不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第三話 状況確認

「……む」

 

不死人は兜の中でゆっくりと目を開いた。すっかり慣れ親しんだT字型のスリットから入り込む光に瞬きしながら、意識をはっきりさせようと頭を左右に振る。

 

ぼんやりとしていた視界が鮮明になり始める。目の前にはまず絨毯が映り込んだ。土足でその上を踏んだのか、所々に土の様な汚れが見て取れる。

 

次に首を回して左右を見てみる。どうやらテントの中の様だが目の前の絨毯以外には特に何も無く、その広さ以外は輝石街の農夫たちがいた場所にあったテントを彷彿とさせた。

 

「起きたか」

 

「そのようじゃの」

 

その声のする方に不死人が視線をやると、そこには二人の男女がいた。

 

男の方は立ったまま腕を組んでおり、髪の毛と髭の境界がはっきりとしないような風貌の、背が低い初老の男だった。

 

その顔に一瞬あの渡し屋の男が頭に浮かんだが、すぐに違うと分かった。あの男はその弛んだ腹をこれ見よがしに両手で抱えているような肥満体だったが、目の前のこの男は違う。

 

まるで有り余る筋肉をその小さな体躯に無理やり詰め込んだような、非常に力強い印象を受けた。強者独特の余裕を感じさせるようなその表情がそのイメージに拍車をかける。

 

一方の女の方はと言うと、簡素な木箱の上に座っていた。すぐ近くにはこの女のものと思しき杖が、テントの内側の天幕に立てかけてある。

 

緑色の髪の毛と服装、そして妙に尖った耳が印象的な女だった。体つきは華奢だが、不死人を見定めるようなその目つきからは男同様に強者の風格を匂わせている。

 

「下手に動こうとは思わぬ事だ。何か不審な動きを見せれば、少しばかり痛い目を見る事になるぞ」

 

目の前の男の言葉に、不死人はようやく自身の置かれた状況に気が付いた。

 

不死人は両腕を後ろ手に縛られており、テントの主柱に鎖で繋ぎ止められていたのだ。鎖は二重、三重に巻きつけられてはいたが、少し本気を出せば千切るのは容易に思える。

 

「言っておくが、その鎖を千切れば私たちは全力でお前を無力化する。鎖を千切る事くらいお前には容易だろうが、一瞬でも動きが止まればそれで十分なのだからな」

 

不死人の考えを感じ取ったかのように、今度は女の方が口を開いた。何気なく座っているように見えるが、その手はいつでも傍らに立てかけられている杖に伸ばせるようにしている。

 

「ふむ……。これは一体どういう状況だ?」

 

不死人はおもむろに口を開いた。確か最後の記憶は、金髪の少女が放った左肩への突きを何とか止めた所までだったはずだ。少し抉られてしまったが。

 

「自分が何をしたのか覚えていないのか?」

 

「見慣れない装備の四人組と戦ったところまでは覚えている。ところで……ここはどこなんだ?それにお前たちは?」

 

男の質問に不死人は答え、自らもまた質問を返す。その様子に男と女は……ロキ・ファミリア最古参メンバー、ガレス・ランドロックとリヴェリア・リヨス・アールヴは顔を見合わせる。

 

そしてリヴェリアが口を開き、不死人が気を失っていた間の出来事を語り始めた。

 

 

 

 

 

「それで、アイズたちはいきなり襲い掛かって来たこの男と交戦してきたって事だね?」

 

遠征の途中であるロキ・ファミリアが現在休息を取っている第五十階層。彼らは巨大な一枚岩の上に野営地を構え、その至る所に団員たちが張ったテントが見受けられる。

 

そんな中、少し離れた所に一張りだけのテントがあった。まるで隔離されたかのような位置にあるそのテントの中には、ロキ・ファミリアの重要人物たちが首を揃えていた。

 

「はい、団長。一応こいつが持っていた武器は、今も第四十九階層の『闘技場』に放置したままです。取って来いと仰るなら、今すぐにでも戻りますが……」

 

「いや、いいよ。確かに気にはなるけれど、ティオネたちも今帰ってきたばかりだしね。少しの間だけど、遠征を再開させるまでゆっくり体を休ませておいてくれ」

 

「団長ぉ……!はいっ、わかりましたぁ……!」

 

木箱の上に座っている一人の小人族(パルゥム)…ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナからの労いの言葉に、先程の出来事を報告したティオネは頬を紅潮させ、体をくねらせながら従順に頷く。

 

そんな姉の姿を見て、うわー、と半眼になるティオナ。その隣にいるベートは不機嫌そうな顔でテントの天井を見上げ、アイズはと言うと相変わらずの無表情で、フィンの判断を待っている。

