不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第十九話 揺らぎ

「私の名はフェルズ。ギルドの主神であるウラノスの指示で来た者だ。ファーナム……君について、よく聞かせて欲しい」

 

目の前にいる全身黒ずくめのローブ姿の怪人物はそう言い、ファーナムの返答を待つ。

 

オラリオの景色は間もなく夜になろうとしていた。

 

今日一日の疲れを癒すべく冒険者は酒場へ向かい、仲間と共にエールで満たされた木のジョッキを打ち鳴らす。軽快な喧噪と、時たま交じる怒号に彩られつつ、オラリオの冒険者たちの夜は更けてゆく。

 

そんな彼らとは対極的に、ファーナムは兜の中でその双眸を研ぎ澄ませていた。

 

(自ら正体を明かすか……一体何が目的だ?)

 

明かした所属が偽りである可能性はある。しかしフェルズが放った言葉はファーナムとロキが立てた仮説を証明するものであり、一概に無視する事が出来ないでいた。

 

「……あの時、俺に加勢した者か」

 

「あの時とは19階層での出来事を言っているのかな。確かにあれは一大事だった。未知のモンスターに加え、あんな正体不明の赤黒い敵と遭遇するとは……私としても初の出来事だったよ」

 

フェルズと名乗った人物は淀みなく答える。そしてその内容は、ファーナムの記憶を的確になぞるものであった。

 

当事者、あるいはそれに近しい者でなければ知る由もない言葉。ファーナムの繰り出したささやかな舌戦は意味を成さず、それどころか相手に優位を譲ってしまう結果となる。

 

暗いフードの中で小さく笑い、彼はこう続けた。

 

「いきなり親し気に近付かれれば警戒するのも無理もないが、私の言っている事に裏表はない。これだけはどうか信じて欲しい」

 

「………」

 

「……その沈黙は肯定と受け取っても良いかな?であれば、今から指示する場所まで来てくれ」

 

まだ仲良く並んで歩く間柄ではないようだからね、という言葉を挟み、フェルズはとある場所を口にした。そしてその後、現れた時の巻き戻しのようにその姿を消してしまった。

 

後に残ったのは立ち尽くすファーナム一人だけ。彼は廃屋と瓦礫が広がる一帯でしばし立ち尽くしていたが、やがてその足を前方へと動かし始めた。

 

罠である可能性は否定できない。しかしファーナムも新たな情報が欲しい。

 

何故自分がこの世界に呼ばれたのか。その理由を何度も考え続けてきた結果、やはりダンジョンにその答え、あるいはヒントがあるように思えてならないのだ。

 

そして今しがた現れた『ギルド』の、つまりは『ダンジョンを管理する側』の人物から受けたこの誘い。たとえ何か裏があったとしても、受けない理由は無かった。

 

(すまない、ロキ)

 

心の中で密かに主神に謝罪を述べ、ファーナムは歩き出す。

 

目指す場所は『第七区画四番街路』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗く発光する壁はダンジョン特有の景色と言ってよい。それは幻想的な景色ではあるが、常に死と隣り合わせという緊張の中では到底楽しめるものではない。

 

楽しめるものではないのだが……それが上級冒険者となれば、話は別だ。

 

「だいぶ明るくなってきたねー」

 

「もう『深層』は抜けたから、これから先は目を凝らす必要はないわね」

 

「久しぶりの明かりな気がします」

 

三人の少女の声がダンジョンの中に反響する。

 

褐色の肌の大部分を露出させたアマゾネスの双子とエルフの少女は、久方ぶりの『下層』の光景に緊張の糸をほんの少し緩ませた。

 

「でもフィン、本当に良かったの?アイズを置いてきちゃってさ」

 

「ンー、大丈夫じゃないかな?リヴェリアも一緒にいる事だしね」

 

彼女たちの先頭を歩くのは、彼女たちよりも小さい冒険者だ。彼は柔らかな金髪をなびかせながら、迷いなく歩みを進めてゆく。

 

「確かにあの子、梃子でも動きそうにありませんでしたね」

 

