このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです   作:緋色の

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3日ぐらい前
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今→1800 ファッ!?(゜ロ゜;ノ)ノ

前にも似たことありましたけど、何が起こってるんですか、これ。気合いも入るけど、怖くもなるんですけど。

今回のお話は独自解釈や独自設定入ります。ちょっとだけですけど


第六話 領主の悪事を暴け 後編

 屋敷の方に体を向けたら、

 

「無理だけはするなよ」

 

 ダクネスが俺達にそんなことを言ってきた。

 

 こいつは誰に向かって言っているのだろうか。

 

 こっちのクリスとははじめての窃盗になるけど、元の世界ではその名を知らぬ者はいないと言われるほど有名なコンビだ。

 

 だから、こっちのクリスも相性抜群のはずだ。

 

 俺は仮面をつけてから振り返る。

 

「無理はしないから安心し、な、何だめぐみん」

 

「何ですか、その仮面は! 中々そそるものがありますよ。そんな格好いい仮面を持っているとは……」

 

「は、はなれろ。この」

 

 紅魔族の独特な感性に触れてしまったらしい。

 

 めぐみんが俺の仮面をとろうとしてくる。

 

「めぐみん、邪魔しちゃだめでしょ」

 

 ゆんゆんが後ろから手を回して、引き剥がす。

 

「くう、はなして下さい。あれを手にしたいのです!」

 

「だめなものはだめなの!」

 

 あれ欲しいと駄々をこねる子供とそれをたしなめるお母さんに見えてきた。

 

 今から大事な仕事があるっていうのに、どうしてこの子は我慢できないのかしら。本当、困っちゃうわ。

 

「ゆんゆん、そこのお子様を任せた」

 

「おい! いったんぐお」

 

「静かにしろ。気づかれるだろうが」

 

 とうとうダクネスがめぐみんの口を手で塞いだ。

 

 クリスどうこうよりも、目の前のちっこい紅魔族のせいで作戦が台無しになりかけている。

 

 元の世界よりも恵まれた環境にいるはずなのに、実はそんなことないんじゃないかと思えてきた。

 

 借金やテロ容疑はないけど、ああ、そういうことか、元の世界でも借金などがなくなっても、苦労の連続だった。

 

 変わんねえのかよっ!!

 

「今の内に行こう」

 

「そうだな……」

 

 俺は隠された真実に気付き、やる気を失った。

 

 それでも仕事をしなくてはと、妙に重い体を動かして、屋敷へと向かう。

 

 これが連休明けのサラリーマンの気持ちなのかな?

 

 

 

 屋敷に侵入した。

 

 王都の警備よりぬるいとは聞いていたが、それにしても警備が薄いような気がする。

 

「騎士が少ないな」

 

「アクセルというのもあるかもしれないけど、やけに少ないね。あたしの調べではもう少しいるはずなんだけど」

 

「屋敷の中に配置してるとか?」

 

「かもしれないね。でも……」

 

 屋敷の中を、話しながら歩けるほど、警備は手薄だ。

 

 クリスもそれに気づいており、戸惑いを隠せずにいた。

 

 俺達からしたら、手薄なのは悪いことではない、むしろ歓迎するほどだ。

 

 しかし、領主の屋敷がこんなに手薄でいいのかと疑問を持ってしまう。

 

「もしかしたら、領主の部屋や周辺に固めているのかもしれないよ」

 

「面倒くせえな、それは」

 

 一ヶ所に固めるのは、侵入される危険性こそ高まるが、守るという点では強いものとなる。

 

 俺達のようにこそこそと侵入するのはとるに足らない賊と考え、守りを一ヶ所に固めれば簡単に撃退できると考えているのかもしれない。

 

「守りを固めたぐらいで俺達を撃退できると思ってるなら相当まぬけだな」

 

「やけに自信満々だね。まあ、あたし達を甘く見ているんだろうね、向こうは」

 

 クリスも俺のように好戦的な笑みを見せた。

 

 ここは一つ、領主様に痛い目にあってもらおう。

 

 ……暇だ。

 

 本当にやることなくて、色々準備した俺……凄くまぬけじゃねえか、って感じになるほど暇だ。

 

 適当に理由つけて、盛り上げないと持たない。

 

「時に」

 

「どうした?」

 

「君は向こうでもこういうことをやってたの?」

 

「ああ。クリスと一緒にな」

 

「そう。なら、神器の在処とか知ってたりするの?」

 

「少しだけ」

 

「そっか。うんうん、なるほどね」

 

 このあと何を言われるかわかった俺は、耳を手で覆った。

 

「それじゃ……、あっ! 何やってんのさ。話聞いてよ」

 

「や、やめろお。俺を誘うのはやめろお」

 

「わかってるなら尚更だよ」

 

 耳に当てた手を剥がしにくるクリスに抵抗しつつ、協力する意志はないことを伝えた。

 

 それでもクリスは引き下がらず、というか向こうのクリスみたいに協力させようとしてきた。

 

「……お願いです。あなたの力をお貸し下さい」

 

 押してもだめならと、クリスはやり方を変えてきた。

 

 胸の前で手を組み、上目遣いでお願いをしてきた。

 

 どうして世界が変わってもそんな卑怯なことができるんだよ……。

 

「しょうがねえなあ……」

 

 この人が世界のため、人のためにと、誰にも知られずに努力しているのを知っているので、断ることができなかった。

 

 それでこの人の負担が減らせるなら、女神に借りがつくれるなら、悪いことじゃないのかもしれない。

 

 とりあえずサキュバスの夢サービスではクリスとエリス様のコンビプレイを楽しもう、そうしよう。

 

「ありがとね」

 

 クリスは小さく笑って、お礼を口にした。

 

 たったそれだけなのに、それともこれが女神の持つ魅力なのか、俺はドキッとした。

 

 やっぱりこの人には敵わねえな。

 

 赤くなった頬を見られないように、せめてもの抵抗として顔を背ける。

 

 それからほどなくして。

 

「そろそろだよ」

 

 その一言で、俺達の意識は一変した。

 

 先ほどまでの気の抜けた、緩い姿勢ではなくなる。

 

 領主の部屋周辺ともなれば、多くの騎士が立っているはずで、ここをどう切り抜けるかが作戦の成功に大きく関わって……。

 

 関わって……。

 

 どうしよう。

 

 敵感知にまるで引っ掛からないんだけど。

 

 あっ。

 

「クリス、大変なことに気づいたんだけど」

 

「何?」

 

「寝室から行く地下に秘密があるならさ」

 

「うん」

 

