このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです   作:緋色の

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最近寒くなってきましたね。
心のすきま風に注意して下さいね。


第十三話 この冒険者に苦しみを!

 この世界には紅魔の里と呼ばれる場所がある。

 超一流冒険者パーティーと名高くなる予定の俺達はそこへ旅行と里帰りを兼ねて来ていた。

 俺とめぐみんは里の中を歩いている。

 ゆんゆんは自宅で家族と過ごし、ダクネスは腕のいい鍛冶屋へ。

 興奮して忘れていたが、テレポートで来てるから前回よりもはやめに到着しているのだ。

 魔王軍の襲撃がなかったのがいい例だ。

 こめっこにたくさんご飯を食べさせてあげよう。どうせまともなお昼はいただいていないだろうから。

 めぐみんも同じ気持ちだったのか、一緒に買い物をしている。

 

「お肉をたくさん買いましょう。我が家でお肉というのはほぼあり得ないので」

「それはいいが、こんなに肉を買って大丈夫か? 腐らせないか心配になるんだけど」

「私の家族なら腐っても食べますよ」

「食べさせるなよ」

 

 めぐみんの希望通り肉を大量に購入し、野菜やデザートも買い揃え、誕生日パーティーでもやるのかと問いたくなるほど大量かつ豪華になっていた。

 買い物を終えたらめぐみん家へ。

 木造の平屋はいつ見ても貧乏臭を漂わせているが、ご愛嬌だ。

 めぐみんは扉を開けて、俺を中へ招き入れる。

 

「こめっこ、いますか? 姉が帰ってきましたよ」

 

 大きめの声で呼びかけるが、返事はない。

 

「どっかに遊びに行ってるのか?」

「それか寝てるのかもしれません」

「荷物を台所に置いたら探してみましょう」

 

 台所へと二人で行くと……。

 何とそこには倒れているこめっこが!

 何事かと俺達は床でうつ伏せに倒れているこめっこのそばに駆け寄る。

 

「こめっこ! どうしたんですか!?」

 

 妹を抱き起こし、焦った表情を浮かべて問いかけるめぐみん。

 焦りから声が震えている。

 いったいこめっこに何があったんだ?

 俺は敵感知で、近くに敵がいないか探る。

 ……何も反応はない。

 こめっこは見る限り傷一つなく、外傷によってこうなっているのではないとわかった。

 とすれば誰かが魔法で何かをした?

 しかし誰が?

 この家は貧乏で、商売関連で恨みを買うこともなさそうだ。

 

「こめっこ、お願いですから目を覚まして下さい!」

 

 めぐみんの声が高くなる。

 不安で押し潰されそうになりながら妹を揺すり起こそうとしていた。

 目に涙を溜めて、見つめる。

 

「近くに敵はいなそうだ。とりあえず食べもの」

「食いもの!?」

 

 その辺に置いておくぞと言おうとしたら、こめっこが飛び起きた。

 呆然となる俺達を放って、こめっこは買いもの袋をに急ぎ足で近寄り、中身を見て目を輝かせた。

 

「すげー。見たことないぐらい食いもの入ってる」

 

 そんな悲しくなることをさらりと言って、キャベツを取り出すと、そのままかじりついた。

 調味料も何もなしに食べる幼女。

 

「おいしー」

 

 バリバリと食べ進める。

 何だこの子、たくましすぎる。

 しばらくキャベツを食べるこめっこを眺めていると。

 

「こめっこ! 勝手に食べてはいけません!」

 

 めぐみんははっとなり、こめっこからキャベツを取り上げるが、既に半分近く食べられていた。

 食べる速度がはやすぎる。

 というか、よくキャベツを調味料なしでここまで食べたものだ。

 普通ならすぐに辛くなるはずだが……。

 こめっこは両手を伸ばして、ぴょんぴょんと跳ねてキャベツをねだる。

 

「姉ちゃんちょうだい! 久しぶりに固いの食べたの!」

 