「アイズさん、ああなったら強情ですし……あぁ、私も一緒に残りたかったなぁ」

 

「それ言ったらあたしだって!まだまだ大双牙(ウルガ)振り足りなーい!」

 

「ははは。元気なのは良い事だけど、まだここはダンジョンの中だよ?」

 

【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナ率いる幹部勢三名は談笑しつつ、ダンジョンから地上への帰還の途についていた。

 

リヴィラの街の襲撃事件から数日後、彼らは再びダンジョンに潜っていた。武器の修理費用を稼ぐという本来の目的の大部分を終えた一行であったが、アイズは一人、まだ残ると言って聞かなかった。

 

そんな彼女に対して、フィンはリヴェリアを共に残すという条件で許可を出した。残された食料や治癒薬(ポーション)といった物資を全て二人に渡し、フィンたち四人はこうして地上へと向かう事にした訳だ。

 

『深層』を抜けてきた彼らにとって『下層』はそれほど警戒するに値しないが、何が起こるのか分からないのがダンジョンだ。

 

フィンはティオナたちに時折注意をしながらも、そこまで神経質には気にしていない。気の抜き過ぎは以ての(ほか)だが、気を張り詰めすぎるのも良くないと知っているからだ。

 

「リヴィラで換金したやつって地上じゃ3000万ヴァリス位なんでしょ?それが1000万って、やっぱり納得いかないなぁ」

 

「今更でしょ。あそこの商人気取りの奴ら、商魂だけは逞しいから」

 

買取金額に対して不満を垂れるティオナを軽くあしらうティオネ。その様子を隣で見ていたレフィーヤは、小さく笑みを浮かべた。

 

そんな朗らかな、まるで遠足帰りのような空気を醸している光景をフィンが微笑ましく思っていた……その時だった。

 

 

 

―――――ォォ……ォ………。

 

 

 

「……っ」

 

遠くから聞こえてきた地鳴りにも似た音。それはフィンたちがいる階層中に重く響き渡り、不気味な振動を足元から這い上がらせた。

 

この階層で生まれたモンスターが暴れているのか。それは十分に考えられるが、果たしてそれだけの事で自分(上級冒険者)たちはこれほどの胸騒ぎを覚えるだろうか。未知の出来事に、一行の顔は途端に険しくなる。

 

「何、今の……?」

 

「……薄気味悪いわね」

 

「だ、団長……」

 

「………」

 

レフィーヤのか細い声につられ、ティオネとティオナもその視線を先頭に立つ小さな背中へと向ける。一人状況を分析していたフィンであったが、やがて彼は後ろを振り返り、彼女たちに向き直った。

 

「何が起きているのかは分からないけれど、一先ずは原因を探してみよう。さっきの振動の原因がこの階層より上で起きているとしたら、他の冒険者たちの身が心配だ」

 

本来は相互不可侵が暗黙の掟である冒険者だが、異常事態であれば話は別だ。過去に現れた『血濡れのトロール』のようなモンスターが現れたとすれば、ギルドで討伐隊を組む程の一大事となる。

 

この振動の原因がそうでないとしても上級冒険者である自分たちが原因を探れば、万が一の事態にも即座に対処出来るだろう。そう踏んだフィンは、ティオネたちにこの決定を下した。

 

信頼すべき団長の決定に異を唱える者など居るはずもなく、彼女たちは力強く首を縦に振った。

 

「未知のモンスターの件もある。万全を期して分隊はせず、このまま全員で一緒に行動する。良いね?」

 

「はい!」

 

現在の場所は『深層』の一歩手前、第36階層。まずはこの階層から調べるべく、彼らは止めていた足を動かし始める。その足取りは油断なく、僅かな異常も見逃すまいとしていた。

 

目元を鋭くさせつつも、フィンは我知らずに右手の親指をペロリと舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………チ」

 

「どうされましたか、王よ」

 

燃え盛る篝火に手をかざしていた男……“王”の漏らした小さな舌打ちにより、周囲を支配していた静寂は破られた。唯一の明かりに照らされた暗闇の中でつぶさに反応したのは、男の背後に控えていたローブ姿の人物だ。

