不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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遅くなりまして申し訳ありません。

まだしばらく忙しい時期が続くので、次回の更新がいつごろかは未定となっております。

今話は話の都合上、区切りが良いところまで書きましたので、いつもより少し短めです。また、ご応募いただいた不死人たちも今回は出せませんでした。次回からまた登場させたいと思いますので、ご了承ください。


第四十六話 それぞれの意志

ファーナムたちがいる場所から離れた戦場では、依然として激しい戦闘が繰り広げられている。両軍が激突した当初はほぼ互角の戦いぶりであったが、それにも変化が生じていた。

 

一番の原因は、やはり装備の違いであろう。

 

『闇の王』が率いる騎士たちは皆同じ鎧と剣を手にしており、それ故に自ずと攻撃手段は絞られる。一方でファーナムの呼びかけに応じた不死人たちの得物は多種多様。そういった要因もあり、戦況は不死人たちの優勢に傾いていた。

 

そう。

 

『闇の王』に付き従う、五人の臣下が戦場に姿を現すまでは。

 

「これは……っ!?」

 

何人目になるかも分からない闇の騎士を切り伏せたルカティエルの双眸が、驚愕によって見開かれる。

 

その視線は戦場の真っ只中であるというのに、遥か頭上に釘付けになっていた。他の多くの不死人たち、そして闇の騎士たちもこの瞬間だけは時を止め、同じ光景を瞳に映している。

 

 

 

即ち―――不死人たちへと次々に降り注ぐ巨大な火の玉が作り出す、凶悪な流星群の姿を。

 

 

 

「ぐあああぁぁぁぁあああああああああああああっっ!?」

 

着弾し、まさしく火の海となる灰の大地。付近にいた不死人たちは逃げる間もなく炎に飲み込まれ、悲鳴と共に火達磨と化してゆく。

 

巨大な火の玉の正体、それは呪術『大火球』であった。しかし本来の威力を逸脱した爆発と熱量は、もはや災害と言って良い規模のものだ。

 

そしてその()()は、正確に不死人たちだけを狙っていた。

 

「ラレンティウス殿だ!」

 

「ラレンティウス殿の呪術だ!!」

 

偉大なる五人の臣下―――『闇の王』がそうなる以前より親しい仲であったとされる不死人たち。その中でも呪術を得意とする者の助力により、闇の騎士たちは再び戦意を昂らせる。

 

「死ねェ!!」

 

「くっ!?」

 

ダークソードの重たい斬撃がルカティエルへと振り下ろされるも即座に反応し、盾を構えてこれを防ぐ。これしきで怯む彼女ではないが、その胸の内は焦燥感に苛まれていた。

 

優勢に進めると踏んでいた戦況が、闇の騎士たちが口にした『ラレンティウス』と呼ばれる者の呪術によって覆されようとしている。事実、こうしている間にも不死人たちは大火球の餌食となり一人、また一人と倒れ、ソウルへと還っている。

 

そして遂に、決定的な瞬間が訪れた。

 

「不味いぞ、『穴』が開いたっ!!」

 

不死人たちの内の誰かがそう叫んだ。

 

ルカティエルが横目で確認すると、そこには確かに『穴』が開いていた。降り注ぐ大火球により不死人たちの間に混乱が生じ、そこを目掛けて闇の騎士たちが次々と雪崩れ込んでくる。

 

「ぐあッ!!」

 

「ぎゃあっ!?」

 

炎に飲まれながらもまだ息のあった不死人たちも、闇の騎士たちの凶刃によってとどめを刺されてゆく。今や戦況は完全に一変し、窮地に陥っているのは不死人たちの方であった。

 

「くッ……ぁあ!!」

 

ルカティエルは目の前の騎士を蹴り飛ばすと、踵を返し後方へと走り出す。

 

「後退だ!全員、後退しろ!!」

 

多くの敵兵に侵入されてしまったが、今から追えばまだ立て直せるかも知れない。前線が崩壊した以上、これより前に進むのは得策ではないと踏んだのだ。

 

ミラの正統騎士団出身の彼女の言葉に意を唱える者は居らず、襲い掛かる闇の騎士たちの攻撃を防ぎながらも、周囲の不死人たちも後退を始めた。

 

「諦めないぞ……諦めて堪るものか!!」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは一人の友の姿。呪いに屈しそうになっていた自分を再起させてくれた友への恩を返す為、彼女は燃え盛る戦場を一心不乱に駆けてゆく。

