不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第三十三話 戦いの後

夜中に起きている団員はほとんどおらず、気付かれずに本拠(ホーム)を出るのは容易だった。正面は他の団員たちが見張りをしているため、助走をつけて塀を飛び越える事により外へと出る。

 

タンッ、とほとんど物音を立てずに着地を決めるファーナム。しかし彼が顔を上げてみれば、そこには見知った顔の女性が立っていた。

 

「……ロキ」

 

「よっ。こんな時間に奇遇やな、ファーナム」

 

特徴的な糸目を弓なりに曲げ、いつもの軽薄そうな笑顔で挨拶してくるのは【ロキ・ファミリア】主神、ロキその(ひと)だ。

 

彼女は通りの壁に背を預けたまま、首だけをファーナムの方へと向けていた。手には葡萄酒の入ったグラスが握られており、もう半分ほどに減っていた。

 

「何をしている?」

 

「んー?見れば分かるやろ、月見酒しとるんや。たまにはこうして一人で飲むんも良いかなぁ思て」

 

「……わざわざこんな場所でか」

 

「んっふっふ。どや、ミステリアスやろ?」

 

そう言ってロキは壁から背を離し、つかつかと歩み寄ってくる。

 

その間ファーナムは立ち尽くしたままだった。動く気はないのか、彼女が歩みを止めるまで身じろぎ一つもしない。

 

目の前にまでやって来たロキは、ファーナムを見上げながらこう続けた。

 

「まぁ冗談はこれ位にしといて……実はここで待っとったら、ファーナムが来るんちゃうかなあって思たんよ」

 

「根拠は?」

 

「帰って来てからの様子がいつもとちゃうのと……後はまぁ、勘やな」

 

にやりと笑い、グラスに残った酒を呷るロキ。

 

何て事のないように言っているが彼女の観察眼の鋭さは確かなものだった。こうして正面以外から出たにも関わらず、先回りされているのが良い証拠だ。

 

ファーナムは内心で諦めの籠った溜め息をつく。彼女がどういった理由で先回りしていたせよ、見つかってしまった以上は本拠(ホーム)へと連れ戻されるだろうと思ったからだ。24階層での騒動(あれだけの事)があった後なのだ、それも当然であろう。

 

しかしファーナムの予想に反して、ロキは一向に連れ戻そうとはしてこない。それどころか、彼に道を空けるように身体を横へとずらしたのだ。

 

「……良いのか」

 

「何が?」

 

すっとぼけるように、ロキはそんな言葉を口にする。

 

ファーナムが何を言わんとしているのか分かっていない訳がない。それなのにロキは知らん顔をして、それ以上は何も言おうとはしなかった。

 

しばしの間を置き、ファーナムは足を進ませる事にした。遠くには魔石灯の明かりが見え、そこがメインストリートへと繋がっている道である事を示している。そこを目指し、口を噤んでただただ歩く。

 

「ファーナム」

 

時間にして十秒ほど。

 

すでに姿が小さくなりかけているロキから掛けられた声に、ファーナムは肩越しに振り返る。

 

「今は言いたくないんは分かる。ウチも無理に聞き出そうとは思わん。せやけど……整理がついたら、ちゃんと話してな」

 

「………」

 

自らの主神から掛けられたその言葉に、ファーナムは返答が出来なかった。

 

そして彼女を振り切るように、あるいは彼女から逃げるように―――――夜のオラリオへと消えていった。

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴ……という、岩が擦れ合う音。

 

思えば彼の地、ドラングレイグでもこのような仕掛け扉が各所にあったものだ。そんな何て事のない事を思い出しつつ、ファーナムはその先へと足を踏み入れた。

 

「やあ、ファーナム」

 

彼を出迎えたのはフェルズだった。

 

いつも通りの薄暗い空間、その奥に鎮座するウラノスのもとへと近付いてゆき、開口一番にファーナムは告げる。

 

「24階層の件……そこで黒騎士たちと交戦した」

 

「黒騎士?」

 

それに声を発したのはフェルズである。彼は二人の方へと近付きつつ、沸き上がった疑問をファーナムへとぶつける。

 

「ファーナム、その黒騎士とは?」

 

「詳しくは分からんが、恐らくは過去の……そう。俺が不死人となるよりもずっと以前に存在した、光の王に仕えたという騎士たちの成れの果てだ」

 

「そんな者たちが……!」

 

「その身を業火に焼かれ、灰と化した後も巡礼たちの試練となって立ちふさがった。そんな逸話に相応しい、手強い相手だった」

 

フェルズが慄く中、ファーナムはウラノスへと顔を向ける。

 

