魔法少女リリカルなのはEXTRA SEQUENCE 作:黄金馬鹿
翌日の朝、という物は思ったよりも清々しい物ではなかった。それもその筈だ。ライアンにとって今日はスカリエッティと対面する日であり、過去へ飛ぶかもしれない日でもあるのだから。
この世界の平和は、過去の改変を止め、あの平和なミッドを取り戻すのは、ライアンの手にかかっている。もし、フェイトが虚数空間に落とされたら、なのはが闇の書に敗れたら。ミッドはこの荒廃した世界と同じ道を辿ってしまうだろう。
特に、闇の書は強い。ライアンはなのは達のデバイスにあった映像データと映画でしか見ていないが、闇の書は大人になったなのは達でも一手間違えるだけで敗北する。それほどまでの規格外としか思えなかった。
ライアン一人では精々数秒後にはコバエのように潰されて死ぬ。場合によってはその規格外相手に時間稼ぎをしなければならないかもしれない。そう思うと、不安と恐怖で震えてしまいそうだった。
が、ヴィヴィオ達は様々な形で背中を押してくれた。信じてくれた。だから、戦う。未来を、今を取り戻すために。改変され、運命を死へと捻じ曲げられた彼女達を助けるために。
N2Uから鳴り響く目覚ましの音を止め、応接室のソファーから降りる。少し体は痛いが、書類仕事のデスマーチの最中で仮眠の為にぶっ倒れて床で寝た時よりは遥かにマシだ。
取りあえず、過去に戻ったら二度と管理局には務めない。嘱託魔導士になって食っていってやる。そんな思いを恐怖と不安の代わりに心にねじ込んで無理矢理余裕を作り出し、応接室から出て会議室へと向かった。既に三人は会議室にいるようで、中からは三人の話し声が聞こえてきた。
それを聞いてから会議室に入ると、私服姿の三人が出迎えた。
「あ、ライアンさん。どうだった? よく寝れた?」
「そこそこ。不調とかはないよ」
「ならよかった」
ヴィヴィオの機嫌はフラれた翌日でもそれなりにいいらしい。これでいじけられていたら罪悪感が途轍もない事になっていただろう。だが、いじけていないお陰でアインハルトもジークも優しい雰囲気で接してくれている。
いじけていたら、確実にアインハルトは刺々しいままだったし、ジークはヴィヴィオのご機嫌取りに翻弄されていた事だろう。
ライアンが適当な椅子に座ると、アインハルトが何かを投げ寄越した。それは、ライアンも緊急時のためによくポケットに忍ばせていたスティック状の栄養食だった。
「これは?」
「朝食です。すみませんが、こんな時です。立派な朝食は用意できないので……」
「いや、別にいいよ。水とこれで生きていた時もあったし」
主にデスマーチの事だ。
よく見れば、デスクの傍にあるゴミ箱には、ライアンと同じ物の栄養食の箱と梱包袋が入っていた。どうやら、三人もこれを朝食にしているらしい。
何とも悲しい時代だ。食べたいものもロクに食べれず、こんな災害時に用意される栄養食のような物を食べ続ける。
「……ってか、十年も経つのにこれがあるのか?」
何処か変な味のする栄養食を食べながら聞く。この栄養食の賞味期限は五年かそこらだった筈だ。流石に賞味期限が五年近くオーバーしている物は食べたくない。
なのだが、それを聞いた瞬間、ヴィヴィオ達は物凄く遠い目をした。
「……おい?」
「管理局の倉庫にね、これが山積みされてたんだ……」
「四年近く配り続けましたが、在庫はまだあって……」
「流石に賞味期限切れの物を配るのもアレやから、ウチ等が処分しとるんや……」
「……これも?」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃねえよ!! お前らベルカ人の胃袋と俺の胃袋を同じにするな!! ……うわ、マジで賞味期限が五年前に切れてやがる!!」
本来はミッドが未曽有の災害に陥り、一般人を管理局が保護した際、ミッドの住人一人一人が一か月はそれだけで生きられるくらいの量を備蓄していたのだが、それが裏目に出てしまっているようだ。
