不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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遅れてしまい、申し訳ありません。年末が近づいて何かと忙しく……エタりはしませんので、その点はご心配なく。

また、感想を下さった皆様にも必ずご返信させていただきます。感想がモチベにも繋がりますので、今後も宜しくお願い致します。

それでは、どうぞ。


第四十五話 五人の臣下

現在【ロキ・ファミリア】の上級冒険者たち―――魔力『特化(ごくぶり)』と評されるレフィーヤを含む―――は、四つに分かれて行動していた。敵軍最奥にいる『闇の王』から見て右側にはガレスとベート、左側にはティオネとティオナが、中央はフィンとアイズ、そしてファーナムが、それぞれ一組となって戦場を駆けている。

 

そして、そんな彼らから一際離れた場所……後方にはリヴェリアとレフィーヤがいた。

 

「呼吸が浅いぞ。身体を強張らせるな」

 

「リヴェリア様……っ!」

 

戦場に点在する岩陰に身をひそめたリヴェリアは、傍らに立つレフィーヤへ気を配りつつも、戦場全体の流れを見極めていた。

 

衝突当初はまだはっきりと両軍が分かれていたが、時間が経つにつれて混戦の様相を呈している。このままでは、今自分たちがいる場所へ敵がなだれ込んでくるのも、時間の問題だ。

 

しかし、簡単にそうはさせない。

 

その為に二人はここにいるのだ。

 

「レフィーヤ、詠唱を」

 

「は、はいっ!」

 

リヴェリアに促され、レフィーヤは詠唱を始める。

 

彼女の攻撃魔法の威力はリヴェリアのそれと比べると劣るが、その分詠唱にかかる時間も短い。魔法という攻撃手段以外をほぼ持たない魔導士にとって、どれだけ早く詠唱できるかが、勝敗を分ける鍵と言ってもいい。

 

彼女自身それを強く自覚していたし、今回の『遠征』に向けて並行詠唱までも覚えた。もはや通常の詠唱にかかる時間は、以前よりも格段に短くなっていた。

 

「―――【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】!」

 

加えてレフィーヤの持つ魔力量は桁外れ。魔法に乗せる精神力(マインド)を多くつぎ込めばつぎ込む程、攻撃の威力も増すのだ。

 

「【帯びよ炎、森の灯火(ともしび)。撃ち放て、妖精の火矢】!」

 

足元に展開した魔法円(マジックサークル)から湧き上がる山吹色の光。それは次第に輝きを増してゆき、遂に最高潮に達する。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!」

 

最後の詠唱を終えたレフィーヤが岩陰から飛び出し、自身の杖《森のティアードロップ》を構えた。

 

「誰だッ!」

 

「!?」

 

異変を察知した闇の騎士の一人がこちらを振り向く。その不気味な白骨の仮面に気圧されそうになるが、背後から肩に添えられたリヴェリアの手がそれを阻止する。

 

「リヴェリア様……っ」

 

「安心しろ、私が付いている」

 

「ッ……は、いっ!」

 

偉大な師の教えを心に蘇らせ、レフィーヤは眦を裂いて敵を睨みつけた。

 

狙うべき地点はハッキリしている。ファーナムが呼び出した不死人たちと交戦中の、闇の騎士たちが密集している場所だ。

 

「―――【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

直後、数え切れないほどの炎弾が召喚され、敵陣へと殺到した。

 

それはまさしく火の雨。遥か頭上から降り注ぐ広範囲魔法に、闇の騎士たちは防御を余儀なくされる。

 

「ぐぅッ!?」

 

「ぎゃぁあああああっ!!」

 

悲鳴と絶叫が木霊する。

 

これが二人の担っている役割であった。敵兵がこちらになだれ込んでくる事を事前に阻止するため、均衡が崩れかけている場所へと魔法を放ち援護する。この働きによって、自軍深くまで潜り込んでくる敵の数は最小限に留められていた。

 

また、二人を囲うように常時展開されている翡翠の魔法円(マジックサークル)……リヴェリアの特殊技能(レアスキル)妖精王印(アールヴ・レギナ)の効果により行使した『魔法』の残滓は吸収され、円内にいる同族(エルフ)へと幾らかは『還元』される。

 

魔導士であれば喉から手が出るほど欲しいこの力で、精神力(マインド)の消費速度は極限まで抑えられている。並行詠唱を修めたレフィーヤからしてみれば、これ以上ないほどに自身の力を発揮できる場が整っているのだ。

 

しかし、魔法を行使した張本人の顔色は優れない。呼吸は浅く、杖を握る両手は力むあまりに真っ白になり、両足は震えている。

 

理由は明白。それはこの戦場が、いつもの見慣れたものではないからだ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

不死人とはいえ言葉が通じる敵。斬られれば赤い血を流し、死する直前には断末魔の叫びを上げる。その声はどれ一つとして同じものはなく、それがモンスターとの明確な違いだった。

 

(やはりこの子には、まだ荷が重すぎたか?)

