やはり俺とセカンド幼なじみの関係はまちがっている。   作:キラ

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1ヶ月以上更新せずに放置していて申し訳ありません。


第5話 過去の過ち、語るとき。

 俺が鈴と出会ったのは、箒が転校してしばらく経った、小学5年の春のことだった。

 ふとしたきっかけで会話する機会が増え、いろいろとウマが合ったのも手伝って、気づけば俺たちはかなり仲の良い友達になっていた。それまで積極的に接した女の子なんて箒くらいのものだったが、鈴の男勝りな性格が俺に違和感や拒否感を生じさせなかったのである。

 やがて小学校を卒業した俺は、大半の同級生と同じく地元の公立中学に進学した。それは鈴も同様で、ゆえに俺と彼女の関係は中学に入ってからも途切れることはなかった。弾や数馬といった新しい友達もできて、中身がなくとも楽しい日々を送っていた。

 あの頃の俺は、こんな毎日がずっと続くのだろうと思っていた。少なくとも中学を卒業するまでは、こうしてみんなと騒いでいられると。

 そう、根拠もなく信じ切っていた。

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 どこだ、ここ。

 目を覚まして最初に浮かんだのは、自分が今どこにいるのかという疑問だった。

 何もない、薄暗い部屋。冷たい床に寝転がっていた体を起こし、あたりを見渡す。

 ……確か俺は、さっきまで普通に外を歩いていて、急に肩を掴まれたかと思ったら意識が遠くなって――

 

「目が覚めたか?」

 

「っ!?」

 

 突然聞こえてきた声に、体がびくりと震え上がる。当然だ、この部屋には俺以外に誰もいないと思っていたのだから。

 ……だが、部屋の隅にそいつは確かに存在していた。部屋の中が暗いこともあって、まるで壁と同化しているかのように気配が消えていたのだ。

 声の質からして、おそらく女。

 

「とりあえず、だ。お前、今の自分の状況理解できてるか?」

 

 こちらに歩み寄ってきたことで、彼女の容姿がはっきりと視界に映る。

 茶色がかった長髪を両サイドでくくっていて、身長はおそらく俺より高い。肌の色的にはアジア系に見える。

 

「………」

 

 誘拐、という単語が脳裏をよぎるが、答えることはできなかった。それを意識した瞬間、体の芯まで冷えるような悪寒が襲ってきたからだ。

 

「わからないなら教えてやる。お前は私に誘拐されたんだ」

 

 床に座り込んでいる俺に目線を合わせようと屈んだ女は、なんでもないことのように俺に語りかける。

 

「あいつらも太っ腹だな。こんな楽な仕事であれだけの金をくれるんだからよ」

 

「……なんで」

 

「あ?」

 

「なんで、俺を……」

 

 なんとか絞り出した声は、自分でも信じられないほどか細いものだった。それを聞いて、彼女はにやりと気味悪く笑う。

 

「そんなこと知るか。私はただ雇われて仕事をしただけだ。……ま、十中八九お前の姉に原因があるんだろうがな」

 

「千冬姉……?」

 

 今日はモンド・グロッソの決勝戦が行われるはず。それと何か関係があるのか?

 

「お前は――」

 

「さーて、優しい説明の時間はお終いだ」

 

 突然俺の言葉を遮った女は、ゆっくりと立ち上がって俺を見下ろす。

 

「連中にお前を引き渡すまでに、少し時間がある」

 

 次の瞬間起きたことに、俺は息をのむしかなかった。

 彼女の周囲に突如装甲が出現し、その体を包み込んでいく。……間違えようがない。これは、ISだ。

 

「その間、お前で遊ばせてもらうと言ったら、どうする?」

 

「……え」

 

 黒いIS。その右手に握られた大きな剣の切っ先が、俺の顔面に向けられた。

 今まで経験してきた日常とはかけ離れた状況に、まったくといっていいほど現実味が湧かなかった。

 

「チッ。よくないなあ、そういう現実逃避した面構えは。ブレードじゃでかすぎて感覚が麻痺しちまうのか」

 

 剣が消え去り、今度は銀色に鈍く輝くナイフが現れる。さっきと違って、今度は人が十分に持てる大きさだ。

 

「ひっ……」

 

 それを見た瞬間、どこか夢うつつだった心が恐怖に満たされる。凶器を向けられているという実感が、遅れて溢れ出してきたのだ。

 

「クク、イイねえ。その表情だ……私も興奮してきた」

 

 ねっとりとした声でささやきながら、女はゆっくりとナイフを近づける。

 

「っ……!」

 

「無駄に動くとブスリといっちまうぞ?」

 

