不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第二十二話 並行する緊急事態

 

「ホントですって班長!少し前から噂になってるんですよ、ギルドに現れる『幽霊(ゴースト)』!」

 

「フロット、お前という奴はまたそんな戯言(たわごと)を……」

 

深夜のギルドのロビーに響き渡る受付嬢の声。その隣には犬人(シアンスロープ)の男性が立っており、彼は喚く受付嬢へと半眼を向けていた。消えた羊皮紙を件の『幽霊(ゴースト)』の仕業とする彼女に呆れ返っているのだ。

 

しかしその羊皮紙は、今まさにその『幽霊(ゴースト)』の手にあった。

 

受付嬢からこっそりと羊皮紙を拝借したのは、噂の張本人であるフェルズだ。彼はロビーの柱の陰に隠れ、その場で紙面に綴られた文字を読み取っていく。

 

「モンスターの大量発生、24階層……」

 

読み取った情報を頭の中の手帳に刻み込む。全てを読み終えたフェルズは丸めた羊皮紙をローブの袖に仕舞い込み、素早くその場から離れ始めた。

 

足音も立てずに歩き去っていく影には誰も気づかず、そのままギルドの最奥へと進んでいった。その足取りは、確かに急いでいる者のそれである。

 

「リドとグロスからの報告の件もあるというのに……!」

 

思わず呟きが漏れる。それだけフェルズは焦っているのだ。

 

やがて目の前に長い下り階段が見えてきた。その先に繋がっているのはウラノスが祈祷を捧げている祭壇『祈祷の間』であり、以前にファーナムがフェルズに連れられて来た場所でもある。

 

フェルズは階段を滑るようにして下っていく。その間にも頭の中では得た情報を吟味し、今後の方針を立てていた。

 

彼は足を止め、ローブの中に仕舞い込んでいる連絡用の双子水晶、その片割れを布越しに撫でる。

 

「まさか、こんなに早く使う場面が来るとはな」

 

想定していたよりも早く、しかもタイミングも悪いが仕方がない。そう自分に言い聞かせたフェルズは迷いを払うように頭を振り、足早にギルドの最奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン、Lv.6へとレベルアップ。この知らせは早朝の【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に早くも知れ渡っていた。

 

食堂では多くの団員たちがアイズの話をしており、彼女の成し遂げた偉業に触発されていた。ベートたちLv.5勢とレフィーヤも同じ気持ちのようで、普段とは少し違った面持ちでいる。

 

「そっかー、アイズもLv.6になったんだー。あたしたちも負けてらんないね!」

 

「これでうちのファミリアにはLv.6が5人。客観的に考えると、これってちょっと尋常じゃないわね」

 

「ケッ、他のファミリア(やつら)が雑魚なんだよ。大体Lv.2、3で満足してる奴らが多すぎるってんだ」

 

「そんな事言って、ベートもまだあたしたちと同じLv.5じゃん」

 

「うっせぇ!次にレベルアップすんのは俺だ!」

 

「あーっ、言ったなー!それじゃああたしだってぇ!」

 

「ふ、二人とも落ち着いてください!?」

 

「こいつらはまた飽きもせず……はぁ」

 

額がくっつく程の距離で睨み合うベートとティオナ。レフィーヤは反対側のテーブル越しに二人の仲裁に入り、その隣でティオネは呆れ顔でパンを齧る。

 

「おほー。また朝から元気なやっちゃなー、自分ら」

 

そんな四人の元にやってきたのは、大盛りのシチューを乗せたトレイを手に持ったロキだ。彼女はティオネの隣に座ると、ぐふふと気色の悪い声を漏らして顔をだらしなくさせた。

 

「朝から最高の眺めやわぁ~。眼福眼福」

 

「アンタも飽きないわね……」

 

「ふひひ。なんやティオネ、変化をつけて欲しいんやったらウチのシャイニングフィンガーで肩の凝りとおっぱいの張りを改善して、って痛ででででででででっ!?」

 

「生憎とまだ間に合ってるわ」

 

朝からセクハラ行為を働こうとしたロキ。そのいかがわしい手を難なく掴んだティオネは、目も合わせずに関節を逆の方へと折り曲げる。

 

汚い悲鳴を上げる女神を無視していたティオネだったが、ここでふとある事に気が付き、彼女の手を解放する。

 