 

そんな彼女を後ろから支えるリヴェリアもまた、苦しそうな表情を浮かべていた。

 

レフィーヤはまだLv.3。同レベル帯の冒険者と比べれば経験豊富なものの、これほどの大規模な戦闘に加わるとなれば話は別だ。リヴェリアは、この時ばかりは自身の持つ攻撃魔法……膨大な精神力(マインド)と引き換えの広域殲滅魔法しか持っていない事が、恨めしく思えてしまう。

 

「……レフィーヤ」

 

その特性ゆえ、気軽に魔法を行使できない。狙撃する地点を指示し、心折れぬように支えてやる。それしか出来ない自分に下唇を噛みながらも、彼女は心を鬼にして彼女に語りかけようとした―――――が。

 

「大丈夫、です……っ!」

 

リヴェリアの言葉を遮り、レフィーヤは小さく、しかし力強く言い切った。

 

【ロキ・ファミリア】の一員として、リヴェリアの後任として期待をされている身。オラリオ暗黒期を終結させた偉大な先達たちの背に追いつかんと、彼女もまた努力を積み重ねてきたのだ。

 

こんな所で怖気づいてなどいられない。エルフの少女は自らを鼓舞し、身体を支配しかけていた恐怖を渾身の力でねじ伏せる。

 

「私だって、やれます!」

 

「……そうか」

 

レフィーヤの強い言葉にリヴェリアは神妙な顔つきで頷き、肩に置いていた手を離す。そして思考を切り替え、次なる戦いの場を模索し始めた。

 

「では次はあちらの方へ行く。頼りにしているぞ、レフィーヤ」

 

「はいっ!」

 

二人は再び岩影へと身を潜め、目立たないよう細心の注意を払いつつ移動を開始する。

 

愛弟子が見せた成長に僅かに頬を緩ませるリヴェリア。その心には、もう一切の不安が消えていた。

 

 

 

 

 

離れた場所にいても分かる程の轟音。数多の火の雨が敵軍に降り注ぐ光景を、ベートは疾走しながら一瞥した。

 

「あの魔法はレフィーヤかのう」

 

「見りゃ分かるだろうが。あんな馬鹿魔力を持ってる奴がそうそういて堪るか」

 

並走するガレスへとぶっきらぼうに返答するベート。返ってきた予想外の言葉にガレスは片眉を上げ、少しばかり驚いた様子でその横顔に目をやった。

 

「意外じゃのう。お主がレフィーヤを認めるとは」

 

耄碌(もうろく)したか、ジジイ」

 

ハッ、と鼻を鳴らしたベートは、振り向く事もなく口を開く。

 

「あいつは雑魚だが腰抜けじゃねぇ。でなけりゃあ、こんな所まで来るかよ」

 

「……ほほぅ」

 

その言葉にガレスはにやりと笑う。

 

入団当初から全く変わっていない狼人(ウェアウルフ)の青年が持つ信条。他者には害悪としか思われない、思われても仕方がない態度を貫き通しているベートが垣間見せた、レフィーヤへの評価。

 

見るべきところはしっかりと見ておる、とガレスは胸中で小さく呟き、この若き冒険者もまた確かに成長しているのだという確信を得た。

 

「若造が。言うようになったではないか」

 

「うるせぇ。それより……また来るぞ」

 

ガレスの軽口を一蹴したベートが顎で前方を指し示す。そこには髑髏の装束を纏った集団、『闇の王』に仕える騎士たちが、徒党を組んで接近していた。

 

「あいつらだっ!」

 

「“王”の敵だ!!」

 

「殺せぇッ!!」

 

その数、およそ十。土埃をあげながら、二人を物量で圧し潰そうと殺意を滾らせている。

 

「全く、いくら倒してもキリがないのう」

 

「泣き言か?ンな事言う位ならその辺で勝手にくたばってろ」

 

ふぅ、と嘆息するガレスを尻目に、ベートは腰のホルスターから一振りの短剣を抜き放った。彼は腰を大きく撓め、そして―――

 

