このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです 作:緋色の
ちょむすけを抱くウォルバクを見上げる。
俺の記憶が正しければ、こいつは力を取り戻すためにちょむすけを殺そうとしていたはずだ。
そんなことさせるかっ!
「ちょむすけをどうする気だ! そうか、わかったぞ! お前は邪神だからな。ちょむすけを殺すつもりなんだろ! 俺達からも絶望の感情を得るために、今ここで腹を裂きながらゆっくりと殺すつもりだな! 酷い流石邪神だ!」
俺は捲し立てる。
とにかくちょむすけを殺させないようにしなくては。
身動きをとれない俺達では助けることはできない。しかし、ちょむすけが生きていたら取り戻せる。
それに何だかんだでお姉さんは悪い人ではないから、多分……。
「ちょ、ちょっと! 人聞きの悪いことを言わないでくれる!? 殺さないから! そんな酷いことしないから!」
かかったな!
ウォルバクからしたら、そういう殺し方はしないと宣言したつもりなんだろうが、殺さないという言葉さえあれば他は必要ない!
「殺さないと言ったな!? この場にいる全員があんたはちょむすけを殺さないと宣言したのを聞いたからな! 邪神とはいえ神の端くれなんだから、宣言した以上守れよ!」
はじめは何を言われてるかさっぱりわからないウォルバクだったが、話を理解すると、苦々しい顔になる。
これでウォルバクの計画は潰せた。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「少しはやるのね。ま、この子を消滅させなくても力を取り戻せるとは思うから別に構わないんだけどね」
俺達がウォルバクを倒したのは女神エリス祭が終わってからだから、数ヵ月先のことか。
つまりウォルバクはちょむすけがいなくても数ヵ月生き残れる計算になるから、その分の時間的余裕があるわけで。
あれぇー?
もしかして、一番面倒なルート選んだっぽい?
封印解除して諸々する時間確保できるよね。
「この子の封印を解き、本来の私達に戻る時間はあるのよ。残念だったわね、口が回る坊や」
そうだよね。
だってあの時でもう時間ないって話してたんだから、今なら時間あるよね。
どうする。
ここでどうにかしないと……!
その時だった。
「『ライトニング』!」
「もうそんなに時間が経ってたのね」
ゆんゆんとめぐみんが立ち上がり、ウォルバクと対峙する。
「ふんっ!」
それは二人だけではなく、ダクネスも同じで、薄くなった氷を筋肉に任せて砕いた。
俺以外が戦線復帰した悲しい瞬間である。
こういう時ステータスの差が出るんだよ……。
俺が切ない気持ちになっている中で、三人は闘志を燃やしている。
いや、俺も俺で一応手は動かせるんだ、一応……。
……チートさえあれば……!
「ちょむすけを返してもらいますよ」
「カズマさん、時間稼ぎありがとう! ここからは私達に任せて!」
「お前の努力は無駄にはしない」
凄く、格好いいです。
いつになく頼りになる雰囲気を出す三人に、ウォルバクは余裕のある笑みを崩さない。
それだけのことなのに、俺達は表現しがたい恐怖を感じた。
これが邪神の持つ雰囲気なのか?