「痛ったぁー、ティオネったら照れ隠しにも程があるで」

 

「ホントにぶれないわね……まぁいいわ。それよりもロキ、ファーナムの姿が見えないけど、彼まだ寝てるのかしら?」

 

「あー、ファーナムか?アイツなら……」

 

ティオネからの質問に、ロキは手に息を吹きかけながらこう答えた。

 

「皆が起きるよりも先に、どっか行ったで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その知らせは、まだ夜も明け切らない時間に届いた。

 

『……ファーナム』

 

「!」

 

唐突に耳へと届いたフェルズの声に、ファーナムは素早く反応した。元々睡眠の不要な身、全ての団員が寝静まった後は武器の手入れか瞳を閉じているかのどちらかだ。

 

彼は立ち上がると、小タンスの上に置いていた水晶を手に取る。そっと耳をそばだててみればやはり空耳ではない、フェルズの声が聞こえてきた。

 

『ファーナム、聞こえるか?』

 

「ああ、一体どうしたんだ」

 

『良かった。いきなりで悪いが、実は君に頼み事が出来てしまってね……』

 

挨拶もそこそこにフェルズは口早に内容を伝えてくる。細かい事は(はぶ)いての説明で、とにかくウラノスのいる『祈祷の間』まで来てくれとの事だった。

 

『ギルドからは人の目があるから入れない。以前に君を案内した、あの隠し扉から来てくれ。開け方は……』

 

フェルズから『第七区画四番街路』にある隠し扉の開け方を伝えられると、ファーナムはすぐに出発した。腰に椿から受け取った直剣を差し、極力物音を立てずに部屋から出ていく。

 

中庭を抜けたファーナムは閉ざされた門に手をつき、そしてゆっくりと開いた。外には門番をしていた二人の団員が立っていて、彼らは意外な人物の登場に面食らったようだった。

 

そんな二人に軽く声をかけ、ファーナムは本拠(ホーム)を後にする。その背を見送った二人の団員は互いに顔を見合わせるも、やがて元の立ち位置へと戻った。もうすぐ交代の時間であり、二人は欠伸を噛み殺して下がりかける瞼に必死に抵抗する。

 

「………」

 

そんな二人の門番とファーナムの後ろ姿を、ロキは廊下の窓から静かに見下ろしていた。

 

小さくなってゆくその背が見えなくなるまで、彼女はその場から動かなかった。

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴ……と、石造りの壁がゆっくりと開かれる。それはファーナムがやって来たのを察知したかのようなタイミングである。

 

「すまない、足労をかける」

 

「礼はいらん。急を要する事が起きたのだろう」

 

早い再会を果たしたファーナムは、フェルズに事情の説明を求める。彼もまたその言葉を待っていたようで、てきぱきとした調子で話し始めた。

 

「現在、ダンジョンで起きている異変について知っているかい?件の闇霊(ダークレイス)ではなく、モンスターについての事だ」

 

「モンスター……いや、俺は特には何も」

 

「そうか。まぁごく最近の動きだから無理もない。実は24階層付近では今、モンスターの大量発生が頻発しているらしい」

 

“モンスターの大量発生”という単語に、ファーナムは気を引き締める。

 

怪物の宴(モンスター・パーティー)のような稀有な出来事であれば偶然で片付けられるが、それがそう何度も連続して起こるのは流石におかしい。ダンジョンという“未知”が支配する空間であっても、何らかの法則があって然るべきなのだ。

 

「その原因の究明をしろと?」

 

「それも大切だが、君にしてもらいたいのは別の事だ」

 

フェルズは一旦そこで区切り、そして告げた。

 

 

 

「その発生したモンスターたちの中に妙なものが混じっていたらしいんだ。まるで亡国の兵士のような装備に身を包んだ、死体にも似たモンスターの集団と、それを狩る黒ローブの二人組が」

 

 

 

「……!?」

 

ファーナムは息を呑む。フェルズの口から出たその言葉に心当たりがあり過ぎる(・・・・・)存在を、彼は良く知っている。

 

かつての旅の道中で最も多く遭遇し、そして苦しめられた苦い記憶。不死の呪いを受け、そして死に続けてしまった者の成れの果て。つまり―――――。

 

「―――亡者がダンジョンに現れたと、そう言いたいのか」

 

「まだ確定した訳ではない。しかしその証言から察するに、それが一番しっくり来るんだ」

 