 そんな悲しい言葉を聞いた俺は袋からパンを取り出して、ジャムを塗ってこめっこに渡す。

 こめっこはそれを受け取り、その場にぺたんと座って、目を輝かせて食べ進める。

 調理してないキャベツなんかより美味しいからな。

 こめっこがパンを食べてる隙に俺達は冷蔵庫に食材を詰めていく。

 終わってからこめっこを見ると、もの欲しそうに俺達を見ていた。まだ食べ足りないのか。

 小さな体に似合わぬ貪欲なまでの食欲に俺は改めて驚かされる。

 

「こめっこ、何も言わずに食べてはいけませんよ。お腹が空いてるならご飯を用意しますから」

「本当!?」

「こんなことで嘘は吐きませんよ」

 

 ご飯が出てくると知ったこめっこは嬉しそうに笑った。それにめぐみんは優しく笑い返す。

 

 台所でめぐみんと一緒にご飯を用意する。

 

「凄い食欲だったな。まさかキャベツをバリバリ食べるとはな」

 

 こめっこは居間で絵本を読みながらご飯を待っている。

 俺の隣でキャベツを切っていためぐみんは手を止めて口を開く。

 

「我が家は貧乏ですから。父が売れないガラクタばかりつくる職人なので、苦労してきました」

「お金が足りないなら言えよ。どうせ使いきれないほどの大金があるんだ」

「ありがとうございます。しかし、結構ですよ。多く仕送りしても父がガラクタを余計につくるだけですので」

 

 そういえば元の世界のめぐみんも同じことを言ってたような。

 この世界でも父親が障害となってるのか。

 うーん、何とかならないか?

 流石に小さい子が台所で倒れてるのを見て、諦めるというのは後味悪いし……。

 

「わけて送ったらどうだ? 食費と製作費って風に」

「二つにわけるですか。どうでしょうね……。無駄な気もしますが、両親が帰ってきたら話してみましょうか」

「そうしとけ。次来た時にまたこめっこが倒れてたら嫌だからな」

 

 幼女が空腹に苦しんでいるというのは中々に胸が苦しくなるものがある。

 その原因が父親の浪費なのだから更に泣ける。

 ロールキャベツやら何やらをつくって、こめっこの待つ居間へと運ぶ。

 扉の開く音にこめっこは過剰に反応し、料理を持つ俺達のところに駆け寄ってきた。

 

「ご飯?」

「おう。ほら、熱いからゆっくり食べろよ」

「わかった!」

「言ってるそばから早食いじゃないですか……。ご飯は逃げたりしませんから、ゆっくりと食べなさい」

 

 めぐみんの優しい声に、ロールキャベツを夢中で食べていたこめっこが言い放つ……!

 

「でも、来ないものでもあるよ」

 

 あまりに切ない言葉に俺は何も言えなくなる。

 めぐみんはこめっこと同じ生活をしてきただけに言葉の重みがよくわかるようで、何も言わずに隣でご飯を頬張るこめっこを見つめる。

 俺もめぐみんの隣で美味しそうに食べるこめっこを眺める。

 ここまで美味しそうに食べてもらえたら俺としても満足だ。

 

「兄ちゃんこれ美味しい!」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるな。それは特に力を入れて作ったからな」

「こめっこ、こっちもおすすめですよ。カズマの料理なんかとは比べものになりませんよ!」

「なんかとは失礼な」

 

 めぐみんが自信満々に出してきた料理を一口食べたこめっこは。

 

「普通」

「!?」

 

 めぐみんの料理に迷いなく評価を下し、姉を一瞬で涙目にさせたこめっこは俺特製のロールキャベツを食べる。

 俺はわざわざめぐみんの隣に座り、悲哀を感じさせるめぐみんの肩に手を乗せて、俺は勝ち誇った顔で喋る。

 

「格が違うんだよ、格が」

「ぬあああああああ!」

 

 めぐみんが俺を押し倒す!