 

「それにしても……彼は一体何者なんだろうね」

 

フィンは視線をティオネから外し、テントの柱の方に向ける。そこには先程の戦闘の切っ掛けとなった張本人である不死人がおり、鎖で両腕を後ろ手に縛られている。ベートの蹴りが効いたのか、未だに気を失っている。

 

モンスター狩りから帰ってきたアイズたちは、すぐにフィンに戦闘になった事を話した。フィンは何名かの団員に急いでテントをもう一張り増やすように指示し、野営地から少し離れたこの場所にテントを設けた。

 

そしてアイズたち四人に加え、ガレスとリヴェリア、そして彼女の後釜を任されているエルフの少女、レフィーヤ・ウィリディスも交えてより詳しい話をティオネから聞いた。

 

オラリオでも屈指の実力を誇る、天下のロキ・ファミリア。その中でも実力者であるアイズたちに襲い掛かって来たと言う事実を重く受け止めたフィンは、こうしてロキ・ファミリアの中核メンバーのみの緊急会議を開いた、と言う訳である。

 

「盾を持っていたかと思えば、その手にはクロスボウ。剣を弾いたかと思えば、次の瞬間には斧が握られていた……。にわかには信じがたいね」

 

「でも本当に見たんだもん!ちょっと目を離したら、いつの間にか新しい武器を持ってたんだよっ!」

 

「もちろんティオナたちの話を疑っている訳じゃないさ、魔力が封じ込められた壺の事も含めてね。でもそんな魔法みたいに新しい武器が次々に出てくるなんて、今まで耳にした事がなくてね」

 

それに、とフィンは一呼吸おき、手の中に収められているそれに視線を落とす。

 

「魔力が付加されたボルトなんて言うのも、聞いた事がない」

 

フィンの手に握られているもの、それはアイズがあの時に拾ったボルトだ。始めに聞いた時は半信半疑だったが、アイズから渡された現物からは確かに微弱ながらも魔力を感じる。

 

「これらが今は途絶えたされとるクロッゾの一族が過去に作ったものなのか、はたまたかの万能者(ペルセウス)の手による新しいマジックアイテムなのか……。どちらにせよ、世に出回れば大騒ぎになるじゃろうな」

 

「そうだね。ティオネが受けた火柱を上げるボルトは先端に火薬か何かを付けていたなら筋は通るけど、これはボルト自体に魔力が付与されている。こんなものがあったと知れれば、どこのファミリアも喉から手が出るほど欲しがるだろうね」

 

オラリオに住む冒険者たちにとって魔法の力が付加された武器、つまり魔剣はかなり魅力的な存在だ。それもそのはず。誰でも使える訳ではない魔法の力を、剣を振るうだけで再現できるのだから。

 

使い過ぎれば砕けてしまう魔剣、しかしあるのと無いのとでは冒険者のダンジョン攻略の成功率は大きく変わってくる。ダンジョンの中には魔法が効果的なモンスターもいるからだ。こういった事もあり、魔剣はかなり高額な金額であっても取引されている。

 

そんな強力な力が誰でも扱えるクロスボウや飛び道具に適用されたと知られれば、誰もが食いつくだろう。ボルトという消耗品に付加されている事から、もしかするとすでに量産化の目処が立っているのかも知れない。

 

「まぁなんにせよ、この彼が目を覚まさないと詳しい話も聞けないね。その間、誰かが彼を見張っていないといけないけど」

 

「で、でも冒険者依頼(クエスト)はどうするんですか?アイズさんたちと互角にやり合ったんですよね?この人……」

 

「互角じゃねぇ!こんな雑魚と一緒にすんなっ!」

 

「はひぃ!?ご、ごめんなさいぃ!!」

 

冒険者依頼(クエスト)の事を心配したレフィーヤにベートが噛み付く。レフィーヤの近くにいたリヴェリアはベートを諌めつつ、フィンに話しかける。

 

「この男の見張りは私がやろう。遠征中の戦闘で消耗した精神力(マインド)がまだ十分に回復していないが、それくらいなら出来るだろう」

 

「厄介ごとを押し付けるようで悪いね」

 

「構わない、だが私の本分は魔導士だ。万が一に備えて、誰かもう一人ここに残してほしい」

 

「ンー、そうだね……」

 

リヴェリアの提案に、フィンは顎に手をあてながら思案する。アイズたちが見守る中、フィンは己の出した結論を口にする。

 

「ガレス、済まないが今回の冒険者依頼(クエスト)への参加は見送ってくれ。そしてリヴェリアと共に、彼の見張りを頼みたい」

 