「人を近づけないよな。万が一を考えたら」

 

 不測の事態に備え、寝室の地下は秘密にしていると思われる。

 

 告発されるのを防ぐためにも近寄らせない。

 

 寝室までの廊下で配置されている騎士は数人かもしれない。

 

 寝室の周辺に騎士が配置されているとは言ったが、その周辺も屋内ではなく、屋外である可能性が出てきた。

 

 そう考えると、侵入が簡単だったのも、ここまで騎士に遭遇せずに済んだのも納得がいく。

 

 自分の寝室以外、つまり使用人の部屋などはあいつにとってどうだっていいから手を抜く。

 

「楽にことが運ぶなら、それはそれでいいんじゃないかな?」

 

「だな」

 

 ここまでまぬけ警備なのは、やはりアクセルというのが大きいんだろうか。

 

 アクセルの冒険者で、領主の屋敷に侵入しようと企てる奴は普通はいない。

 

「『ドレインタッチ』」

 

 死角から騎士を襲い、気絶させて近くのトイレに寝かせた。

 

 少し進んだら敵感知に反応が出た。

 

「ほいっと」

 

 また騎士を気絶させて、先ほどのトイレに寝かせた。

 

 騎士も騎士で油断しきっており、この屋敷に賊が来るとは思ってなさそうだ。

 

 これなら簡単に寝室まで行けそうだ。

 

 それから遭遇した騎士は一人ぐらいで、楽々と寝室にたどり着いた。

 

 クリスは寝室の扉に手をかけて、俺を見て小さく頷き、扉を開くと同時に中へと入り込む。

 

 俺はクリスに続くようにして中へと飛び込む。

 

 俺が入ると、クリスは音を立てずに扉を閉める。

 

 入った時の勢いそのままに、ベッドへと近寄る。

 

 まだ起きていた領主は俺達を見ると、驚きを隠すように怒鳴ってきた。

 

「な、何だ貴様らは!」

 

「うっさい」

 

 領主の顔を手で覆ってドレインタッチをしようとして、しかしある理由から手をばっとはなした。

 

「ど、どうしたの?」

 

「こいつの顔脂まみれなんだけど。手べちゃべちゃになって、うっわ! くっさい、おえええ」

 

 触れたのは一瞬だけだったのに、俺の手は凄惨なことになっていた。

 

 思わぬ出来事で大ダメージを食らった。

 

 この手を今すぐ洗いたいんだけど……。

 

 やる気やら何やらが一気に落ちていく。

 

 どうにかしてモチベーションを上げられないものかと思い、こちらに憐憫の眼差しを送るクリスに手を伸ばす。

 

「ほうれー」

 

「や、やめ、くっさ! ちょっと、乙女にそんな穢らわしいもの近づけないでよ」

 

 クリスは心底嫌がり、怒った。

 

 その姿がとても可愛くて、手が凄惨なことになってるのを忘れてしまうほど可愛かった。

 

 ちょっとだけ気分が回復したので、今度こそ領主を気絶させることに。

 

「な、何なんだ貴様らは! ここが誰の屋敷か知っててこんなことをしているのか!」

 

「知ってるよ。あなたが地下に何を飼ってるかもね」

 

 クリスは殺意を言葉に乗せて、領主を睨んでいた。

 

 俺なら怖くて白状するところだが、一応領主というだけのことはあり、

 

「な、何の話だ? それよりもわしの屋敷に侵入した罪を教えてやる!」

 

 とぼけてみせた。

 

 それを聞いたクリスは、全身から殺意を静かに放ち、薄い笑みを浮かべて言った。

 

「悪魔飼ってるんでしょ? 神器もそこにあるんでしょ? 正直に言いなよ」

 

 今のクリスからはどす黒いオーラのようなものが見える。

 

 はじめて知った。

 

 殺意って、強くなるとこんな風にどす黒いオーラになるのか。

 

 幻覚かな、それとも本物かな、それさえもわかんないや。

 

 それにしても随分と寒いな。

 

 こんな部屋で寝たら凍死するぞ。

 

 隣にいる仲間の俺でも恐怖でどうにかなりそうなものを、敵の領主が平気なはずもなく、顔を真っ青にして歯をうるさく鳴らしていた。

 

 俺達が全て知っていることに領主は驚いたようにも見えたが、恐怖の色が濃すぎでよくわからん。

 

「き、貴様らはいったい……」

 

「それを知る必要はないよ。助手君、やっておしまい」

 

「ひいっ!? 頼む、殺さないでくれ!」

 

 今のクリスに俺が逆らえるわけもなく、文句を言われる前に素早くドレインタッチして気絶させる。

 

 うえっ……、手が、手があ……。

 

 こんな手でこのまま仕事をするのは耐えられないので、何かないかと室内を見回す。

 

 花瓶を見つけた。

 

 その中の水と、近くにあったタオルを使って念入りに手を拭いた。

 

 しかし、綺麗になってもあの脂のべちゃっとした感じと臭いは完全にはなくならなかった。

 

「こっちだよ」

 

 地下への入り口を見つけたクリスが、さあ早く! と雰囲気で言ってくる。

 

 手を綺麗にするのを待ってたくれたのは嬉しいけど、でもちょっとぐらいで休ませてほしい。

 

 精神的ダメージが半端ないんだけど。

 

 もちろん、俺にそんなことを言える度胸はないので指示に従う。

 

 ……さっさと証拠を見つけて帰ろう。

 

 秘密の地下室はカビ臭い。

 

 ヒュー、ヒュー、と喘息のような音が聞こえてきた。

 

 その音源は、異常なまでに整った顔をした男だ。

 

 この男が悪魔なのか?

 

「ん? 君達は誰?」

 

 表情はなかった。

 

 無表情に、俺達を見ている。

 

「ちょっと、悪魔のくせに話しかけないでくれない? 頭がおかしくなるでしょ。ここがこんなに臭いのも君のせいじゃないの?」

 

 悪魔と決めつけたクリスが毒舌を吐いた。

 

「僕のことを知ってるの? アルダープが何か教えたのかな?」

 

 悪魔なのは確定した。

 

 それにしても、クリスの毒舌にびくともしないどころか、恐ろしい雰囲気にも動じていない。

 

 こいつ、何者なんだ?

