魔法少女リリカルなのはEXTRA SEQUENCE 作:黄金馬鹿
目が覚めたのは、何かに顔を舐められたからだった。
ライアンは顔を何かが舐めるような感触を覚え、意識を取り戻した。すぐに目を開き、確認した光景は、森、というよりも森林だろうか。そこを下から見上げた光景だった。
そこはあの荒廃したミッドでは考えられない、自然溢れた光景であり、ミッドチルダでも都会から離れた場所にしかこういった場所は無い。管理外世界なのでは、と考えた所でようやく、自分が一体何をしたのかを思い出した。
過去へ飛んだ。過去の地球、海鳴へ。なのはを助けるため、未来を取り戻すために。時間を確認すると、それは新暦六十五年四月。かつて己の居た時代からは二十年も前の時間を、万能腕時計は指し示していた。それを確認してから一息吐くと、己を顔を舐めていた物がライアンの顔を覗き込んだ。
それは子猫だった。小さく鳴きながらライアンの顔を覗き込んでいる。その眼からは感情は読み取れないが、興味本位か心配に思ったのか。どちらかだという事は明らかだった。子猫はライアンが手を伸ばし、触れようとするとすぐに逃げ出し、林の中にそのまま入っていき見えなくなってしまった。どうやら、寝ている人間に興味を示して近よて来ただけらしい。時間遡行の弊害か、予想以上にボーっとする頭と上半身を起こし、今の自分を確認する。
上半身は裸。横にはトレーニングウェアの上部分が落ちている。そして、遡行機を着けている手とは反対の手には己のデバイス、N2Uが確りと握られていた。持ち物はこれだけ。金も食料も住む場所も何もない。あるのはこの世界では使えないキャッシュカード代わりのデバイスと、もう使えないだろう遡行機だけ。先行き不安な手持ちだった。
「……N2U、セットアップ。バリアジャケット展開」
トレーニングウェアを着てからN2Uを放り投げ、杖にして手に収め、バリアジャケットを展開し、バリアジャケットを私服の形で固定する。
イメージ次第で簡単にイメチェンが可能なバリアジャケットを使った早着替え。ミッドだとすぐにトリックがバレてしまう早着替えだが、魔法文化のない地球なら決してバレる事はないし事故にあったとしても軽症で済む。恐らく、トラックに轢かれても骨折か骨にヒビが入る程度で済むだろう。それくらい、バリアジャケットは優秀な物だ。なのは達のレベルでは最早気休めでしかない紙装甲レベルの代物だが。それでも、この地球ではかなりの強度を誇る防具になるし、質量兵器も拳銃等でなければ弾くことは可能だろう。
そんな服型の万能防具を身に着けた所でホッと一息をつき、一度己の頬を叩いてから空を見上げる。そして、呟いた。
「……どうしよう」
そう、何をするか。過去へ行くのを決めたのは昨日。過去改変が起こったのも昨日。そして過去へ来たのはついさっき。つまり今日。たった二十四時間にも満たない時間で決めた過去改変の改変だが、冷静に考えれば家もない。金もない。身分を証明する物も無い。戸籍も無い。あるのは体とバリアジャケットとN2Uと魔力だけ。食う物も飲むものもない。本格的にどうしようか途方に暮れてしまう。
何をしようかということを呆然と考えていると、N2Uのコアに当たる部分がいきなり光り始めた。その光はよく見たことがある。通信の知らせだ。
携帯電話の代わりにもなれるデバイスだが、今この時代、ライアンの知り合いはいない。ついでにN2U、第五世代デバイスも存在していない。フッケバイン一家による事件の後にようやく一般的に使われるようになったのが第五世代デバイスだ。この時代にはまだ存在していない。
発信者不明のビデオ通信に恐る恐る出ると、発信者はすぐに誰か分かった。
『ふむ、どうやら遡行そのものには成功したみたいだね。ほぼぶっつけ本番だったが上手くいったようだ』
「スカリエッティ……? お前、どうやって通信を……」
『理論的には君の遡行機と同じような感じさ。まぁ、私はこの部屋……と、いうよりもラボごと時間の流れの外にいる。そこから君に通信をしているのさ』