「その子は私の使い魔です。いくらお姉さんでも、連れ去るのは許しませんよ!」
「残念だけど、そうはいかないの。あなたの使い魔である前にこの子は私の半身なのよ。私達は二人で一つの神。あなたのわがままは聞いてあげられないわ」
「わがままを言ってるのはそっちです! ゆんゆん、お姉さんを倒してしまいなさい!」
「私に振るの!?」
「当然ではないですか。私は爆裂魔法しか使えないのですよ。使ったらちょむすけもあの世行きです」
「そうだけど、そうだけどさ! 何だろ、この納得いかない気持ち!」
ゆんゆんが理不尽なこと言われたとばかりに憤っているが、めぐみんの言ってることも正しいため、渋々受け入れた。
自信満々の顔でウォルバクを見つめるめぐみんをゆんゆんは何か言いたげな顔で一瞥する。
何でめぐみんが自信満々なんだよ。
そんなめぐみんをウォルバクは申しわけなさそうな顔で見つめている。
「……まさかとは思ってたけど、あなた本当に爆裂魔法しかとらなかったのね。私、数年あれば考えは変わると思ってたんだけど……」
「爆裂魔法以外はちんけな魔法ですからね。覚える価値はありませんよ」
「お姉さんとしては覚えてほしかったなあ……」
「無理です。他の魔法はアレルギー反応を起こしますので。それにもし仮に覚えるとしたら、それは爆裂魔法を超える爆裂魔法ぐらいです。もしもそれが完成したら、私は『セイクリッド・エクスプロージョン』と名付けますよ」
めぐみんの頭の悪い話にウォルバクはちょむすけを片手に、別の手で頭を抱えた。
それだけでめぐみんのことを思っていることがわかる。まさか爆裂魔法を教えたら、それだけに傾倒する頭のおかしい子になるとは思わなかったのだろう。
当の本人は何を当たり前のことをと言いたげな態度でウォルバクを見ているが、俺達は昔から頭のおかしい子だったのかと戦慄していた。
「と、とにかくだ。ちょむすけは返してもらおう。その子は我々にとって大事な家族だ」
ダクネスがだめになりかけた空気を引き締めるような声で言い放ち、大剣の切っ先を突きつける。
まるで凄く強そうな騎士に見える。
ゆんゆんもいつでも魔法が使えるようにとワンドを構える。
二人にウォルバクは笑みを崩さないが、警戒を露にする。
「どっちが有利か考えてのことかしら? 『カースド・クリスタルプリズン』!」
氷の魔法を俺達に向けてではなく、互いの間に線引きするように放った。
横に長くこれでは迂回するしか……?
まずい!
「ダクネス、すぐに行け! 逃げられる!」
「えっ? ああっ!」
遅れて気づいたダクネスが氷の壁を迂回する。
ゆんゆんは氷の壁にワンドを向け、鋭い声で唱える。
「『インフェルノ』!」
巨大な炎は氷の壁に直撃するが……。
先にちょむすけがいることを考えると、火力を落とさざるを得ない。
力を入れすぎたら……。
ゆんゆんはその不安と恐怖に魔法を解除した。
それはそれで別の不安が出てきそうであったが、それはすぐに解消された。
見れば、氷の壁は体当たりをしたら壊せそうなほどに薄くなっていた。
「めぐみん!」
「わかってますよ!」
二人は頷き合い、意を決して氷の壁に体当たりを――。
「「きゃふ!?」」
意外な強度を見せた氷の壁に跳ね返された。
薄いように見えて厚かったのか、それとも強度が高かったのかは定かではない。
定かではないが……。
…………。
「……………………ふふっ」
「「!?」」
それを見た俺が笑ってしまうのは、これはもうどうしようもないことじゃないか?