 

背後からの問いに、“王”は静かに答える。

 

「“揺らぎ”だ。迷宮都市オラリオ……いや、ダンジョンの中で今しがた起こった」

 

「了解しました。であれば私がその対処に……」

 

「いいや、俺が行こう」

 

ローブ姿の人物の言葉を遮る者がいた。

 

彼が振り返ると、そこには別の男が立っていた。似たようなローブを全身に纏っているが、体格の良さまでは隠しきれていないらしく、全身のシルエットが力強く浮き上がっていた。

 

「俺はまだオラリオ(そこ)には行っていない。自分の目でその世界を、人の世を見てみたい」

 

「……お遊びではないんだぞ。王の理想に不純な感情は……」

 

横入りされた事に対する不快感か、悪感情を隠さずに苛立った声を上げるローブ姿の人物。しかしその声は、篝火にかざしていた“王”の手によって遮られた。

 

「良い。お前に任せよう」

 

「はっ」

 

「……ふん」

 

その言葉を前に、ローブ姿の人物はこれ以上何も言えなくなってしまう。ただ小さく、気にくわないといった風に鼻を鳴らすに留まった。

 

ローブの男は前へと歩み出て“王”と並び立つ。次の瞬間、篝火の火が大きく揺らめき、二人を呑み込んだ。

 

火が治まった時には既にローブの男の姿は無かった。しかし“王”は気に留める様子もなく、再び篝火に向けて静かに手をかざし始める。一部始終を見ていたローブ姿の人物の苛立ちもやがて霧散し、火に照らされた暗闇は再び静寂に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指定された『第七区画四番街路』は、一言で言えば寂れた居住区であった。オラリオの繁華街に背を向けるように広がっているこの空間は、篝火の拠点ほどではないが、お世辞にも綺麗とは言い難い。

 

都市の北西部、その端に位置するのでオラリオを囲う巨大な壁によって日差しが遮られてしまう。日中でも薄暗く、まるで裏路地にいるかのような感覚を味わう事になる。これらの事が原因で、数年前までは脛に傷を持つ者たちの温床となっていた程だ。

 

(オラリオの裏側、と言った所か)

 

『ダイダロス通り』もそうだが、やはり繁栄している都市であってもこうした場所は必ずあるものなのだろう。そうファーナムは感じた。

 

今でこそ世界の中心とまで呼ばれるオラリオだが、ほんの数年前までは『暗黒期』などと呼ばれた時期があったらしい。その事を思えば、目の前に広がるこの光景はその残滓のようにも見えてくる。

 

「来たか」

 

「!」

 

と、ここでファーナムの思考を中断させる声があった。先ほど面と向かって言葉を交わした黒づくめの人物、フェルズの声だ。

 

しかし声はすれども姿は見えず。暗闇に紛れて姿を隠しているのか、それとも何か道具でも使って姿を不可視にでもしているのか。ともかくファーナムは、フェルズの姿を発見する事は出来ずにいた。

 

「どこにいる?」

 

「すまないが、極力街中で姿を晒す真似はしたくない。しばしの間、私の指示に従って欲しい」

 

「……良いだろう」

 

未だ主導権は握られたままだが、他に出来る事がある訳ではない。僅かな躊躇の後、その声に従う事を決める。

 

「ありがとう。ではまず、このまま少し建物に沿って進んでくれ」

 

指示通り、ファーナムは足を進める。

 

剥がれた塗装や亀裂の入った建物が目立つが、それはここではありふれたものだ。補修する金も無いのか、そもそも住民が居ないのか。物音がほとんど聞こえないゴーストタウンのような居住区を、ファーナムは歩き続けた。

 

「ここだ。止まってくれ」

 

時折出される指示に従い続ける事、数分。終点を告げる声に従い、その足を止める。

 

着いた先は更に人気のない場所だった。狭い路地裏の奥であるその場所は冷たい壁によって先が塞がれた袋小路であり、一見すると何でもないように見える。

 