モンスターは通常鎧といったものを装備しない。稀に『強化種』のような特別な知性を得たモンスターが使う事はあるのかも知れないが、それだってほんの一握りだ。

 

それに証言にあったモンスターは“兵士のような”鎧をつけていたと言う。冒険者はダンジョンの中で動きやすい恰好をしているので、このような鎧を使う者は少ない。下手に重装で守りを固めても、モンスターに群がられれば簡単に圧死しかねないからだ。

 

以上の理由から、フェルズは先ほどの結論に達したという訳である。

 

「君から聞いていた通りだとすれば、亡者とは集団であるほど厄介で危険な存在のはずだ。それを倒したというその黒ローブの二人組というのも、恐らく―――」

 

「不死人、なのだろうな」

 

ファーナムの先ほどの驚愕は亡者が現れたという事もあるが、彼と同じ不死人であると思しき存在が現れた事も大きく関係している。オラリオに飛ばされてきた不死人が他にいるかも知れないという事実に彼の心は揺れ動くが、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「ファーナム、君の気持ちは分かるが……」

 

「大丈夫だ。分かっている」

 

こちらの気持ちを汲むようなフェルズの言葉に、ファーナムは静かにそう答えた。

 

その“黒ローブ”の二人組が本当に不死人であるかどうか、確かめたいという気持ちはもちろんある。しかし不死人とは協力し合う存在であると同時に、互いに殺し合う存在でもある。

 

いかに亡者を殺していたとて、その刃が自分へ向けられないという保証はどこにもないのだ。

 

「それにしても……ダンジョンに異変は感じなかったのか、ウラノス」

 

「少なくとも、闇霊(ダークレイス)の時のような異変はなかったはずだ」

 

ファーナムの問いにウラノスは淀みなく答える。

 

ダンジョンの監視者である彼が感じ取れなかった亡者、及び“黒ローブ”の侵入。まだそうであると確定した訳ではないが、それが正しければ一大事である。デーモンや他の異形が現れれば、冒険者たちが遭遇した際の危険度も格段に跳ね上がる。

 

「過去に闇霊(ダークレイス)ではなく、他世界の亡者やデーモンが君の前に現れた事は?」

 

「それは無い、と思う。こちらも言い切れはしないが……」

 

通常侵入してくるのは闇霊(ダークレイス)に限られる。ファーナムは今まで考えもしなかった可能性をとっさに否定するも、明確な根拠はどこにもない。不死人が世界を渡って他世界の不死人に干渉出来る以上、亡者にも同じことが出来ないとは言い切れないのだ。

 

その上今回はウラノスの監視にも引っかからないときた。喪失者の時とは全く異なる、分からない事だらけのこの状況に、ファーナムの心に暗雲が立ち込めていく。

 

「やはり君が一番詳しいだろう。このモンスターの正体が本当に亡者なのかどうか、他ならぬファーナム、君に調査を任せたい」

 

「それは構わないが、そう上手く見つかるものだろうか」

 

「別に分からなければそれでも構わない。ただこちらも何らかの手掛かりが欲しい、現場付近の調査は念入りに頼むよ」

 

「ああ、分かった」

 

フェルズの頼みを聞き入れたファーナムは、そのモンスターが現れたという場所を教えてもらうとすぐに『祈祷の間』を後にしようとする。通って来た隠し通路へと歩みを進める彼は、その足でダンジョンへと潜っていく事だろう。

 

「……ファーナム」

 

「? どうした」

 

「……いや、何でもない。十分に気を付けてくれ」

 

「……ああ」

 

そんな短いやり取りはすぐに終わりを告げ、再び静謐さが支配し始める『祈祷の間』。フェルズの他にいるのはこの部屋の主であるウラノスだけとなった空間で、彼は小さく、しかし重い息を吐き出した。

 

「あれで良かったのか」

 

「……ああ。騙してしまって気分が悪いが、こればかりは致し方ない。やはりファーナムにはまだ『異端児(かれら)』の存在を知られる訳にはいかないよ」

 

ウラノスからの問いかけに答えるフェルズの声は、どこか後ろめたさを感じるものだった。

互いに正体を晒しあった仲である者を騙した事による負い目から、彼の良心は削られる思いだ。

 

 

 

フェルズが述べた先ほどの話はたった一つだけ、ある内容を隠して伝えられていた。それは亡者と“黒ローブ”について述べた証言者……すなわちリドとグロスの事である。

 