 

「あたしの言葉を無視するなんていい度胸だね。穢らわしくて、人の悪感情がなきゃ生きられない寄生虫の分際で」

 

 目の前の悪魔を睨み、毒舌を吐く。

 

 憤怒そのもので、何をしても怒りを買いそうだ。

 

 だからって、このまま放っておいても話が進むわけでもない。

 

 ……俺はなけなしの勇気を出して、話に割り込んだ。

 

「まあ落ち着け」

 

「はっ? 何、邪魔する」

 

「黙らないとスティルぞ。それともスティられたいのか?」

 

 右手をわきわきさせながら言うと、クリスは天敵を見たかのように怯え、後ろに下がった。

 

 宿敵の悪魔よりも怖がれている事実にショックを受けた。

 

 俺なんて気づいたら殺されるぐらい弱い冒険者なんだから、そんなに恐れなくていいのに。

 

「君達は何なの?」

 

「俺達はアルダープに頼まれて、ここに神器がないか探しに来たんだ」

 

「そうなの? 神器を落とすなんてアルダープもまぬけだなあ」

 

 驚くほど簡単に信じた悪魔に、これで余計な戦闘は避けられると思い、情報を引き出すことにした。

 

「ここになさそうだな。お前は何か心当たりないか?」

 

「そう言われてもね。アルダープから、他人には見つからないようにしろと言われてそうしてるし」

 

 それを聞いて、俺ははっとなった。

 

 どうして気づかなかったのか。

 

 重要な証拠となるものを悪魔の力で守らないはずはない。

 

 状況は逆転し、いくら探しても無駄になった。

 

 俺の完璧な作戦にはとんでもない穴があった。

 

「ちょっとどうすんのさ」

 

 どうしようか。

 

 ……。

 

「金持って逃げるか」

 

「ちょっと! 何ばかなこと言ってんのさ! 自分がどれだけ最低なこと言ってるかわかる!?」

 

「うるせえ! 俺の金を他人にあげるのは嫌だ! 絶対に嫌だ!」

 

「君は、君って奴は!」

 

 作戦が破綻したのはこの際しょうがないこととして、今は財産を守るために他の街へ移住するべきだ。

 

 何、俺達なら他の街でも上手くやっていけるさ。

 

「さっ、帰るか」

 

「帰るかじゃないって! ばかなこと言ってないでさっさと探すよ!」

 

「ええい! やるなら一人でやってくれ! 俺は帰らせてもらうぞ!」

 

 クリスが帰宅をさせまいと邪魔をしてきた。

 

 腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。

 

 俺は無視して進もうとしたが、クリスが全力で阻止してくるのでままならなかった。

 

「はなせ。はなさないと、アルダープを触った手がお前を襲うぞ、いいのか!」

 

「うげっ。……う、うう、嫌だけど、嫌だけど……。でも、君を行かせるわけには……!」

 

「ほうれ。脂で穢れた手だぞー。ふひひ」

 

「ひっ!」

 

 クリスの表情は恐怖一色になり、少しの刺激で泣き出してしまいそうだ。

 

「アルダープの脂を食らいたいようだな」

 

「くっさ……、やめて、お願い、本当にお願い、な、何でもするから、何でもするからやめて!」

 

「今、何でもするって言った?」

 

 中年男の脂は、俺に思わぬものをプレゼントした。

 

 夢と希望に満ちた妄想をしようとしたところで怒鳴り声が地下室に響く。

 

「貴様ら! こんなことをしてただで済むと思うなよ!」

 

「うげっ! もう起きたのかよ。どんだけ回復はやいんだよ」

 

 振り返れば、怒りで顔を真っ赤にする領主がいた。

 

 ここまで回復がはやいとは思わなかった。

 

 そうとわかってれば、もっとドレインして数時間は起きないようにしたのに。

 

「貴様らは殺してやる! ……ん? そこの奴は女か。……体は貧相だが、顔は悪くなさそうだな。むう、楽しめそうだな」

 

「ひっ!?」

 

 全身を舐めるように見る領主に、クリスは短い悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。

 

 神器の入手が困難となった今、ここに止まっている理由はなく、安全を優先するためにも脱出するべきだ。

 

 でも、ここまでやったのに何もできなかったというのは受け入れられなかった。

 

 いつもは無理なものは無理と諦めるのに、今はそうじゃなかった。

 

 にたにたと笑う領主がむかつく。

 

 俺は正義感が強いわけじゃないし、昼間相談に来た連中のために怒るわけじゃない。

 

 こんなにむかつくのは、後ろの人に腹立たしい言葉を浴びせられたからだ。

 

 このくそ野郎に地獄を味わわせたい。

 

 神器を手に入れられないならどうする。

 

 何かないのか?

 

 何か証拠となるものは……、悪魔が関連している証拠となるものはないか考えを巡らす。

 

「マクス、そいつらを捕まえろ!」

 

 悪魔に命じたのを聞き、俺は閃いた。

 

 証拠がないならつくればいい。

 

 逆転の発想だ。

 

「はーっはっはっはっは!」

 

「な、何だ!?」

 

「じょ、助手君?」

 

「アルダープ、貴様は終わりだ!」

 

 もはや俺に恐れるものはない。

 

 この男を地獄に落としてやる。

 

 二十億を支払うのはこいつだ。

 

「俺達がここから脱出するのは難しいことではない。ここから脱出したら、街に言いふらしてやる。領主は悪魔を使役しているってな!」

 

「そんな噂程度でどうにかな」

 

「あんたの評判で悪魔の使役を否定できる要素は一つもない。街全体で悪魔の話はされることになる。そうなったらこの地にいるダスティネス家も黙っていないだろ」

 

 ダスティネス家が話に出ると、アルダープはぎょっとした。

 

 こいつが領主と言っても、地位などは全てダスティネス家の方が上だ。

 

 ダスティネス家ならアークプリーストを何十人と雇い、悪魔対策を万全にした上で徹底的に捜査することができる。

 

「ダスティネス家は敬虔なエリス教徒であり、そこの令嬢は民を守り、愛する。悪魔が関わっていると知れば、ごまかすことはできない。力のあるアークプリーストに頼んで、悪魔の力を寄せ付けないようにするのも目に見えている」

 

「うっ」

 

「だからって、悪魔を隠しても無駄だ。そうしたって噂がなくなることはないからな。悪魔との契約を解除しても、今度は悪事の証拠が出るからこれもだめ」

 

 噂が街に広まった時点で終わりだと思ったのか、アルダープは苦々しい顔で俺を睨む。

 

 しかし、それも一瞬のこと。

 

「マクス、こいつらの記憶をねじ曲げろ!」

 

 勝ち誇った顔で悪魔に命令した。

 

 やべえ!

 

 クリスは女神の力がないし、俺に至っては説明する必要がない。

 

 こんなことなら……!

