不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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明けましておめでとうございます。

今年も私の投稿小説を、どうぞ宜しくお願い致します。


第二十五話 天秤

 

もう、またこんな怪我をして。

 

何度も言ってるでしょう、あんまり危ない事はやめてって。

 

いくら人助けだからって、あなたが死んでしまったら意味がないわ。

 

……大袈裟?とんでもないわ!

 

つい一か月前、積み上げていた丸太に潰されそうになったのはどこの誰?頼まれてもいないのに、自分から手伝うって言って聞かなかったじゃない。

 

お願いだからもっと自分の事も考えて。私の為にも。お腹の中の、この子の為にも。

 

命は、一人に一つしかないのよ?

 

 

 

 

 

真っ赤に焼ける視界。

 

耳を(つんざ)く爆発音。

 

身体を突き抜ける重い衝撃。

 

その中でファーナムは、誰かの声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の浮遊感の後に来たのは、背中から地面に叩きつけられる衝撃だった。緑色の肉で覆われた地面を二転三転し、ようやくファーナムの身体は停止する。

 

「ぐっ、お……!?」

 

至近距離での爆発の影響か、視界には未だに炎の色が焼き付いていた。

 

全身を叩いた衝撃は凄まじいものだったが、行動不能になる程のものではない。身に着けている堅牢な鎧と、あとは事前に装備していた『炎方石の指輪』のお陰だろう。

 

左腕には噛み付いていた食人花の鋭い牙が数本突き刺さっており、根本から折れたのか、そこには僅かな肉片がへばりついている。どうやらあの食人花も爆発に巻き込まれたらしい。

 

傷口から流れる血、そして混乱する内臓の悲鳴。それらを無視して身体を起こし、ファーナムは炎の幻影が消え始めた瞳を前方へと向ける。

 

そして、見た。

 

轟々と燃え盛る炎の中にある、人間大の大きさをした塊を。

 

「………」

 

その光景を前にしたファーナムは動けない。

 

身体の痛みも気にすらならず、燃え盛る炎に目を奪われる。だらりと下げた血だらけの左手はつい先程まで握っていた女の手を求めるように、ピクリと痙攣した。

 

「無事か!?」

 

と、そこへフィルヴィスが駆け寄ってくる。

 

ファーナムが爆発に巻き込まれた姿を目の当たりにしたレフィーヤ。動揺し、詠唱を止めかけた彼女にそのまま続行するように伝えたフィルヴィスは、近くにいた【ヘルメス・ファミリア】の団員に彼女の援護を頼んだ。そして自身は、心配するレフィーヤの代わりに安否を確認にやって来たのだ。

 

「……驚いた。間近で巻き込まれたのに、重症ではないようだな」

 

鎧のところどころは煤け、肩を覆う毛皮は焼け焦げていたものの、ファーナムは両膝立ちが出来る程度には無事だった。左腕は痛々しい様相を呈しているが、爆発に巻き込まれたというのにその程度の傷しか負っていなかった事に、フィルヴィスは素直にそんな言葉が出てきた。

 

しかし当の本人は固まったかのように微動だにしない。視線を一点に向け、駆け寄ってきたフィルヴィスの言葉など耳に入っていないかのように、ただただ爆発した死兵の亡骸を見ている。

 

「おい、お前。どうしたんだ」

 

その様子に、フィルヴィスは訝しげな顔をする。

 

ファーナムはようやく彼女の存在に気が付いたようで、ゆっくりと口を開いた。しかしその視線は、未だに一点に固定されたままだ。

 

「………死なせて、しまった」

 

「何?」

 

そして出てきたその言葉に、反射的に聞き返すフィルヴィス。

 

疑問を抱く彼女を他所に、ファーナムは更にこう続けた。

 

「俺があの時、手を離さなければ……あの女は死ななかった」

 

まるで生気がこもっていない様に感じられるファーナムの姿に、そしてその言葉の内容に、フィルヴィスは瞠目した。

 