 

ただひらすらに―――友の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右手にはロングソードを、左手には双蛇が描かれた盾を。

 

冒険者というよりは戦士や騎士といった者たちが好むような、そんな取り合わせの武器を手にした黒ローブの男は、ただ静かに立ったまま三人を見据える。

 

やがて周囲に闇の騎士たちが集まり始めた。先程アイズが放った『風』に吹き飛ばされた者たちだ。彼らは黒ローブの男と共に、ファーナムたちを一斉に仕留めるべく動こうとしたのだが―――。

 

「良い。ここは俺が受け持つ」

 

―――他ならぬ、この男によってそれは阻止されてしまった。

 

「っ、しかし!」

 

「この者たちは俺一人で十分だ。貴公たちは他の不死人たちの相手をしろ」

 

「……分かりました」

 

有無を言わせぬ男の言葉に、彼らは渋々といった様子で頷く。集まりかけていた闇の騎士たちは標的を変え、不死人たち(王の敵)がいる戦場へと向かっていった。

 

残った人影は四つ。ファーナムたちは肩を並べ、立ちはだかる男へと鋭い視線を注ぎ続けている。三対一だからといって油断はしない。どれほどの実力をもっているか不明である現状、その一挙手一投足を見逃すまいと緊張の糸を張り詰めさせる。

 

……が。

 

「では始めるか……と、言いたいところだが」

 

その緊張を僅かに緩めたのは、あろうことか男の方であった。

 

フィンの眉が怪訝そうに動く。状況はすでに戦争という規模にまで発展しているにも拘らず、即座に戦闘開始としなかった男の意図が読めなかったからだ。

 

そんな考えなどお構いなしに、男は続ける。

 

「その前に一つ、質問をしたい」

 

「質問だって?」

 

「時間は取らせない。そしてその相手は貴公ではなく、彼だ」

 

そう口にした男の視線はまっすぐに一人の人物……ファーナムへと注がれていた。

 

その何とも言えない迫力に、三人はごくりと喉を鳴らす。質問をされるだけだと言うのに、まるで喉元に剣の切っ先を突き付けられているような錯覚さえ覚えてしまう。

 

「俺が聞きたい事はただ一つ」

 

声が響く。

 

長い前置きなどはなく、男は単刀直入に、ファーナムへと問いを投げ掛けた。

 

 

 

「貴公には“王”を倒す覚悟があるか」

 

 

 

その問いかけにファーナムはもちろん、フィンとアイズも面食らってしまう。

 

この場の誰もが理解している事だ。この戦争はどちらかが勝利し、どちらかが敗北しなければ終わらない。まさしく生死を懸けた戦いだというのに、彼は『“王”を倒す覚悟があるか』と聞いてきた。

 

そんなもの、初めからそのつもりだ。そうでなければ戦闘になどなっていないし、例えどれだけ“王”が強大であったとしても絶対に諦めはしない。そのような意味を込めファーナムは肯定の意を口にしようとしたが―――――そこで、男が言葉を滑り込ませる。

 

「“王”はこれまで永きに渡って、他世界の神々を斃してきた。幾千、幾万の時をそれのみに費やし、神々の存在しない真なる人の世を創り上げてきた」

 

「……それは先程聞いた。だがいかなる理由があったとしても、他世界にまで干渉して良いはずが……」

 

「その通りだ」

 

“神殺しの旅団”がしてきた行いに異を唱えようとしたファーナムが、思わず言葉を失った。

 

『闇の王』の側近たる男の口から放たれたまさかの返答。それはファーナムの反論を肯定するものであり、何故そのような事を言ったのかと不審に思う。

 

「いくら憎かろうが、それは“王”とは全く関わりのない他世界の神々。俺たちのいた世界のものとは根本的に在り方が違うかも知れない。そんな者たちまで手にかけて良い道理など、あるはずもない」

 

「……何を言っているんだい?」

 

堪らず聞き返したのは隣に立つフィンだ。

 

静観の構えを取っていた彼であったが、予想外の方向に話が進んで行くのを前に、つい口を出してしまう。

 

しかし男は答えない。フィンの横槍を聞き流して相手にはせず、その視線は変わらずファーナムただ一人に固定されていた。

 

「だが“王”にとって、それは関係ないのだ」

 

男は語る。

 