 頬に走る、鋭い痛み。冷たい金属の刃が、俺の皮膚に触れていた。

 

「や、やめ」

 

「怖いか? 怖いよなぁ。ISという絶対的な力。それを生身で向けられてるんだ」

 

 ニタリと笑みを浮かべる女。黒い装甲を見ているだけで、心臓がどんどん押しつぶされていくような感覚を覚える。

 

「私はな、他人が恐怖に怯えるツラを見るのが大好きなんだ。だから」

 

 ナイフがゆっくりと下にずらされ、俺の頬からは血の線が流れる。

 

「もっと怖がれ。痛がれ。声も出せないほどに震えてみせろ」

 

「あ、あ……」

 

 こいつ、おかしい。こんな目つきをしてる奴、今まで見たことなんてない。

 怖い。怖い、怖い――

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、俺は助かった。

 あの狂気に満ちた女が部屋を出て行った後に、千冬姉が壁をぶち壊して助けに来てくれたのだ。

 俺の名前を呼ぶ姉の顔を見た瞬間、俺は体中の力が抜けるのを感じた。あの時の彼女の心配そうな表情を、一生忘れることはないだろう。

 謎の組織に身柄を引き渡されることもなく、顔に切り傷がついただけであの場から逃れることができた。

 安堵した。これでもう、怖い思いをしなくて済むと。

 

 だがそれは、ただの甘い幻想にすぎなかったと、俺はすぐに思い知らされることになる。

 

『無駄に動くとブスリといっちまうぞ?』

 

「……や、めろ………」

 

『怖いか? 怖いよなぁ』

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 初めて悪夢を見たのは、運び込まれた病院のベッドの上でのこと。

 一度だけなら、別に問題もなかった。だが眠るたびにあの女と一緒にいたときのことが頭の中でくっきりと浮かび上がり、毎晩うなされる日々が続いたのだ。

 

「PTSD……? 一夏が、ですか」

 

「症状と環境を見る限りは、ほぼ間違いないでしょう」

 

 千冬姉と一緒に、医者から精神病だと告げられた。その時の絶望感と、千冬姉の俺をいたわるような表情は、今でも忘れることができない。

 

「すまない。お前が大変な時期に、私はそばにいてやることができない」

 

「いいんだよ、千冬姉。もとはと言えば俺が悪いんだから」

 

 俺を誘拐犯から助けるために、彼女はドイツ軍の力を借りた。その借りを返すために、すぐにドイツに出発しなければならなくなったのだ。

 

「だが」

 

「大丈夫だ。大丈夫だから」

 

 これ以上、千冬姉に迷惑も心配もかけたくない。そう思って、俺は何度も何度もその言葉を繰り返した。

 でもそれは、不安で仕方ない自分自身の心に言い聞かせるものでもあったのだった。

 ……俺は、ひとりで日本に残らなければならない。

 

 

 

 

 

 

「そんなことが……」

 

 俺の昔話が進むにつれ、箒は目を伏せ表情を強張らせていく。

 

「誘拐されたのが9月の頭で、そこからの1ヶ月は本当に地獄だった。夢や幻覚に出てくるあいつに、真綿で首を絞められてるようなもんだったからな」

 

「私は……お前がそんな大変な目に遭っていたことも知らずに、今日まで過ごしてきたのか」

 

「そんな悲しい顔すんなって。もうずっと前の話だ」

 

「だが、それが今も尾を引いているのは事実なのだろう」

 

「……それは、そうだけど」

 

「一夏」

 

 伏せていた目を上げ、箒は真っ直ぐに俺を見つめる。

 

「続けてくれ。全部、聞きたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 1ヶ月間カウンセリングを続けた結果、俺の精神状態は徐々に安定の方向に向かっていった。

 いつまでも入院しているわけにもいかないので、今後は定期的に通院するという形をとることにして、俺は家主のいない自宅に戻った。10月半ばのことだったと記憶している。

 学校に再び通うにはまだまだ準備不足だったため、家でテキストを解くことで勉強はカバーすることにした。誘拐事件のことは世間に公表されていないため、俺は『家庭の事情』とやらで休学していることになっていると千冬姉から聞いていた。

 

「一夏! お見舞いに来たわよー」

 

 ただ、やはり親しい間柄の人間には、メールやらなんやらで色々探りを入れられるわけで。

 俺自身、特別仲のいいやつらにまで嘘をつくのは心が痛んだので、親友と呼べる3人にだけは本当のことを明かした。

 その3人とは、五反田弾、御手洗数馬、そして。

 

「鈴か。悪いな、わざわざ家にまで来てもらって」

 