「ふむ、まぁ、妥当な判断じゃろうな」

 

ガレスは片目を閉じ、蓄えた髭を撫でながら頷く。

 

「納得してくれてありがとう。それとみんな、今回はこの冒険者依頼(クエスト)を達成したら、一度地上へ帰還する事にする。彼の正体が掴めない以上、一緒に深層へ連れて行く事はできないからね」

 

こうして不死人の見張り役はガレスとリヴェリアという、オラリオでも数少ないLv6二人がかりという事になった。本来の目的である未到達階層の開拓は中止となってしまったが、団長であるフィンの決定に異論を唱える者はいなかった。

 

その後、アイズたちは冒険者依頼(クエスト)を遂行するために、簡単な話し合いを始める。

 

今回の冒険者依頼(クエスト)はディアンケヒト・ファミリアから発注されたもので、その内容は“カドモスの泉水から要求量の泉水を採取すること”だった。フィンはこの要求量の事も加味し、二手に分かれて行動することにした。

 

一班、アイズ、レフィーヤ、ティオネ、ティオナ。

 

二班、フィン、ベート、ラウル。

 

Lv4のラウル・ノールドをサポーターとして迎え、フィン達は目的の泉水がある第五十一階層へと潜って行った。

 

 

 

 

 

「……とまぁ、こんなところだ」

 

リヴェリアは冒険者依頼(クエスト)の件は適当にはぐらかしながらも、不死人が気を失っていた間の出来事を語り終えた。不死人にとっては冒険者依頼(クエスト)だのダンジョンだのと聞いたことも無い単語ばかりだったが、どうやらこの場所は今まで自分がいた場所とは根本的に違うのだろうと予感した。

 

「さて、こちらからの話は済んだ。次はお前が何者なのか、なぜアイズたちを襲ったのかについて、聞かせてもらおうか」

 

「アイズ?」

 

不死人はつい聞き返してしまった。恐らくは先程交戦した四人組のうちの一人なのだろうが、誰が誰なのか全く見当がつかない。

 

「お前の肩に傷を負わせた、あの金髪の少女だ。……お前は『剣姫』を知らないのか?」

 

不死人の心中を察したのか、リヴェリアがアイズの特徴について教える。そのでようやく不死人は、あぁ、あの少女か、と思い至る。

 

「生憎と世間の事に関しては疎くてな。しかし、いきなり攻撃を加えた事に関しては済まないと思っている。直前まで亡……モンスター共と戦っていてな。休息中にいきなり兜を揺り動かされ、つい反射的に手が出てしまった」

 

「ではなぜそこで剣を引かなかった」

 

「冷静じゃなかったのさ。かなりの連戦で、目に映る者すべてが敵に見えたんだ」

 

不死人はリヴェリアに話を合わせ、口から出まかせを言う。先程の話を聞くに、アイズたちは戦う前に不死人が言った事を伝えてはいないようだ。せいぜい狂人の世迷言と片付けたのだろう。

 

つい亡者と言いかけてしまったが、出まかせを悟られないような口調が功を奏したのか、リヴェリアとガレスは不審に思いながらも、一応は納得したようだ。

 

「まぁいい。では次に、お前の名前は何という?主神の名前はなんだ?」

 

リヴェリアの鋭い視線と共に放たれた質問に対し、不死人はどうしたものかと考える。

 

まず自分の名前などはとっくの昔に忘れてしまっている。長い……永い不死人としての旅路の中で、そんなものはかき消されてしまった。

 

次に主神の名前だが、なぜ今この場面でこんな事を聞かれるのか分からなかった。

 

不死人は知る由も無いが、冒険者とは神と契りを結び、そうして得た力、つまりは『恩恵』によって自らの身体能力などを強化する。ダンジョンに潜る者にとって『恩恵』とはなくてはならないものであり、そこには必ず神が関わってくる。

 

冒険者ならば答えられて当たり前のこの質問に対し、不死人は必死に頭を回転させる。

 

(神の名前?確か名を刻む指輪には、いくつか神の名前が彫ってあったはず。しかし、この者たちがそんな質問をするからには、そこから何か情報を得ようとしているに違いない。もしも不味い事を言ってしまえば、俺の今後の処遇にも影響するか……)

 

「どうした、答えられんのか?」

 

ガレスの詰問するような声に、不死人は腹を決める。自分は腹芸は得意ではない、ならば無駄にあれこれ考えずに勝負に出てみよう、と。

 

「俺の名前は、ファーナムだ。主神の名は……クァト。そう、クァトという」

 