決して多くは語らず、されど『神殺し』という大禁忌を犯し続ける“王”の覚悟を。

 

そして……そんな者に戦いを挑もうとする、抗う者(ファーナム)へと覚悟を問う。

 

「これまでも、そしてこれからも。己のソウルが朽ち果てるその瞬間まで戦いに身を置き、神々を殺し続けると誓った“王”。……そんな男を倒すという覚悟が、貴公にはあるか」

 

「………」

 

振り返らずとも分かる。フィンとアイズの瞳が、自らに注がれている事が。

 

『闇の王』。

 

数多の世界に存在する神々を殺し続けてきた古き不死人。であれば、獲得したソウルの総量は自分を遥かに上回るはず。常識的に考えれば勝負にすらならない、挑むだけ無駄な戦いなのかも知れない。

 

しかし、それでも、ファーナムには確信があった。

 

ダンジョンで目覚めたあの時から。

 

魔法が発現し、その存在をロキの口から聞いたあの時から。

 

彼らがこうして、目の前に現れたあの時から。

 

 

 

―――――『闇の王』と戦う事は、運命づけられていたのだと。

 

 

 

「……ああ」

 

ファーナムは少しの間を置いて、強く頷く。

 

「………そうか」

 

その返答を受けた男は、翻すようにして上体を捻った。

 

身に纏った黒いローブをはためかせ、右手に握られた剣の切っ先が指し示す先―――『闇の王』がいる最奥へとファーナムを(いざな)う。

 

「ならば行くが良い。“王”と戦い、その意志を示せ」

 

「……ファーナムさん」

 

道を明け渡した男の声に続き、アイズの声が繋がる。

 

見れば、アイズは不安げな顔でこちらを見上げていた。しかしそれも致し方ないだろう。他世界の神々を屠り去って来た敵の大将と、一対一で戦おうとしているのだから。

 

我ながら無謀だとも思う。しかしそれ以上に、この戦いに背を向ける事があってはならないという直感のようなものも感じている。

 

「大丈夫だ」

 

だから、ファーナムの返答は決まっていた。

 

アイズの不安を一蹴するような力強い、しかし優しい声色で、そう言ってみせる。

 

「ではフィン、ここはお前たちに任せる……死ぬなよ」

 

「……ああ。君こそ、気を付けて」

 

こちらを見上げてくるフィンに短くそう告げて、彼は駆け出した。

 

土埃をあげて走り出したファーナムは『闇の王』が待つ最奥へと向かってゆく。道を明け渡した男との距離は見る見るうちに縮まってゆき―――すれ違うその瞬間に、男の口が動いた。

 

「……“王”を頼む」

 

「―――!」

 

兜の奥で瞠目するファーナム。しかし走り出した足を止める事なく、また呟かれたその言葉の意味を問う事もせず、彼は『闇の王』の元へと向かって行った。

 

一方、徐々に小さくなってゆく後ろ姿を見送るアイズとフィン。二人はファーナムの武運を再度祈ると、男へと向き直る。変わらず厳しい視線を向ける二人ではあったが、その胸の内には先程までには無かった感情が生まれていた。

 

それを疑問にしてぶつけてきたのは、アイズである。

 

「私も、一つ聞いても良いですか?」

 

「……何だ」

 

男は拒絶する事なく、アイズに続きを促した。質問を許された事に僅かに安堵した彼女は、恐らくはフィンとも共有しているであろう己の抱いた疑問を、拙い言葉で口にする。

 

「貴方は……どうして戦っているんですか?」

 

それがアイズの抱いた疑問であった。

 

目の前に立ちふさがる人物は、紛れもなく24階層でアイズたちが出会った男。その時に目にした武器も一致しているし、声だって同じだ。

 

彼はアイズたちが四人の黒騎士に襲われている時に助太刀してくれたが、それだけではない。ルルネが道中で話していた“謎の冒険者”の正体でもある彼は、モンスターに襲われていた見ず知らずの冒険者たちまでも助けていたのだ。

 

そんな彼が、地上を混乱に(おとしい)れる『神殺し』の片棒を担いでいる事が、アイズには不思議でならなかった。

 

目の前にいる男が自分たちの敵である事、その理由をどうしても知っておきたい。子供じみた思いであるが故にその欲求は強く、そして揺るがない。

 

「教えて下さい。お願いします」

 

「……戦う理由、か」

 

その問いかけに、男は小さく口を開く。

 