「なに言ってんのよ。あんな話聞かされたら、誰だって家に突撃するに決まってるじゃない」

 

 今日家を訪ねに来てくれた凰鈴音。彼女らには、真実を電話で伝えておいた。もちろん、他言無用という条件付きでだ。

 

「ほら、アンタの好きなプリン買ってきたわよ。食べる?」

 

「ありがとう。なら早速いただくとするか」

 

 メールでやりとりはしていたが、鈴とこうして直接顔を合わせるのは、あの事件以来初めてのことだ。1ヶ月以上会わないままだったが、彼女がいつも通りの雰囲気で安心した。

 

「学校はどんな感じだ?」

 

「特に変わりないわよ。いつも通りね」

 

 そうか。俺も早く復帰できるようになりた――

 

「――っ!?」

 

 突然だった。鈴の顔を見た瞬間、頭をバットで殴られたかのような衝撃に襲われたのだ。

 

「うっ……!」

 

「……一夏? ちょっと、大丈夫?」

 

 なんだ、これ。

 今までも前振りなく頭痛が起きることはあったが、痛みの程度が比べものにならない。

 よりにもよって、なんで鈴がいる時に限って――

 

「頭が痛いの? 病院に連絡したほうが――」

 

 その時、俺はあることに気づいてしまった。

 鈴の髪型……長髪を両端で束ねたツインテールが、偶然にもあの誘拐犯のそれに酷似していることに。

 

「ば、馬鹿なこと……」

 

 考えてんじゃねえよ。

 鈴にあいつの面影を見たから、この頭痛が起きているとでも言うつもりか? ありえねえ、鈴は俺の大事な幼なじみで、それで。

 

『そうだ、その顔だ。もっとよく見せろ』

 

『さあ、今度はどこを切りつけてやろうか』

 

 頭の中で、あいつの猫なで声がガンガン響きだす。

 何が現実で何が妄想なのか、判断がつかなくなってきた。俺は今どこにいて、何をしているのか……

 

「一夏! い――しっかりし――――!」

 

『抵抗するか? そうしたら、この後がもっとひどくなるだけだがな』

 

 ……目の前にいるのは、俺を傷つけようとしている女。

 だったら、俺は、抵抗しなければ――

 

 

 

 

 

 

「正気に戻った時、俺はあいつの首を絞めようとしていた。馬乗りになって、腕に思い切り力を入れて、だ」

 

「……っ!」

 

「もう少しで、全部手遅れになるところだった。幸い、あいつに怪我はなかったけど」

 

 箒が息をのむ。それだけ、俺の過去の行いはショックを与えるものだったのだろう。本当に、思い出すだけで自分を殺したくなるくらいだ。

 

「それが原因で、凰と疎遠になったのか」

 

 少し間をおいてから、箒が緊張した面持ちで尋ねる。

 だが、その問いに俺は首を横に振った。

 

「いや、そうじゃない。まだ、この話には続きがある」

 

 

 

 

 

 

 あの後、鈴は怯えた表情で家を出て行った。当然だ、あんなことされて逃げないやつがいるだろうか。

 

「………」

 

 自分のやったことを理解した俺は、力なく床にへたりこむ。呼吸は荒く、思考は後悔と申し訳なさでいっぱいだった。

 

「なにやってるんだ、俺は……!」

 

 何をする気も起きないまま、どのくらい時間が経っただろうか。外が暗くなってきたことに気づいたころ、携帯電話の着信音が聞こえてきた。

 

「あ……」

 

 画面に表示された名前は、凰鈴音。

 

「もしもし」

 

 何を言われるのだろうか。おそるおそる通話ボタンを押して、電話に出る。

 

『ごめんなさい』

 

「……え?」

 

 一瞬、彼女の言葉が理解できなかった。俺が謝るのは当たり前だが、どうして鈴が?

 

『ごめんなさい。一夏があんなに取り乱したの、きっとあたしのせいよね』

 

「……ま、待てよ。どうしてそうなるんだ。お前は何も悪くなんて」

 

『あたしが来るまでは別になんともなかったんでしょう? でも、あの時あたしの顔を見て、一夏の目つきが急に変わった。だから、あれはあたしが』

 

「それはっ! それは……違う、お前のせいじゃない」

 

 向こうに見えるはずがないのに、思わず首を振りながら否定する。だが、俺の言葉の裏の動揺に鈴は気づいたらしく、涙をすする音が聞こえてきた。

 

『ごめんなさい。ごめんなさい……』

 

 鈴が謝る必要なんてどこにもない。確かにあの髪型に何かしらの刺激を受けたのは確かだが、わざとやったことではないのだから。

 

