そんな都合よく集めるのは無理だし、大体そんなにいるわけがない」

「? 何を言ってるのですか。紅魔族がいるではありませんか」

 

 めぐみんの言葉に俺はそういえばと思い出す。

 そうだ。

 紅魔族という優秀な種族がいたじゃないか。

 俺のところの紅魔族は頭のおかしい爆裂娘だったり、コミュ障だったりするから、すっかり忘れていた。

 俺が今求めるアークウィザード集団がいたじゃないか。

 彼らに頼み込めば、ハンス討伐も無理じゃない。

 

「よし! 本物の紅魔族に会いに行くとするか!」

「おい。その言い方だと偽物がいるみたいじゃないか。それが誰なのか教えてもらおうか」

「何て言って説得するかな」

 

 急に騒ぎ出しためぐみんを無視して考える。

 いくらなんでも幹部を倒したいから来てくれと言って……。

 紅魔族って独特の感性があるからな。

 嬉々として来そうだ。

 だけど、相手は魔法効きにくいスライムだ。

 紅魔族は知能が高いから、もしかしたら断られるかもしれない。

 

「まずは紅魔族の里に行くか」

「それなら私もついて行きますよ。カズマ一人よりも効果的でしょう」

 

 めぐみんもいるなら何とかなるか。

 同族がいるんだから、そう簡単に断るなんてできないはずだ。

 何ならめぐみんが死んだらお前らのせいだからと言ってやる。

 それもだめなら八つ当たりしてやる。

 ついでに混浴できなかったイライラもぶつけてやる。

 

「よし。みんなに言ったら、転送屋で行くぞ」

「はい」

 

 紅魔族をたぶらかす、か。

 前もやれたんだ。今回もやれるだろ。

 

 

 

 転送屋を使って、紅魔の里に来た。

 里の前で俺達は軽く打ち合わせをする。

 

「いくら紅魔族が目立ちたがりでも、ハンスが相手だと知ったら無駄に高い知能で正論言って拒否するかもしれん」

「我ら紅魔族は相手が誰でも引きませんよ」

「俺達に戦力を寄越せば、その分里が危険になるんだぞ。いくら紅魔族がいいところを取りたがる連中でもその辺の分別はつくだろ」

 

 この里も魔王軍の襲撃を受けている場所だ。

 戦力が一時的でも落ちるのは好ましくないはず。

 しかし、紅魔族は知能が高いと同時に、自分達を格好よく見せようとするネタ種族だ。

 優秀ではあるが、全力で生きるあまりネタになる稀有な種族だ。

 

「魔王の幹部を討伐でき、活躍できるとあれば来てくれますよ」

「何にせよ話をしないとな。案内頼む」

「わかりました。こういう時に適任の人がいますよ」

 

 めぐみんは自信たっぷりに言った。

 紅魔の里に住む人はみんながみんな濃いので、逆にうっすらしか覚えてない。

 めぐみんの家族はちゃんと覚えているが。はじめて紅魔の里に来た時、俺とめぐみんを一緒の部屋に閉じ込めたからな。

 おかげでムラムラして困った。

 それぐらいしか俺は覚えてない。

 めぐみんは誰を紹介する気なのか。

 俺を案内するめぐみんは久しぶりに故郷に戻ってきたことで、普段よりも安心してるように見えた。

 里の中を懐かしそうに見回し、嬉しそうに微笑む。いつもそうだといいのに。

 それなら本物の美少女なのに。

 

「姉ちゃん!」

 

 前方から小さい女の子が大きな声を上げ、こっちに走ってきた!

 めぐみんの妹のこめっこが現れた!