だが、食わなければ動けない。それに、ヴィヴィオ達の胃袋が無事ならきっと大丈夫だと信じて一気に栄養食を食らい、水を貰って飲み込む。この水も賞味期限切れてやがる。
「あ、ハイディ! 水はマズいよ! この間変な臭いするから一回沸騰させて殺菌しようって言ってたじゃん!!」
「やべっ」
「アインハルトォォォォォォォォォォォォ!!?」
思わぬ攻撃に叫んでしまう。それを聞いてジークはコロコロ笑っていた。
確かに、貰った水はなんだか中身が減っていたが、まさか異臭を放っていたとは。これで腹を壊したら訴訟も辞さないだろう。
アインハルトはそれを深刻に受け止めたのか、真剣な顔でライアンに向き直り、そして口を開いた。
「めんご」
「お前そんなキャラだっけ!?」
思わず叫んでしまったライアンは悪くないだろう。思わぬボケにヴィヴィオが吹いた。
「許してヒヤシンス」
「ヒヤシンスってなに!?」
ボケの連投にジークが痙攣し始めた
「ヒヤシンスはそれ以上でもそれ以下の存在でもないんですよ!!」
「何で逆切れ!? しかも意味分かんねぇ!!」
そしてヴィヴィオが腹を抑えながら痙攣していた。よっぽどアインハルトがボケに回ったことが珍しく面白いのだろう。同い年の少女の暴走のツッコミ役に回される事数分。アインハルトのボケはようやく止まった。
朝っぱらからライアンは息切れするほど疲れ、ヴィヴィオとジークは腹を抱えて床に転がって痙攣している。
「……まぁ、冗談はここまでにしましょう」
「そ、そうしてくれ……」
場を和ませるつもりだったのか、二人の腹筋をぶっ壊すつもりだったのかはわからないが、アインハルトは何処か満足した顔で場を仕切り直した。
しかし、仕切り直し手も腹筋を壊された二人は復活するのには時間がかかり、結局完全に仕切りなおせたのは数分後だった。
「うー……顔に違和感……」
「こんなに笑ったの久しぶりや……」
「葬式ムードで彼を送り出すのもどうかと思いまして。少しは和んだ空気で送り出した方がいいでしょう」
「アインハルト……」
「まぁ、その先でお腹がブレイクしても私の知ったこっちゃありませんが」
「貴様ァ!!」
吹けない口笛を吹いてなんのことやら、と視線を泳がすアインハルト。ここまでキャラを崩壊させたアインハルトはあまり見た事がない。一度だけ水切りに巻き込まれた時にヴィヴィオ達とそっぽ向いて吹けもしない口笛を吹いていた事はあったが。
殴りたい、その笑顔、と思ったのも束の間、再び会議室のプロジェクターが独りでに起動し、そこにスカリエッティの顔が映された。
『やぁ、皆大好きスカさんだよ』
「死ねスカリエッティ」
「爆ぜろスカリエッティ」
「滅べスカリエッティ」
『私のヘイトの高さに笑うしかできない』
何故ヘイトが高いかと言われても、それはお前の行いのせいだ、としか言うことが出来ない。それどころか、改変前の世界ですら一定のヘイトがあったのだ。改変前にしろ、改変後にしろヘイトが高いのは変わらない事だろう。ヘイトをどうにかするにはスカリエッティ自身が過去のスカリエッティとすり替わって善人を演じるしかない。だが、そうなると中身マッドな科学者が教科書に載る可能性すらある。それは生理的な嫌悪感が生じてしまうため嫌だ。
目の前に映るスカリエッティはそのヘイトの高さに凹んでいるようにも見えた。それはそれで面白いしざまぁないのだが、スカリエッティはすぐに表情を真面目な物に切り替えた。
『では、答えを聞こうか。君は、過去に戻るかい? それとも、この時代に残るかい?』
スカリエッティはそう問いてきた。ここで残る、と答えればヴィヴィオと共にいられる。この時代に残る事が出来る。そして、共に命を懸けてスカリエッティと戦うことになる。
だが、それは違った。戦い、生きることは管理局員の務めだ。しかし、そこには高町なのはがいない。平和をその手で掴み続けてきた彼女だけが、この時にはいない。それだけはどうしても認められない。ヴィヴィオを切り捨てたとしても、認められなかった。