「はぁ……」
何なのかは分からないが、スカリエッティは未来にいるが、過去の改変の煽りを受けずに過去にいるライアンに通信をしているらしい。相変わらず科学力が数世紀先を行っている男だ。だが、こうやって自分の正体を知っている人が、相談に乗ってくれる人がいる、という事実は、相手がスカリエッティだとしても安心してしまう。
だが、その前に一つだけ、聞きたい事があった。
「スカリエッティ……チンクさんとノーヴェさんは……」
『あぁ……死んだよ。二人とも、君を守ってね』
「……そう、か」
もしかしたら、チンクとノーヴェは体は壊されたが復元は可能であり、無事ではないが生きている、という状況を期待してしまっていた。
が、そんな考えは甘かったようだ。あの機械が壊れる音は、チンクとノーヴェが完全に死んでしまった音なのだろう。二人の犠牲を払い、今、自分はここにいる。
ならば、変えなくてはならない。自然と流れてきた涙を拭き、再び空を見上げた。
『……私の娘のために泣いてくれるのか。なるほど、私が捕まった後、チンク達は幸せだったのだな』
「あぁ。あの人達は、優しかった。凄く、いい人だった。だから、助けたいんだ」
『ならば、私も力を貸そう。娘のためだ。お父さん、本気出しちゃうぞ』
「その娘に死ねって命令しておいて何を」
『まぁ、その通りだ。私は娘に死ねと言っておいて助けたいという人格破綻者さ』
「けど、助ける。お前の支配から」
『その意気だ。私から彼女達を救うんだ。そのためにも、まずはフェイト・T・ハラオウンを助けなければな』
そうだ。あの世界のチンク達は、フェイトが死んだから、ああなってしまったとも言える。フェイトが死ぬ事はなのはが死ぬ事にも繋がり、なのはが死ぬということははやてと闇の書が永久に封印され、スカリエッティを止める人間は消えてしまう。
悲劇の始まりはフェイト。つまり、フェイトを助ける事が目標に当面は動くこととなるだろう。そして、最終的には犯人を捕まえ、ライアンがJS事件時に一時的に行方を眩ます事で、JS事件を無事に終わらせる。そこでようやく過去改変の改変は終わる事となる。
だが、チャンスは一度きり。もう一回は出来ないのがこの過去改変だ。直感でそれが分かる。特異点と言う時間に関係する体質である事が、その直感を働かせている。タイムパラドックス、矛盾を生み出した結果、特異点だろうと世界から除外され、その存在が完全に消えてしまうのだと。特異点は時間に対抗する事が出来る訳ではなく、時間の改変の影響を受けないだけだ。万が一が起こった場合、世界の生み出した『有り得たかもしれない可能性』を覚えさせておくための記録に過ぎない。それ故に、時間に対する直感が多少だが働く。その直感は外れているかもしれないが、それでも試したいとは思わない。
とにかく、今はフェイトを助けるための準備が、なのはかフェイトに接触するために動かなくてはならない。知らない内に終わっていました、では済まされないのだ。
だが、かつてミッドで放映された映画、なのはを主人公とし、その活躍をほぼノンフィクションで描いたあの映画は当てにならない。あれはノンフィクションとは言っているが、やはりカットしていたり統合されていたりする所や、なのはという存在を主人公たらしめるために強化された敵もいる。話の流れ等はノンフィクションだったが、演出やシナリオの切り貼り、統合等はフィクションが入っている。だから、あれを中心に行動をしていては確実に足元を掬われる。
だから、なのは達から聞いた知識で動かなくてはならない。
「……でも、俺、無一文だし明日食う物すら困っている状況だしなぁ」
しかし、腹が減っては戦は出来ないともいう。流石に管理局員という立場だった人間が盗みを働くわけにはいかない。最悪の場合は草を食って泥水を啜って貝を殻ごと食わなければならなくなるだろう。その内色んな物が重なって死ぬのが目に見えるが。
だが、そこにスカリエッティが救いの手を差し伸べた。