 それでも俺は勝ち誇った笑みを崩さず、

 

「やめろよ。こめっこが見てるだろ」

「あなたこそ何を言ってるんですか! 相変わらず変態が服を着て歩いてるような人ですね!」

「その変態を押し倒すお前は何なんだ? 俺を超すほどの変態じゃないのか? んん?」

 

 めぐみん相手に、いつものようにセクハラもせず、むしろ無抵抗で受け止める。

 器の大きさをここぞとばかりに見せる。

 そうして俺のイベントは完遂されるはず。

 ここは憎まれ口を叩く程度で収めて、めぐみんの暴力は笑って受け入れよう。

 小さい子の前ではそういうことはしないのだと認識させとこう。

 近い内にアイリスとも会うからな。

 そうだ、その時は悪い印象を与えないようにして、上手いことやろう。

 軽く予定を立てて、めぐみんに意識を戻すと、なぜか扉の方を見て気まずそうな顔になっていた。

 何だと思ってそちらを見れば、何ということでしょう。

 そこには一組の夫婦がいるではありませんか。

 二人とも俺達をまっすぐに見ていて。

 俺が言うことは一つ。

 

「続きはアクセルに戻ってからな」

「あなたって人は! あなたって人は!」

 

 めぐみんが顔を真っ赤にして殴ってきた!

 

 ご飯を食べて満足したこめっこは眠りについた。

 居間には両親の前で正座する俺とめぐみんがいた。

 めぐみんの父のひょいざぶろーは、俺に対して警戒というか、威圧的な雰囲気を放ち。

 母のゆいゆいは静かに俺達を見ているが、その目は見定めるようであった。

 ひょいざぶろーが俺を軽く睨みながら、低い声で問いかける。

 

「娘とはどんな関係だ?」

「どんな……、どんな…………」

「なぜ今私を見たのですか。素直に言えばいいではありませんか」

 

 素直に。

 なるほど、それもそうだな。

 俺とめぐみんの少ない言葉でわかり合ってる感に、ゆいゆいは少し嬉しそうにし、ひょいざぶろーは怒りを滲ませた。

 俺は素直に話す。

 

「大事な冒険仲間であり、いつもめぐみんの苦情を言われる保護者みたいなものです」

「ちょっ!」

「「えっ?」」

 

 予想してなかった両親は気の抜けた声を発した。

 一方めぐみんは俺の腕と肩を掴んで、頭をぶんぶんと振ってきたが、見えなかったことにした。

 

「めぐみんは一日一爆裂と言い、毎日欠かさず爆裂魔法を撃っています。しかし、それで鳥を狩る人達からは決められた時間に撃ってくれと苦情を言われたりしたこともあります。それに些細なことで喧嘩するのでいつも俺に苦情が来て、謝りに行ってます」

「な、ななな何を言ってるのですか!? そんなこと言いますかあなたは! 保護者とか言いながらセクハラしたりするじゃないですか!」

「あっ、てめえ! よく自分の親の前で言えたものだな!」

「あなたからはじめたんでしょうが!」

 

 俺とめぐみんは掴み合いの喧嘩をはじめる。

 

「アクセルで鬼畜だの変態だの言われてるカズマにだけは言われたくないのですよ!」

「なにおう! 頭のおかしい爆裂娘って呼ばれ、最近では爆裂魔法と引き換えに人としての理性をなくしたと評判のお前には言われたくねえ!」

「誰ですか、それ言ってるの誰ですか!?」

 

 誰かは不明だ。

 気づいたら広まっていたし。

 俺の噂といい、どうやらアクセルには知られずに噂を広めることができる奴がいるらしい。

 もはや凄腕だが、アクセルの住人と考えたら納得できてしまう。

 それぐらいあそこには変人が多い。

 だから普通の冒険者はさっさとレベル上げて他の街に行く。

 頭に血が上っためぐみんは俺を押し倒す。

 

「カズマとは一度決着をつけるべきですね!」

「おいおい。めぐみんみたいなもんが何ができるんだ? そういえば今日はまだ爆裂魔法を撃ってなかったよな? 何かしたら魔力吸うぞ?」

「脅しとは最低ですね。実にカスマらしいですよ。しかし、私が爆裂魔法を撃てない、撃てないぐら、いで……。ぐうっ……!」

 

 爆裂魔法をこよなく愛するめぐみんにとって、爆裂魔法を撃たないというのはどうしようもなく辛く苦しいものなのだ。

 残念だが、めぐみんでは俺に勝てない。

 