故に、答えた。己の答えを。ヴィヴィオを切り捨て、なのはを取るという答えを。
「俺は、過去に戻る。そして……なのはさんの歴史を取り戻す! だから、俺に力を貸してくれ、スカリエッティ!!」
『……ふむ。ならば、私も君の味方となろう。君の力となろう。君と共に、私の敗北の歴史を取り戻そう』
その瞬間、会議室の窓が割れた。
そこから入ってきたのは、バトルスーツのような物に身を包んだ少女。スバル・ナカジマとギンガ・ナカジマと同じ戦闘スタイルを取る戦闘機人、ノーヴェだった。
彼女は窓を割りながら侵入すると、そのままの勢いでライアンの目の前に立った。
「ノ、ノーヴェ!」
ヴィヴィオが素早くライアンのバリアジャケットの襟を引き、後ろにライアンの体を投げ飛ばすと、すぐにライアンの立っていた場所に立ち、構えた。
しかし、ノーヴェは構えない。
「スカリエッティ! やはり、裏切りましたね!!」
すぐにアインハルトとジークも覇王流とエミリアの構えを取る、しかし、それでもノーヴェは何も言わない。何も構えない。
その様子に三人が困惑していると、すぐにスカリエッティがここにノーヴェがいる理由を口にした。
『それは誤解だ。ノーヴェはライアン君を迎えに来ただけだ』
その言葉が嘘かもしれないとヴィヴィオ達は構えを解かないが、ノーヴェは何もしない、という証として両手を上げた。その手にはノーヴェの固有武装であるガンナックルがない。そして、足にもジェットエッジもない。
非武装で敵の本拠地に踊り出る。その危険性がわからないノーヴェではない。それを見て三人も構えを解いた。
「和睦の使者は剣を持たない。この通り丸腰だ。ちょっとアグレッシブな登場をしちまってすまなかったな」
どうやら、その言葉に嘘偽りはないらしい。
その言葉を聞いてヴィヴィオ達は一応の警戒は解いた。それを見て、ノーヴェは軽く笑みを浮かべた。
「ノーヴェさん。迎えに来たといいましたが、一体何で?」
「ん? そりゃ、エアランナーで上からだ」
そんなノーヴェに気安く話しかけるライアン。それを見て三人は危険だと思ったのか、近づいたが、何でか仲良さそうに話すライアンとノーヴェを見て困惑の表情を浮かべていた。
「てっきり、ウェンディさんに乗せてきてもらったのかと」
「あー? アイツは何しでかすか分からんから留守番だよ。ってか、やっぱお前はあたし達の事知ってんのか」
「そりゃ。特にノーヴェさんはヴィヴィオ経緯で話ことも結構あったので」
その時、ヴィヴィオの目が点になった。
ヴィヴィオからしたら、ノーヴェは敵でしかない。そんな彼女とIFの可能性でだが、交友があった。それが信じられないのだろう。
確かに、ライアンもスカリエッティと親しくなっている自分が並行世界にいると言っても信じないだろう。だから、ヴィヴィオの気持ちもある程度は分かった。
ライアンもナンバーズ全員と交友があった訳ではないが、ナカジマ家のメンバーとはなのは繋がりで知り合ったスバルとヴィヴィオ繋がりで知り合ったウェンディから交友はある程度あった。聖王協会のメンバーとは時々すれ違っては世間話をする仲に留まっていた。
「んじゃ、今からお前を案内する。聞いた話じゃ、コイツ等とは永遠に会えないらしいが……最後の挨拶位していくか?」
「そうですね……それじゃ、最後に」
既にスカリエッティは通信を切っていた。どうやら、言いたいことは言い終わったのだろう。
ライアンはヴィヴィオ達に視線を向けると、口を開いた。
別れの言葉はもう昨日の内に口にした。だが、最後にもう一度だけ。もう、二度と同じ時間を生きられない彼女たちに、言葉を残す。
「……行ってくる。十年後に、また会おう」
「うん。私はきっと、過去が変わっても貴方を忘れないから。何も知らない私は、貴方の事だけは知っているから」
こんな、弱い自分を好きになってくれた女の子へ。
もう会えない。もう共に生きられない。
だから。
「……じゃあな」
次々回から過去編かと
ヴィヴィオルートは、なのはルート書き終わったら、書くかも……?