 こめっこは俺達の前に来て、めぐみんの隣の俺をじっと見つめ、めぐみんを見つめ、腕を組んで言い放った。

 

「姉ちゃんが男連れ込んだ!」

「違います! 違いますから!」

 

 こめっこの突然の言葉にめぐみんは動揺し、赤い顔で否定に入る。

 そんな姉の言葉にこめっこは不思議そうに首を傾げて。

 

「間男?」

「違います! こめっこ、それは本当に失礼だからやめなさい!」

「誰からそんな言葉教えてもらったんだよ……」

 

 まさか、こんな小さい子から間男なんて言葉を聞くことになろうとは……。

 聞きたくない言葉ベストスリーに入るぞ。

 

「ぶっころりー」

「あんの腐れニートですか! 本当にあのニートは!」

「こめっこ。間男は言うの禁止な」

「えーっ」

「えーっじゃありません! お父さんとお母さんも泣いてしまいますから。もう言ってはいけませんよ!」

「んー、うん」

 

 めぐみんがいない時に間男なんて言葉を教え込む奴は助っ人に来てほしくないな。

 それにしてもこめっこは里にいてもこんな感じなのか。我が道を行きすぎだ。

 

「姉ちゃん、何でいるの?」

 

 ようやくまともな会話ができる。

 どうして今更その質問をするんだろうとか思うけど、まともな会話ができるからいい。

 

「強敵と戦うので、みんなに協力を求めに来たんですよ。そういうわけですので、こめっこには悪いんですが、私達はすぐに戻ります」

「そっか! 姉ちゃん頑張って!」

「あれ!? こめっこ、他にも何かあるでしょ? もう少しいてとか」

「ない」

 

 一切の躊躇いなく放たれた言葉にめぐみんは言葉を失った。

 久しぶりに会ったのにドライな対応をされたんだから、しょうがないっちゃしょうがないが。

 見た目に反して随分とたくましい。

 これなら一人で暮らしても生きていけそうだ。

 

「姉ちゃん、用事いいの?」

「そそそそうですね。ささっと終わらせてしまいましょうかね」

「姉ちゃん変な顔」

 

 めぐみんの顔を指差したかと思えばそんなことを悪びれることもなく、半笑いで言った。

 

「こめっこ!」

 

 怒られると読んだこめっこはすぐさま逃げ出す。

 それをめぐみんは追いかけようとして。

 

「ふぎゅ!?」

 

 手前の石に躓いて転んだ。

 それを遠くから見ていたこめっこが。

 

「姉ちゃんださーい!」

 

 その声に、めぐみんは四つん這いになったまま、全身をぷるぷると震わせる。顔は真っ赤に染まり、恥ずかしさから顔を上げることができないようだ。

 相当恥ずかしいと思ってるんだろう。

 情けない姿のまま、しばらく動けずにいた。

 

 こめっこを連れて俺達は里の中を歩く。

 めぐみんが誰を紹介するのか気になるところではあるが、今の俺には些細なことだ。

 

「こめっこ、次は何が食べたい?」

「何でも!」

「じゃあ、あそこでご飯食べるか?」

「ひゃほう!」

 

 こめっこが美味しそうに串焼きを食べる姿を見ていたらお腹が減ってきた。

 そろそろ何か食べたい。

 

「カズマ、協力要請はどうするんですか?」

「ご飯が先でいいだろ。向こうに戻った時、下手したら何も食えない可能性もあるぞ」

「それは、まあ、あるかもしれませんが……」

「兄ちゃんはやく!」

 

 俺の手を引っ張るこめっこに慌てるなと言って笑いかける。

 貧乏な家で暮らすこめっこは普段からいいものを食べられない。

 いいものどころか普通の食事すらままならないみたいだが。

 

「こめっこ、そんなに急かさなくてもご飯は逃げませんから。ねっ?」

 

 そして、そのことをめぐみんはよく知ってるから、ここぞとばかりにご飯をねだるこめっこを強く注意できずにいた。

 まあ、何だ。

 数々の大物賞金首を倒してきた俺にはご飯を奢るのは大した痛手にはならない。

 こめっこが食べたいだけ食べさせよう。

 俺達はこめっこを連れてお店に入った。

 

 こめっこはお腹が破裂するんじゃないかというほどご飯を食べた上にデザートのプリンまで平らげた。

 俺より食べてたぞ、普通に。

 膨らんだお腹を擦りながらこめっこが言った。

 

「こんなにご飯食べたのはじめて」

 

 その言葉にほろりときた。

 普段、この子は何を食べているのだろうか。

 もっと色々食べさせてやりたい。

 

「めぐみん、こめっこをアクセルに呼んだらどうだ? こめっこまで姉と同じ道を歩ませなくていいだろ」

「私と同じとはどういう意味か教えてもらおうか!」

「言わせんな。悲しくなるだろ」

「いいでしょういいでしょう! その喧嘩買おうじゃありませんか!」

 