 

 

一番の理由としては、やはり『異端児(ゼノス)』という存在であるが故だ。

 

知性を持つモンスターである彼らは地上においては最大の禁忌(タブー)だ。長きに渡って殺し合いを続けてきた人類とモンスター、この両者の間にある溝は果てしなく大きく、そして深い。

 

不死人であるファーナムであれば恐らく……否、きっと彼らの存在も受け入れる事が出来るだろう。互いに人とは違い、そして世界から疎まれてきたという共通点もある。フェルズも本心では、今すぐにでも彼らの存在を明かしたい程だ。

 

しかし、彼の主神はどうか?

 

異端児(ゼノス)』の存在を知ったファーナムが何かの弾みでロキに詰問でもされれば、嘘を見抜く神の眼によって全てが暴かれてしまう。そうなった際、オラリオはモンスター(かれら)を受け入れるのか。無論、その可能性は皆無だろう。

 

そんな事態を回避すべく、フェルズは嘘を織り交ぜた。ちょうど24階層でモンスターの大量発生が起きていたので、それに合わせる形の説明をでっち上げたのだ。また『異端児(ゼノス)』側の無為な混乱を避けるべく、リドたちにはファーナムが不死人である事はもちろん、その存在も伏せてある。

 

こうしてフェルズは、ファーナムと『異端児(ゼノス)』の双方に接点を生まないよう画策したのだった。亡者が現れたという情報を、わざわざモンスターの大量発生と関係がある風に伝えたのもこの為だ。

 

「リドたちには亡者のような“異様なモンスター”と遭遇しても交戦は避けるように言ってある。情報は欲しいが、危険な橋は渡れない」

 

「なら、全てファーナムに任せると?」

 

「まさか。私も出来る事は全てするつもりだよ、ウラノス。しかし今は他にもう一つ、重要な事がある」

 

ダンジョンに現れた亡者の存在。それだけでも十分に脅威足りえるが、生憎とそれだけが問題ではない。

 

24階層で起きているモンスターの異常発生。こちらについても早急な対応が求められているのだ。既に冒険者の身にも被害が出ている故、これ以上の放置は出来ない。

 

「既に盗賊(シーフ)の少女には協力を取り付けてある。まぁ、半ば無理矢理にではあったが……」

 

「以前にハシャーナから『宝玉』の引き渡しを頼んだ、【ヘルメス・ファミリア】の眷属(こども)か」

 

「ああ。こちらが彼らの弱みを握っている以上、ある程度は従ってくれるだろう。あとはもう一人でも強力な助っ人がいてくれれば、言う事はないんだが……」

 

そう言って、フェルズはローブの裾から水晶を取り出す。それは以前にファーナムに渡した水晶とは別のもので、片方の水晶が捉えた映像を、もう片方へと写す機能がある。バベルの地下一階の天井に密かに仕掛けられている、フェルズ手製の監視器具だ。

 

時刻はもうすぐ夜が明ける頃。気が早い冒険者であれば、もう小一時間ほどでダンジョンへと潜っていく時間だ。その中に今回の騒動へ同行し、調査してくれる人材がいないかを探るべく、フェルズは台座に置いた水晶を凝視する。

 

「誰か接触出来る冒険者はいないものか……」

 

どこか懇願にも聞こえる呟きは、この二時間ほど後に成就する事となる。

 

偶然にもそれは『リヴィラの街』襲撃事件があった時にもその場にいた人物……つい先日ランクアップを果たした、アイズ・ヴァレンシュタインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安全階層(セーフティポイント)である18階層の下に広がる19階層からは洞窟ではなく、巨大な樹木の中のような景色が続いている。発光する壁面の代わりにヒカリゴケが生い茂り、視界の確保は比較的容易だ。

 

しかし出現するモンスターの質、そして密度は上層とは桁違いになる。単純に力の強いものから毒による攻撃を仕掛けてくるものまで幅広く、冒険者は柔軟な対応を要求される。

 

そんな空間ではあったが、ファーナムにとっては特に問題はない。

 

「ふっ!」

 

『ギィッ!?』

 

集団で襲い掛かって来た蜂のモンスター『巨大蜂(デッドリー・ホーネット)』を一刀のもとに複数体切り伏せ、続いて投げナイフを投擲する。

 