あんな、真剣な顔で、ばいーんと戻されたら笑ってしまうから。
俺が声を出すまいとぷるぷると堪えていると、二つの影が降る。
顔を上げれば、白のパンツをはいた二人の美少女がそこにはいた。
二人とも腰に手を当てて、羞恥で顔を赤くしながらも、俺に怒りの眼差しを送ってくる。
「ど、どうした。ちょ、ちょむすけを助けに行けよ……っ……」
話すだけでも笑い声が出てしまいそうになる。
俺が笑いを堪えて、ぷるぷる震えると、二人も怒りからぷるぷる震える。
しかし、ちょむすけのことがあるから、俺にはこれ以上構う時間はないと判断すると今度は迂回しようとするが……。
「だめだ! 逃げられた!」
タイミング悪くダクネスが壁の向こうからウォルバクがいないことを伝えてきた。
それを聞いた痴女二人が大急ぎで戻って……。
「ぶふっ……!」
「あー、笑った! 今絶対笑った!」
何が面白いかはわからない。
でも、収まりつつあった笑いは、怒りの形相で戻ってきた二人を見たらなぜか沸点を超えた。
腹筋が崩壊した。
「ぎゃははははははははは!」
「この男! もう隠す気もないようですね!」
俺を見下ろす二人はそれぞれの武器を手にして。
「カズマ、あなたのおかげでちょむすけはしばらく無事でしょう。では、覚悟はよろしいですか?」
杖を手にしためぐみんがそれはそれはとてもいい笑顔で言ってきた。
あのあと俺は二人の美少女に色々されていたところをダクネスに助けてもらった。
ちょむすけを誘拐? 奪還? こそされてしまったが、俺の鮮やかなトーク力で殺さない約束はさせたので、しばらくは安心だろう。
三人は予想していないが、俺は完全体ちょむすけがウォルバクとともに俺達の前に立ちはだかるのではないかと思ってる。
だってあいつ邪神だからな。ひよこに追いかけ回されてたとはいえ、邪神だからな。
俺の泊まる宿屋に集まって、ちょむすけを取り返すにはどうしたらいいのか話し合った。
だけど、答えは出なかった。
魔王の城に引きこもられたら、現状どうやっても助けられないからだ。
居場所さえわからないのだから、助けに行こうにも行けない。
だから俺達は今まで通り魔王の幹部を倒しつつ、ちょむすけとウォルバクの情報を探ることにした。
みんなが帰ったあと、俺は一人、宿屋のベッドの上で考えていた。
ウォルバクの強さは正直言って底が見えない。
ウォルバクは元の世界では爆裂魔法を撃ったあとにテレポートで逃げるという手段を使っていたが、実はこれ冷静に考えるととんでもないことであり、リッチーのウィズでさえ爆裂魔法のあとはテレポートを使う魔力がなかったのに、ウォルバクは“不完全かつ時間がない”状況でやっていたのだ。
つまりウォルバクはウィズよりも多くの魔力を持っていることに繋がる。
もしも完全となれば、間違いなく魔力は増えるはずだ。それこそ爆裂魔法を二回使うことができるほどの莫大な魔力を持つかもしれない。
そもそもめぐみんの魔力が消費魔力にいつまで経っても追いつかないのは、爆裂魔法に関連するものにポイントを振っているせいだ。
それによって消費魔力は増え、結果めぐみんの魔力はいつまでも追いつかない。
しかし、裏を返せば、ポイントを振らずにいれば消費魔力に追いつくということだ。追いついたあとはどうなるかというと“余る”のだ。
当たり前の話だ。
消費する魔力よりも多くの魔力を持っているのだから。
もちろんそうなれば倒れないようになる。
ということは、魔力の伸び次第では爆裂魔法を二発撃つことは可能ってことになる。
人間にはできなくても神なら……。
考えるだけでぞっとする。
しかもそこに完全体ちょむすけがいるのだ。
もはやラスボス倒したあとの隠しボスみたいではないか。
…………。
あっ……、俺、ラスボス倒してました。
もっと言えば二週目です。
もしかして二週目で出てくる隠しボスっすか?
勘弁してくれ……。
数日が過ぎた。
ちょむすけ達の情報は皆無と、やはりウォルバクは魔王の城に引きこもったのかもしれない。
魔王の城に乗り込むのはまだまだ先だろう。
となれば、ウォルバクが動くのを待つしかない。
いつまでもちょむすけのことを考えていてもしょうがない。
今は目先のこと、つまりシルビアについて考えるとしよう。
シルビアについて考え、る……?
俺が苦労したのは、ばかがつくった魔術師殺しを奪われたからであり、ぶっちゃけバインド用にミスリル合金でできたロープを使えばシルビアとかね。
あのヒュドラですら縛れるものをシルビアが破れるとは思えないし?