 めぐみんが体を乗り出して俺に掴みかかる。

 目を鮮やかに紅く輝かせ、俺を激しく揺さぶる。

 激しく揺さぶられることで、食後間もない俺はちょっとあぶなくなる。

 胃の中のものが、かけ上ってくるのを感じる。

 めぐみんの手を掴み、剥がす。

 

「おいおい。危うく口からクリエイト・ウォーターを出すところだったぜ」

「ほほう。少ししか揺らしてないというのに、随分と脆いですね」

「おいおい、そんなこと言っちゃうか? 俺はな指を使わなくても吐けるタイプだぞ」

「そ、それが何だと言うのですか?」

 

 俺はテーブルに乗り上げ、めぐみんの手を椅子の背に押しつけ、動けないように力を入れる。

 にやっと笑いながら、めぐみんをまっすぐ見下ろす。

 

「おえってえずいたりするだろ? 俺はそれが自分でできるタイプでな。何回かえずけば……」

「や、やめろお! 私にそんな汚ならしいものをかけようとするんじゃない!」

「ふははははははは! カズマ様、愚かな私をお許し下さいと言ったらやめてやろう! 言わなければぶちまけてやる!」

「ひぅ!? カズマ様、愚かな私をお許し下さい!!」

「へっ」

 

 めぐみんに敗北宣言させた俺は満足し、満面の笑みで席に戻る。

 こめっこはめぐみんの肩に手をぽんと置いた。

 おお、姉を慰めようというのか。

 何て、何て優しい子なんだろうか!

 

「姉ちゃん、どんまい」

「ううう、こめっこ……。あなただけですよ。私に優しくしてくれるのは」

 

 妹を優しく抱き締める。

 こめっこの優しさに触れて、感動のあまり涙ぐんでいる。

 何て美しい姉妹愛だ。

 

「もっと強くなろうね」

「おふっ!」

「………………ぶふっ」

「!?」

 

 我慢できずに笑うと、めぐみんが眉尻を上げて俺の首に手を伸ばしてきた!

 

 俺とめぐみんの喧嘩を、こめっこが楽しそうに観戦していたのは十分ほど前のこと。

 結果から言うと、めぐみんは俺に負けた。

 俺の圧倒的強さに為す術なく敗れためぐみんはこめっこに「姉ちゃん実は弱い?」と最後のトドメを刺された。

 そのめぐみんは妹と手を繋ぎながら、泣きそうな顔で歩いている。

 

「ふふっ。無理矢理押さえ込まれた上に汚ならしいものをかけられそうになりましたよ……」

「おい、誤解を招くようなことを言うなよ」

 

 傷ついたような顔で歩くもんだから、里の人達に何だ何だと見られている。

 ちなみにこめっこは新しく買ってあげたアイスをこれまた美味しそうに食べている。この子の食欲と胃袋はどうなっているのだろうか。

 

「あれひょいざぶろーさんとこの……」

「強気な子だったよな?」

「あの男、何をしたんだ?」

「まさか、妹を人質に!?」

 

 だから、何で俺はそういう方向に行くんだ。

 酷いこと言ったとか、そういうところで止まらず、どうして色々すっ飛ばして鬼畜になるんだ?

 元の世界でもそうだったが、おかしいと思う。

 俺だって心当たりがあったりするが、それにしてもおかしいと思う。

 それとも俺が気づかないだけで、そういうオーラみたいなものがあるのか?

 もしそうなら俺にそんなものをつけた神様に復讐してやるのに。

 

「めぐみん? めぐみんじゃないか! ……どうしたんだ、そんな顔をして」

 

 手を振りながら、何となく俺と同族っぽい雰囲気を出す男がこっちに来た。

 何というか、紅魔族だから強いんだろうけど、やっぱり俺と同族っぽい雰囲気があるというか……。

 めぐみんはその男を見ると。

 

「何でもありませんよ」

「何でもないようには見えないんだが」

「……何。そこの男に押さえつけられた上で、無理矢理……されただけですよ」

 

 めぐみんは俯く。

 男が、俺を見る目が途端に冷たく厳しいものになった。

 このくそアマ!