 

 ……。

 

 あれ、何もないぞ?

 

「これでわしの」

 

「ところがどっこい残念賞! 俺の記憶は変えられませんっと!」

 

「あたしも何もないんだけど。ぷぷっ。これだから悪魔は」

 

「なっ!? 何をしてる、マクス! さっさとやれ!」

 

「……無理だよ。できないよ」

 

「な、何を言ってる!? 今までもやって来ただろうがっ! いいからやれ!」

 

 命令を拒絶されたアルダープは腹を立てて悪魔に詰め寄り、怒鳴り散らす。

 

「言われた通りにしろ! こいつら相手なら都合よくねじ曲げ、辻褄を合わせるのは簡単だろうが! 何を手間取っている!」

 

 今、興味深いことを言ったぞ。

 

 都合よくねじ曲げ、辻褄を合わせる。

 

 ねじ曲げるというのは、何かを何かに変えるだけで、それ以上は変えられないってことなのか?

 

 そうなると俺達の記憶がねじ曲げられなかったことも説明ができる。

 

 曲げようがなかったのだ。

 

 俺達が“地下室にいる理由”を“他の理由”にすることはできない。

 

 悪魔がいるだけで他には何もない地下室に妥当な理由をつけられるわけもない。

 

 悪魔に関する証拠を探しに来た俺達が、理由もなく来たというのはあまりにも辻褄が合わない。

 

 記憶の改変だったらどうにかなったかもしれないが、ねじ曲げる力であったために無理が出た。

 

 それを理解していないアルダープは悪魔を蹴っていた。

 

「これは思わぬ収穫だな。その悪魔はねじ曲げる力を使うのか。証拠が出てこないのも説明ができる」

 

「うっ、ぐぐぐぐ……」

 

 俺の逆転の発想は、上手いこと悪魔を外に誘い出して、めぐみんの爆裂魔法で討伐して……、というものだったが、ここまで情報が得られたら必要ない。

 

 地下への入り口も悪魔の力で隠しておけばよかったのに、どうせ誰も知らない地下室で、注意してるから平気と思ってたんだろ。

 

 俺はクリスに顔を向ける。

 

 クリスはそれだけで俺の考えがわかったらしく、こくんと頷いた。

 

 俺達は一歩下がって、背を向けようとした時、

 

「マクス、奴らを殺せ! 何が何でも殺せ!」

 

「わかったよ、アルダープ。あいつらを殺すよ」

 

 アルダープは悪魔にとんでもない命令をした。

 

 相手は強力な悪魔で、しかも地下室なので俺達には不利だ。

 

 そんなわけで俺達は逃げ出した。

 

 ゴシャ! と背後から砕かれるような音がした。

 

 何らかの魔法で壁か何かを壊したのか。

 

 そんなのを確認する余裕はもちろんない。

 

 地下から寝室に戻り、足を止めずに寝室を出ると、クリスは俺に聞いてくる。

 

「どうする?」

 

「屋敷から出たら勝ちなんだから逃げる」

 

 廊下を走りながら答えた瞬間、背中が焼けるような熱さを感じ、次に鼓膜を破らんばかりの爆発音がした。

 

 俺達は突然の爆発になす術なく吹き飛ばされた。

 

 

 

「うっ、くっ……」

 

 耳鳴りがする中、体に乗っかる瓦礫をどかす。

 

 さっきの爆発のせいで、体のあちこちが痛む。

 

 その痛みは、鋭いもの、鈍いもの、ひりひりするもの、と何種類もある。

 

 あの爆発で火傷もしたのだろう。

 

 瓦礫をどかしたら、周りを確認する。

 

 どうやらさっきの爆発で外に追い出されたようで、無数の星が散らばる夜空と、庭が見える。

 

「クリス……クリス!」

 

 何が起きたのか理解するのはあとでいい。

 

 今はクリスを見つけなくては。

 

 立とうとしてもバランスがとれず、地に手をついてしまうので、このまま四つん這いで探す。

 

「いっつ!」

 

 地面に落ちていたガラスの破片が俺の手を切った。

 

 それだけで疲れが増した感じになり、体がやけに重くなり、動かせない。

 

「うっ、ん……」

 

 小さかったが、クリスの声が耳に入った。

 

 目の前から聞こえたと思う。

 

 進むために手を動かし、

 

「あつっ!」

 

 弱々しく燃えていた瓦礫を思いっきり触った。

 

 見ればわかるのに、焦りから気づかなかった。

 

 止まってる暇はないと動こうとした時。

 

「カズマ! クリス!」

 

 この声は……ダクネスか?

 

「カズマさん、クリスさん!」

 

「大丈夫……、ではありませんね」

 

「俺はいい。クリスを……」

 

 みんながいる。

 

 爆発からまだそんなに時間は経ってないのに、いや結構経ったのか。

 

 体に乗った瓦礫をどかすまで気絶していたのか、それともガラスで手を切った時に長いこと止まっていたのか、俺にはどちらかわからなかった。

 

「いたた……。助手君、大丈夫?」

 

「クリスこそ……」

 

「かなりだね」

 

 どうやらクリスは俺より軽傷で済んだらしく、少しきつそうにはしているが立てている。

 

「失礼するぞ」

 

 ダクネスが俺を背負った。

 

 俺はダクネスに体を預けて、安心してほっと一息吐けた。

 

「何があったんだ?」

 

「領主が悪魔をつ、くうう……」

 

「カズマ、無理をするな。今は休め」

 

 時間が経ったせいか、それとも感覚が戻ってきたからか、急に頭が痛んだ。

 

 左耳より上の辺りが強烈な痛みを放つ。

 

 思わず手で押さえると、べちゃりと濡れたので、顔の前に持ってきて確認すると、手が真っ赤だ。

 

「な、何じゃこりゃあ……」

 

 どうやら出血しているようだ。

 

 俺が血塗れの手をぼーっと見ていると、ダクネス達は走り出した。

 

 クリスが質問をする。

 

「ダクネス達はどうやってここに来たの? 騎士とかいたと思うんだけど」

 

「時間がなかったから家の名を出して黙らせた。それで悪魔はいたのか?」

 

「いたよ。そいつのせいでこんな目にあったんだよ。あの悪魔、今度見つけたら細切れにしてやる」

 

「そ、そうか……。今ははやく逃げよう」

 

 ああ、クリスの悪魔絶対許すまじを見て、ダクネスがびびっている。

 

「逃がさんぞ、虫けらどもー!」

 

 げっ、あのばか追いかけてきやがった。

 

「『バースト』」

 

「前に飛んで!」

 

 それにどれだけの効果があるのかは不明だが、少しでも爆発のダメージを減らそうと、みんなは一斉に前に飛んだ。

 

 俺はしっかりと掴まることはできず、ダクネスの背からはなれ、顔から着地した。

 

 他のみんなはごろごろと転がっただけで、顔面着地なんかしなかった。

 

 俺以外はすぐに立ち上がって、悪魔を見据える。

 

「あれは、まさか……」

 

「間違いなく爆発魔法よ! あんなのを使えるなんて、あの悪魔何なの!?」

 

 めぐみんとゆんゆんが驚愕している。

 

 爆発魔法って伝説的アークウィザードが使ってた魔法じゃなかったっけ?