「お前が殴った瞬間、俺はドレインタッチして魔力を吸うからな!」

「卑怯ですよ! もっと、こう、知略を尽くして戦うとかして下さいよ!」

「卑怯どうのこうのは負け犬が言うことなんだよ。俺は勝つためなら何だってする」

 

 めぐみんは怯み、振り上げた拳を下ろす。

 そうだ、それでいいんだ。

 お前は俺に屈するしかないんだ。

 他の手段で俺を倒そうとするめぐみんに。

 

「こほん。仲がいいのはいいことだけど、夜にやってくれると助かるわ」

「……はい」

 

 めぐみんは俺から下りて、正座する。

 俺もめぐみんと同じく正座をして、再びご両親と向き合う。

 ひょいざぶろーの顔が鬼のように恐ろしくなっていたので、俺は自然と見ないようにしていた。

 めぐみんのせいで話し合いが大幅に脱線してしまったので、俺は話を戻すことにした。

 

「えーっと、めぐみんが節約家なのは話しましたっけ?」

「いつそんな話をしていたんですか!?」

「えっ? めぐみんの財布がポイントカードとかそんなのでパンパンになってるって話だろ? あまり通わない店のは邪魔になるからつくるなよ」

「いいではありませんか! 例え一ヶ月に一度行くかどうかでも貯めておけば得をするのですから!」

 

 よく行くならともかく一ヶ月に一度ならつくらなくてもいいと思う。

 財布の中がかさばるし。

 それに俺達は遊んで暮らせるだけの大金があるのだから、たくさんつくらなくてもいいじゃん。

 めぐみんのポイントカードやらでパンパンになった財布を見ると妙に切なくなるから、少しはすっきりさせてほしい。

 またもや口論をはじめた俺達を見たゆいゆいは。

 

「二人が仲よしなのはよくわかったわ。他の仲間とはどうなの? めぐみんの手紙では」

「あーっと! カズマ、ダクネスを探しに行きましょう。ダクネスは我が家を存じ上げないことでしょうから!」

 

 なぜか慌てためぐみんは俺の手を引っ張って居間から飛び出した。

 顔は見えないが、さっきちらりと見た時は顔が赤かったような?

 ゆいゆいの言葉を思い出すが、特に変なことは言ってなかったし。

 どうしたんだこいつ。

 俺を押し倒しすぎて発情したか?

 心の準備をしとこう。

 

 甘い展開なんてなかった。

 

 

 

 里の中を歩いていたダクネスと合流して、ゆんゆんとも合流して。

 のんびりと歩いて、観光地を見ることにした。

 時間はそこまでないから、全部見ることはできないが、残りは明日にでも見ればいい。

 ここでゆんゆんが行きたい場所があると言ったので、俺達はそこへ行くことに。

 ゆんゆんが案内した場所、そこは……。

 ラブホ、ではなく地下格納庫だ。

 そこには世界を滅ぼしかねないほどの兵器が封印されている恐ろしい場所だ。

 そこでゆんゆんは扉の横の封印を俺に見てほしいと言ってきた。

 古代語改め日本語で書かれた謎解きとパスワード入れるタッチパネルがある。これ変わってないのな。

 何がしたいんだとめぐみんとダクネスはゆんゆんに視線で問いかける。

 ゆんゆんは真面目な顔で。

 

「カズマさんならわかるよね?」

「何を言ってる? 俺に古代語の解読なんてできるわけないだ、ろ……」

「これ覚えてるよね?」

 

 ゆんゆんが取り出したのはデストロイヤーの時に読んだ手記だ。

 それを見た俺は言葉を失う。

 まさかゆんゆんはわかっててここに連れてきたのか? なるほど最初から勝ち目はなかったというわけか。やられたな。

 

「これは古代文字で書かれてあるの。前にカズマさんはこれを読んだわ。カズマさんならこの封印も解けるはずよ」

「ま、まさかカズマが!? 紅魔族でさえ読めず解けない封印をカズマの知力で!?」

「セクハラしか頭にないようなこんな男が本当に読めたのか!?」

「うん。えろいことばかり考えてるけど、本当に読んでたわ」

「うるせえ! こんなの読めるわ! どいつもこいつもばかにしやがって!」

 

