やはり俺とセカンド幼なじみの関係はまちがっている。 作:キラ
「鈴がIS学園に転入だとぉ!?」
「その様子だと、あいつからは何も聞いてなかったみたいだな」
5月も今日で終わりという日の夜に、俺は中学時代からの友人である五反田弾に連絡をとろうと思い立った。ここ一月の間に起きたことを、こいつにはある程度伝えておくべきだと思ったからだ。
「寝耳に水もいいところだぜ……鈴のやつ、この前話した時は一言もそんなこと言わなかったぞ。というか今日本にいることも初耳だ」
「そうなのか。まあ、話しづらかったっていうのはわからなくもないけどな」
「そりゃそうだけどよ……」
俺と凰の関係は『何もない』が、弾と凰の友人関係は今も続いている。だからこそ、彼女が現在俺と同じ学園に在籍していることはかなりの驚きを与えたようだ。
「一夏。お前、大丈夫なのか?」
「なんとかな。とはいっても、今の今までお前に連絡するのを忘れてた時点で、結構弱ってる証拠かもしれない」
弾の声には、俺を気遣う色が多分に含まれている。俺と彼女の事情を知っているからだろう。
だから俺も、ついつい弱音をこぼしてしまう。
「実は、一度だけ発作が起きたんだ。原因があいつにあるわけじゃないんだが……少しだけ、このままやっていけるのか不安になってる」
「発作って……半年くらいなかっただろ?」
「ああ。でもあの1回は特別だ。ここにいたとしても滅多に起こることじゃない」
正体不明のISが乱入してくるなんて出来事は、そうそうないと信じたい。
「そういう言い方するってことは、まだそっちで頑張るつもりなんだな。俺は応援してるから、力になれることがあったらいつでも相談しろよ」
「……ありがとうな」
「よせって。大体、力になるっていっても、こうやってたまに話聞くくらいしかできないしな」
「それで十分だよ」
誰かに悩み事を打ち明けるだけでも、心の負担はいくらか軽減されるものだ。弾には本当に感謝している。
「でも、いいのか?」
あとは他愛のない世間話でもしようかと考えていたところで、弾が静かな調子で問いかけてきた。
「いいのかって、何が」
「説明しなくてもわかるだろ? このままの関係で本当にいいのかって言ってるんだ。あれから1年以上経ったんだ。今ならもう――」
「一度壊したものは、もとには戻せねえよ」
弾の言葉を遮るように、俺ははっきりと答えを返した。
「それに、あれは俺が自分で望んで壊したんだ。今さらどうこうしようなんて虫がよすぎる」
「……そうか。お前がそう思ってるんなら、俺も無理にとは言わねえ。でもやっぱり俺は、今でも昔みたいにみんなで馬鹿やりたいと思ってるぜ」
「……悪いな」
弾の気持ちはよくわかる。だからこそ、俺は謝ることしかできなかった。
*
そして数日が過ぎ、6月頭の月曜日。事件は起きた。
「シャルル・デュノアです」
フランスからやってきた転入生は、俺に続く2人目の男子生徒。金髪が似合う端正な顔立ちで、顔だけ見れば女の子と勘違いしてしまいそうなくらいだ。
だが男だということなので、彼もISを動かすことができる珍しい男性として注目を集めることだろう。
そしてもうひとり、ドイツ出身の転入生は――
「貴様が織斑一夏か」
自己紹介を終えるなり、つかつかと俺のもとに歩いてきて頬をひっぱたきやがった。
「つぅっ……!」
痛みで左頬を押さえる俺に対して、そいつは刺すような視線とともに言葉を吐き捨てる。
「貴様のような軟弱者が教官の弟であるなど、私は認めない」
「なに……?」
それ以上は何も言うことなく、彼女――ラウラ・ボーデヴィッヒは与えられた席に腰を下ろした。
突然の出来事に教室は騒然とするが、千冬姉が場をとりなすことで事なきをえた。
「午前中は2組と合同で模擬戦闘を行う。場所は第2グラウンドだ」
教官……その前のやり取りを見る限りは、これは千冬姉のことだ。どうやらあのラウラってやつと俺の姉には何かしらのつながりがあるらしい。
加えて、彼女がドイツから来たという事実。俺を認めないという発言。
「また、あのこと絡みか……」
おそらくだが、俺は再び古傷を抉られる羽目になるだろう。そんな予感がした。
*
モンド・グロッソ。
スポーツとしてのISの世界一を決める大会であり、各国から選りすぐりの機体と操縦者が集まり競い合うものとなっている。
俺の姉である織斑千冬は、その記念すべき第1回大会で優勝した。『ブリュンヒルデ』の称号はその時得たものだ。