「少し失礼するよ」

 

フェルズの見えない手が、その壁面に触れる。

 

するとどうだろうか。ボロボロだった壁の表面に亀裂が生じ、開き扉のような入口が現れた。僅かに目を見開いて驚くファーナムを他所に、フェルズはさっさと中に入ってゆく。

 

「さぁ、早く」

 

「……ああ」

 

その声に背を押される形で、ファーナムは中へと入ってゆく。

 

二人が入った瞬間に扉は固く閉じ、周囲は暗闇に包まれる。1M先も見えない為、松明と『火の蝶』を取り出そうとしたが、不意に視界の端に光を感じる。その方向を見ると、いつの間にか姿を晒したフェルズが立っていた。

 

手に携帯用の魔石灯を持った黒ローブ姿というのは、中々に説得力がある。空いている方の手に大鎌でも持たせれば、もっとらしく(・・・)見える事だろう。

 

「こっちだ」

 

くるりと背を向けたフェルズは先導するように奥へと進んでいった。ファーナムはその背を見失わぬよう、大人しくその後に付いて行った。

 

魔石灯に照らされた通路は継ぎ目のない不思議な材質で出来ており、どのように造られたのか全く見当が付かない。おまけに壁には奇妙な紋様がぼんやりと発光しており、何らかの仕掛けのようにも見える。

 

加えて通路の長さも中々のものだ。入口の偽装具合からしても、まさしく“秘密の通路”という表現がぴったりな場所だ。

 

「どこまで連れてゆくつもりだ?」

 

「何。すぐに分かるさ……と言うより、入口の場所から考えれば容易に答えが導き出せるはずだ」

 

その言葉に、ファーナムは今までの道のりを思い返す。

 

とは言っても、入口からここまではほぼ直線の通路を通ってきた。オラリオの地形は丸く囲まれた都市を大きく八分割したような構造なので、そこにこの通路を当てはめるのは難しくない。

 

そして浮彫となったこの先にある場所に、ファーナムの口から声が漏れ出した。

 

「……まさか」

 

「そのまさか、さ」

 

サプライズが成功したかのように、得意気にも聞こえる声色でフェルズはそう答えた。

 

その直後、二人は行き止まりとなった壁に直面した。通路に走っていたものと同じ紋様が描かれたその壁の表面に手を当て、フェルズは何やら小さな声で呟く。

 

「『ヒラケゴマ』」

 

呪文らしきそれを唱えた直後、行き先を塞いでいた壁が動き出す。岩同士が擦れ合うような鈍い音を発しながら、重厚な岩の壁は引き戸のように横へとスライドしていった。

 

開かれた入口からひんやりとした空気が吹き込んでくる。先はどうやら広い空間に繋がっているようだが、視界の先は薄暗く正確には把握できない。ぼんやりとした明かりが四つほど見えるがフェルズが持っているような魔石灯ではなく、どうやら火を焚いた松明らしい。

 

先導していたフェルズが歩き出し、その背にファーナムも続く。僅かな階段を昇り、さらに近付くにつれて、松明によって照らされた空間の全貌が露わとなった。

 

果たしてそこには、中央に設けられた巨大な玉座に座する老神がいた。2M程もある巨躯に相応しい威厳に満ちた風格を持ったこの老神は、近付いてくるファーナムへと視線を向ける。

 

「……ッ」

 

この時、ファーナムの身体は確かに強張った。

 

このオラリオに来てから神と呼ばれる者たちを目にしてきたが、この老神はまるで別格だ。身に纏っている空気が他の神々とは一線を画している、とでも言えば良いのか。これまでに遭遇してきたいかなる強者に対しても抱いた事のない奇妙な感覚に、ファーナムの額に一筋の汗が流れた。

 

同時に悟る。

 

この神物(じんぶつ)こそがギルドの真の主にして、ダンジョンを監視し続けてきた存在―――――『創設神』ウラノスなのだと。

 

「ウラノス。彼を連れてきた」

 