「俺がやる」

 

ダンッ!と、大きく跳躍した。

 

上空から闇の騎士たちを眼下に収めつつ、手中の短剣……緋色の刀身を持つ魔剣をくるりと逆手に構え、その切っ先を右足のメタルブーツ《フロスヴィルト》に据えられた黄玉へと、突き立てるようにして()てがう。

 

刀身からは急速に色が失われ、遂には砕け散ってしまう魔剣。しかしその魔力は、新たな武器へと引き継がれた。黄玉は緋色に変わり、伴ってベートの右足全体を紅蓮の炎が包み込む。

 

「上だっ!!」

 

敵の一人がそう叫んだ。上空からの襲撃に対し、彼らはダークソードの切っ先を掲げて迎え撃つ構えを見せる。

 

しかし、ベートにとってそんな事は関係ない。

 

()えた狼の目には、獲物の姿しか捉えていないのだから。

 

「―――燃えちまえぇぇぇえええええええええええええッッ!!!」

 

ともすれば闇の騎士たち以上の殺意と共に、渾身の蹴撃を繰り出す。

 

集団のど真ん中目掛けて落下したベートは直前で身体を捻り、爆発的に加速。鞭のように鋭い蹴りを、一人が掲げる剣の切っ先へと叩き込む。

 

瞬間、刀身は熔解。抑え込まれていた魔力が爆発し、膨大な熱量の炎が闇の騎士たちに襲い掛かった。

 

「ぎゃッ―――!?」

 

予想外の大爆発に飲み込まれ、数名の騎士たちが灰塵に帰す。焼死を免れた者たちもいたが、衝撃によって散り散りに吹き飛ばされてしまう。

 

そこへ、間髪入れずにガレスの追撃が迫る。

 

「ぬぅんっ!!」

 

「げェ―――ッ!?」

 

彼のいる方へと飛ばされてきた闇の騎士の一人は、その剛拳をまともに食らってしまう事となった。打ち抜かれた箇所がぐしゃぐしゃに潰れ、鎧と身体が一体となった肉塊へと姿を変える。

 

ガレスは止まらない。ドワーフらしい低く武骨な体躯と、それに見合わぬ速度で敵へと接近し、態勢を整え直す隙さえ与えずに拳を振るい続けた。

 

徒党を組んでいた敵兵も残すところあと僅か。しかし倒れていた闇の騎士の頭を拳で粉砕したところで、彼の耳はこちらへ接近する者の存在を捉える。

 

即座に反応し、ガレスは背に仕舞っていた大戦斧《グランドアックス》を振り向きざまに見舞った。片手であるというのにその威力は凄まじく、闇の騎士は手中のダークソードを遠くに弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ……まだだ!」

 

「ッ!」

 

得物を失ったかに思われたが、まだ奥の手が残っている。それは左手に備えたダークハンド、悍ましき“吸精の業”だ。

 

熟練のダークレイスであれば一度の吸精で、生者を亡者に変えてしまう程の力を秘めた秘術。不死人でもない者が喰らってしまえばどうなるか、火を見るよりも明らかである。

 

しかし―――それも飽くまで“喰らってしまえば”の話だが。

 

「!?」

 

ガシッ、と闇の騎士の左手に強い圧迫感が生じた。“吸精の業”を発動させようとしていたその手を、ガレスの巨大な手が鷲掴みにしたのだ。

 

どれほど恐ろしい攻撃でも、発動する前に押さえてしまえば問題はない。熟練の冒険者らしい判断と、危険に自ら飛び込む度胸を見せつけたガレスは口の端を吊り上げ、告げる。

 

「お粗末じゃのう……こういうのはもっと早く準備しておくものだ」

 

「ぎっ!?」

 

言い終わると同時に、左手を握り潰す。

 

痛みに硬直してしまった闇の騎士。その腹を蹴りつけ強引に地面へと倒したガレスは、逃がさぬように片足で踏みつけた。

 

そして。

 

「ふんッッ!!」

 

大戦斧を力いっぱいに振り下ろす。

 

その威力たるや、凄まじいの一言に尽きる。闇の騎士の身体は両断され、その下にある地面すらも割ってしまった重厚な刃。ガレスは地面に埋まった己の武器を強引に引き抜くと、少し離れた場所に立っていたベートへと目をやった。

 

「ふぅ。危ないところじゃったわい」

 

「どこがだっつうの」

 

ベートから半眼の眼差しを受けつつ、ガレスは大戦斧を肩に担ぎ直す。

 