大神の名を関する彼は、それに相応しい貫禄をもって沈黙を貫いたまま。石造りの椅子に座したまま、閉じていた双眸を開き向けられた視線を真っ向から迎える。

 

「……ウラノス、もう認めるしかないな」

 

「ああ」

 

短く言葉を交わす両者。

 

やがてウラノスは―――珍しく嘆息し―――重く口を開いた。

 

「……私にも感知できない入口(・・)が、ダンジョンにある」

 

 

 

 

 

「……お客さん、大丈夫ニャ?」

 

「ああ、問題ない」

 

猫人(キャットピープル)の従業員の心配そうな声がファーナムに掛けられる。

 

現在ファーナムがいる場所は『豊穣の女主人』。ロキがよく団員たちと宴会を開く、オラリオでも人気の食事処兼酒場である。

 

時刻はまだ朝。一日の英気を養うべく朝食をとる人々に紛れて、ファーナムは一人カウンターの隅で酒を飲んでいた。

 

目の前の台には外した兜に、飲み干した酒瓶が3本。木で出来たジョッキに並々注がれていた葡萄酒はすでに底が見え始め、間もなく飲み干してしまうだろう。にも関わらず、当の本人は少しも酔っている様子はない。

 

「………」

 

ファーナムは無言のまま、ジョッキに残った葡萄酒を飲み干す。そして間髪入れずに新たな瓶を注文し、見目麗しい従業員を困らせてしまう。

 

「すまない、追加を」

 

「お客さん、流石に朝から飲み過ぎじゃ……」

 

「頼む」

 

「……はい」

 

普段であればこの店の主人がこんな事は許さない。

 

朝は食事を、夜は酒を提供するこの店はそこの所はしっかりしている。朝まで飲んだくれている馬鹿に出す酒などない、と。それでもファーナムに酒を振るまっているのは、入店した時の彼の様子が原因だ。

 

泥酔している訳でもない、しかしどこか普通とは違う。何とも言い難い彼の様子に、店の主人は何も言わず酒を出してやれと従業員に促した。

 

それからはずっとこの調子だ。

 

何も語らず、一人静かに酒を飲み続ける。まるで置物のようにそこに居続けるファーナムに、店を訪れる人々は奇異の目を向けていた。

 

朝に食事も取らず、延々と酒を飲んでいればそれも仕方のない事だろう。従業員もそれを感じ取りファーナムにやんわりと退店を促すも、言動もしっかりとしているため無理に追い返す訳にもいかない。

 

いっそ暴れてでもくれたら……と物騒な考えを抱き始めた従業員の少女たちの胸中など知る由もないファーナムは、運ばれてきた瓶の封を切り、無言でジョッキに注ぐ。

 

しばし深い紫色の湖面を眺めるも、やがて彼はそれをぐいっ、と一気に呷る。心地よい葡萄の風味が鼻から抜け、しかしそれに何の感情も抱く事もなく、空になったジョッキをカウンターの上に置いた。

 

「………」

 

人々の楽しそうな声を耳にしながら、ファーナムは一人思う。『何をしているのだろう』と。

 

二日前。24階層から帰還してからずっと胸の内に渦巻くあれこれを抱き続け、それを誰かに打ち明ける事も出来ずにいるファーナムは、逃げ場としてこの場所を選んだ。黙々と酒を飲んでいるのだって、ただの時間潰しでしかない。

 

まさしく時間の無駄。いたずらに時を浪費させながら、それでも今の彼にはこの場所から動く気になれなかった。

 

「あのお客さん、大丈夫かな」

 

「あの人って【ロキ・ファミリア】の団員でしょ?ほら、確か前の遠征帰りのお祝いにいた……」

 

「こんな朝から飲んだくれているなんて、だらしないニャー」

 

厨房付近では従業員の少女たちがこそこそとファーナムについて話していた。普段見ない客の姿に、つい仕事そっちのけで噂話に興じているのだ。

 

そんな少女たちに、間髪入れずに落ちてくるのはこの店の主人の雷だ。

 

「コラァ、馬鹿娘ども!くっちゃべってないで手ぇ動かしな!!」

 

「「「 うひゃあっ!? 」」」

 

その怒号に少女たちは蜘蛛の子を散らしたかのように各自の持ち場に戻る。少しでも手を抜けばこのように雷が、あるいは主人の鉄拳が落ちてくるのはもはやこの店のお決まりで、それを見ていた他の客たちの肩まで思わずハネ上がる。

 

「ふんっ、全く……」

 

だらしない従業員たちに嘆息しながら、店の主人は視線をカウンターへと向ける。

 