千冬姉は第2回大会にもエントリーしており、当然優勝候補として日本中から期待されていた。
だが決勝戦当日、弟、つまり俺が謎の組織に誘拐されてしまった。俺を助けるために千冬姉は決勝戦を棄権し、さらに俺の監禁場所に関する情報をドイツ軍から与えてもらったことで、彼らに借りを作る形となったのだ。
その借りを返すために、千冬姉はしばらくの間ドイツ軍でIS部隊に教鞭を振るうことになった。その間、俺はPTSDの治療に努めていたのだが……この話は今は置いておこう。
まとめると、あの銀髪で眼帯をつけた転校生は、千冬姉がドイツにいた時期に教えを受けた軍人のひとりであるのだろうということ。そして、あいつが俺を認めないといった理由は。
「貴様さえいなければ、教官は大会2連覇を成し遂げることができていた。ゆえに私は、貴様を認めない」
本人が口にした通り、そういう事情で彼女は俺を嫌っているらしい。
どのくらい嫌われているかというと、土曜の放課後にみんなで仲良くISの訓練をしている最中に勝負を吹っかけてくるほど。せっかくシャルルにいろいろ教えてもらっていたところだったのに、嫌がらせにもほどがある。
「私と戦え、織斑一夏」
「……断る。あと、あんまりその話はしないでくれ」
アリーナの中にいるため、当然俺もラウラもISを実体化させている。俺の白式とは対照的に、向こうの機体は黒を基調としたデザインだった。
「フン、なぜ貴様の要求を呑まねばならない? あれは貴様自身が犯した失態だろう」
「なら俺からも言わせてもらう。なんで俺がお前の言うこと聞いて戦う必要があるんだ?」
ISに備え付けられた開放回線で言葉を交わしつつ、俺たちは互いに視線をぶつけ合う。
……そのように見せかけられていればいいのだが。
「っ……」
バクバクと、心臓の鼓動が不快なほどに速くなっていく。
まただ。また、発作の前段階の症状が出かかっている。この前派手に取り乱したせいで、再び精神がもろくなってしまったのだろうか。
「とにかく、俺はお前とここで戦うつもりはない。周りにも迷惑だしな」
土曜の午後はアリーナが全面開放されており、当然俺たちの他にもたくさんの生徒がこの場にいた。
正論をかかげることで、俺はなんとかラウラとの戦闘を回避しようと試みる。
あいつは、俺に対して明確な負の感情を持っており、かつそれを隠そうともしない。そんな彼女の視線が、過去に俺が経験したトラウマを掘り起こそうとしていた。
こんな状態でISによる戦闘を始めたりしたら、俺は平静でいられる自信がない。
「………」
恐怖を表に出さぬようにしながら、俺はラウラをじっと見つめる。弱みを見せれば、たちまち喰われてしまうような感じを覚えたからだ。
「……フン。まあいい」
しばらく経って、先に退いたのは向こうだった。俺と戦うことをあきらめたようで、こちらに背を向けてアリーナから立ち去ろうとする。
「虚勢を張るのも、いつまでも通じるわけではないがな」
ただ去り際のセリフから察するに、俺が内心怖がっていたのは看破されてしまったようだ。
「一夏、大丈夫?」
「あの方と何かありましたの?」
ラウラがいなくなってから、近くで様子を見守っていたシャルルとセシリアが心配そうに声をかけてきた。
セシリアとはクラス代表決定戦からの付き合いだが、この1週間でシャルルともある程度打ち解けることができた。なんといっても女子の園に放り込まれた男同士なのだ。ルームメイトになったことも手伝って、親近感を抱くのも時間の問題だった。
「大丈夫だ。それより、もうすぐアリーナの閉館時刻だ。引き上げようぜ」
ただ、そんな2人にも本当のことを説明するわけにはいかなかった。手短に一言だけ返して、それで話を終わりにする。
「………」
「……箒? どうかしたのか」
「いや、なんでもない」
無言でこっちを見ていた箒に違和感を覚えながらも、俺は思考を切り替えて今日の夕飯のメニューに思いを馳せることにした。こういう時は別のことを考えるのが一番だと、経験上よくわかっているつもりだ。
……金額重視で安めのものを選ぶか、味重視で豪華な定食に手を出すか。そこが問題である。
*
「シャルル、ちょっといいか? 宿題で聞きたいところがあるんだけど」
「うん? ……ああ、これは確か教科書の35ページくらいに詳しい説明が載ってたと思うよ」
「うお、マジか。サンキューな」