出会ってまだ五分も経っていないが、目の前の冒険者の人となりは何となく掴めていた。同族であるレフィーヤも彼を信頼している様子だったし、突然の戦闘にもすぐに対処出来ていた。総合的に考えても、まず間違いなく優秀な冒険者であろう。

 

しかし、今のこの姿は何だ。

 

「俺が、死なせた……見殺しにした」

 

呆けたように前方へと目を向けながら、うわ言のようにそう呟いている。

 

その言葉が恐らくは爆死した死兵に対するものだというのはフィルヴィスにも察しが付いた。同時にファーナムが、敵対している人間に対してもその身を案じられる程の優しさを持っている事も。

 

 

 

それ故に、フィルヴィスの顔は怒りに歪んだ。

 

 

 

「ッ!」

 

鎧の肩部を覆う毛皮を掴み、ぐいっ!と両手で引っ張る。二人の体格差は比べるべくもないが、今のファーナムは両膝立ちの状態。自然、立っているフィルヴィスとの目線の位置は近くなる。

 

力なく項垂れているファーナム。その兜に覆われた顔に、己の顔を突き付けてフィルヴィスは声を荒らげた。

 

「しっかりしろ!ここは戦場なんだぞ、自責の念に駆られている場合か!?」

 

形の良い眉を吊り上げ、黒髪のエルフは吠える。

 

今も自分の後ろで詠唱を続けるレフィーヤ。いけ好かないが実力だけは確かなベート。そして必死に応戦し、生き残るための抵抗を続けている冒険者たち。

 

そんな彼らの中で唯一。目の前で自害した敵の亡骸に目を奪われ、そして呆然として動けずにいたファーナムを、フィルヴィスは許しはしなかった。

 

「他の者たちは懸命に戦っている!生き残るために!」

 

生死の場において敵の事まで気にかけられる。それはある意味では立派な、聖人の如く尊い事なのかも知れない。しかしそれは同時に、仲間を危険に晒す行為でもある。

 

例え敵であっても殺したくない。そんな一瞬の心の迷いが隙を呼び、そして隙は死を呼び寄せる。死の対象は自分自身。そして、仲間たちも。

 

かつて味わった27階層の悪夢(あの地獄)を彷彿とさせるこの状況。

 

命を絶つ大鎌が、自分たちのすぐ首元までやって来ているこの感覚。

 

その中で一人動かずにいるファーナムの姿に、フィルヴィスはかつての自分を重ね合わせていた。共に死ぬ事も出来ず、仲間を見殺しにしてしまった、無力だったあの時の自分を。

 

そして抗う力がありながらもそれを振るおうとしないファーナムに対し。

 

「敵の命と仲間の命……どちらが大切だ!?」

 

「………!」

 

彼女は、叫ばずにはいられなかった。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

直後、レフィーヤが完成させた魔法を解き放った。

 

大空間の一角に固まっていた食人花の群れへと放たれた火炎の豪雨。一発一発が高威力のそれらは着弾と同時に炸裂、その場にいた全員の視界を赤く染め上げる。

 

食人花たちの断末魔が鳴り響く中、フィルヴィスは横顔を焼く熱量に目をつむる。ファーナムの鎧の毛皮部分を掴んでいた手を離し、反射的に顔を庇うよう腕を構えた。

 

その為だろうか。

 

彼女は死兵の接近に気付くのが遅れてしまったのだ。

 

「ッ!?」

 

「おおぁああああああああ!!」

 

それも一人や二人ではない。周囲にまだ残っていた者たち全てだ。

 

レフィーヤが放った魔法は彼らから僅かな余裕すらも奪い去っていた。飛び火して身体にくくりつけた火炎石が暴発しては堪らないと、死兵たちは同時に行動を開始した。

 

すなわち自爆の一斉決行。一人でも多く道連れにすべく、戦っている冒険者たちの元へと殺到する。

 

「まずっ……!?」

 

その光景にルルネたちの息が止まる。フィルヴィスもまたその内の一人だった。

 

自爆が目的の相手に恐れるものはない、数人仕留めたところで怯ませる事も出来ないだろう。助かる可能性があるとすれば魔法で火炎石を狙い誘爆させて纏めて倒す事だろうが、果たしてそう上手くいくだろうか。

 

詠唱が許される時間は二回分……いや、一回分程度か。

 

もしもその一射を外したら?