その視線の先にいるのは件の飲んだくれ。彼は相変わらずジョッキに注いだ酒を飲み、空になったそれに再び酒を注いでいる。その姿に愉快さはなく、ただただ陰気な雰囲気が漂っていた。

 

やがて店の主人は厨房へと帰っていったが、すぐに姿を現した。その手にあるのはカップに注がれた黒い液体……コーヒーだ。暖かな湯気を上げるカップを手に、彼女はづかづかと無遠慮にファーナムのもとへとやって来る。

 

「ほらよ」

 

「?」

 

カチャ、とファーナムの目の前に置かれたコーヒー。

 

受け皿はなく、直にカウンターへと置かれたカップ。突然現れたそれに、ファーナムは店の主人へと直に疑問をぶつける。

 

「頼んでいないのだが……」

 

「ああ、あたしが勝手に持ってきた」

 

店の主人はその疑問に臆する事無く即答した。まるで当然の如く放たれた回答にファーナムは面食らい、つい言葉を失ってしまった。

 

そんな彼に、店の主人は更に言葉を投げ掛ける。

 

「酒ってのはねぇ、楽しんで飲むもんだ。アンタの主神だっていつも言っているだろう?」

 

その言葉に、ファーナムはハッとした。

 

顔つきの変わった彼に、店の主人は面倒臭そうな顔をしながら続ける。

 

「何があったのかは知らないが、ここは飯と酒を提供する場なんだ。これ以上そんな辛気臭い顔で酒を飲まれてたら、こっちも良い迷惑なのさ。それを飲んだらさっさと帰っとくれ」

 

乱暴な言葉ながら、そこには確かに労わりの色が見え隠れしていた。

 

そう言えば以前にガレスたちが話していたのを小耳に挟んだ事がある。この店の主人は、かつて冒険者であったのだと。そんな彼女だからこそ、ファーナムの纏っていた雰囲気がどこか尋常とは異なるのだと察知出来たのではないか。

 

「……ああ」

 

そう言ってファーナムはカップを手に取り、静かに口をつける。

 

特有の苦みの中にある様々な風味が口の中に広がり、酒とはまた違った旨味を与えてくれる。その味を舌に刻み付けるようにゆっくりと、時間をかけて一杯のコーヒーを味わった。

 

数分後。空になったカップをカウンターに置き、ファーナムは酒代を含めた代金を店の主人へと手渡す。

 

「美味かった」

 

「はん、その様子じゃあまだ酔っぱらってはいないようだね」

 

豪快な冒険者を思わせる気持ちの良い笑みを浮かべた彼女は代金を受け取ると、そこから一枚だけ硬貨を抜き取り、それをファーナムへと返した。

 

どうやらコーヒーの代金はいらないという事らしい。どこまでも気持ちの良い彼女の心意気に、思わず小さな微笑みが浮かんでしまう。

 

「さあ、行った行った!これからウチはもっと忙しくなるんだからね!」

 

パンパンと手を叩き退出を促す店の主人に軽く頭を下げ、ファーナムは席を立つ。

 

店の扉を開き、いざ外へと出て行こうとする。そんな彼の去り際の背に、最後の一声が浴びせられた。

 

「今度朝に来るときはちゃんと飯を頼みな!冒険者は身体が資本だよ!」

 

「……ああ、必ず」

 

そう言って、今度こそ店を出てゆく。

 

朝のオラリオに相応しい、人々の喧噪がファーナムを出迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安いよ安いよ!採れたて新鮮な野菜、買わなきゃ損だよ!」

 

汽水湖(ロログ)産の巨大魚(ドドバス)はいかが?ニョルズ様も太鼓判を押す大物さ!」

 

「そこの冒険者君!ジャガ丸くんはいらないかい!?頼むよ、ボクを助けると思ってぇえ!?」

 

野菜を売る者、魚を売る者、揚げ物を売ろうと奮闘するツインテールの少女(神であろうか?)……様々な者たちが各々の目的をもって行動し、朝のオラリオに活気を与えている。

 

その中には当然冒険者たちの姿もある。ある者は剣を、ある者は弓を、またある者は杖を手に、モンスターの跋扈(ばっこ)するダンジョンへと赴くのであった。彼らの目指す場所は同じであるため、当然同じ方向へと進んでゆく。

 

その流れに逆らうようにして、ファーナムはバベルとは逆の方向へと歩いていた。

 

『豊穣の女主人』を出た彼であったが、しかし別に目的地がある訳ではなかった。そもそもあの場所で飲んでいたのだって時間潰しでしかなかったので、当然と言えば当然なのだが―――ともかく今の彼は、あてもなく街を歩いているだけである。