「ご苦労、フェルズ。いつもすまないな」

 

「良いさ。それよりも、ダンジョンに何か異変はあったかい?」

 

「いや、あれから異常らしきものは感知していない。いつも通りだ(・・・・・・)

 

二言三言の会話を交わした後、フェルズはウラノスの目配せを受けてファーナムに道を譲るように横にずれた。

 

そして……ついに一人と一柱は、対面の時を迎える。

 

「フェルズより多少の事は聞いていよう、ロキの眷属(こども)よ」

 

「……ファーナムだ」

 

「………なるほど。やはり、我らが知らぬ事を多く持っているようだ」

 

人間の嘘を見抜く神の眼は、ファーナムの偽名を呆気なく見破った。巍然とした姿勢を崩さないまま、ウラノスの双眸は自らを見上げる兜の奥を射抜く。

 

静まり返る大空間。

 

愚者によって招かれ、こうして神の前までやってきた不死人は―――――やがて自らの事を語り始めた。

 

赤く湿り、黒く腐った、凄惨な旅路を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィンたちは警戒を怠らずにダンジョンの中を歩いていた。

 

振動の元を慎重に辿り、道中に遭遇したモンスターたちを一蹴しつつ、捜索を続ける事、数十分。一行は遂にある場所まで辿り着いた。

 

「これって……」

 

「『未開拓領域』?」

 

彼らの目の前には岩肌にぽっかりと空いた巨大な大穴があった。縦は約5Ⅿ、横幅は優に10Ⅿ程もあり、パーティ単位でも通行に支障はないだろう。

 

『未開拓領域』……その名の通り、未だ地図作成(マッピング)されていないダンジョンの横の広がりの事を指す。その内部がどうなっているのか、どれほどの空間がひろがっているのか、採取できるアイテムの種類、モンスターの有無など、あらゆる事が分かっていない、まさしく未知の空間だ。

 

しかし、そんな場所を見つけた一行の顔には疑問の色が浮かんでいた。

 

「ここって来る時にも通ったわよね?」

 

「は、はい。確かに……」

 

「来た時にはこんな大穴なかったけど……モンスターが穴を空けたとか?」

 

「いや、それは考えにくい。これほど大きな穴だったら既に見つかっていても良いはずだし、それに僕らが見落とす訳がない」

 

『下層』最深部まで潜れるファミリアは非常に限られてくるが、逆を言えば実力者であればこの場所まで足を運ぶ事は容易だ。ダンジョン攻略という人類の悲願の為にも、【ロキ・ファミリア】を含む攻略の先駆者たちは隅々まで調べつくしているはずである。

 

しかしこうしてフィンたちの前に現れた大穴は、そんな彼らの自信を覆すものだった。これほどの大穴を見逃す訳がない、しかし現にこうして目にしている。そんな矛盾にも似た感覚に、彼らは口を閉ざして立ち尽くしていた。

 

「どうしますか、団長?」

 

「『下層』最深部の『未開拓領域』だ。危険度は未知数だし、僕たちは手持ちの治癒薬(ポーション)も全てアイズたちに渡してきた。ここは速やかに地上に戻り、ギルドに報告するとしよう」

 

力をつけ始めてきた他のファミリアがこの場所まで降りてきて、うっかり未知の領域に入り込まないようにね。そう付け加えて、フィンはすぐに地上へ帰還する事を決定した。

 

素直に従うティオネとレフィーヤ、そして若干後ろ髪を引かれる思いのティオナたちを引き連れて、フィンがダンジョンから引き揚げようとした……その時。

 

 

 

『オオォォオオオオオオオオッ!!』

 

 

 

「ッ!?」

 

彼らの背に、獣の咆哮が叩きつけられた。

 

勢いよく振り返る四人。咆哮の出どころは探すまでも無く、不気味に口を開いた大穴からだった。

 

「全員、武器を構えろ!」

 

フィンの鋭い指示が飛ぶ。ティオネとティオナは即座に己の得物を構え、魔導士のレフィーヤも一拍遅れて杖を構える。指示を出したフィンもまた、油断なく槍の穂先を大穴へと向ける。