不死人は己が身に着けている装備の名前でもあるファーナムを偽名として使うことにした。主神に関しては、名を刻む指輪に彫られていた名前から適当なものを選んだ。

 

「ファーナム……そんな名前の冒険者、聞いたことが無いわい」

 

「クァトという神も、私は知らない」

 

「世の中は広いと言う事だ。自分の知っている事だけが世界の全てという訳でもあるまい?」

 

訝しむ二人に不死人……ファーナムはこの話を半ば無理やりに押し通す。ここで挙動不審になれば、それこそこの出まかせがばれてしまう。ファーナムは努めて堂々とした態度を取る。

 

「まぁ地上に戻れば分かる事じゃ。それまでは大人しくしておけ」

 

「その際にはあの魔力を帯びたボルトに関しても、詳しく聞かせてもらおう」

 

リヴェリアとガレスは一先ずファーナムに対する詮索を止めた。これ以上あれこれ詮索するより、見張る事に集中しようという事だ。今の所ファーナムは暴れようとは思っていないが、どうにかこの場から脱出する手立てはないかと密かに思案する。

 

「……ん」

 

「どうした、リヴェリア?」

 

「いや、キャンプの方から何かおかしな音が聞こえた気がした。少し様子を見てくる」

 

「あぁ、こやつの見張りは任せておけ」

 

そう言ってテントを出るリヴェリア。立てかけてあった杖を持って出て行った彼女を眺めながら、ファーナムはこの場に残ったガレスに話しかける。

 

「お前は行かなくていいのか」

 

「ふん、おぬしを見張っておかねばならんのでな。それと見張りが儂一人になったからと言って馬鹿な気は起こすなよ。鎖がある以上、儂の方が先手を取れる」

 

「分かっているさ、そんな事……」

 

ファーナムはガレスとの会話を打ち切り、再び思案する。

 

先程の会話から察するに、恐らくここはドラングレイグとは異なる場所なのだろう。ダンジョンやら主神やら冒険者やら、聞き慣れない単語が次々に出てきたことがその考えに拍車をかける。

 

では、この場所はどこの国に属しているのか。ミラか、リンデルトか、メルヴィアか、はたまた全く知らない国か。

 

次に頭に浮かんだのは、仮にここから脱出したとして、その後はどう行動するかと言う事だ。ダンジョンと言う以上、それなりに複雑な構造をしているのだろう。おまけに先程リヴェリアから聞かされた話から、どうやらここは第五十階層である事が判明した。

 

つまり、地上に戻るまでに、あと四十九階層分は上がらなければならないという事だ。

 

一層分の大きさがどれほどかは見当が付かないが、エスト瓶が残り二口分程度しか残されていない事を考えると、ここで無理に脱出を試みるのは得策ではないように思えた。

 

さて、どうしようか。ファーナムがこれからの事について再考しようとした、その時。

 

 

 

『うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?』

 

 

 

けたたましい悲鳴が聞こえてきた。発生源はどうやらキャンプからの様で、バキバキッ、と物が壊れるような音まで聞こえてくる。

 

「なんじゃっ!?」

 

ガレスとファーナムはこの音に反応し、ばっ!と顔をキャンプの方へと向けた。テントの中なので外の様子がどうなっているのかは不明だが、何かしらの異常が起こっている事は明らかだった。

 

「行かなくていいのか?」

 

「……くっ!」

 

ファーナムの声がガレスの耳に入り込む。ガレスは一瞬躊躇ったが、ファーナムを置いてテントの外へと出て行った。ファーナムの見張りよりもキャンプで起きた事態の確認の方が重要だと判断したのだ。

 

ガレスが出て行き足音が遠のいてゆくのを確認したファーナムは腕に力を込め、自身を戒めている鎖を引き千切る。ジャラジャラッ、と鎖が地面に落ち、ファーナムはようやく立ち上がる事が出来た。そしておもむろに光る石の様なものを取り出し、それを握り潰した。

 

取り出したものは輝雫石だ。エスト瓶の中身が残り少ない以上、ファーナムは切迫した状況ではない限り雫石によって体力を回復しようと決めた。続けざまにもう一つ握り潰し、肩の傷を含めてアイズたちとの戦闘で消耗した体力が回復するのを感じる。

 

ここでファーナムはアイズたちとの戦闘で使用した武器が、手元から無くなっている事に気が付いた。兜の中で目を閉じ精神を集中させれば、遠くから自身のものと思しきソウルの気配が感じられる。どうやら破壊されてはいないらしい。

 

一先ず安心したファーナムはテントから出る。そして、キャンプで起きている異常の正体を目の当たりにした。

 