バインド用のロープをたくさん持ってけば、シルビアをわりと簡単に倒せるような気がしてきた。
よく考えたらウォルバクとバニルとハンスが飛び抜けてヤバいだけだよな。
魔王の娘はどれだけ強いのかわからんけど、剥けばいいだけだし。
シルビアは油断せずに向き合えば、バインドで縛り上げて紅魔族に進呈することができる。
俺は魔王を倒した超一流冒険者だ。
きちんと道具を揃えて紅魔の里に行くとしよう。
テレポートがあるから、今回は暗黒領域を進まなくていいのは幸いだ。
さて、問題は……。
このあと来るであろう子供ほしい発言をどう撤回させないかだ。
いい加減俺も童貞を捨てる時だと思うんだ。
魔王倒したのに童貞はないない。
俺の息子も立派な勇者にしないとな……。
ここはやっぱり元の世界でも同じことがあったことにして、その時も抱いたっていう体で進めよう。
それは仕方のないことなんだ。
ゆんゆんが子供をつくらないと、世界が救えないから抱くのであって、下心があるからではない。
これは世界を救うための立派な善行なんだ……!
俺はその来る時に備えて、説得力のある話を考えるのに夢中になる。
結論から言うと、めぐみんによって最初から勘違いは解消されていた。
そうだよな。
冷静に考えたらめぐみんにも話が行くよな。
くそったれええええええええええええええ!!
心の中で全力で叫んだ。
俺が一晩考えた言葉は全て無駄になった。
拗ねる俺を放置して、三人は話をする。
「一度里帰りしようと思うんだけど……」
「うむ。それがいいだろうな。魔王軍との戦いが熾烈化しているようであるし」
「場合によっては我々がその魔王軍を滅ぼす必要があります。私の爆裂魔法さえあればどんな相手も一発ですがね」
三人はもう里帰りするつもりでいるらしい。
しかし、記憶が確かなら熾烈化してる云々は、大袈裟に書いてただけのはずだが。
紅魔族の挨拶みたいな感じじゃなかったか?
行っても、実は平和というオチが待ってるだけなのだが……あえて何も言うまい。
三人がどんな反応をするか見届けさせてもらうか。
「カズマ、どうしてニヤニヤしているのですか」
「べっつにー。何でもないよー」
「本当にどうしたんだ? とうとう頭がおかしくなったか?」
「現在進行形でおかしい奴に言われたくない」
「んんっ!」
平常運転のダクネスを見てると、どうしてこいつはこうなったんだろうと思ってしまう。
子供の頃はまともだったろうし、いつからこんな変態になってしまったのか。
しかもそれを親父さんは知っている。
何がきっかけで目覚めたのか。
しかし、こいつの変態力を考えるに、家具に小指をぶつけたとかで目覚めたのだろう。
……自分の子供がダクネスみたいなのだったら、毎日苦労が絶えないだろうな……。
「何だ?」
「何でもない」
同情します……。
俺はダクネスから視線を外す。
ダクネスは訝しげに俺を見るが、それをスルーさせてもらうと、めぐみんが俺に聞いてくる。
「いつ里に行きますか?」
「はやいほうがいいんじゃないか? テレポートならすぐ行けるだろ」
「アルカンレティアに行き、そこでテレポートね。そっちのが安全だからいいと思うわ」
「むう……。オークに会いたかったのに」
心底残念そうにするダクネスに一言。
「オークの雄はほぼ絶滅してるからいないぞ」
「何だと!? なぜだ!?」
とんでもない剣幕を見せて俺に詰め寄る変態。
何でと言われてもなあ……。
オークの雄の絶滅には、やはり男である俺には同情や恐怖が出てくる。
答えろとばかりに俺の肩を、
「いだだだだだっ! はな、はなせっ! この筋肉ばか!」
「き、筋肉!? 私は筋肉じゃない!」
「つ、潰れる! 肩潰れるからはなせっ!」
痛みのあまりビンタした。
本気でやってしまった……!
ダクネスを本気で叩いてしまった……!
ダクネスが喜ぶ中、めぐみんとゆんゆん、それと女性冒険者と職員が俺に冷たい目を向ける中……!
「いってえええええええええ!」
俺は手を押さえ、絶叫しながら立ち上がる。
何だ今の!?
