やはり俺とセカンド幼なじみの関係はまちがっている。 作:キラ
目が覚めると、いつもと違う真っ白な天井が視界に映った。
「ここは……」
ぼんやりとあたりを見回し、ここが医務室であることを認識する。続いて、俺が寝ているベッドのそばに置かれた椅子と、そこに座っている人物に目がいった。
「目が覚めたか」
「千冬姉……」
ゆっくりと半身を起こすと、千冬姉が俺の身体を優しく抱きしめてくれた。
「よかった。本当によかった」
涙こそ流れていないが、俺の無事を喜ぶその声は震えている。
「……ごめん、心配かけて」
しばらく体勢を変えずに、俺は千冬姉のぬくもりに浸り続けた。彼女の体温が肌から伝わり、やがて心までをもあたためてくれる。この感触に、いつまでも甘えていたかった。
「千冬姉。何があったか、教えてくれないか」
でも、ずっとそうしているわけにはいかない。
発作が起きた以上、俺はその現実をしっかりと受け止めなければならないのだ。
「どこまで覚えている?」
「よくわからないISが出てきて……アリーナから出られないって言われたあたりまでだ」
あの後、思い出したくないものを思い出して。そこから先は、何も覚えていない。
「山田先生に状況を説明されたお前は、明らかなパニック状態に陥っていた。再三の呼びかけにも反応がなく、お前の隣にいた大嶺ともども、無人ISを前にして何もできないという状況だった」
「無人IS?」
「あのISには操縦者が存在しなかった。どんな技術を使ったのかは不明だがな」
現状、ISは人間の手がなければ動かせないというのが常識だ。あの全身装甲のISは、その常識を無視する規格外の機体だったってことか。
「話を続けても構わないか」
「ああ、大丈夫だ」
だが、そのあたりのことを俺が考えても仕方がない。今は、自分のことだけで精一杯だ。
「最後の最後で、私の声はお前に届いたらしい。それまで棒立ちだった白式が零落白夜を起動させ、私の指示通りにアリーナのシールドを一部破壊した。そこから教師の救援部隊がアリーナ内に侵入し、無人ISを停止させることに成功。意識を失っていたお前を医務室に運んで検査を行い、今に至るというわけだ」
「……俺、そんなことしたのか」
まったく記憶に残っていないことを考えると、ほとんど無意識でやったことなのかもしれない。
「お前の行動がなければ、部隊の突入はさらに遅れていた。そうなれば当然、2人に身体的被害が及んでいた可能性も高い。……よく、応えてくれたな」
ぽん、と手を置いて、千冬姉は俺の頭を優しく撫でる。……懐かしいな。小さいころはよく、こうしてナデナデされていたような気がする。歳をとるにつれ、なんとなく子ども扱いされているように思えて拒否するようになったのだが……やっぱり、心地いい。
「褒められるようなことじゃねえよ。あんなかっこ悪い姿見せといて」
「………」
頭を撫でていた手の動きが止まり、千冬姉は真剣な面持ちで俺を見る。
「検査の結果は『異常なし』だ。周りの者には、お前が突然の敵の来襲にパニックを起こしたと言えばそれで納得してもらえるだろう」
だが、と。
一度こめかみに手を当ててから、千冬姉は本題とばかりに話を切り出した。
「一夏。お前、やはりまだ完治していなかったのだな」
「……担当の先生には、よほどのことがない限り発作を起こすまでにはいたらないって言われたんだけどな」
千冬姉の悲しげな表情に耐えられず、俺は無理やり笑いを作りながらなんでもないことのように頷いた。
「私もその場に立ち会っていたから、医師の言葉の内容は覚えている。2ヶ月間何事もなく過ごしていたお前を見て、もしかすればと淡い期待を抱いていたのだが……やはり、ここに通わせるのは間違いだった」
2年前の秋、俺は精神の病を患った。
PTSD。日本語で言えば心的外傷後ストレス障害。発症の原因は、よくわからん組織のIS乗りに誘拐され、トラウマを植え付けられたこと。