あっという間に敵兵たちを倒してのけた二人であったが、それも魔剣を使ったベートの蹴撃と、それにガレスが合わせたからこその芸当。そう何度も連続して出来る戦い方ではない。

 

それを理解している二人は、先程の大爆発を聞きつけてやって来た新たな敵兵たちを睨みつけながら、再び剣呑な雰囲気を纏う。

 

「さて。気を引き締め直していくぞ、ベート」

 

「言われるまでもねぇ……ブッ殺してやる」

 

不敵に笑う老兵と、殺気立つ餓狼。

 

立ちはだかる者全てを叩き潰し、喰らい尽くさんとする二人の冒険者は、新たな敵の元へと駆けていった。

 

 

 

 

 

「うわっ、何!?すっごい音!」

 

「あれは……あのクソ狼かしら」

 

そんなガレスとベートが戦っている場所とは反対の方向に、ティオネとティオナはいた。

 

二人はそれぞれの持つ得物を―――ティオネは椿が作成した不壊金属(デュランダル)斧槍(ハルバード)を、ティオナは本来の武装である《大双刃(ウルガ)》を―――存分に振り回し、戦場を斬り進む。

 

「って事は、ベート魔剣使ったの?うわ、派手ー」

 

「出し惜しみはなしって事でしょ。まぁこんな状況じゃ、そんな事言える訳ないわよね」

 

世間話のように軽い調子の会話だが、彼女たちの胸の内には確かな対抗心が広がっていた。

 

何かと仲の悪く、口を開けば喧嘩となる狼人の青年。そんないけ好かない仲間が暴れ回っている姿を見せつけられた二人は、それに負けじと躍起になる。

 

「私たちも負けてられないわよ、ティオナ!」

 

「うんっ!」

 

元気よく答えたティオナの身体が加速する。

 

並んで走っていたティオネを追い越し、迫り来る敵へと突貫する彼女は、満面の笑顔を浮かべながら自慢の得物を振り上げる。

 

「ベートなんかにっ、負けないもんねー!」

 

明るい少女の声と共に振るわれた一撃は、闇の騎士たちの想像を絶する破壊力を秘めていた。

 

扱いが難しそうな武器であると言うのに、ティオナはそれを己の手足のように操る。独特の体捌きで繰り出される連撃は、まるで吹き荒れる嵐の如くである。

 

「ぐうっ!?」

 

加えて大双刃(ウルガ)は凄まじく重い武器だ。そんな代物と打ち合ったダークソードは闇の騎士たちの手から弾かれ、或いは押し負けてしまう。その隙を突き、ティオナは更なる斬撃を見舞っていった。

 

宙を舞う血飛沫。

 

止まってしまう歩み。

 

そんな闇の騎士たちへ―――斧槍(ハルバード)による追撃が襲い掛かる。

 

「フッ!」

 

「がっ!?」

 

ティオナが仕留めきれなかった者たちを、後続のティオネは見逃さない。断頭刃(ギロチン)を彷彿とさせる巨大な刃、あるいは鋭い柄頭による一撃が、彼らにとどめを刺してゆく。

 

「ティオネ、やるぅ!」

 

「うっさい!討ち漏らしを私に押し付けるな!」

 

おどけた調子で先を走る妹と、怒りながらも後を追う姉。もはやこの場は二人の独壇場であった。

 

双子のアマゾネスは持ち前の身体能力を遺憾なく発揮し、闇の騎士たちの攻撃を寄せ付けない。それどころか、仲間であるはずの不死人たちでさえもが、その勢いに慄いている有様だ。

 

「ッ、舐めるなァ!!」

 

が、骨のある者もいた。

 

ティオナの斬撃をどうにか凌ぎ切った者が、後方のティオネに斬りかかる。彼女は別の騎士にとどめを刺したばかりだったのか、斧槍(ハルバード)を振り抜いた格好だ。

 

その武器の特性ゆえ、懐に入り込まれると途端に不利になる。事実二人の距離は1Mもなく、どう振るっても斧槍(ハルバード)の刃は当たらない。出来る事と言えば、顔の前で構えて防御が精々か。

 

しかし、闇の騎士は仮面の奥で瞠目する事となる。

 

なんとティオネは、手中にある武器をあっさりと手放したのだ。

 

「!?」

 

「“舐めるな”ですって?」

 

予想外の行動に動揺する相手を、ティオネは冷ややかに睨みつける。

 