『それに関してだが、流石に予想は出来たのでね。一日に必要な栄養が取れて空腹も紛らわせるスカさん印の栄養食と水を圧縮したタブレットを君のデバイスの中に勝手に詰め込んでおいた。一応、半年分はある』
「N2Uの中に……?」
N2Uはストレージデバイス。あくまでも魔法の発動を円滑にするために道具として割り切られたデバイス。一応、物を仕舞える容量も存在はしているが、そこまで多くなかったのを記録している。せいぜい銀行の通帳や印鑑等を仕舞える程度の容量だった。
だが、N2Uの容量を確認していると、明らかに物が収納可能な容量が倍を通り越すレベルで増しており、N2Uのデバイスとしての性能も飛躍的に上がっていた。これなら魔法の登録も今までの倍以上はする事が出来るだろう。
『君の手術をしている間に機械に改造させたのさ。基礎性能の向上が手一杯だったけどね』
「いや、十分だ。助かったよ、スカリエッティ」
水と食べる物がある。それだけで暫くは生きていける。
取り敢えずそれをN2Uから取り出してみると、剥き出しのスティック状の栄養食と、少し大きめのタブレットが出てきた。栄養食を口に運び、食べてみると予想以上に美味しく、腹もすぐに膨れた。そして、水のタブレットとやらを口に含んでみると、徐々に口の中が水で満たされていき、大体コップ一杯分位の水を飲み込んだところでタブレットは口の中から勝手に無くなっていた。
「……何でこういうの作れるのに犯罪者になったんだよ、お前」
『楽しいからさ』
「このマッドめ」
どうして世界はこういう性格の人間に才能を与えたのだろうか。つくづくそんな事を思ってしまう。だが、そんな事はどうでもいい。もうどうしようも無いのだから。
膨れた腹でN2Uの中身を改めて確認する。中、と言っても分解するのではなく、プログラムの中身。つまりは登録している魔法が何か別の物に変わっていないか、という事だ。流石に登録している魔法は管理局で使える簡易的な物に加えてなのは直伝のディバインバスター、フェイト直伝のソニックムーヴ、はやて直伝の氷結魔法だ。氷結魔法に関しては特訓を付けてもらい、自力で身に着けた物だ。この氷結魔法がライアンの社畜化を加速させたとも言えるが、やはり貴重な魔法ともあり、それなりに強い。
確認してみると、幸いなことに登録魔法に関しては変更が無かった。が、かなり容量が増していた。それこそ、元のカツカツだった容量が数倍になっている程に。
「……取り敢えず、現在地だけでも確認しておくか」
N2Uを握り、飛行魔法と幻術魔法を発動する。幻術魔法で己の姿を見えないようにしてから空に向かって飛び立つ。ライアンも一応空戦ランクを獲得しているため、空へ飛びたつのはお手の物だ。
そして、今いる場所を確認する。海鳴には何回か来たことがあるため、一応地理はある。だから、上から見渡せばある程度は今自分のいる場所は確認できる。飛び立ち空から久しぶりに海鳴を見渡してみると、そこは湖のある海鳴市内の湖畔公園だという事が分かった。そして、ここがなのはとユーノが知り合った場所に近い場所だという事も分かった。映画の知識だが。
空から見れば、海鳴市内が一望できる。その中には、今の九歳のなのはが通っているのであろう小学校が見えた。ライアンが一度来てみた時は少し老朽化が進んでいるようにも見えたが、二十年近く前のなのはの小学校はかなり綺麗に見えた。
『そっちの今の時間なら、丁度高町なのははお昼時ではないかな? 一度幼少期の高町なのはを見てきたらどうだい?』
「いや、俺は一応、子供の頃のなのはさんの写真は見たから間違えないよ。それに、アリサさんとすずかさんとも一緒にいる筈だから、すぐに分かる」
確か、アリサがショートヘアーではなくロングヘアーですずかは髪形は同じだった、というのを覚えている。彼女達とは数回しか会った事がないが、菓子や紅茶をご馳走になったりしたのを覚えているし、なのはが揶揄われていたのも覚えている。