 

 そう考えたら、俺とクリスよく生き残れたな。

 

「あんなものを使われては逃げることもできないな」

 

「うん。ここで倒すしかないね」

 

「ふふん。我が爆裂魔法で消し去ってやりますよ」

 

 今回は俺も賛成だ。

 

 あの爆発魔法の前で逃走するのは自殺行為に等しい。

 

 もはや戦うしか道はない。

 

 俺は自分にヒールを何度もかける。

 

 ゆんゆんが鋭い声で唱える。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 黒い稲妻が放たれる。

 

 貫通性がある強力な魔法は、マクスが少し横に動くだけでかわされた。

 

 距離もあるし、ここは仕方ないか。

 

 ヒールを何度もかけたことで、弓矢を扱えるぐらいには持ち直した。

 

 それでも立つのはまだきついものがあるので、膝立ちでマクスを狙撃する。

 

 しかし、俺の放った矢は外れた。

 

「カズマが外した?」

 

「まだ休んでていいんだぞ」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 狙撃は幸運が高いほど命中しやすいスキルで、俺が使えばほぼ当たると言えるほどのものになるのだが、ねじ曲げる力によってそれは覆された。

 

 あくまでほぼ当たるというだけで絶対に命中するわけではない、そこを突かれる形になった。

 

 本来は命中するはずの矢は、マクスによってねじ曲げられ、外れることになった。

 

「あいつの力は、都合よくねじ曲げて辻褄を合わせるものだ。弱らせるか何かしないと、爆裂魔法もかわされる」

 

「本当に何なのよ。そんなの上級……。……辻褄合わせの悪魔……? う、嘘でしょ!? どうしてそんな大物がいるのよ!!」

 

 辻褄合わせの悪魔というフレーズから何かを思い出したらしいゆんゆんが狼狽した。

 

 ゆんゆんの反応からすると、あの悪魔はかなりの大物のようだ。

 

 強力な悪魔なのは予想していたことだが、何だか俺の予想を上回りそうだ。

 

「ゆんゆん、あの悪魔は何なんですか?」

 

「辻褄合わせが本当なら、あの悪魔はマクスウェル。辻褄合わせのマクスウェル。公爵よ! 上級悪魔なんてものじゃないわ!」

 

「公爵!? ゆんゆん、それは確かなのか? 公爵となれば、魔王の幹部バニルと同格だぞ!」

 

 えっ、あいつバニル並みの強さなの?

 

 マクスウェルが魔王の幹部クラスというとんでもない事実が判明した。

 

 しかも爆発魔法とかいう凄い魔法使ってくる。

 

 ……これ、全滅あるぞ。

 

「おいおい。爆発魔法を使われまくったらどうしようもないぞ」

 

「爆裂魔法ほどではありませんが、爆発魔法も相当魔力を使います。数発が限界と言われるほどです」

 

 話してる間も、爆発魔法は使わせまいと狙撃し続けてるが、こんな安物の弓で放たれた矢なんかじゃダメージを与えられないだろう。

 

 マクスが矢を無視する前に、次の手はないか考え、

 

「マクス、もう一度やってやれ!」

 

「あっ、領主狙えばいいか」

 

「「「「!?」」」」

 

「くそ領主! 死ねやああああああああ!」

 

 領主へと狙いを変える。

 

 殺すつもりは当然ないので、適当に足を狙うと見事に外れて地面に刺さる。

 

「カズマ、お前!」

 

「仕方ねえだろ! こうしないと爆発魔法を連発されるんだから!」

 

「だからって」

 

「心配するな。あの悪魔が守るから。俺だって何も考えずにやってるわけじゃない」

 

「領主を人質にとるとは、流石カズマですね」

 

「おい、やめろ。その言い方だと俺が鬼畜みたいだろ。俺は……、仲間を守るためにやってるんだ」

 

 みんなは優しい顔でうんうんと頷いた。

 

 この信じられていない感じからして、あれだな、俺が我が身惜しさにやってると思ってやがる。

 

「『カースド・ライトニング』」

 

「カズマ! ふあああああああ! こ、これは、何という……!」

 

 ダクネスは俺の前に立って上級魔法を受け止める。

 

 ダクネスだからこそ今の一撃を凌げた。

 

 とはいえ、いくらダクネスでも上級魔法を何度も受けたら死んでしまう。

 

 ダクネスは俺の前から動けない。

 

 満足に移動できない俺はさっきみたいに狙われたら避けられず、一発でお陀仏だ。

 

 だからって、領主への狙撃をやめて、回復優先したら爆発魔法を撃ち込まれて終了。

 

 めぐみんの爆裂魔法は、回避される可能性が高い以上使わせるわけにはいかない。

 

 ゆんゆんの上級魔法は最初の一発のように避けられるだろうが、マクスも無視できないので、俺の狙撃と合わせれば爆発魔法を使わせないようにはできる。

 

 だけど、そこまでだ。

 

 エリス様ではないクリスでは、しかも盗賊なので悪魔に大きなダメージを与えることはできない。

 

「クリス、冒険者を呼んできてくれ」

 

「わかった。すぐに戻るよ!」

 

 クリスが冒険者を呼びに行く。

 

 俺より軽傷だったとはいえ、爆発魔法でのダメージはそれなりにあり、走るのは辛そうだ。

 

 戻るまで時間がかかりそうだな。

 

「みんなが来るまで耐え抜くぞ!」

 

「私達なら簡単にやれますよ」

 

「二度も爆発があった。騒ぎが好きな冒険者なら、何人かは近くに来ているはずだ。それまで耐えてやる」

 

「魔力が尽きるまで魔法を唱えるだけよ」

 

 先ほどマクスが上級魔法を使ったのは、爆発魔法より制御が簡単だからだろう。

 