 解くことだってできる。

 だけど解いたら面倒なことになるから解かない。

 

「この中にあるのは危険なものなんだろ? なら封印を解くわけにはいかないな」

 

 俺がそんなことを言うと、三人は解けと言うわけにはいかなくなる。

 それでもダクネスは確認するように、俺の顔を覗きながら。

 

「解除の仕方は本当にわかるんだな?」

「ああ。わかるよ」

 

 こんなことを話してて大丈夫かと不安になったが、魔王軍はどうせびびって侵入してこないから、大丈夫だろ。

 紅魔族も紅魔族でここに来る理由はないだろうし、誰かが聞いてても世界を滅ぼしかねない兵器をわざわざ解放しないはずだ。

 紅魔族は実際は賢い。

 頭はおかしいが、自分達が危機に陥るようなことはしない。頭はおかしいが。

 それに脅されたとしても、封印解除には俺が必要になるから殺されることはない。

 しかも死ぬのにも慣れてるから何も怖くない。

 一流冒険者の俺は暴力にも慣れてるから平気だ。

 何も恐れることはない。

 俺の名は佐藤和真。

 油断も慢心もしない一流冒険者だ。

 それに世界を滅ぼしかねない兵器よりも、大人になりかねない現状の方が俺には大事だ。

 

 めぐみん家に俺達は戻ってきた。

 ゆんゆんは久しぶりに帰ってきたのもあったから実家へ戻ってしまったが、明日はそっちに泊まると言ってみたら、泣きそうな顔で喜ばれてしまった。

 友達が家に泊まりに来るのははじめてなのか。

 めぐみん家に戻ってきた俺達はのんびりと過ごしていた。

 俺とめぐみんが買ってきた豪華な食材にひょいざぶろー達は凄く喜んでいて、少し興奮しながら夕食を食べていた。

 あまり裕福でない家庭なので、きっと今日の料理を見たのははじめてなのかもしれない。

 そう思うと悲しい気持ちになってくる。

 俺とダクネスは顔を見合わせると。

 

 なるべく譲ろう。

 

 お互いに同じことを思い、野菜とかを中心に食べ進める。

 ちなみにめぐみんは家族と張り合って、美味しいものをどんどん食べていく。

 お前はこっち側だろうが。

 肉を取り合うめぐみん家を俺達は眺めるしかできなかった。

 夕食後、出されたお茶を飲みながら、魔王軍の襲撃がなかったことを不思議に思う。

 平行世界だから必ず全て同じになるわけでないのはわかっている。

 それに里の近くで魔王軍とも争っていない。

 魔王軍の襲撃も、もしかしたらあの争いが理由で起きたのかもしれない。

 今回のようにたまに違うところが出ることがあるが、それはアクアによる蘇生がない俺にとって一番怖いところだ。

 ここまで何とかやってこれたのは、魔王の幹部の攻略法を知っていて、ゆんゆんがパーティーに入ってるからだ。

 この世界で魔王を討伐するという目標を持っている俺にとってこれ以上の差異は心臓に悪いのでやめていただきたい。

 ただでさえウォルバクとかいう隠しボスが待ち構えているのだから、シルビアはそのままであってほしい。

 俺のバインドで全てが終わってしまう、そういう展開だけで十分なんです、本当。

 これ以上は望んでませんから。

 俺はそんなことを思い、めぐみんに促されてお風呂を借りることに。

 

 お風呂から上がり、居間へ戻る。

 前回はここでイベントが起きたんだけど……。

 確かダクネスとゆいゆいが言い争いをしていたんだよな。

 懐かしいな。

 最後は魔法で眠らされて終わったんだっけ?

 今回はどうなってんだろ?