そして、あの二人も。きっとなのはが死んでしまったら悲しむし、未来もかなり変わってしまう事だろう。もしかしたら、闇の書のスターライトブレイカーに巻き込まれて死んでいるかもしれない。
なのはの死、そしてフェイトの死は様々な人を悲しませ、殺してしまう。改めてそれを認識し、ゆっくりと地に降り、幻術魔法を解除する。
「……取り敢えず、俺はなのはさんがジュエルシードの怪物と最初に戦う地点で明日の夜まで待つ」
『そうかい。だが、注意する事だ。君が接触をした瞬間、未来は変わる。もしかしたら、高町なのはが家で暗殺される可能性も出てきてしまう』
「そうか……確かに、俺がいるだけで相手は行動を起こすかもしれないのか……」
犯人は、ライアンというイレギュラーを見た事によって何かしらの行動を起こす可能性がある。なのはが闇の書戦で命を落とすのは犯人が表立った行動をあまり取らなかったからだ。もしかしたら、ライアンと言うイレギュラーを発見した事によってなのはを殺しに行く可能性もある。
そうなると、接触をしない方がいいのかもしれないが、なのはが万が一、ライアンがここにいるという歴史の変化によってジュエルシードの怪物に負けてしまう、という歴史になってしまうかもしれない。それを防ぎ、確実にジュエルシードの怪物を倒すためにはライアンが早いうちになのはに接触した方がいい。それほどまでに、この過去改変は慎重にいかなくてはならない。
と、なるとなのはとはなるべく一緒に居た方がいいだろう。だが、成人寸前の男がなのはの家に転がりこむというのは流石に止めたい。というよりなのはの兄と父の人外二人に斬り殺されるまで考えられる。
流石に過去で助けたい人の肉親に斬り殺されました、とかは笑えないから止めたい。
以上の結果から、ライアンは一つの魔法を使う事にした。
それは、ユーノからかつて下心満載で教わった魔法。海鳴に来た際に行った温泉で覗きをするためにユーノの貴重な時間を貰って教わったスクライア一族直伝の低燃費変身魔法。実際に使ったらなのはという、その魔法を知っている固定砲台に未然でバレてしまい、お仕置きとしてハイペリオンスマッシャーを受けて以来、使っていなかった、N2Uの奥底に登録されている魔法。
「ユーノさん! スクライアの力、おかりします!!」
つまりは、己の体を小動物に変化させる事。
己の魔力光、水色の魔力に包まれ、視線が凄い勢いで低くなっていく。そして、魔法の効果が終わり、変化が終わった。
「……よし、多分黒いフェレットになっている筈」
本当に数年振りに起動したため、不安ではあったものの、無事に成功しているようだ。自分の手は可愛らしい前足に変化しており、己の体も自分の物ではない、小動物のモフモフしたものに変化している。だが、こうしてフェレットの姿になると、トラウマが蘇ってくる。桜色の光が視界いっぱいに広がってくるあのトラウマが。キャロと付き合っているからという理由で覗きに加担しなかったエリオは許さない。ルーテシアに呪殺されればいい。
それはともかく、こうして一度登録した魔法をいつでも引っ張り出してこれる、というのはストレージデバイス特有の利点だろう。待機状態が小動物化にともない、ブレスレットになったN2Uを確認してから、ライアンは幻術魔法で己の姿を消して移動を始めた。
目指すのはなのはが魔導士として目覚めた動物病院。そこの屋上で今日は待機し、明日の夜。可能であればこの姿で戦闘し、なのはの家に入り込んでなのはを守る。
決してなのはの家に入り込む事に下心はない。もしかしたら抱きしめてもらえるかも、なんて思っていない。もしかしたら可愛がってもらえるかも、なんて思っていない。下心なんて、一切ない。ないったらない。
過去に戻っては来ましたが、物語はまだ動きません。それに、主人公は文無しなので翠屋に行ってみたりとかホテルに泊まったりとかしません。戸籍も本人確認の出来る物も一切持っていないのでバイトも出来ません。
つまり、なのはさんの家に上げてもらわないと公園で段ボールハウスを組み立てそこに住むことになります。悲しいね、未来人。