 だから妨害をするだけで爆発魔法の発動を封じることができるわけだが、この妨害も領主がいるおかげで成り立っているようなものだ。

 

 あいつがこの場にいなかったら、あの悪魔は爆発魔法を何度も撃ち込んで来たろう。

 

「ダクネス、俺を背負ってくれ。散らばって動き回るぞ」

 

 三人ともすぐに理解した。

 

 いつまでも一ヶ所にいるのは危険だ。

 

 俺とゆんゆんで爆発魔法を封じられているとはいえ、無理をして撃ってくることも考えたら散らばって動き回った方が安全だ。

 

「蝿みたいに動きおって!」

 

「ぶーん、ぶーん」

 

「あああああ!」

 

 マクスの力で矢が命中しないので、煽ってやった。

 

 マクスは、領主を狙撃する俺が一番厄介なのか、こちらに視線を固定している。

 

 ゆんゆんとめぐみんは興味なしか。

 

 俺としてもそれは厄介だ。

 

「ダクネス、領主のところに行ってくれ」

 

「時間稼ぎか。わかった」

 

 爆発魔法の恐ろしさは威力の強さだけでなく、範囲の広さと何度も使用できるところにあり、言ってみれば……ミニ爆裂魔法だ。

 

 いや、爆裂魔法の欠点を解消できてるので、改良版と言っていいぐらいだ。

 

 その爆発魔法を使うマクスを援軍が来るまで押さえるために、ダクネスに頑張ってもらう。

 

 ダクネスは俺を背負ったまま、領主の顔が見える位置まで駆け寄る。

 

「アルダープ」

 

 ダクネスの声に、アルダープはぎょっとした。

 

 それもそのはずで、本来ここにいないはずの人物がいるのだ。

 

 近くまで来たことで、声の主が本当にダクネスであると知るや、領主は愕然となる。

 

「あなたは終わりだ。領主の地位にいながら、悪魔を使役するという大不祥事をしでかした。どう頑張っても死刑は免れられない」

 

「い、いや、これは誤解ですよ。そこの冒険者共が悪魔を呼び出して、私に責任を擦り付けようとしているわけでして」

 

「苦しいにもほどがある。お前が悪魔に命令しているところを見たんだ。どう言い訳しようと無駄だ」

 

 めぐみんとゆんゆんは余計な刺激を与えないよう、ダクネスと領主の会話を静かに聞いている。

 

「素直に罪を認め、投降することを勧める。これ以上騒ぎを大きくする必要はない」

 

「……そんなことできるわけがない。素直に罪を認める? わしなら真実を簡単に変えられるのだ! 冒険者共を一人残らず消し、全ての罪を押し付ければ解決するというのに、何ばかなことを言っているのだ!」

 

「そうか。ならば、私は……、いや、私達は貴様らを倒すだけのことだ!!」

 

 今のダクネスは、俺を背負っていなければ最高に格好よかったはずだ。

 

 俺を背負いながら領主を追い詰めるとかシュールでしかない。

 

「すまない、ダクネス。お前の数少ない見せ場を台無しにして」

 

「そんなことはどうだっていいだろうが! どうしてお前はそんなしょうもないことを言うんだ!」

 

 状況にそぐわないことを言った俺を、ダクネスは若干呆れた感じで怒鳴ってきた。

 

 空気を読んでくれと言いたいのだろう。

 

 でも、俺の中の良心が痛んだからしょうがないんだ。

 

 俺とダクネスがあほな会話をすると、領主は話は終わったという雰囲気を出したので、俺は話を長引かせるために声をかけた。

 

「おいおい、ダクネスまで殺すつもりか? ダクネスを殺したら大騒ぎになるぞ」

 

「貴様に言われなくともわかっている。大体わしがララティーナを殺すと思うのが間違いだ。ララティーナは地下室に幽閉し、永遠に飼ってやる! ふふ、ふは、ふっははははははは!」

 

「き、貴様のような男にこ、この私が屈服すると思っているのか! 例えこの体を好きにできたとしても、我が心まで好きにできるとは思うなよ! はあ、どうしようカズマ! あんな醜くて臭そうな男に幽閉され、調教されるというのは……、よく私が」

 

「黙れ! 少し油断すると、すぐに変態しやがって! どうして貴族ってのはまともなのがいないんだ!」

 

 何もかもがだめになった瞬間である。

 

 爆発魔法がかなりやばい、それなら……、みたいな緊迫感溢れた戦闘が、変態のせいで見事に終わった。

 

 もうさっきまでの緊張感戻ってこないよ。

 

「おい、あれじゃねえか?」

 

「あれだあれだ」

 

「マジで悪魔従えてんぞ!」

 

 そんな時に限ってアクセルの冒険者達はやって来た。

 

 もっとはやく来てくれよお!

 

 そうしたらいい感じに戦うことできたのに。

 

「な、何なんだ貴様らは!」

 

「おっ、あれカズマじゃね?」

 

「まだ生きてたみたいだなー!」

 

 あれはダストとキースか?

 

 まあ、あの二人が来ないわけないわな。

 

「当たり前だ! この俺がこんなところで死ぬわけねえだろ!」

 

「カズマ、プリーストらしいのが何人か見えるから戻るぞ」

 

「ああ」

 

 冒険者が少しずつだが増えていく。

 

 こんな夜中に、と思ったのも一瞬だけだ。

 

 夜中に二回も爆発があれば、よほどの奴でなければびっくりして起きる。

 

「あの悪魔を倒しゃいいんだろ!」

 

「気持ちよく寝てたところを、ふざっけんなよ!」

 

「んもう、肌が荒れるじゃない!」

 

「あれ悪徳領主だろ? 殴っていいのかな?」

 

「大丈夫じゃない? これ終わったら犯罪者になって、貴族じゃなくなるだろうし」

 

 こうなったらこっちのもんだ。

 

 数の暴力というものを見せてやる。

 

 俺は本職の方々のヒールのおかげで、走れるほどに回復できた。

 

「悪魔の方は爆発魔法を使うから気を付けろ! 領主は、領主……は」

 

「一発殴らせろおおお!」

 

「ひいっ! な、何なんだ貴様は! 下劣な冒険者の分際で!」

 

 ダストとかいうチンピラが領主を襲っていた。

 

 領主はチンピラから逃げ回り、少ししたらチンピラと一緒に戦場からいなくなっていた。

 

 領主がいれば爆発魔法を封じることができたのに……、ま、まあ、数の暴力で押さえられるだろ。

 