 

まるで奈落の底へと通じているかのような暗闇へと目を凝らす。そして地鳴りのような規則的な音がこちらへと近づいてゆき―――――漆黒を突き破り、三つの巨大な影が飛び出してきた。

 

「!?」

 

レフィーヤの両目が見開かれる。

 

彼女の目の前に現れたモノ……それはモンスターと呼ぶには、あまりに禍々しい姿をしていた。

 

『ゴアアァァアアアアッ!!』

 

「うっわッ!?」

 

ティオナの持つ大双刃(ウルガ)が、振り下ろされた巨大な槌を受け止める。腰を落として目いっぱいに踏ん張り、ようやく受け止めきれる程の膂力だ。

 

「み、ミノタウロス!?」

 

ティオナから困惑した声が上がる。

 

彼女に緊迫の表情を強いた存在。それはミノタウロスにも似た、しかしそれとは遥かにかけ離れた巨躯と膂力を持つ、ねじくれた角に牛の頭を持ったモンスターだった。

 

『ヴゥウンッ!!』

 

「くっ!」

 

真横からティオネの胴を寸断すべく振るわれたのは、二つの大鉈だった。咄嗟の判断で両手の湾短刀(ゾルアス)を交差させて防御するも、そこで攻撃を仕掛けてきたモンスターの顔を見て、彼女は絶句する。

 

「フォモール、ですって……!?」

 

肉が剥がれ、異形の頭蓋が露わとなったその顔。爛々と光る双眸に殺意を滲ませたそれは『深層』に出現するモンスター、フォモールを彷彿とさせた。

 

「違う、別種だ!」

 

『ガッ!?』

 

強襲にうろたえ、僅かに反応が遅れたアマゾネスの姉妹へと飛ぶフィンの声。彼は小さな体躯を活かして二対の大鉈の攻撃をかいくぐり、槍の石突きでモンスターの顎を穿つ。

 

下顎の骨を粉砕され、のけ反るモンスター。その顔は、山羊の頭蓋にも似ていた。

 

「レフィーヤ、速射魔法でティオナを援護!この山羊型は僕とティオネがそれぞれで受け持つ!」

 

「ッ、はい!!」

 

その声により、唖然としていたレフィーヤは我に返る。落ち着きを取り戻し、リヴェリアも教えにあった“大木の心”で魔法の詠唱に移った。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり―――】!」

 

無防備となった彼女にモンスターを向けないよう、フィンたちは休む事なく得物を振るった。牛を山羊を彷彿とさせるモンスターたちも同様に、彼らを叩き潰さんばかりの猛攻を見せつける。  

 

が、どうやらフィンたちの方が一枚上手だったらしい。

 

『ギィッ!!』

 

フィンの突き出した槍の穂先は山羊のモンスターの額を穿った。硬直したその身体に更なる追撃として振るわれた足刀が、頭部を完全に破壊する。

 

2Ⅿもある身体が崩れ落ちるのと同時に、ティオネの方も片付いたようだ。

 

「ふっ!」

 

アマゾネスらしい重い拳が腹部に深く突き刺さり、身体をくの字に折った山羊のモンスター。差し出されたその首を、二刀一対の湾短刀(ゾルアス)が刈り取る。

 

噴き出す鮮血には目もくれずに彼女が反対側を振り向けば、ちょうどティオナが牛のモンスターの身体を袈裟懸けに切り裂いている光景が目に入った。

 

「おりゃー!!」

 

『グウゥッ!?』

 

大双刃(ウルガ)を振り抜いた格好のまま身体を回転させ、更に勢いをつけてもう一撃。十文字の裂傷を刻まれた牛のモンスターは、手にしていた大槌を苦し紛れに振るう。

 

『ガアァアア!!』

 

「よっと!」

 

それを見越していたかのか、ティオナは器用にその場から飛びのいた。そして亀裂の走る地面から離脱した彼女と入れ替わるように、レフィーヤの魔法が完成する。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