今でこそ普通に生活を送れるレベルにまで回復したが、PTSDにかかった直後は本当にひどかった。当時の様子を思い出したところで何もいいことはないので、今さら思い出そうとも思わないが。
「『ISを動かせる男』であるお前の身柄を守るために、どうしてもIS学園に籍を置いてもらう必要があった。だが、お前がこうして苦しむのなら、私がなんとしてでも――」
「大丈夫だよ」
千冬姉の言葉を遮るように、俺ははっきりとそう口にする。
「俺は、大丈夫だから」
俺の心が乱れるトリガーは、まさしくISという存在にある。ゆえにこの学園は、俺にとっては普通の高校よりもずっと危険な場所。
でもそれをわかっていながら、千冬姉は俺にIS学園に入学するよう言った。つまり、他に俺を守るための方法が見当たらなかったということだ。
仮にここに在籍する以外の策があったとしても、おそらく千冬姉に今以上に迷惑をかけることになってしまうはず。
そしてもうひとつ、ここに残りたい理由がある。
「いつまでも、逃げてるわけにはいかないからな」
小さいころに両親がいなくなったせいで、千冬姉は学生のころから俺の面倒を見続けてきた。いい加減自立して、姉に負担をかけないようにしたいと思っているのだが、PTSDを抱えたままではいつになっても心配をかけることになってしまう。
だから、早くISに慣れて、トラウマ克服に役立てたい。そう考えれば、ISに囲まれた生活というのはむしろ都合がいいのである。荒療治だと突っ込まれればそれまでだが。
「……クラス代表に選ばれた時にも、似たようなことを言っていたな」
「あの時も千冬姉は、俺に逃げ道を用意してくれてた」
セシリアに決闘をふっかけられた時。いろいろあった末に俺がクラス代表に決まった時。
千冬姉は放課後にこっそり俺を呼び出し、『本当にいいのか?』と尋ねてくれた。
「千冬姉の優しさは、すごくうれしい。けど俺は」
「わかった。それ以上は言うな」
仕方ないな、と微笑みながら、千冬姉は俺の両肩に手を置いた。
「私は、お前が一番大変な時期にそばにいてやれなかった。そんな私に、こんなことを言う資格はないのかもしれないが……何かあれば、すぐに頼ってほしい」
「わかった。ありがとう」
たとえトラウマを刺激されるような環境でも、俺には助けになってくれる人がいる。きっと、なんとかやっていけるはずだ。
「………」
「……千冬姉?」
急に黙り込む千冬姉に首をかしげるも、何も言わずにじっと見つめられるだけ。
なんだろう。何か、こっちの出方をうかがっているような――
「凰鈴音との間に、何かあったのか?」
「………」
「昔は仲よくしていただろう。私がドイツにいる間に彼女は中国に帰ってしまっていたようだが、その間に喧嘩でもしたのか」
そう言いながら、千冬姉はきっと『喧嘩程度のこと』とは考えていない。もし本当にそうなら、こんな深刻な表情で尋ねてきたりはしないだろう。ここ1ヶ月の俺たちの様子を見て、何か大きな出来事があったと判断したんだと思う。
「……何かあったかと言えば、あった」
「それは、私には話せないことか」
どうするべきなのだろうか。
あの出来事は、できるだけ誰にも話さないと決めていた。だから俺と凰の関係については、ごく一部の人間を除いて知らないままだ。
……だけど、千冬姉は大切な家族で、今も俺を精一杯支えてくれようと頑張ってくれている。『何かあれば頼ってほしい』という言葉に頷いたばかりで、いきなり秘密を隠そうとするのも気が引けた。
「……いや、話すよ」
俺なりの誠意の証として、事実を伝えることを決心した。
「話自体は単純なもんでさ。俺があいつに、いなくなってほしいと思っただけなんだ」
*
最初から、2人の関係はおかしいと思っていた。互いのことをよく知っていそうな雰囲気なのに、互いを見る目はどこまでも冷たい。
しかし、篠ノ之箒はそのことについて深く干渉しようとは考えなかった。彼女自身も実の姉を遠ざけており、それゆえ他人のデリケートな人間関係を追及する気持ちにはなれなかったからである。