 

外した場合……どうなる?

 

 

 

―――――フィルヴィス!!

 

 

 

「………ッ!?」

 

一瞬の内に脳裏を駆け巡った思考の後に、フィルヴィスの頭の中にあの光景が蘇る。

 

血塗れの仲間たち。モンスターたちの絶叫。そして両者を巻き込んで自爆する闇派閥(イヴィルス)たち。次の瞬間にもかつての地獄がまた現れるかも知れないという考えが、フィルヴィスから身体の自由を奪ってしまう。

 

動くべき時なのに身体が言う事を聞かない。動かなければ全員死んでしまう。それでも……動けない!

 

「―――――ぁ」

 

ヒュッ、という短い呼吸音がフィルヴィスの喉から漏れた。

 

もう何も考えられない。目に映る全ての動きが、ひどく遅く感じる。これが死の(ふち)に立たされた者が目にする光景なのかと、そんな考えが頭に浮かんできた―――その時。

 

不意に、彼女の顔に影がかかった。

 

反射的に目だけを動かすと、そこには立ち上がっていたファーナムの背中があった。つい先程まで左腕に深く刺さっていた食人花の牙は引き抜かれており、流れ出ていた血も止まっている。恐らくは治癒薬(ポーション)でも使ったのであろう、腰の小袋からはオレンジ色をしたガラス瓶が顔を覗かせていた。

 

フィルヴィスの斜め前に立つ彼は、いつの間にか手にしていた黒い弓を引き絞っていた。(つが)えている矢の先端には火が灯っており、狙いは死兵たちへと向けられていた。

 

お前―――とフィルヴィスが口にするよりも速く、放たれた火矢が一直線に飛んで行く。それは先頭を走っていた死兵の胸へと吸い込まれ、そして爆発を引き起こした。

 

「がっ!?」

 

一瞬だけ浮かんだ苦悶の表情。しかしそれも、直後に炎の中へと消えていった。すぐ隣を走っていた仲間の死兵たちにもその火は伝播し、一気に複数の爆発が引き起こされる。

 

「ぎゃあッ!?」

 

「ぐっ、あぁ!!」

 

断末魔の短い悲鳴と大きな火柱がいくつも巻き起こった。多くの死兵が瞬時に絶命する中、即死出来なかった幾人かは全身を激しく燃え上がらせ、耳を塞ぎたくなるような絶叫と共に暴れ回る。

 

「あ゛っ、あぁああッ、お゛あ゛ぁっあああぁぁぁぁぁあッッ!!?」

 

「ひぃぃぃいいい゛い゛い゛い゛あ゛あ゛ぁぁああぁぁぁ………」

 

全身の皮膚という皮膚を生きたまま焼かれるその姿に、ルルネは顔を大きく引きつらせた。近くにいた団員たちも似たような表情を浮かべており、中には吐き気を必死に堪える者までいる。

 

灼熱の中で死に、絶命してなお炎に囚われている。それはまさしくこの世の地獄だった。いくら自業自得だからとて、人の“死”を冒涜するようなこの光景を前にした彼らの思考が停止するのも無理はなかった。

 

そんな中であって誘爆を免れた者たちがいた。残ったのは四人、彼らは既に射程圏内であると踏んだのか、とうとう発火装置に繋がれている紐へと手を伸ばし始める。

 

「ウィリカ!どうか俺を許し―――――づっっ」

 

全速力で走りながら自爆しようとした死兵。しかしその者の腹部に、ファーナムの放った火矢が突き刺さった。

 

瞬間、巻き起こる爆発。最も先頭を走っていた者の爆発により後続の死兵たちの速度が僅かに落ちた。その隙を見逃さず、三射目の火矢が放たれる。

 