「盾、構えぇ!!」

 

「クソッ、槍が溶けて……っ!?」

 

「誰かこっちに治癒薬(ポーション)ちょうだい!!」

 

そこには戦場とも言える光景が広がっていた。

 

ロキ・ファミリアの団員達は、得体の知れない芋虫のようなモンスターたちと戦っていた。巨大な一枚岩の上に設けられたキャンプ地に侵入した芋虫たちと、未だに一枚岩の側面に張り付いている芋虫たちの数を合わせれば、その数は優に100を超えている。もしかすると、ファーナムが戦ったあのモンスターの群れよりも多いか。

 

芋虫は動きも鈍く対処は容易に思えたが、何故か団員たちはかなり手こずっているようだ。不思議に思ったファーナムだったが、すぐにその理由が判明した。

 

あの芋虫に対して攻撃を加えた武器が、片っ端から溶け出しているのだ。また芋虫が吐き出す液体も同様で、防いだ盾もあっという間に溶かされている。

 

どうやらあの芋虫の体液は強力な酸で出来ているらしい。そんな芋虫がこれほど群れを成しているのだ、これは不死人であってもたまったものではない。団員たちの表情には一様に混乱と焦りが浮かんでおり、これ以上攻め込まれないようにするだけで精一杯と言った様子だ。

 

(……まぁ、俺には関係ないか)

 

ファーナムはそんなロキ・ファミリアの様子をテントの影から覗き見つつ、この場から離れるべく、踵を返した。そんな彼の背中に、若い女の悲鳴が叩き付けられる。

 

「いやっ、来ないでぇ!?」

 

振り返って見てみれば、そこには尻もちをついた一人の女の団員の姿があった。手にしていたと思われる盾と槍は地面に転がり、煙を上げて溶け出していた。もはや使い物にならないだろう。

 

女の前、ほんの3Mほど先にはあの芋虫の姿があった。口から腐食液を垂らしつつ、芋虫は女に追撃を放とうとしている。仲間の団員も女を助けようとしているようだが、目の前にいる別の芋虫が邪魔で思うように進めない。

 

「だっ、誰、誰か……!!」

 

女は歯の根をかちかちと鳴らしながら芋虫を見上げている。恐怖に彩られ、涙を流しながら目を見開く女の姿を見てしまったファーナムは、無意識の内に行動していた。

 

(やれやれ、とっくに擦り切れていたと思ったのだがな)

 

ファーナムは芋虫に狙いをつけながら、頭の中で独り言を呟く。

 

(こんな俺にも、まだ人情とやらが残っていたらしい)

 

次の瞬間、一本の矢が放たれた。風を切って放たれたそれは、一直線に芋虫へと向かっていった。

 

 

 

 

 

女は目の前の光景に絶望していた。手にしていた盾と槍は芋虫の吐き出した腐食液によって溶かされ、助けてくれようとしている仲間も芋虫が邪魔でここまで来れない。

 

芋虫は頭を高く上げ、腐食液を吐き出す姿勢を取る。女の脳裏には腐食液を浴びた武器の姿が浮かび、恐怖に顔を引きつらせる。

 

「だっ、誰、誰か……!!」

 

あぁ駄目だ、死んでしまう。女がそう直感した、次の瞬間。

 

女の頭上を一本の矢が通り過ぎた。その矢は腐食液を吐き出そうとしていた芋虫の口腔内へと深く突き刺さり、芋虫は耳障りな悲鳴を上げて絶命する。

 

「……え?」

 

べちゃりっ、と腐食液を撒き散らしながら倒れる芋虫を見た女の口から、そんな間の抜けた声が零れる。茫然とする女の顔に、突如影がさす。

 

見上げてみれば、女の背後には金属鎧に身を包んだ男が立っていた。手には黒い弓が握られており、無駄な装飾が一切ないその弓を見て、綺麗だな、と女は場違いな事を思った。

 

「無事か?」

 

「えっ、あっ、は、はい!」

 

「なら良い」

 

男はそう言うと腰に着けている矢筒から次の矢を取り出し、黒い弓に装填する。戦場と化し混乱が支配するこのキャンプで、女はこの男の存在を、何故かとても頼もしく思えた。

 

「……まぁ、後の事は後で考えるか」

 

男のそんな呟きは女の耳には届かず、戦場に解けて消えていった。

 




エスト瓶についてですが、12回使用できるのと、12本あるのと、どちらが自然でしょうか。

今のところは12本あることにしていますが、不自然に感じられる読者の方が多いようでしたら、12回使用できるという風に変更したいと思います。

お手数ですが、よろしければお知らせ下さい。

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