「……本当に、ごめん」

 

 そんな彼女に対して、俺はただ謝罪を口にすることしかできなかった。幼なじみを傷つけてしまったことに、深い自責の念を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 その日から、鈴は頻繁に俺の家を訪れるようになった。本人いわく、罪滅ぼしだとのこと。

 俺がおかしくなった原因が自分の髪型であると知った彼女は、お気に入りだと言っていたツインテールをストレートに変えた。そして、ひとり寂しく自宅にこもっている俺の話し相手になるなど、よく世話を焼いてくれた。

 

「なあ、鈴。いいのか? いつも俺の家に来て……俺はありがたいけどさ、お前も他にやることあるだろ」

 

 11月のはじめごろに、一度そう尋ねたことがある。いろいろ遊びたい時期だろうに、俺なんかの相手ばかりに時間を費やしてかまわないのかと。

 すると鈴はなんだか照れ臭そうに笑って、

 

「いいのよ。あたしは、それで」

 

 と答えたのだった。

 その時の俺はまだまだ心が不安定で、だから彼女の言葉に素直に感謝して受け入れるだけだった。

 

 ゆえに、ひょっとすると見逃してしまっていたのかもしれない。

 彼女がこの時期から見せていた、なんらかのサインに。

 

 

 

 

 

 

『そうか。やっぱり鈴はお前の家に行ってるんだな』

 

「ああ」

 

 最初は平日の夕方と休日の昼にやって来ていた鈴。しかし11月も終わりに差し掛かろうという時期から、平日の昼間にも家に入り浸るようになっていた。

 学校はいいのかと尋ねても、『最近ちょっとサボりたくなっちゃって』という納得のいかない答えしか返ってこない。このまま放っておくわけにもいかないと考え、弾に連絡をとってみたのだが。

 

『クラスの連中も気にしてるみたいだな。今まで理由もなく欠席するようなタイプじゃなかったし』

 

「親は何も言ってないのか? 何日も学校行ってなかったら気づくだろう」

 

 至極当然と思われた疑問を投げかけたところ、なぜか弾からの返事がこなくなってしまった。

 

「どうかしたのか」

 

『……あんまり言いふらすようなことじゃないし、今のお前に心配事を増やしたくなかったから黙ってたんだが』

 

 ややあって、弾は言いにくそうにある事実を告げた。

 

『ちょっと前から、鈴の両親がかなりやばい喧嘩してるみたいでな。離婚もあるかもしれないらしい』

 

「……それは、鈴から聞いたのか? いつだ」

 

『10月のはじめあたりだ。多分今もその喧嘩が続いていて、鈴のことまで気が回らなくなってるんじゃないか』

 

「そんな……」

 

 俺が知らないうちに、そんなことになってたなんて。なのに俺は、ずっとあいつの厚意に甘えっぱなしで。

 

『こういう言い方はよくないのかもしれねえけど……もしかしたら、今のあいつにはお前の家が逃げ場になってるのかもな』

 

「………」

 

 両親の言い争いを毎日自宅で聞いていれば、もちろんストレスは溜まる一方だろう。学校に行かなくなってしまったのも、そこに原因があるのかもしれない。

 

「一度、鈴とよく話し合ってみる」

 

『ああ、頼んだ』

 

 

 

 

 

 

「鈴」

 

 もうじき学校は冬休みに入るだろうというころ。鈴は今日も昼から俺の家にいた。

 

「なに?」

 

「親が、喧嘩してるらしいな」

 

 回りくどい聞き方はなしで、直球に尋ねる。曖昧な返事で逃げられないようにするためだ。

 

「……それ、誰から聞いたの」

 

「弾だ。でもあいつを怒らないでやってくれよ。お前を心配したからこそ俺に話してくれたんだ」

 

 さっきまで楽しそうに俺と話していた鈴の顔つきが、みるみるうちに暗くなる。触れられたくない話題だというのが丸わかりだ。

 

「確かに、うちの親は今すごく仲が悪いわ。このまま行ったら近いうちに離婚ね。そういう話もしてるみたいだし」

 

「……いいのか、それで」

 

 淡々と語る鈴に対して、俺はさらに踏み込んだ質問をする。

 

「だってしょうがないじゃない。今さらあたしがなに言ったところで2人の気持ちは変わらないし」

 

 それは、現状の打開を完全に諦めてしまっているかのような言葉で、俺はやりきれない気持ちになってしまう。

 

「学校に行かないのも、それと関係があるのか?」

  

「……最初は、お父さんとお母さんに対する抗議のつもりだったんだけどね。でもあんまり気にしてもらえなかった」

 