「かッ……」

 

それはルルネたちに最も近かった死兵の喉元を貫いた。その衝撃により身体が一瞬硬直し、そして数秒後に爆発が起こる。矢が刺さった時にケープに燃え移った火が、火炎石に引火したのだ。

 

最期の言葉すらも言えぬままに死んでいった仲間の姿に、残る二人の死兵は標的を入れ替える。彼らは互いの爆発に巻き込まれないように距離を取りつつも、左右から挟撃すべくファーナムの元へと駆けていった。

 

これに対しファーナムは、左の死兵の元へと走り出した。

 

同時に取り出した投げナイフを使って、右から接近していた死兵を始末する。眉間を深く抉ったその正体を認識する事すら出来ずに、そして自爆する事も出来ぬまま、地面に仰向けで倒れ込む。

 

「クラ……ッサ………」

 

そんな小さな呟きを耳に入れながらも、ファーナムの足は止まらない。

 

残った一人の死兵。その手には既に発火装置の紐を握られていた。互いの距離はもう2Mもない。後は勢いよく紐を引っ張るだけの死兵に対し、彼はダガーを取り出す。

 

ダガーは紐を握っていた方の手を刺し貫いた。それだけに留まらず、貫通した刃の切っ先は死兵自身の大腿部へと深く突き立てられる。

 

紐を握ったまま大腿部に手を固定された死兵は悲鳴を上げかけるも、喉から生じた違和感に目を大きく見開いた。

 

違和感の正体は血飛沫が証明していた。自爆を阻止した直後にもう一本のダガーを取り出し、そして相手の喉を一思いに切り裂いたのだ。

 

舞い上がった血飛沫がファーナムの兜を赤く汚す。

 

噴水のように噴き出した鮮血は、徐々にその勢いを失わせていった。死兵は自由な方の手を彷徨わせ、まるでもがき苦しむかのようにしてファーナムの鎧を掴む。

 

しかし、それだけだった。力を失った死兵の身体はずるずると崩れ落ち、やがてうずくまるような恰好で力尽きた。

 

『マ、リ……ア……』

 

その死の直前。

 

声帯を切り裂かれ、言葉を奪われた死兵の唇が紡いだその名を、ファーナムだけが知る事となった。

 

「………」

 

ほんの10秒にも満たない時間の内に全滅した死兵たち。彼らを屠るその手並みには淀みがなく、Lv.4の団員を多く抱えている【ヘルメス・ファミリア】の者たちであっても、こう上手くはいかないだろうと思わせるものだった。

 

遠くに見える崖には色違いのケープを纏った男がまだ立っている。恐らくは指揮官なのであろうが、すぐにこちらへと向かってくる様子はなかった。

 

ファーナムの働きによって助けられたフィルヴィスとルルネたちは、しかし固まってしまったかのように動かない。ただその顔だけを、血が付着したダガーを手にしている者の背中へと向けていた。

 

「……フィルヴィスと言ったか」

 

助けた者たちに背を向けたまま、ファーナムは口を開いた。己の名を呼ばれたフィルヴィスはその声にハッと我に返り、止まっていた時間を取り戻す。

 

くるりと振り向いたファーナムの姿は返り血に濡れていた。兜から鎧にかけて幾筋もの赤い線が流れており、煤けていた毛皮も一部が真っ赤に染まっている。事情を知らない者が見れば、その恰好はまさに“人殺し”と言える。

 

「……っ」

 

その姿にフィルヴィスはかつての自分を重ねてしまう。

 

ぼろぼろの衣服を返り血で彩った、生気のない亡者のような表情。そんな酷い恰好で戻ってきた、仲間を見殺しにして逃げ帰ってきたかつての自分を。

 

目の前の男はそんな愚かな自分とは正反対の結果をもたらしたにも関わらず、彼女はそう感じずにはいられなかった。

 

すなわち……これは何か(・・)を失った者の姿である、と。

 