「どういたしまして」
学生の本分は勉強である。特に座学において他のみんなに遅れをとっている俺は学ばなければならないことがかなり多いわけで、今夜もルームメイトを頼りつつノートにペンを走らせていた。
「今日の実習の時に思ったんだが、シャルルって教えるのうまいよな」
「え、そうかな」
「少なくとも俺にとってはな。聞いてて説明がわかりやすい感じがする。先生とか向いてるんじゃないか?」
「あはは、なんだか照れ臭いね」
という感じで、なんの気なしに勉強の合間に雑談を交わしていたところ。
「一夏。いるか」
ノックとともに、部屋の外から箒の声が聞こえてきた。心なしか、いつもよりも声の雰囲気が硬い気がする。
「どうした?」
返事をしながらドアを開けると、そこには真剣な面持ちで俺を見つめる箒の姿が。
「少し、時間をもらえるか」
「え?」
「お前にどうしても聞いておきたいことがある。場所を変えるぞ」
言うが早いか、彼女は俺の腕をつかんで部屋から連れ出そうとし始めた。
「ちょ、ちょっと待てって。どうしたんだ急に」
「私も覚悟を決めた。今日こそははっきりと白黒つけさせてもらう」
「質問の答えになってないぞ……」
愚痴をこぼしながらも、箒の勢いに押されて結局移動する羽目になってしまった。
*
「今はルームメイトに出てもらっている。ここなら誰にも聞かれることはない」
箒の部屋に連れてこられた俺は、言われるがままに座布団の上に座らされていた。
「誰にも聞かれないって、いったいなんの話をするつもりだよ」
「……お前も、大体想像はついているのではないか?」
「いや、さっぱりだけど」
とりあえずしらを切ってみたものの、箒の目つきは鋭くなるばかりで効果は見受けられない。
確かに心当たりはある。だが、素直に白状したいとも考えていない。すっとぼけてごまかしきることができるのなら、それに越したことはないだろう。
「一夏。『まだ治っていない』とはどういうことだ」
「………っ!?」
「すまないことをしたと思っているが、私は4月にお前と凰の話を盗み聞きしていた。その時に凰が言ったことがずっと頭に引っかかっていたんだ」
これは……まずいな。まさかあのやり取りを箒に聞かれているとは思わなかった。ただの知り合いならともかく、俺と一緒にいた時間の長い人間となると、いろいろと勘繰られる機会も多くなってしまう。
「最初は干渉しないでおこうと考えた。誰にでも隠しておきたいことのひとつやふたつはあるだろう、と。だから、お前と凰の関係についても何も言わなかった」
「……今はそうじゃないってことか」
「クラス対抗戦のあった日、私は凰と話した。一夏が突然取り乱した理由に心当たりはないかと。結局何も教えてもらえなかったが……あいつが何かを知っていることはわかった」
ひとつひとつ過程をたどるように、箒は話を進めていく。じわじわと追い詰められるような感覚に、胃がきりきりと悲鳴を上げる。
「そして今日だ。ボーデヴィッヒと話している間、お前の様子は明らかにおかしかった。必要以上におびえているのが丸わかりだったぞ。それを見て、やはり何かあるのなら見過ごすわけにはいかないと思い直した」
どうにも俺は、ごまかすという行動をうまくとることができないらしい。こんな調子じゃ、これから何人に疑念を持たれるかわかったもんじゃない。
「教えてほしい。お前は何か、心の問題を抱えているのではないか? そしてその原因となった出来事に、凰も関係している。違うか」
憶測ではなく、確信めいた口調で箒は尋ねてくる。ここで俺が首を横に振っても、彼女の疑いが消えることはまずないだろう。
「どうして、俺のことをそんなに気にするんだ」
「……決まっているだろう。心配だからだ。お前は、私の幼なじみだからな」
目をそらすことなく、はっきりと言い切られる。
「………」
話さないという選択肢はもちろんある。だがそれは、彼女にずっと言いようのない不安を抱えさせるのと同義だ。俺のことを大事に思ってくれる人に、そんな思いはさせたくない。
「最初に言っておくが、聞いても胸糞悪くなるような話だぞ」
「構わない。このまま何も知らないよりはずっといい」
「そうか」
深呼吸をひとつ入れて、心を落ち着かせる。
「約束してくれ。今からする話は、誰にも言わないって」
「もちろんだ」
確認をとってから、俺は意を決して口を開いた。
次回は回想メインです。