壁殴るとか、鉄を思いっきり叩くとか、そんな柔なものじゃねえ!
俺が泣きそうな顔で必死にヒールをかけるところを見て演技でないと知り、みんなはダクネスにドン引きの視線を送る。
何で叩いた俺の方がダメージ受けてんだよ。
「なあ、カズマ。いくらなんでも大袈裟じゃないか? 失礼だぞ」
「お前の硬さに俺はドン引きだよ」
「……み、みんなまでそんな目で……。そんな、目で、んんっ……!」
ぶるりと震える変態に俺は泣きたくなった。
ダクネスを見て皆が戦慄く中で、変態はこれもまたよしと喜んでいた。
俺達が紅魔の里に行くにはアルカンレティアを経由する必要がある。
アルカンレティアを俺が登録してるはずもなく、里の方は登録するの忘れてたし。
ウィズはどうだろうか。
温泉を気に入ってたら登録してあるはずだけど。
アクシズ教徒の恐ろしさを知ってしまった以上、登録してある可能性は元の世界よりも低い。
だめだったら、その時は馬車で行けばいいだろ。
そう思ってだめ元でウィズに尋ねてみたところ登録してあるとのこと。
それにより俺達はアルカンレティア、紅魔な里、とテレポートでぽんぽんと移動できた。
テレポートは本当に便利である。
時間をかけずに移動できるのは本当に大きい。
俺は何が起こっているか知ってるので、平和そのものの里を見ても動じることはない。
紅魔の里は魔王軍に攻められているのかと問いたくなるほど平和で、道を歩く人達に不安な様子は一欠片もなかった。
三人は戸惑った様子で周りを見ながら、族長の家、つまりゆんゆん宅へと向かう。
そこで教えられるのは、この手紙が届く頃には……、の行はただの挨拶ということ。
それにキレたゆんゆんが族長の頬に本気ではないビンタをしたのは言うまでもない。親だから手加減したのだろう。優しい子だ。
それでも俺は、実はゆんゆんこそが暴虐を司っているのではないかと疑いを強めつつあるが、そこは内緒にしとこう。
言えば殴られる。
最初の頃の大人しいゆんゆんはどこに行ったのか。最近では何かあれば、その何かが問題すぎるのもあるけど、暴力を振るう。
魔法でないだけよいのだが……。とあるチンピラに対してパーティーメンバーのリーンという子はファイアーボールをぶちかましたりする。
アクセルの冒険者は大体おかしいが、それ以上にたくましいので厄介だったりする。
なのでゆんゆんが暴力的になるのは、アクセルで暮らしてる以上当然であり、仕方のないことと言える。
あの街で大人しい性格のままでいるというのは、呼吸をするなと言ってるようなものだ。
「ゆんゆん、昔のお前は叩いたりしなかったというのに……! いったい何があった!?」
「何もないわよ! あんなばかな手紙出されて私がどれだけ心配したと思ったの! 上級魔法撃たれないだけマシでしょ!」
「じょっ!? 本当にお前に何があったんだ! そいつか! その男がお前を変えたのか!? 確かにいつだって女を変えるのは男と決ま」
「ばばばばばばかなこと言わないで! そんなんじゃ、ないからー!」
顔を真っ赤にして照れたゆんゆんが照れ隠しにテーブルをバンバンと何度も叩く。
どうして俺をちらちらと見てくるのか。
俺のせいで変わってしまったみたいな感じにとられるからやめてほしい。
「ゆんゆんは昔から暴力的でしたよ」
「!?」
俺は族長に真実を教える。
教えられた真実に族長は呻いた。
どこの世界のパパさんも娘に幻想を抱きがちだが、年頃の娘なんて裏では何をやってるかわからないものだ。
自分の娘がいい子という幻想は捨てた方がいい。
ゆんゆんが隣に座る俺を不満げにぺしぺし叩く中で、ダクネスが族長に尋ねる。
「結局魔王軍の侵略はないということですか?」
「いえいえ、ありますよ。手紙の通り魔法に強い幹部も来てますよ」
