不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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今回は久々に、皆さまが考えた不死人が登場します。


第四十七話 その頃、戦場にて

―――ファーナムが『闇の王』との一騎打ちに臨む、その少し前。

 

舞台は主戦場。闇の騎士たちが口にしていた『ラレンティウス』と呼ばれる不死人が放った呪術により戦況を覆されたルカティエルたちは後退しながらも、敵の侵入をこれ以上抑えるべく奮闘していた。

 

突如として襲い掛かって来た特大の火球。見た者の心を折りかねない凶悪な光景であったにも拘らず、それでも不死人たちの中に戦いを放棄した者はいない。その身が不死であるという事もあったが、それ以上にこのような理不尽とも言える攻撃は、ある種慣れているからだ。

 

しかし、それは飽くまで『不死人たちにとって』である。

 

彼らより遥か後方……フィンから防御に徹しろと命令されていたサポーターたちの心は、今まさに折れようとしていた。

 

「ぁ、ぁあぁ……!?」

 

「こんな、でたらめな……っ!?」

 

ヒューマンの少女であるナルヴィはぺたんと地面に尻もちをつき、犬人(シアンスロープ)の青年、クルスが顔を白くして呻く。この中では最年長であるエルフのアリシアも、自身の武器である弓を握り締めたまま目を見開き、まるでこの世の終末であるかのような光景に言葉を失っていた。

 

そして、ラウルは―――。

 

(だっ、団長。じ、自分はどうすれば……!?)

 

カラン、という乾いた音が彼の足元から発せられた。

 

武器である剣が手から滑り落ちてしまった事にも気が付かない。目の前に広がる絶望的な光景を前に、彼もまた戦意を完全に消失してしまったのだ。

 

(団長からはここで防御に徹しろって……だけどこんなの、どう防げって言うっすか……!?)

 

フィンからファミリアの頭脳となる役割を期待されている青年、ラウル・ノールド。

 

今までも数々の冒険に参加し、そこで技術と経験を磨いてきたという自負はあった。例えそれがどれだけ小さな事の積み重ねで会ったとしても、確かに自身の糧になっているはずだと、そう信じてきた……今日、この瞬間までは。

 

遠くから伝わってくる不死人たちの雄叫び、悲鳴、そして戦闘の余波。それは彼の心を凍てつかせ、まともな判断力すらも奪ってしまっている。脳内を空白が支配し、呼吸すらも止めてしまいそうな程に。

 

「おい、お主ら!しっかりせい!」

 

彼らの中でただ一人、この状況に屈していない椿の呼びかけも遠く聞こえる。完全に生きた彫像に成り果てた彼らに出来る事は、この場に立ち尽くしている事だけだった。

 

(なんでこんな時まで、自分は……)

 

余りの不甲斐なさに涙が出そうだった。

 

簡単な指示一つ守れない、ただ突っ立っている事しか出来ない自分を責めていたラウルは―――遂に、それを見た。

 

「危ない、避けろぉ!!」

 

不死人の一人がそう叫んだ。

 

ふっ、と我に返ったラウルが見たのは、迫り来る巨大な火球の姿であった。

 

流星群と見紛う数で放たれたその内の一つが、こちらへと飛んできたのだ。歴戦の不死人たちですら直撃すればひとたまりもないそれが、あろう事か人であるラウルたちに牙を剥く。

 

「くっ!」

 

動けないラウルたちを庇うようにして前へ出る椿。しかし彼女の手にあるのは盾ではなく、一振りの太刀である。そんなもので相殺できる訳がない、ラウルのみならず他のサポーターたちもそう直感した。

 

そして、彼女がそうした行動に出た理由は自分たちにある。半ば麻痺した脳でもそれは理解できると言うのに、やはり身体は言う事を聞いてはくれない。

 

迫り来る灼熱の塊。接触までもう数秒も残されていない。今から動いても間に合わない……普段の彼らにあるまじき、致命的な失態であった。

 

(……ああ、やっぱり自分は……)

 

ゆったりと流れる時間の中で、ラウルは激しく後悔した。

 

【ロキ・ファミリア】に入団した事を、ではない。

 