放たれた閃光の一射。

 

魔法円(マジックサークル)から発生したそれは真っすぐに対象の元へと飛んで行き、眩い光と共にその顔面に着弾した。

 

『ッッ!!?』

 

激しい炸裂音が響き渡り、牛のモンスターの巨体が地に沈んだ。

 

傷口から流れ出る血液が地面に溜まり、未だその顔面から煙がくすぶる中、戦闘を終えたティオナたちは互いを労わりながら一か所に集まる。その顔には、少なからずの安堵の表情が浮かんでいた。

 

「お疲れー、レフィーヤ」

 

「タイミングもばっちりだったわよ。やるじゃない」

 

「え、えへへ。ありがとうございます」

 

言葉を交わす三人。今しがたの戦闘について褒められたレフィーヤも、まんざらでもない様子だ。

 

そんな中、フィンだけは地に伏した牛のモンスターをじっと見つめている。それに気が付いたティオネは、会話を続ける二人から離れて彼の元へと向かった。

 

「団長、どうかされましたか?」

 

「……ティオネ。君はこれらのモンスターと戦って、何か不思議に感じた事は無いかい?」

 

「え?」

 

いつもの柔らかな笑みを消して投げかけられたその問いに、彼女はすぐに答える事が出来なかった。

 

基本的には戦う事が生業のアマゾネスであるティオネ。こと戦いにおいては野性的とも言える感性を持っているが、それを言葉で伝えるのは中々に難しい。

 

しばしの間をおいて、彼女は自分なりの回答を述べた。

 

「そう、ですね。何というか……何かに取り憑かれたような、執着のようなものを感じた……かも知れません」

 

モンスターは人間に対して怒りを持って襲い掛かってくる。それは自分たちをダンジョンに閉じ込めている事に対するものであるとか、はたまた生理的なものであるのか。それは定かではないが、ともかく怒りを持っている事は確かだ。

 

しかしティオネは、先の戦闘ではこのモンスターたちは怒りと言うよりも、何か別の物を求めて襲い掛かってきたように思えたのだ。

 

まるで……自分たちの“(なか)”にある物に用があるかのように。

 

「そうか……ありがとう。参考になったよ」

 

フィンはそう労いの言葉をかけ、気を良くしたティオネが嬉しそうに破顔する。その光景を見たティオナが呆れ、レフィーヤも困ったような苦笑を向ける。

 

ちょっとしたイレギュラーはあったものの、今ここにあるのはそんないつも通りの光景。その事にフィンもようやく笑みを取り戻した。

 

 

 

―――――その瞬間に。

 

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』

 

轟く絶叫。跳ね上がる巨体。

 

大量の血を流し、顔面の大部分を炭化させながらも立ち上がった牛のモンスター。全くの予想外であったこの再起に、フィンですらが目を剥いて驚愕する。

 

既に息絶えていたと思っていたモンスターは最後の力を振り絞り、両手で振り上げた大槌を彼らに叩きつけようとして―――――。

 

 

 

 

 

その胸に、雷の穂先を生やした。

 

 

 

 

 

『ガッ………』

 

硬直する牛のモンスター。その胸に穿たれた穴からは、槍の形をした雷のようなものが突き出ており、全身に紫電を走らせている。その巨体は僅かに痙攣を起こし、そして遂には崩れ落ちた。

 

項垂れるようにして息絶えたモンスターの身体は、しかし灰にはならずに、そのまま光の粒子となって大穴の奥へと消えていった。この余りに唐突なこの光景に、誰も口を開けずにいた。

 

異常な生命力を見せつけた牛のモンスター。

 

大穴から放たれた雷の一撃。

 

かき消えたモンスターの死骸。

 

フィンとティオネが倒した山羊のモンスターの死骸も同様だった。フィンは灰も残さずに消えてしまったモンスターの死骸があった場所へと歩き出し、そして無言でその場に片膝を突く。

 

レフィーヤたちの困惑した視線を感じつつも、彼はこの言葉を発するのみであった。

 

「………魔石が、ない」

 

 

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