 見れば、めぐみんはにやにやと俺を見ている。

 にやけ顔を男に見られないように俯きやがったのか。このくそアマ!

 だが、落ち着け。

 この程度のことでいちいち動揺する俺ではなかろう。魔王すら倒した俺なら簡単に覆せる。

 

「お前から仕掛けてきたんだろ。それもこめっこの見てる前で」

「んなっ!? めぐみん! お前はいつからそんな変態プレイを求める淫乱ロリっ子になったんだ!」

「誰が淫乱ロリっ子ですか! それ以上ばかなことを言ったらぶん殴りますよ!」

 

 頭のおかしい淫乱爆裂ロリっ娘が誕生した瞬間である。

 こうして頭に浮かべてみると、何を言いたいのかよくわかんないけど、とりあえずヤバい奴ってのは伝わってくるな。

 顔を真っ赤にして男を怒鳴りつけるめぐみんを見て俺は、俺は……!

 

「わかったろ? 今のこいつは人を平気で貶める恐ろしい女だってことが」

「里を出てから変わったんだな、めぐみん……。安心しろ。こめっこは俺がちゃんと育てる」

「何ばかなこと言ってるんですか! 未だにニートやってるあなたに任せられるわけないでしょう!」

「ニートじゃない! 魔王軍遊撃部隊に所属してるからニートじゃない!」

 

 それを聞いて俺は昔のことを思い出す。

 ニート集団がそれっぽく見せてるんだっけ?

 おっ、目の前の男のことを何となく思い出してきたぞ。

 名前は確か……ぶっころりー……。

 ぶっころりー?

 …………。

 

「お前か! こめっこに変なこと教えてるのは!」

「へ、変なこと!? 俺は何もしてないぞ!」

「嘘つけ! こめっこに変な言葉教えてるだろうが! 例えば間男とか!」

 

 めぐみんはそういえばと思い出したようにぶっころりーを睨む。

 一方その頃、こめっこはちょむすけをよだれを垂らしながら見つめていた。

 

「ち、違うよ!」

「何が違うか教えてもらいましょうか」

「面白がってるわけじゃなく、適当に思いついた言葉を教えてるだけで、決して悪気があるわけじゃない」

「少しは考えて下さいよ! 一番質が悪いじゃないですかそれ!」

 

 言いわけにもならない言いわけに、めぐみんは頭を抱えながらしゃがみこんだ。

 自分がいない内に、大事な妹に変なことを教えるニートがいるんだから、こうなるのもわかる。

 このまま問い詰めてやりたいが、それは今度にしなくては。

 

「まあ、こめっこの話は置いて。今は他に用があるんだよ」

 

 忘れてはならないが、ハンス討伐に必要な戦力を集めるためにここまで来たんだ。

 ぶっころりーはどういうことだと見てくる。

 

「今アルカンレティアに魔王の幹部ハンスが来てるんだ。こいつを倒すには紅魔族の力が必要だ。協力してくれないか?」

「ハンス? デッドリーポイズンスライムのハンスか?」

「ああ。こいつを倒すには紅魔族の力が必要なんだ。頼む、協力してくれ!」

 

 俺は深々と頭を下げる。

 

「ぶっころりー、私からもお願いします!」

 

 めぐみんも俺の隣で深々と頭を下げる。

 チラッと見てみると、ぶっころりーは悩ましげに顎に手を当てて考え込んでいる。

 ぶっころりーは片目を閉じて、確認するように質問してくる。

 

「何人必要なんだ?」

 

 俺は顔を上げて答える。

 

「十人以上だな。他にも多くの冒険者は参加するが、ハンスの猛毒を完全に防ぐのを考えたらそれぐらいはほしい」

 

 それを聞いてぶっころりーはまたも考え込む。

 俺とめぐみんはぶっころりーをじっと見つめる。

 神様にお願いするような気分だ。

 どうか聞いてほしい。

 

「だめだ」

 

 しかし、俺達の願いは聞いてもらえなかった。

 めぐみんは何を言われたかわからないような顔になっていた。

 ぶっころりーは続ける。

 

「いくらなんでも危険すぎる。それにこの里も魔王軍の襲撃を受けている。よそに人を回すわけにはいかないんだ」

 