 

やがて彼の目は一件の建物に留まった。吊るされている木の看板は開かれた本の形をしており、一目でそれが本屋である事を教えてくれる。

 

しばし考え、ファーナムは店内へと足を踏み入れた。マナーの良い行為とは言えないが、ここで立ち読みでもしていればそれなりに時間を潰せるだろうと踏んでの事だった。

 

「いらっしゃ……」

 

本屋の主人は鎧姿の冒険者がやってきた事にぎょっとするも、特に何かを言ってくる事はなかった。変な言いがかりをつけられては堪らないというのもあるのだろう、僅かな罪悪感を抱きつつも、ファーナムは並べられた本たちへと視線を向ける。

 

勉学の本に哲学書、料理本や酒に関する本。種類ごとに並べられている棚が異なるあたり、この本屋の品揃えはかなり良いと言える。どれも埃をかぶる事なく陳列されており、手入れもしっかり行き届いているようだ。

 

「……む」

 

興味を惹かれた本を手に取って悪戯にページをぺらぺらとめくっていたファーナム。そんな彼の目が、一つの棚の前でふと留まった。彼は並べられた本の内の一冊を抜き取り、その表紙へと視線を落とす。

 

描かれているのは巨大な竜。それに剣を向けている一人の騎士と、その足元に縋りつく一人の女の姿。英雄譚の一場面を切り取ったかのような表紙の上部には共通語(コイネー)で、この本のタイトルと思われる文字が書かれている。

 

「そうか、この棚は……」

 

ファーナムは眼前に広がる本の数々が、全て『冒険譚』に関するものなのだと理解する。

 

この本屋の中でもよく目に入る場所に確保されたスペースは他よりも広く、それだけ力を入れている事が窺えた。事実、本棚の中には新品と思しき小綺麗なものから若干古めかしいものまで、色々な本がある。

 

(これだけ多くの冒険譚があるとは……古今東西から収集しているのか、それともここがオラリオ(世界の中心)だからなのか)

 

その余りの多さに内心で驚嘆したファーナムは、この棚に的を絞る事にした。

 

他の本も悪くはないのだが、いかんせん料理やら哲学やらはファーナムからは縁遠いものだった。であれば、先人の知恵を拝借できるかも知れない『冒険譚』の方が興味を惹かれるのは当然の事である。

 

手にしている本を棚へと戻し、本格的に物色を始める。並べられた本の多くは、一日あれば読み終える事が出来る程度の厚さだった。

 

(そう言えば、ティオナが新しい本を欲しがっていたな)

 

そんな事をぼんやりと思いながら、ファーナムは背表紙に書かれた本の題名(タイトル)に目をやる。

 

 

 

『騎士ガラードの物語』

 

『ジェルジオの竜殺し』

 

理想郷譚(アルカディア)

 

 

 

これらは有名どころで、度々(たびたび)ティオナの話にも出てくるものだ。以前に話した――というよりも、彼女から一方的に聞かされた――事があり、内容は大体知っているのでスルーする。

 

ファーナムの視線は一か所に留まらず、次々に題名(タイトル)に目を通していった。

 

 

 

『強き男の伝説 ~その漢、ビッグM~』

 

『蠱惑の砂、誘惑の谷』

 

『双狼、相見(あいまみ)える ~西の青狼、東の隻狼~』

 

 

 

中々に面白そうな本もあるが、ファーナムの食指は動かない。これだけの中から一冊を選ぶという行為に思わぬ苦戦を強いられるも、根気強くその一冊を探してゆく。

 

そうして本を物色してもう10分は経とうかとした、その時だった。

 

「これは……」

 

遂にファーナムの目が、一冊の本に留まる。

 

題名(タイトル)を、『アルゴノゥト』。いつだったかティオナが口にした、彼女のお気に入りというお伽話だった。

 

「………」

 

手に取ったそれを眺め、そしてページを開く。

 

幼い子供にも人気な物語。読み終えるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄を夢見る青年はある日、邪悪な牛人によって連れ去られた王女を救うために旅に出た。

 

道中に出会う人々に時に助けられ、時に騙され。数々の苦難を乗り越え青年は、遂に牛人を打ち倒す。

 

一人では成し得なかったその偉業。

 

友から知恵を、精霊から剣を授けられた青年が、なし崩しに王女を助け出してしまう。

 

そんな、ある意味滑稽な、英雄の物語。

 

それが『アルゴノゥト』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キィ、と扉が開かれる。

 

「ありがとうございました」

 

本屋の主人は立ち去るファーナムへと声を投げ掛ける。その大きな背によって隠れた右手には、紙袋で包まれた本があった。

 