「お前の言う通りだ。敵と味方、どちらが大切かなど論じるまでもない」

 

ファーナムはこちらへと近付きながらそう述べた。そして動けなかった自分に喝を入れてくれたフィルヴィスに対し、感謝の言葉も。彼は地面に転がっていた盾と直剣を回収すると、未だ戦っているベートがいる方向へと視線を飛ばした。

 

次にすべき事を見つけた彼は新たな戦場へと駆けてゆく。

 

彼と入れ違いにやって来たのはレフィーヤだった。すれ違いざまに見えたファーナムの姿にぎょっとした表情を浮かべるも、彼女はすぐに持ち直してフィルヴィスの元へと駆け寄った。

 

「フィルヴィスさん、大丈夫ですか!?それに他の皆さんは……!」

 

「あ、あぁ。何とか無事だ」

 

両肩を揺すられたフィルヴィスは全員の無事を伝えた。レフィーヤがやって来た事によりルルネたちも我に返ったのか、彼らも慌てた様子で動き出す。

 

「そうだ……アスフィ!アスフィが、あの白ずくめの男に!?」

 

そう叫んだルルネの視線の先では、ベートと謎の男が戦闘を繰り広げていた。

 

Lv.5の彼にも引けを取らない動きを見せている男の全身は不気味なほど白く、レフィーヤにもあれが“白ずくめの男”であるとすぐに分かった。

 

「大丈夫です、ルルネさん!ベートさんもいますし、それにファーナムさんも今向かって行きましたから!」

 

「お、お前……レフィーヤか?」

 

リヴィラの街の事件の際にルルネと面識があるレフィーヤは、取り乱しかけた彼女を安心させるべくそう伝える。栗色の髪を揺らすエルフの少女に、ルルネは今頃その存在に気が付いたのか、目をぱちくりとさせた。

 

一方でフィルヴィスは、ファーナムが駆けて行った方向へと目を向けていた。

 

自分たちの危機を救ってくれた男の背中は今や小さくなりつつあり、間もなくベートと合流する所だ。弓を用いた遠距離戦も問題なくこなすファーナムの登場により、戦況はこちら側に大きく傾くだろう。

 

優勢になりつつある状況なのだが、ここでふとフィルヴィスの胸の内に小さな不安が生まれた。それはごく僅かなもので、何故そんなものが沸き上がったのか彼女自身にも分からない。

 

ただ確かに言えるのは……その瞬間、兜越しにこちらを見たファーナムの姿が頭をちらついた、という事だけだった。

 

 

 

 

 

頭を狙ったベートの蹴りが、白ずくめの男が交差した両腕によって阻まれる。並みの鎧よりも余程強固な感触が白銀のメタルブーツから伝わり、彼は苛立たしげに犬歯を剥いた。

 

「どうした【凶狼(ヴァナルガンド)】!上級冒険者とはその程度か?」

 

嘲笑うかのようにして白ずくめの男は腕を振るい、ベートの体勢を崩す。その彼の元に、上空から食人花が襲い掛かる。

 

「チィッ!」

 

醜悪な口腔を(さら)け出して丸呑みにしようとする食人花に対し、ベートは咄嗟に腰を捻って回転蹴りを見舞った。崩された体勢から放たれたとは思えぬ程の威力のそれは食人花の頭部に炸裂し、中にあった魔石を粉々に砕いた。

 

悲鳴を上げる間も与えずに食人花を倒すも安心はできない。着地したベートの背後に、背骨を狙った白ずくめの男の拳が迫ってきた。

 

「そら、終いだ」

 

「ッ!?」

 

ベートすらも凌ぐ膂力で振るわれる拳は破壊槌の如く。まともに貰えば一撃で背骨を砕かれ、一切の行動が不能となるだろう。

 

完全に不意を突かれた攻撃。しかしベートはそれすらも反応して見せた。

 

「るぉああッ!!」

 