「凰、いるか。1組の篠ノ之だが、少し話がある」
だがクラス対抗戦が終わった今、箒の心情は大きく変わっていた。
一夏がパニックを起こした末に意識を失ったという報せを山田先生から聞き、やはり一度凰鈴音と話さなければならないと思い立ったのだ。
「篠ノ之……ああ、確か織斑の幼なじみの。何の用かしら」
自室から出てきた凰は、箒を見て疑念の表情を浮かべる。2人が言葉を交わすのは、もちろん初めてのことだ。
「一夏の様子は見に行ったのか」
「いいえ。そもそもあたしが行ったって、織斑は喜んだりしないわよ」
「心配じゃないのか」
「大事になったら、勝手に周りが騒ぎ出すからすぐにわかる。わざわざ自分で行く必要はないと思うけど」
箒の質問に、凰は淡々と答えていく。その表情からは何を読み取れないが……
「心配していないのか、という質問に対しては肯定も否定もしないのだな」
「……何が言いたいわけ?」
少しだけ彼女の瞳が揺らいだのを見て、箒は意を決して言葉を投げかける。
「凰。お前は、何か知っているのではないか?」
「何かって何よ」
「今日、一夏があそこまで取り乱した原因についてだ」
「どうしてそう思うの?」
「……お前が転入してきた日の放課後。お前と一夏が話しているのを見た」
あの日、自主訓練を終えて先に部屋に戻ろうとした箒は、途中でアリーナに忘れ物をしたことに気づいた。そして取りに戻ろうと引き返したところで、偶然2人が会話している現場に出くわしたのだ。
「つまり、盗み聞きしてたってこと?」
「それについては謝る。お前たちの関係が気になっていたとはいえ、魔がさしてしまったのは事実だ。ただ……お前はあの時『まだ治っていないのか』と一夏に言っていた。それは今回のことと何か関係があるのか?」
いきなり正体不明の敵が現れてパニックになること自体は、決して理解できない事態ではない。
ただ、あのISが乱入してきた直後は、一夏の様子は普通に見えた。それが急に、ダメージを受けたわけでもないのにああなってしまった。
そのことと、以前に聞いた凰の言葉がどこか引っかかり、こうして尋ねることにしたのである。
「……はあ」
しばらく無言で箒を見つめていた凰は、小さくため息をついた後に口を開く。
「確かに、心当たりはあるわ」
「っ! なら――」
「でも、あたしにはそれをアンタに教える義務も権利もない」
答えを求める前に、ばっさりと斬り捨てられてしまった。明確な拒絶に一瞬たじろぐ箒だが、そう簡単に引き下がるわけにもいかない。織斑一夏は彼女にとって大切な人であり、何かあるのなら事情を知っておきたいからだ。
「頼む、教えてくれ」
「無理ね」
もう一度懇願するも、凰の返事は変わらない。否定の言葉とともに、箒を厳しい目つきで睨むだけ。
「あんまり他人の事情に口を挟まないでくれる? あたしとあいつはもう無関係なのよ。だから何も言うことはないの」
そう言い残して、凰は話は終わりとばかりにドアを閉めようとする。
「ま、待て! 最後にひとつだけ聞かせてくれ」
彼女の発言にどこか違和感を覚えた箒は、とっさにあるひとつの疑問をぶつけた。
「お前は……一夏のことが嫌いなのか?」
ドアに手をかけていた凰の動きが、ぴたりと止まる。
「……ええ。嫌いよ」
だが、戸惑いを見せたのも一瞬のこと。
はっきりと答えを返した凰は、そのままバタンとドアを閉めてしまった。追い出される形となった箒は、しばしの間そのままの姿勢で廊下に立ち尽くす。
「他人の事情に口を挟むな、か」
確かに、その通りなのかもしれないが――
「私は、どうするべきなんだ?」
口を突いて出た言葉に、答える声はどこにもなかった。
とりあえずこれでクラス対抗戦までの話は終わりです。次回はあの2人とかが出てきますが、メインは一夏と鈴の関係なのでそんなに目立たない……わけでもなかったりします。
感想等あれば気軽に書いてくださるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。