そして自由になった両手を背後に回し―――腰に収めていた一対の湾短刀(ククリナイフ)、《ゾルアス》を抜き放った。

 

「それはこっちの台詞よ―――舐めんじゃねぇ」

 

振り下ろされたダークソードを右の刃で受け止め、同時に左の刃を閃かせる。それは寸分違わず相手の喉元を切り裂き、新たな鮮血を戦場に振り撒いた。

 

糸が切れたかのように崩れ落ちるその姿には目もくれず、ティオネは両脚に力を込める。

 

それがどれほどの強さだったのかは抉れた地面が証明している。そして……彼女が抱えていた鬱憤が、一体どれほどのものだったのかという事も。

 

割り砕いた欠片が再び地面に落ちる頃には、彼女はすでにティオナの隣に迫っていた。

 

「わっ!い、いきなりどうしたの!?」

 

「もう我慢できないわっ、今度は私が前に出る!」

 

「ちょっ!?押さないでよ、危ないじゃん!?」

 

「うるせぇ!さっさと引っ込め、馬鹿ティオナ!!」

 

「馬鹿ってなにさーーーっ!?」

 

ぎゃあぎゃあと、喧しく口喧嘩を始めるティオネとティオナ。

 

そんな中であっても戦闘に支障はなく、むしろ苛烈さを増してゆく。

 

まだまだ立ちはだかる闇の騎士たちに少しも怯む事なく、二人は進撃し続けるのであった。

 

 

 

 

 

そしてファーナム、フィン、アイズの三人は、一丸となって戦場のど真ん中を征く。

 

アイズを先頭に置き、その後ろをファーナムとフィンが追うような形で敵陣を斬り進む彼らの戦力は計り知れない。

 

『風』を纏ったアイズの剣は闇の騎士たちをなぎ倒し、突破口を見出す。それがどれほど小さなものだったとしても、彼女の後ろに控えた二人は己が得物を振るい、強引に道を切り開いていった。

 

「フィン、そろそろ『風』が……っ!」

 

「頃合いか」

 

しかし、いつまでもそうはいかない。アイズの『風』が魔力で生み出しているものである以上、どこかでそれを整え直す必要が出てくるのだ。

 

現在展開している『風』の状態が怪しくなってきた事を知らされたフィンは、次なる指示を口にする。

 

「アイズ、一旦下がれ。ファーナム、僕らで上がるよ」

 

「ああ!」

 

言うが早いが、アイズを挟む形でファーナムとフィンが先頭に飛び出した。『風』の圧力が消えた途端に現れた二振りの長槍、そして鋭い刺剣の猛攻に、闇の騎士たちが浮足立つ。

 

「カッ―――!?」

 

「ぎゃあっ!?」

 

小柄な体躯からは想像もつかない程に力強い槍捌きで敵を圧倒するフィン。両の手に握られた金と銀の長槍は正確に相手の急所を突き、そこに無駄な動作は一切ない。

 

ファーナムは右手のエスパダ・ロペラ、そして新たに取り出した『エストック』を左手に携え、見事な二刀流を披露する。残像を残すのみの刺突が次々に放たれ、次の瞬間には新たな骸が地面に転がる。

 

「フィン、準備ができた!」

 

「待て、アイズ!まだだ!」

 

そんな戦闘の最中であっても、フィンは思考する事を放棄しない。魔力を練り直し、『風』を纏い直したアイズが再び前に出ようとしたところを、彼の声が制止させた。

 

その碧眼を細め、戦況を見極める。最も効果的にアイズの『風』をぶつけ、敵に大きなダメージを与える事ができるその瞬間を。

 

二槍が、二刀が閃く。

 

何人もの闇の騎士が倒れ、その後ろから新たな騎士がやって来る。

 

まだ、まだだ。もっと引き付けろ。

 

もっと、もっと、もっと―――――今!

 

「アイズッ!」

 

フィンが吠えると同時に、金の長髪が躍り出た。

 

切っ先を前方に向け、突きの構えを取るアイズ。全身に纏っていた『風』を愛剣デスペレートの刀身に収束させて放たれるその威力は、ただの剣による一撃を遥かに上回る。

 

「ッ、止ま―――――!!」

 

瞬時に気が付いた者がいるも、遅い。後続の同胞たちに危険を知らせるべく声を上げようとした時には、すでに彼女の口は動いていたのだから。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

姿を現した、この日二度目の暴風。それは前方にいた大勢の騎士たちを吹き飛ばした。

 

三人の視界に残った者の数は今や僅かであり、いよいよ目指すべき場所……『闇の王』が控えている最奥へと道が見えてくる。

 