あっという間に残り一体となったモンスターは慌てふためくが、もう遅い。既に目前にまで迫っていた銀の刀身、それが最期に見る光景となった。

 

頭部を縦割りにされたモンスターの身体は力を失い、地面へと落ちてゆく。息絶えた事を証明するように身体は形を失い、少量の灰と魔石だけが残った。僅か10秒にも満たない時間の内に行われたその行為は戦闘ではなく、もはや駆除とも言って良い。

 

「……ふむ」

 

モンスターの灰に囲まれた中、ファーナムは右手に握っている直剣へと視線を落とした。毒々しい紫色の体液は既に滑り落ちており、それが銀色に輝く刀身の切れ味を物語っている。

 

「流石は【へファイストス・ファミリア】一の鍛冶師(スミス)。良い仕事をしているな、椿」

 

この場にはいない隻眼の女鍛冶師の顔を思い浮かべながら、口の片端を緩やかに吊り上げる。

 

ファーナムが使っているのは先日渡されたばかりの椿の新作の直剣だった。取り回しやすく堅牢、そして切れ味も申し分ないその逸品は、今や完全に手に馴染んでいる。これまでの道中で振ってきただけだと言うのに、だ。

 

静かな称賛を終えたファーナムは魔石を回収する事もなく、足早に先を急いだ。現在の階層は23階層、目的の階層まではあと少しである。

 

『亡者らしきモンスターの目撃証言は25階層であったものだ。その階層を重点的に頼む』

 

フェルズのその言葉に従い、ファーナムは歩き続ける。途中で何匹ものモンスターやその集団を切り伏せ、そしてようやく目的の階層へと通じる入口が見えてきた。

 

結晶で覆われた樹洞。それが25階層……これより上の階層とを隔てる『下層』への入り口だった。

 

ファーナムはそれを一瞥すると、躊躇いなく足を踏み入れた。これまでとは異なる涼し気な風が全身を撫でるも、それに気を取られる様子はない。

 

それも当然であろう。これから先には亡者が、そして不死人であるかも知れない者たちが現れた階層なのだ。

 

「………」

 

ギュ、と、直剣を握る手に力がこもる。が、それも無理もない事だ。もしかすると自身が、このオラリオに来た意味が分かるのかも知れないのだから。

 

 

 

 

 

気が付けばダンジョンで目覚め、優しい神に巡り合い、良き仲間たちに恵まれ、そしてある意味では不死人(じぶん)とよく似た者にも出会えた。

 

それはファーナムにとって間違いなく幸福な出来事だった。辛く苦しい旅路の果てに手にした、神からの贈り物と考えてしまいたい程に。

 

しかし、“闇の刻印”がそれを許さない。

 

不死人は人の内では生きてゆけない。たとえ一時は人の振りが出来たとしても、いずれは決定的な破綻がやってくる。そうなる前に、ファーナムは見つけなくてはならないのだ。

 

……己がオラリオ(ここ)に来た意味を。

 

 

 

 

 

結晶の樹洞を抜けた先に広がる巨大な滝壺。25階層から27階層までを突き抜ける大瀑布は地下でありながら虹まで形成し、見る者の心を奪う絶景を生み出している。これが『下層』の始まり、別名『新世界』である。

 

しかし、ファーナムの心が動く事はなかった。この光景に多くの者が感じるであろう戦慄も、緊張も、そして興奮も。そのどれもが、今のファーナムには届かない。

 

「………」

 

彼は周囲を軽く見渡し、そして一本の細い道へと歩み寄る。その先には洞窟があり、馴染みの迷路状の空間が広がっている。そここそが、亡者が現れたという現場である。

 

程なくして細い一本道を渡り終えたファーナムは、そのまま薄暗い洞窟へと姿を消していった。

 

無言のその背に、並々ならぬ覚悟を滲ませながら。

 

 




【椿の直剣】

オラリオ随一の鍛冶系ファミリア【へファイストス・ファミリア】の団長、椿・コルブランドの手による作品。

貴重な超硬金属(アダマンタイト)によって鍛えられたこの一振りは特に堅牢さに秀でており、生半な事では壊れる事はないだろう。

彼女は語った。血であろうが何であろうが、全てをつぎ込まねば神の領域に到達する事すら出来ないと。神の作品を超えるという悲願を胸に、彼女は今日も鉄を打ち続ける。
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