「全員、とにかく魔法なり矢なり撃ち込め! 爆発魔法だけは使わせるな! クルセイダーは上級魔法を何とかして防いでくれ! プリーストはクルセイダーの魔法耐性を上げて、状況を見てヒールなり使ってくれ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 瞬間、無数の攻撃がマクスに撃ち込まれる。

 

 普通ならかわせないこの猛攻をマクスは力を使うことで、少し動くだけで回避し続ける。

 

 ねじ曲げる力、とんでもないだろ。

 

 雨のように降り注ぐのにどうしてかわせるんだよ。

 

「めぐみん、いつでも爆裂魔法を使えるようにしておけ! ゆんゆんはとにかく上級魔法だ!」

 

 仲間にも指示を出していると、

 

「『インフェルノ』」

 

 マクスが上級魔法を唱えた。

 

 それは俺を狙ったもので、炎が俺と近くにいた冒険者を飲み込もうとして。

 

 ところが、それよりもはやく大量の水が俺達を包み込む。

 

 水と炎がぶつかり合うも、炎が俺達に触れることはなく、消滅した。

 

 炎が消えると水も包み込むのをやめた。

 

 びしょ濡れになって、地面に転がる俺達の後ろから気遣う声が。

 

「皆さん、大丈夫ですか?」

 

 ウィズが水の魔法で俺達を守ってくれたようだ。

 

 流石は元アークウィザードでリッチーなだけある。

 

 もはや怖いものなしだ。

 

「何かあってもウィズが守ってくれる! お前ら、どんどん行くぞー!」

 

「「「おおーっ!」」」

 

 ねじ曲げる力で完璧な回避を見せるマクスにどうにかしてダメージを与えたい。

 

 俺は何かないかとポケットの中を探って、お手製ダイナマイトを取り出す。

 

 ウィズの魔法で濡れてしまったが、中級魔法を当てたら爆発はするはずだ。

 

 これを上手く使えば。

 

「ウィズ、こいつをつけた矢があいつの近くに差し掛かったら、火の魔法を当ててくれ。中級でいい」

 

「わかりました」

 

 あいつの絶対的回避を崩すにはこれしかない。

 

 俺はあいつの動きをよく見て、予測して、ダイナマイトをつけた矢を放つ。

 

 当てるつもりはない。

 

 こいつがマクスの近くに行けばいい。

 

 あいつは力で避けたと思うはずだ。

 

 当然ウィズの魔法もだ。

 

 ねじ曲げる力に限界があるのは証明されている。

 

 すぐそばで爆発されたらどうなる。

 

 避けられるわけがない。

 

「!?」

 

 突然の爆発をマクスは回避できず、吹き飛ばされる。

 

 地面に倒れたところを狙い打つ。

 

 倒れているわけだから、外れることはあっても回避できるわけもなく、次々と矢や魔法が降り注ぐ。

 

 だが、魔法はあいつの高い耐性でそこまでダメージを与えられない上に、物理もそこまでといった感じで、はっきり言うと一発一発が軽すぎる。

 

 それを大量の攻撃でごまかしてるだけだ。

 

 だけど、攻撃の手を休めなければ、マクスの動きは押さえ込める。

 

「「『ライトニング・ストライク』!」」

 

 動けない悪魔に向けて、ゆんゆんとウィズが大量の魔力を込めた上級魔法を放った。

 

 二人が完璧に制御して狙い澄ました魔法が外れるわけもなく、天より落ちる二本の雷がマクスを貫き、

 

「『エクスプロージョン』!!」

 

 最強の破壊力を誇る魔法が撃ち込まれる。

 

 爆裂魔法はマクスと雨のように降り注いだ攻撃も飲み込み、その圧倒的な破壊力で全てを消し去る。

 

 地面にはクレーターができ、赤く煌々としていた。

 

 もちろんそこにマクスの姿はなく、俺達の戦いは勝利という形で終わりを告げた。

 

 全部終わったと思ったら、安心感からか脱力感を覚えた。

 

「あーっ、疲れたあ!」

 

 俺は愚痴りながら地面に座り込んだ。

 

 他の冒険者も俺に続くように座り、あの悪魔やばかったな、と笑いながら話す。

 

「カズマ、見ましたか? 我が爆裂魔法を!」

 

「ちょっと、暴れないでよめぐみん」

 

「本当にやってしまったな」

 

「カズマさん、お疲れ様です。ダイナマイトは見事でしたよ」

 

 俺のところにウィズを含むみんなが来たのだが、その中にクリスの姿はない。

 

「クリスは?」

 

「見ていないな。どこをほっつき歩いてるのやら」

 

 ダクネス同様に他のみんなも見ていないようだ。

 

 まだ冒険者を呼んでいるのだろうか。

 

 周りを見ていると、ウィズが少し言いにくそうにしながら言ってくる。

 

「あの、一足先に帰らせてもらいますね。仕事が少し残ってるもので」

 

「そうなのか? 何か悪いことしたな。今日はありがとな。あとでちゃんとお礼しに行くよ」

 

「いえ、こういう時は助け合うものですから。それじゃ」

 

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様です」

 

「気を付けてな」

 

 ウィズはぺこりと頭を下げて、店へと戻った。

 

 これからどうするかなと思ったら、

 

「おーい、くそ領主捕まえたぞー!」

 

 ダストが領主を連れて戻ってきた。

 

 何度も殴られたのか、領主の顔は痛々しいものになっていた。

 

「うぐぅ、き、貴様、こんなことして」

 

 ダストは領主を俺達の前まで連れてくると、乱暴に押した。

 

 領主は踏ん張る力も残っていないのか、地面に倒れた。

 

 今回の騒動を起こした領主を俺達は睨む。

 

 ここには悪徳領主を嫌う冒険者しかいない。

 

 それに気づいたのか、領主は怯え、ダクネスに助けを求める。

 

「ら、ララティーナ! わしを、わしを助けてくれ! こやつら何をするかわからん!」

 

 地面を這って、ダクネスの前に来ると、俺達を指差して非難するように言った。

 

 ダクネスが領主に向ける眼差しは、俺でもはじめて見るほどの怒りに満ちていた。

 

「貴様は、まだ自分のことしか考えられないのか。悪魔を使って悪行の限りを尽くし、それが露見しそうになれば口封じに殺そうとし、悪魔が消えれば助けろと言う。自分は悪くないと振る舞い……。貴様のような奴は私自ら裁いてくれる!」

 

 剣を抜いたダクネスを俺達は慌てて止める。

 

「やめて! こんな人に手を出さないで!」

 

「そうだぞ。こんな奴のために手を汚すな!」

 

「はなせ! どうせ誰かが処刑する! ならば、今ここで私が!」

 

 なんてばか力だ。

 

 数人で押さえ込んでるのに振りほどかれそうだ。

 

 もしかして、怒りでリミッターが外れるとかそんなことが起きてるのか?