 そう思って居間を覗くと、既に眠らされたひょいざぶろーとこめっことダクネスがいた。

 こめっこさえ眠らせますか……。

 ここは何食わぬ顔で、大人のイベントを体験するために、俺は何も知らぬ風に話しかける。

 

「みんなもう寝たんですか?」

「はい。疲れが溜まっていたようで。こめっこは子供だからはやく寝てるだけですが」

「そうなんですか。あっ、そういえば俺はどこで寝れば」

「ああ、カズマさんはこちらです」

 

 俺はゆいゆいの案内でめぐみんの部屋へ向かう途中、過去のことを思い出した。

 例えば我が最愛の妹アイリスにはじめて出会った時のこと。

 例えばアクアと一緒にギルドに向かった時のこと。

 例えばめぐみんと出会った時のこと。

 例えばダクネスと出会った時のこと。

 例えば幹部と戦った時のこと。

 例えば世間知らずの王子を騙した時のこと。

 例えばデストロイヤーを倒した時のこと。

 例えば魔王と無理心中した時のこと。

 例えば、この世の楽園を見つけ、サキュバスの夢サービスをこの身に受けた時のこと。

 今日俺は新時代を迎える……!

 そのあと俺はめぐみんの部屋に無事閉じ込められることに成功した。

 めぐみんの部屋には布団が一つしかない。

 めぐみんは不安そうに尋ねてくる。

 

「どうしましょう?」

「風邪を引かないためとかそういうのを考えたら一緒に寝るしかないだろ。まだ寒い中、布団もなしに寝るとか罰ゲームだぞ」

「ですよね」

「変なことするなよ?」

「それはこっちのセリフですよ!」

 

 部屋の明かりを消して、俺達は布団に潜る。

 今日は満月か……いいね。

 俺達は互いに背を向けて寝ている。

 よし、これから……どうしよう。

 本当にどうしたらいいんだ?

 こういう経験が皆無の俺はどうしたらいいのかわからず、テンパる。

 ここで欲望剥き出しにしたら逃げられるだけだ。

 つまり俺は雰囲気を高めてめぐみんの許しをもらうように行動する必要がある。

 …………。

 そんなのできるならとっくに童貞捨ててるわ!

 ふざけんじゃねえぞ、くそが!

 わああああああ! 本当にどうしたらいいんだよ。

 くそっ。

 心臓が痛いぐらいに高鳴ってやがる。

 魔王を倒した英雄も、所詮ただのうぶな少年ってわけか。

 俺が自虐していると、めぐみんが声をかけてきた。

 

「カズマは、元の世界ではどんな風に暮らしていたのですか?」

 

 そこにどんな意図があるのか考えず。

 緊張でどうにかなりそうだった俺は、めぐみんの出した話題に飛びついた。

 

「今と変わんないぞ。お前達の起こした問題に頭痛めて、解決しに行って、ドタバタと暮らしてるな」

「そうですか。ということはカズマのセクハラもあるというわけですね」

「迷惑料だ」

「普通に最低ですよそれ」

 

 めぐみんはおかしそうにくすくすと笑う。

 何だろう。

 こんな風に話を進めると、性欲が鎮まってしまうというか……。

 会話だけでも悪くないと思えてしまう自分のちょろさに泣きたくなった。

 

「ゆんゆんではなく、他の人がいると言ってましたが、その方はどんな人なんですか?」

「一言で言うと駄女神」

「だめ?」

「問題しか起こさないし、空気読まないし、わがままだし」

「よ、よくそんな人といますね」

 

 何度も追い出したくなったけどな。

 それでも俺達のパーティーはずっと変わらず、最後には魔王すら倒してしまった。

 駆け出しの街で結成したパーティーがずっとそのままというのは凄いことだろう。

 普通は他の街に行くとか、他のパーティーに声がかかったとか、そういうのでばらばらになるもんだ。

 俺達のパーティーがだめなのばかりというのもあったんだろうけど、むしろそれが一番の理由だけども、みんなでいるのが楽しかったから解散なんかしたくなかった。

 

「確かに問題ばかりだけど、プリーストとしての腕はピカ一だったしな。それに見てて飽きないし」

「そうなんですか。カズマがそう言うならきっと愉快な方なんでしょうね。その人と私達は仲がよいのですか?」

「仲よしだよ。お前達がそいつと一緒に問題起こしたりするほど仲よしだよ」

 

 どんなに喧嘩をしても最後には仲直りする。

 下らないことで一緒に騒ぐ。

 きっと俺達はこれからも面白おかしく生きていくんだろう。

 俺の話を聞いためぐみんはなぜか黙り込む。

 後ろで寝相を変えたのを感じると、俺の服をめぐみんはぎゅっと握って顔を押しつけてきた。

 そして震える声で……。

 

「……で」

「めぐみん?」

「……いかないで」

 

 背中にぽたぽたと冷たいものが落ちる。

 泣いてる……?