「なら、今も休んでるのは」

 

 両親からの反応が大きくなかったのは悲しいが、それならいつまでも欠席を続けることにメリットは感じられない。それどころか、授業についていけないことや人間関係にも問題が生じる可能性だって十分にある。

 

「……いろいろ考えたんだけどね」

 

 そう言って、鈴は俺の顔をじっと見つめる。

 

「なんだか、学校なんてどうでもよくなっちゃって。それよりも、今は一夏にしてしまったことのお返しをしなくちゃいけないから」

 

「してしまったことって、だからお前は何も悪くないんだ。あれは俺が」

 

「それじゃあたしが納得できないの!」

 

 言葉の勢いに圧され、思わず途中で口をつぐんでしまう。

 

「あたしのせいで、一夏にあんなことをさせてしまった。あんな顔をさせてしまった。だからあたしは、アンタのそばにいなくちゃいけないのよ」

 

「鈴……」

 

「今は、アンタのそばにいたいの。お願い……」

 

 鈴の手が、俺の手に触れる。その手は、弱々しく震えていた。

 

「俺は……」

 

 自分の愚かさに、今になって気づく。こんな状態の彼女に甘えて、あまつさえ心の支えにしてしまっていた。

 俺の家が鈴の逃げ場になっているのかもしれない、という弾の言葉を思い出す。あいつから話を聞いた時点で、俺自身もそんな予感はしていた。その悪い予想が当たってほしくないと考えていたのだが。

 俺が鈴に依存しているのと同じく、鈴も俺に依存している。大事なことから逃げ出して、俺のことだけを見ようとしてしまっている。

 ……このままじゃ、駄目に決まっている。

 

「もう、やめにしないか」

 

「え」

 

「ここに来るのは、やめないかって言ったんだ」

 

 頭がくらくらする。

 この2ヶ月弱の間、寂しい思いをせずにすんだのは鈴のおかげだ。たまに幻覚を見ることがあっても、心が折れることなくカウンセリングに励めたのは、彼女がいつも近くにいてくれたから。

 でも今は、そんな彼女の優しさを拒絶しなければいけない。

 

「……冗談、よね?」

 

「本気だ。このままの関係を続けていたら、きっと俺にとってもお前にとっても良くない」

 

「嫌よ。あたしはまだアンタに何もしてあげられてない。それなのに」

 

 鈴は俺の手を離そうとせず、泣きそうな顔で拒絶する。

 でも駄目なんだ。一度距離を置かなければ、きっと後悔することになる。そんな確信があった。

 

「俺のことは俺でなんとかする。お前もお前のために時間を使うんだ」

 

「嫌!」

 

 手を振りほどこうとする俺と、離れようとしない鈴。次第に互いの力も強くなっていく。

 

「なんで……」

 

 なんでわかってくれないんだ。

 俺だって辛いけど、それをこらえて関係を変えようとしているのに。どうして首を縦に振ってくれない。

 

『怖いか? 怖いよなぁ』

 

 心の揺らぎにつけ込むように、あの女の声が頭の中で響き始める。

 

「ぐっ……!」

 

 目の前にいる鈴への苛立ち。

 誘拐犯への恐怖、怒り。

 さまざまな感情がごちゃまぜになって、正常な判断が失われていく。

 そして、その結果――

 

 気がつけば、俺は鈴の頬を殴ってしまっていた。

 がたん、という音で我に返った俺は、床に尻もちをついて呆然とこちらを見上げる彼女の姿を認識した。

 

「………」

 

 やってしまったと思い、すぐさま彼女を抱き起そうという考えが脳裏をよぎる。

 だが、そうすればきっと、今の関係がまた続くことになってしまう。互いが互いに依存しすぎてしまう。

 だったら、たとえ間違った、ひどいことをしたとしても。

 

「……出て行ってくれ」

 

 自分でも驚くほど、冷たく鋭い声だった。

 涙で目を腫らしていた鈴は、俺の言葉に目を伏せる。

 

「そう……」

 

 しばらくたって目を上げたとき、彼女の顔からは感情が消えていた。

 

「わかった。これからは、アンタとあたしは無関係。それでいいのね」

 

「っ……ああ、そうだ」

 

 何か、大切なものが壊れてしまった音がした。それでも俺は、自らの言葉を取り下げることはなかったのだった。




とりあえず過去の回想は終了です。この出来事に関する一夏の見解や箒の感想などは次回に回します。

そういえば、ISの9巻が延期になったとかなんだとか言われてますね。期待していたのに残念です。でももうすぐアニメで鈴ちゃんが見られるからいいんだ……

次回もよろしくお願いします。
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