「ダクネス、紅魔族は上級魔法を使う連中だぞ。そんなのがたくさんいたら攻めるのに苦労するだろ。というか、侵略そのものが過酷な罰ゲームだな」
上級魔法がバンバン撃たれる光景は想像するだけで胃が痛くなってくる。
あれは恐ろしい光景だった。
基本的に紅魔族は変わった感性と名前を持ってるネタ種族であるが、性能は本物なのだ。
少なくとも正面からやり合ってどうにかなる連中ではない。
魔王軍と戦うよりもよっぽど勝ち目が薄い。
上級魔法をどうもできないのであれば、奇襲をかけるとか、正面からの戦闘を避けるなど、工夫する必要が出てくる。
戦いに関してはアクシズ教徒並みに厄介だ。
「ダクネス、紅魔族は放っといても大丈夫だ。むしろ滅びの危機を迎えてもこいつらは喜びはしゃぎ回るぞ」
「すまない。いくら我々でも流石に滅びの危機が来たらそれは」
「いやいや、どうせ『ふっ。我ら紅魔族もこれまでか……。だが、貴様だけは絶対に倒す……!』とか言い出すから」
「…………」
俺の話に族長は顎に手を当ててそれもありだなって顔で頷いた。
本当にこいつらはどうやったら慌てるというのか。
世界の終末が来ても、こいつらはよくわからないことを言い出すのだろう。
そして、盛り上がる。
そんな紅魔族の姿は想像に難しくない。
俺が少し難しい顔をすると、なぜかゆんゆんは気まずそうに目を逸らした。
めぐみんは出された紅茶を一口飲む。
「今回は、まあ、里帰りしたと思えばいいでしょう。ゆんゆんも久しぶりに顔を合わせたことですし、今日は家族水入らずの時間を楽しむとよいかと。私も妹と両親に会ってこようと思います」
「めぐみん……」
当初は魔王軍を倒すということで来たが、蓋を開けてみればこの通りだ。
平和そのものなら、里帰りを楽しんだ方が得をするというもの。
魔王軍のことは紅魔族に任せておこう。
例の魔術師殺しが奪われなければ、紅魔族が追い詰められるということはないのだから。
前回はミスって魔術師殺しが封印されている場所を解放してしまったが、今回はそんなミスはしない。
パスワードを入れたらいけないとわかっているのだから、わからない振りをしてればいい。
改めて考えてみて、やはり自分があの時のミスを犯すわけはないということを確信した。
不利になるとわかってて解放するとか、よほど舐めてるか、縛りプレイしてるか、アクセル最強の冒険者の俺を屈服させるほどの何かがなければ封印を解くはずもない。
そもそも日本語が読めない体でいれば、この世界の住人は日本語を誰にも読めない古代文字と認識しているので、口を滑らせなければ脅されることもないわけで。
まあ、シルビアが里に侵入してダクネスと対峙してる時にバインドで捕らえて紅魔族に差し出せばそれで解決する。
あのベルディアやデストロイヤーをわりと簡単に攻略した俺が、対処に困ったハンスもあっさり解決しちゃった俺が、シルビアに負けるわけない。
フラグでも何でもなく、現実だ。
そんな余裕たっぷりの俺には果たすべきことがある。
それは……!
めぐみん家で発生するイベントを今度こそ完璧にこなすのだ。
明日からはきっと里の観光とか、そんなので時間をとられることになる。
そこで今回出てくるイベントを巧みにこなすのだ。異世界転生して、ようやく俺にゴールが来たのだ。
誰よりも息子を愛し、守ってきた俺だが、その役目を終える時が来た。
子供はいつまでも子供ではない。
いつかは自立するものなんだ。
俺は息子を自立させる。
俺はイベントを心から待っている!!
今回は短めでしたが、次回からは紅魔の里です。
謎の施設に入っていた三人をカズマが追いかけると、建物内は悪霊がたくさんいて、仲間は悪霊にとり憑かれてカズマを殺しに来るという話はないので安心して下さい。