 それは俺が最も恐れていた正論だった。

 腕を組むぶっころりーは固い表情で俺達を見ていた。

 めぐみんがそんなくそニートに頼み込む。

 

「ぶっころりー! お願いしますよ! 私とゆんゆんだけでは足りないんですよ!」

「だめだ。すまないが、諦めてくれ」

「そんな……」

 

 くそニートの話は、判断は正しい。

 里を最優先するのは当然だ。

 しかし、めぐみんが悲しそうにするのを見ていたら、何よりこめっこに変なこと教えるくそニートにむかつかないほど俺は大人じゃない。

 

「何だ。めぐみんから紅魔族はどんな時でも引かないと聞いてたが、実際は魔法に強いスライムが相手と聞いたら逃げるのか」

「はっ?」

 

 なぜかくそニートがちょっと嬉しそうにしてるが、なぜなんだろうか。

 そのへらへらした態度が俺のイライラを刺激する。

 混浴できなかったイライラと融合し、クールで有名な俺は珍しく熱くなってしまった。

 

「俺の仲間のめぐみんはな、エリートの道を捨てて、ネタ魔法使いとばかにされるのを覚悟で、幼い頃の約束を守るために爆裂魔法を極めようとしてるんだよ。上級魔法覚えれば、すぐに凄腕アークウィザードになれんのにな……。どんなにばかにされても、傷ついても、それでも約束のために耐えて、耐えて、耐えて前に進んでるんだよ」

「カ、カズマ……」

 

 めぐみんが凄く嬉しそうに、照れ臭そうにしながら、潤んだ目で俺を見上げる。

 

「それがお前らはどうなんだ。ちょっと危険な思いをするとわかったら逃げる。めぐみんを見習えよ! 一人で覚悟を決め、決意を胸に里を出て、爆裂魔法に全力を注いでんだよ!」

 

 帽子を深く被って、めぐみんは表情を見られないようにするために俯く。

 俺はまだ続けた。

 

「ここにはいないけど、ゆんゆんはそんなめぐみんをばかと言いながら、呆れながらも支えてる。あいつだって大変なのにな。故郷でもろくに友達をつくれなかった奴が、里の外で上手くやっていくのは難しい。ゆんゆんにも悩みはあるのに、めぐみんみたいに諦めないで頑張ってる」

 

 あとで死にたくなるだろうが、そんなの知るか!

 今は言いたいこと言ってやる。

 

「お前にはがっかりだよ! ちょっと危ないってだけでむむむ無理です、怖いですってびびって逃げてんだからな。この臆病者が! もういいよ! わかったよ! お前ら紅魔族は自分より弱くて害がなくて、しかも大勢で戦えないと何もできない腰抜け族ってことがよーくわかったよ! その辺の駆け出し冒険者のがまだ紅魔族らしいよ!」

 

 ふう。

 昨日混浴できなかったイライラも晴らせた。

 怒鳴りまくったらスッキリした。

 

「めぐみん、帰るぞ! この里には腰抜け族しかいないようだからな!」

「そうですね! 我が偉大なる紅魔族はもう滅んだようですし、帰りましょうか!」

 

 俺達はくそニートに背を向けた。

 ちょむすけをかじるこめっこを家に送り届けてのち、アルカンレティアに戻った。

 ……どうしよ。




ぶっころりー。

 好きなだけ言って、その男は去っていった。
 本気で断ったわけじゃない。
 めぐみん達が危なくなり諦めかけた時に参上し、大感動させるために断ったんだ。
 それなのにあの男ときたら。

「外にあんな男がいるとはな。まだまだ捨てたもんじゃねえな」

 まるで物語に出てくる主人公のように、説得してんだか、八つ当たりしてんだかよくわかんないことしやがった。
 物語で言うなら、俺は勇者に協力を惜しむ国王ってとこだな。
 それにめぐみんとゆんゆんがどれだけ強く生きてるかも語って……。
 我ら紅魔族を腰抜け族と吐き捨てたことといい。

「あの男……できる……!」

 あそこまで盛り上げてくるとは思わなかった。
 これは負けていられない。
 めぐみんやゆんゆん以上に凄いところを、格好いいところを見せないと!





後書きですよー。
ここまでで一万文字行ったので、ハンスは次になります。
そして、次の話では……?

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