手元の剣へと視線を落とした彼は僅かな間を置き、まるで独り言のように呟いた。

 

「俺にはもう何もない。求めていたものが偽りであると知り、絶望に打ちひしがれていた俺に“王”は……彼は、道を示してくれた」

 

否、それは正しく独白だったのだろう。

 

彼の思考は今、古い記憶の中にある。自らが“王”と共にある事を選択した、かつての日々の中に。

 

「ならば付いて行くしかないだろう。例えそれが途方もない過ちだったとしても、どんな結末が待っていようとも、俺は“王”の抱いた願いと共にあり続ける。そう決めたのだ」

 

「っ、間違いだと分かっているなら、どうして……!?」

 

男の包み隠さない本心を聞き出したアイズは、そこに戦闘を回避するチャンスがあると踏んで説得を試みようとする。無為な戦闘などせずにファーナムの元へと駆け付け、もしかするとこの男の手も借りられるかも知れない、と。

 

「貴方が一緒に戦ってくれれば、きっと……」

 

「アイズ」

 

しかし、彼女の言葉を遮ったのは他ならぬフィンであった。

 

ハッ、と隣に視線を送るアイズ。その先にいた金髪碧眼の小人族(パルゥム)の首領は彼女には目を合わせずに前方を―――男へと鋭い視線を注いでいた。

 

「説得は無駄だよ」

 

「でもっ、フィン!」

 

「君も冒険者なら知っているはずだ。覚悟を決めた者は絶対に引かない、誰に何と言われようとね」

 

「っ!」

 

これまでほぼ静観の構えを取っていたフィンの言葉に、アイズの両目がはっ、と見開かれる。

 

彼の言い分は尤もだ。自らも冒険者である以上、その職業に身を置く者の覚悟は痛い程に理解している。派閥争いなどに代表されるように、互いに譲れないものがあれば、後は直接ぶつかり合う以外に方法はない。

 

互いの想いを武器に乗せ、語り合う―――それ以外に道はないのだ。

 

「覚悟は決まったか」

 

男が二人に語りかける。

 

その声にフィンは両の手の二槍を握り直し戦闘態勢に入る。アイズもまた愛剣を構えると、瞑想するかのように金の瞳を閉じた。時間にして僅か数秒。再び目を開けた少女の顔に、もう迷いは感じられない。

 

そして男は。

 

「そうか……ならば」

 

僅かに腰を落として盾を前面に構え、剣を携えた右手は自然体で。どこか“戦士”を彷彿とさせる佇まいのまま、開戦の言葉を告げた。

 

「―――お前たちの意志を、見せてみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて聞こえてきた剣戟の音に振り返る事もせず、ファーナムは敵陣の最奥―――『闇の王』がいる場所を目指して地を駆ける。

 

恐怖はない。あるのは仲間たち、そして呼びかけに応じてくれたルカティエルやバンホルトを始めとする多くの不死人たちの為に、自分の成すべき事をするのだという強い意志である。

 

しかし……。

 

(すれ違いざまにあの男が言っていた台詞。あれはなんだ?)

 

脳裏を過ぎるのは、先程男が発したあの言葉。自分にしか聞こえなかった、と言うよりは独り言を偶然耳にしたという印象を受けた男の台詞に、ファーナムは僅かに眉をしかめた。

 

(『“王”を頼む』?奴を倒そうとしているこの俺に?何故、そんな事を……)

 

男との会話から、彼が『闇の王』の考えに全面的に賛同しているのではないという事は、ぼんやりとだが理解が出来た。

 

そういった意味も含め、『“王”を止めてくれ』と言ったのならばまだ分かる。しかし“頼む”とは、どのような意味を持つのか?単純に『闇の王』を倒し、神殺しを止めるだけでは駄目なのか?

 

そこまで考えて、ファーナムは(かぶり)を振った。今はそんな事を考えている場合ではない、重要なのはそこではないと、自らを納得させるかのように。

 

そう。

 

今、最も重要なのは。

 

 

 

 

 

「……やはり、来たのはお前か」

 

「……『闇の王』……っ!」

 

 

 

 

 

目の前にいる騎士甲冑を纏った男―――数多の世界を渡り、数多の神々を屠って来た『闇の王』を倒す事なのだから。

 

 




ようやく各自の戦いの場が整ってきましたね。

原作のような同時展開での戦闘シーンに近づけるよう頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします。

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