 

 勘弁してくれよ。

 

 どうにかしてダクネスを押さえていると、後ろから困惑の声が上がる。

 

「えっ、嘘」

 

「えっ、えっ?」

 

「まさか……」

 

 何事かと思ってちらりと見て、

 

「ま、マジかよ……」

 

 ダクネスから手をはなして、その人を見つめた。

 

「エリス様、どうしてここに?」

 

 俺の言葉にダクネス達ははっ? となり、確認のために振り返る。

 

 振り返った先にいるのは当然女神エリスで、その姿を目の当たりにしたダクネス達は驚きから固まる。

 

 エリス様は俺を見て、小さく笑う。

 

 俺にはそれだけでわかった。

 

 このばかを止めに来てくれたんだと。

 

「ダクネス」

 

「ひゃい!」

 

 名前を呼ばれると、びくんとなり、姿勢を正した。

 

 敬虔なエリス教徒のダクネスにとって、エリス様に話しかけられるのはこの上なく嬉しいことだ。

 

 エリス様の話そうとしていることを聞き漏らさないように耳を傾ける。

 

「先ほどあなたは、誰かが処刑するなら私がすると言いましたね」

 

「え、ええ。貴族として、私がやるべきことだと思いますので」

 

「そうですか。私はあなたのことを知っていますが、しかしその話が正しいとは思えません」

 

「な、何故?」

 

「怒りで振り下ろす剣と、正義のために振り下ろされる剣が同じだと言えますか?」

 

 問いかけにダクネスは何も答えられない。

 

 とても簡単な質問だからこそ、何を言おうとしてるかわかったのだ。

 

 エリス様はダクネスをじっと見つめる。

 

「同じだと言えるなら、その剣を振るってみなさい。この女神エリスの前で」

 

 その言葉に、ダクネスは力を失ったように剣を手放した。

 

 剣は地面に落ちて、大きな音を鳴らした。

 

 ダクネスはその場に膝をついて、謝罪する。

 

「醜態を晒し、申し訳ありません」

 

 ダクネスが領主を裁こうとしたのは悪いことではない。

 

 同じ貴族として、民を守る貴族として、領主の最低な行為を許せなくなるのもわかる。

 

 エリス様もそこはわかっている。

 

 だからこそ、怒りで剣を振るってほしくない。

 

 怒りで振るったら、どんなに理由をつけても自分のために振るったことになる。

 

 大事な親友だからこそ、

 

「ダクネス」

 

 よく知るからこそ……。

 

 優しく微笑むその姿はまさに女神そのものだ。

 

「怒りではなく、あなた自身が罪を裁きなさい」

 

「はい……!」

 

 凄いな。

 

 女神がたった一人の友達のために降臨したのだ。

 

 素晴らしい人だとは思ってたけど、ここまで素晴らしいとは思わなかった。

 

 感動していると、それをぶち壊す声が上がる。

 

「女神、本当に女神なのだな! ならば、私を殺さぬよう言ってやってくれ! 人の命を軽々しく扱うなと!」

 

 豚が汚い手でエリス様のスカートを握ったので、俺は引き剥がそうとするが。

 

「カズマさん、大丈夫ですよ」

 

 エリス様からそう言われては引き下がるしかない。

 

 ダクネスが怒りに満ちた目で領主を見ている。

 

 ここにエリス様がいなかったら殺しに行きそうだ。

 

 エリス様の言葉に、領主は希望を持ったのか、次々と言葉を並べる。

 

「流石は女神様! わしのことをよくわかっておられる。あなたが考えている通り、わしがいなくてはこの国は困るというもの! この件が済みましたら、あなたの信者が増えるよう尽力しましょう!」

 

「その必要はありませんよ。あなたは法によって裁かれるでしょう。その時私はあなたを天国に送りましょう」

 

 何でそんな奴を天国に……、とみんなが訴えかけるようにエリス様に視線を送る。

 

 領主はエリス様の言葉に一瞬呆気に取られるが、みんなが想像する、素敵な天国を頭に浮かべたのか、機嫌をよくした。

 

 素敵な天国ならこの世よりも幸せに暮らせるだろうが。

 

「えぐっ……」

 

 天国がどんなものか知っている俺はエリス様がどんなに恐ろしいことを言ったかよくわかる。

 

 天国の真実を知らない領主は俺に噛みついてきた。

 

「何だ貴様! 女神様はこのわしを天国に送って下さると言ったのだぞ! この世界で生きられないことは残念だが、天国でこの世以上に幸せに暮らせると思えば、むしろ……!」

 

「ぷっ。あはははははは!」

 

 俺は腹を抱えて笑った。

 

 天国がこの世以上?

 

「な、何がおかしい!」

 

「何にも知らないんだな」

 

「あっ?」

 

「天国ってのは、世間が言ってるもんじゃないぞ。まず娯楽はない。一日中日向ぼっこして、他の人と世間話をするだけ。もちろん肉体なんてものはないから触れることはできない、つまりえっちなこととかそういうのは一切ない。一日をのんびりと過ごす場所だぞ」

 

「はあ? 貴様、何を言って」

 

「よくご存知ですね」

 

「旅をしてれば色々と知る機会はありますので」

 

「なるほど。……そろそろ時間ですね。では、カズマさん、ダクネス、この方をお願いしますね」

 

 そう言い残して、エリス様は帰還する。

 

 無数の光となって、天へと帰っていく。

 

 エリス様を掴んでいた領主の手は代わりに空を掴む。

 

 天国の真実を知り、女神に見捨てられたと理解した領主は絶望する。

 

「さてと、エリス様に言われた通りにするか。ダクネス、このおっさんどうする?」

 

「実家に連れて帰ろう。ところで、お前はどこで天国を知ったんだ?」

 

「詳しくは今度話すから、今はもうはやく終わらせようぜ」

 

「そうだな。後日にしよう」

 

「みんなも今日はありがとな。今度お礼に奢るからな」

 

 それを聞いた冒険者のみんなは嬉しそうに笑い、高い酒奢れよと残して、それぞれの宿へ帰っていく。

 

 俺達も疲れがかなり溜まっているので、このおっさんをダスティネス家に連行して、さっさと寝たい。

 

 本当、疲れた。




どうでしたか?

長かった領主編は終わりました。

次回は後日談からはじめる予定です。


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