 

「置いていかないで……」

「おい、どうした! 何で」

「カズマが平行世界から来たと聞いた時から考えていたんです。いつか帰るんじゃないかって」

 

 考えていた?

 心の中が嫌な感じで満たされる。

 今すぐ逃げ出したくなるが、めぐみんに掴まれてるからそれはできなかった。

 めぐみんは弱々しい声で話す。

 

「カズマに世界を渡るような力はありません。なら、何らかの道具……神器と呼ばれるようなものを使ったのではないか。しかし、カズマは魔王を倒してるから名誉も財産もあるはずで、かけがえのない仲間もいる。そんな人がわざわざ平行世界に何かをしに来るとは思えませんから、きっと事故か何かで来たのでしょう。遊びで来たならとっくの昔に帰ってますし」

 

 紅魔族の知力を舐めていた。

 俺は何も言えなくなる。

 めぐみんはぎゅうと握る。

 

「カズマは弱っちいのに、どういうわけか魔王の幹部やデストロイヤーと戦ったりしてます。それも自分から。カズマの性格ではあり得ません」

 

 バニルの時は逃げたけどな。

 

「危ないとか言って逃げそうなものなのに。まるでそうしないといけないみたいに……、まるで魔王を倒そうとしてるかのように。魔王を倒したら元の世界に帰れる。だからカズマは……、今日まで戦ってきたんですよね? 元の世界の仲間のところに帰るために……」

 

 ついにめぐみんが全てを知った。

 漫画とかアニメとかさ、平行世界に行ってもわいわい楽しんだり、幸せになったりで、誰も悲しまないじゃん。

 全部嘘だよ。

 俺にどうしろっていうんだよ。

 どっちをとっても不幸にさせて……!

 どっちもかけがえのない仲間で……!

 

「めぐみんの言う通りだ。俺は魔王を倒したら帰ることになる」

「カズマ……。私達と一緒に暮らすのは嫌ですか? 魔王を倒せなくても誰もカズマを恨みませんよ。お金もたくさんあるんです。だから……」

 

 息ができなくなりそうなぐらいに苦しい。

 めぐみんの気持ちを俺はよくわかる。

 俺だって一緒にいたい。

 魔王討伐なんかやめて楽しく暮らしたい。

 だけど、それはだめだ。俺が許せない。

 

「それはだめなんだよ……」

「どうして!?」

「そうするってことは俺は仲間を捨てるってことだろ? 俺はクズとかカスとか言われるけど、苦しみたくないなんて自分勝手な理由で大事な仲間を捨てるほど俺はクズじゃない」

 

 だけど、この道を進めばどんなに苦しむことになるかわかってる。

 

「向こうのめぐみん達もきっと俺を待ってる。それを理解していながら、お前達の方がいいなんて言って捨てることなんかできない。それに小心者の俺は仲間を捨てたら絶対に後悔とか自責の念とかでどうしようもなくなる。それこそ俺じゃなくなる」

 

 俺は……。

 

「こっちの仲間も、あっちの仲間も、どっちも大事なんだよ。魔王を倒したら帰ることになるとしてもさ……、最後まで大事な仲間のために戦いたいんだ」

 

 決意した。

 歯を食いしばって、この残酷な現実と向き合って前に進むことを。

 チートなんかいらない。

 俺は、俺の力で立ち向かってやる。

 俺はぼろぼろと涙を流しながら、震えていた。

 どちらも幸せにできないなら、あとはもう大事にするしかないじゃないか。

 そんな俺をめぐみんは後ろから抱き締め。

 

「そうですよね。カズマが一番苦しいですよね」

 

 めぐみんだって苦しいはずなのに、俺が泣いてるからって自分を後回しにして、俺に優しくしてくれる。

 自分が情けなくて、ますます涙が出てくる。

 

「私も大事な仲間のために戦います」




カズマに救いはあるのだろうか?

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