「いよいよか」

 

「そうだね……アイズ、まだいけそうかい?」

 

「うん……大丈夫」

 

歩みを止める事なく、三人は言葉を交わし合う。

 

『闇の王』との戦闘は、間違いなく激しいものとなるだろう。しかし、そのような苦難、困難は今までに何度も経験した事のあるもの。今更になって怖気づくなどあり得ず、むしろ闘気すら湧いてくるほどだ。

 

中でもファーナムは、特に。

 

自分と同じ不死人が、オラリオに住まう神々を殺そうとしている。そんな真似は絶対にさせてなるものかと、武器を握る両手に力が込められる。

 

そうした決意を込め―――彼は静かに呟いた。

 

「―――行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優勢かに見えた【ロキ・ファミリア】と不死人たちによる連合軍。

 

事実、【ロキ・ファミリア(彼ら)】は強かった。闇の騎士たちが知らない武器と戦い方を駆使し、敵陣深くまで破竹の勢いで突き進んでいる。

 

しかし、彼らは遂に出会う事となる。

 

『闇の王』に付き従う臣下たち―――――五人の不死人と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、なぁ……!?」

 

後方にいた椿とラウルたち、そして今も移動を続けていたリヴェリアとレフィーヤが、弾かれたかのように顔を上げた。その視線は皆同じ方向を向いている。

 

彼らの瞳に映るもの。

 

それは次々にこちらへと放たれる、巨大な火の玉だった。

 

「はぁ……やるせねぇな」

 

それを投げつけた張本人―――ボロ布で出来た衣服に身を包んだ呪術師ラレンティウスは、どこか寂し気にポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が、絶叫が木霊していた。

 

発生源はファーナムの招集に応えた不死人たちからであり、彼らは次々に『ソウルの矢』によって斃れる。

 

「ラレンティウス……流石に派手だな、君の呪術は」

 

何人もの闇の騎士を供回りに戦場を歩く魔術師グリッグスは、強い魔力を発する後方を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……止まれ、ベート!」

 

「あァ!?」

 

自分より僅かに後ろをついていたガレスの制止に、ベートは顔の刺青を歪める。

 

ザザッ!と地を削り、歩みを止める二人。その前方には一人、黒ローブを纏った男が立っていた。

 

「俺の相手はお前らか」

 

そう言って男はおもむろに、身に着けているローブへと手を伸ばすと―――勢いよく、それを脱ぎ去った。

 

明らかとなる男の全貌。

 

最低限の守りと動きやすさを重視した青のチェインメイル。兜はつけておらず、両手には何の変哲もないロングソードと、凹みが目立つヒーターシールドが握られている。

 

「これも“王”の為……死んでもらうぜ」

 

ゆるりとロングソードの切っ先を向け、かつて心折れた戦士は、そう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……私は貴女たちと、ですか」

 

四方を敵に囲まれた状況の中、闇の騎士たちの集団を割って現れたのは、特徴的な鎧に意を包んだ少女であった。

 

「……なによ、コレ?」

 

「タマネギ?」

 

全身に施された凸曲面は、見ようによってはそうとも取れる。これは高い技術力を以て造られたこの鎧に対する侮辱的な言葉であるのだが、当の本人はどこ吹く風と言った様子だ。

 

「……構いませんよ。どのような感想を抱こうが、貴女たちの勝手です。そして、貴女たちが“王”の歩みを邪魔する事も」

 

名誉あるカタリナ騎士の鎧に身を包んだ不死の少女ジークリンデは、背にした大剣に手をかけ、こう言った。

 

「邪魔するのであれば―――排除するだけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

「………ッ!」

 

ファーナム、フィン、アイズの歩みが止まる。

 

彼らの視線の先にいるのは、黒ローブの男。ファーナムとアイズが24階層で出会った、オラリオでは“謎の冒険者”とも呼ばれていた人物だ。

 

男はローブを纏ったまま剣を抜き放つ。三人を前にして少しも気圧される事無く、男はただ静かに立っているだけ。闇の騎士たちとは違い、殺気など少しも感じられない。

 

その違和感に―――或いは強者の風格に、三人はごくりと唾を飲む。

 

「構えろ」

 

そう口にした男の剣は、鈍い輝きを宿していた。

 

 




今回は【ロキ・ファミリア】回という事で、他の不死人たちは出しませんでした。すみません。

次回からまた登場させたいと思いますので、宜しくお願い致します。

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