結局、彼は『アルゴノゥト』の本を購入したのだった。立ち読みで済ますつもりがつい買ってしまう事となり、我ながら柄にもない、と内心で思う。

 

兜の中で僅かに口角を吊り上げ、笑みを浮かべていたその時だ。

 

「おや、ファーナムではないか!」

 

店を出てすぐ。ファーナムから見て右手の方角から、気安げな声がした。そちらへと首を向けてみれば、そこにはよく知る顔があった。

 

椿である。彼女は鍛冶場での恰好ではなくきちんと上着を羽織っており、極東風の袖が風に揺られている。武器も無く、服装も動きづらい印象を受ける為、恐らくダンジョンへ向かう訳ではないのだろう。

 

「買い物か?」

 

「いや、武器を卸している店に少し用事があってな。その帰りだ」

 

言いながら、椿はこちらへと近付いてくる。

 

その表情はどこか楽しそうで、そんな態度を取られる覚えがないファーナムは、思わず戸惑ってしまう。

 

「一体どうしたんだ?」

 

「ふっふっふ。皆まで言わせるな、つれないのう」

 

含みのある笑い声を漏らす椿。彼女はその目をファーナムの腰辺り……正確にはそこに携えられた、一振りの直剣へと注ぐ。

 

「せっかく造ってやったというのに、使い心地の一つも教えてくれんのか?」

 

「……ああ」

 

ようやく合点がいったファーナムは、いかにも椿らしい、と思った。

 

鍛冶仕事にしか興味がないと言っても過言ではない、むしろそのイメージしかない彼女にとって、己が鍛え上げた武器の使い心地が気になるのは当然の事であろう。ましてファーナムの為に造ったのであれば、なおさらである。

 

とは言え、この直剣を手に入れてからまだ数日しか経っていない。いくらなんでも気が早すぎるのではとも思ったが、流石にそれを口にするのは野暮というものであろう。

 

ファーナムは素早く思考を閉ざすと、子供のように目を輝かせる椿に語り掛ける。

 

「良い剣だ。重過ぎず、長過ぎず。ダンジョンで使う事を第一に考えられた、まさに最高の鍛冶師(マスタースミス)に相応しい一振りだ」

 

「ふはは!よせよせ、こそばゆい!」

 

大袈裟に手を振る椿はファーナムから受けた称賛をそう笑い飛ばす。しかしその顔には確かな自信が滲み出ており、己が鍛え、送り出した武器に対する信頼の色が見て取れた。

 

自分の造ったものに慢心せず、常に高みを見据え続ける。未だ神々の造る武器の領域には程遠いと語る、実に彼女らしい返答であった。

 

「そうかそうか、手前の自信作はお主の手に馴染むものだったか!それは良かった!」

 

腕を組み、うんうんと頷く椿。

 

やがて彼女は顔を上げ、何かを決めたかのようにファーナムの肩をがしりと掴む。

 

「ファーナム、時間はあるか?」

 

「?……別に、用事はないが」

 

「よしっ!それならば!」

 

「お、おい!?」

 

言質を取ったとばかりに、椿は彼の肩を引っ掴んでずんずんと歩いてゆく。半ば引きずられる形でメインストリートへと合流したファーナムは、人の波に揉まれながら椿の後に付いて行った。

 

「どうした、どこへ連れて行くつもりだ」

 

「そんなに警戒するな、暇をしていたのであろう?」

 

前を歩く椿はそんな事を言いながら、くるりと振り返って笑みを向けてくる。

 

屈託のない笑顔を浮かべた彼女は、歩みを止める事なく口を開いた。

 

「なら、手前にその剣の手入れをさせてくれ。なに、手間賃などは取らんよ」

 

返答など待たず、椿はどんどん先へと行ってしまう。

 

もはや決定事項とばかりに歩を進ませる彼女に水を差す事など出来るはずもなく……結局、ファーナムは椿と共に、バベルへと向かうのであった。

 

 




少し長くなりそうなので、今回はここまでで。

酒に逃げたくなる不死人がいてもいいじゃない(なお酔えない模様)。



私事ですが、先日『隻狼』を買いました。

いやぁ。体幹システムやら忍義手やら、ソウルシリーズとは全く異なる仕様で苦労しました。今日ようやく鬼庭刑部雅孝を倒しましたが、今までで一番苦戦したのは侍大将山内典膳という。序盤でこれだったら、一体ラスボスは何回死ぬのか、今から戦々恐々としています。

でも狼殿かっこいいですね。義手っていうのも厨二心をくすぐられますし……ダンまちとのクロス小説、出ませんかね?
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