眼光すらも置き去りにする速度で振り返ったベートは、男の拳を真横から殴り飛ばした。これは流石に予想できなかったのか、白ずくめの男は異形の頭骨によって隠された双眸を驚愕に揺らす。

 

「ぬっ、う!?」

 

白ずくめの男は追撃を危険と判断し、一旦距離を取った。大きく後方へ飛んだ男は睨みつけるベートを正面から見返し、互いに一歩も動かない。

 

完全なるこう着状態。これも既に幾度目かになる状況だ。

 

この大空間にやって来たベートは、まず周囲にいた食人花たちの始末を行った。繰り出す蹴りが次々とモンスターの命を奪う中、白ずくめの男は突如として襲撃、ベートとの戦闘が始まった。

 

少し離れた場所には水色の髪の女性、アスフィが倒れており、腹部からは出血が見て取れた。すぐそばには血に染まった短剣が落ちており、あれで貫かれたのだという事は明白だった。

 

すぐに彼女を安全圏まで逃がしたかったが、状況がそれを許さない。他の追随を許さない速力を誇るベートに対し、白ずくめの男は異様なまでの膂力と打たれ強さを持っていた。加えて不規則に加わる食人花の攻撃もあり、戦況は一進一退を繰り返していた。

 

「……ふん、新手か」

 

と、ここで白ずくめの男の口が動いた。

 

ベートが横目で確認すると、こちらへと駆け付けてくるファーナムの姿が。全身を血で汚しているが、そんな事は今は関係なかった。

 

「こっちはいい!お前はそこで倒れている女をどうにかしろ!」

 

正面に睨みを聞かせたままベートは吠える。

 

その言葉を受けたファーナムは首を回し、そして倒れているアスフィを見つけた。辛うじて意識はあるようだが額は脂汗が滲み、苦悶に歪んでいた。

 

「腹をやられてる、さっさと連れてけ!」

 

「ッ、分かった!」

 

駆け付けたファーナムは一先ずこの場をベートに任せ、倒れているアスフィの元へと急ぐ。そこへ白ずくめの男が食人花をけしかけようとするも、地を蹴って肉薄したベートによって阻止される。

 

「テメェの相手は俺だ、糞野郎!」

 

「ぐっ、冒険者風情が!」

 

激しい肉弾戦の余波を感じつつ、ファーナムはアスフィの元へと辿り着く。

 

出血は思っていたよりも酷く、瑞々しい肌は土気色に変わり始めていた。口の端からも血が垂れており、迂闊に動かすのも危険な状態だ。

 

しかしファーナムは慌てる事なく、懐からある物を取り出す。

 

「心配いらない。これを飲め」

 

「……ぅ」

 

アスフィの後頭部に手を添え、もう片方の手に持った小瓶の中身を、彼女の口の中へと流し込む。一般的な治癒薬(ポーション)とは異なる乳白色の液体は、ゆっくりとアスフィの身体に染み渡っていった。

 

「……っは。げほっ、ごほっ!」

 

「慌てるな。ゆっくり呼吸しろ」

 

急速に生気を取り戻したアスフィはむせるように咳込んだ。しかし先程までの苦悶は消えており、腹部の傷も完全に癒えている上に、身体は活力も取り戻していた。呼吸を整えた彼女はその事実に気が付くと、不思議そうな顔でファーナムを見上げた。

 

「あ、貴方は……?」

 

「援軍だ。それよりも、あの男は何者だ」

 

ファーナムの目はベートと戦っている白ずくめの男を射抜いている。アスフィもそちらへ目を向けると、眉間に皺を刻みつつ口を開いた。

 

「詳しい事は分かりません……ですが、この状況を作り出した首謀者と見て間違いないでしょう」

 

彼女は傍らに転がっていた自分の血に濡れた短刀を手繰り寄せ、ぐぐ、と上体を起こそうとする。それを補助しつつ、ファーナムは我知らずに声を漏らしていた。

 

「あいつが……」

 

それは普段よりもずっと低く、そして冷たい響きを孕んでいた。

 

 




次回、ファーナムさんは何をするのか。
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