今回の遠征に参加した事でもない。

 

ただ、ただ……自身の未熟さを。

 

(役立たず―――)

 

そんな感情と共に、ラウル・ノールドという青年が自らの人生に別れを告げようとした―――――まさに、その瞬間。

 

 

 

―――実体 ミラのローデンが現界しました―――

 

 

 

「なっ!?」

 

驚愕の声が椿の口から漏れ出した。

 

彼女だけではない。呆然自失だったラウルたちもまた、その不死人の登場に意識を再覚醒させる。

 

地面から新たな文字が浮かび上がったかと思えば、次の瞬間には目の前に()はいた。

 

巨岩の如き鎧に全身を包んだその不死人、ローデンは現界と共に奇跡『大魔法防護』を唱える。澄んだ音色が周囲に響き渡ると同時に、彼の身体を幾つもの光の輪が取り巻いた。

 

続いて背負っていたその盾を……『ハベルの大盾』を素早く取り出した彼は、まるで自らが城壁であるとでも言うかのように、どっしりと腰を落として構えを取る。

 

「はぁっっ!!」

 

直後、巨大な火球はローデンが構えた大盾に直撃。尋常ではない熱量が彼を襲うが、その余波は欠片たりとも後方へ漏れる事はなかった。

 

見事に攻撃を防いで見せた彼は構えを解くと、身体ごと振り返って椿たちへと語りかける。

 

「ふう。皆さん、怪我はありませんか?」

 

赤い瞳が揺らめく重厚な兜の奥から聞こえて来たのは、今しがたの力強い姿からは想像できない穏やかな声だった。そのギャップに先程とは別の意味で固まるラウルたちに代わり、椿が口を開く。

 

「あ、ああ。助かった」

 

「構いませんよ、誰かの為になるのなら助力は惜しみませんとも……おっと」

 

すると彼は何かを思い出したかのように言葉を止めると、背負っていた巨大な槌『大竜牙』をわざわざ手に取り、そして高らかに両腕を広げて見せた。

 

「遅ればせながらこのローデン、参上致しました。以後お見知りおきを」

 

『歓迎』のジェスチャーと共に自己紹介するローデン。両手に持った盾と槌は相当な重さであるはずだが、そんな事など毛ほども感じさせないような、そして自らの肉体を自慢するような、そんな動作だった。

 

「不死人ってのは、どいつもこいつもこう規格外なのか……?」

 

「私に聞かないでよ……」

 

「……もう付いていけません……」

 

クルス、ナルヴィ、アリシアの呟きは弱々しく、そしてどこかげんなりとしたものだ。しかし彼らを襲っていた無力感、絶望感はかなり緩和されている。これほどまでに規格外で、そして頼もしい不死人たちが付いている事を思い出したからだ。

 

「み、皆……」

 

その姿を見て、ラウルも顔色を取り戻す。

 

そうだ、こんな所で固まっている場合ではない。ゴクリと生唾を飲み込んだ彼は唇を引き結ぶと、若干上擦った声で鼓舞―――当然ながらフィンには遠く及ばないが―――の声を上げた。

 

 

 

「そっ、そそそそうっす!自分たちにはこんなに頼もしい人たちが付いてるっす!だからっ、えぇっと……が、頑張ろうっっ!!」

 

 

 

「「「 ……… 」」」

 

が、反応は薄かった。

 

呆れ顔とも違う、どこか生温かな三つの視線をその身で受けたラウルは盛大にやってしまったと脂汗をかいたが、一拍遅れて吹き出したナルヴィがその空気を吹き飛ばす。

 

「ぷふっ!ラウル、声が上擦ってるよ?」

 

「うっ!」

 

「今のって団長の真似のつもりか?だとしたら0点だな」

 

「いぃ!?」

 

「無理しなくて良いんですよ?」

 

「あぁぁ……」

 

口々に掛けられる仲間の声に、ラウルの心はまた別の意味で折れそうになる。

 

しかしその鼓舞には確かに意味があった。何かと自己評価の低いラウルが絞り出した精一杯の声に、彼らは完全にいつもの自分たちを取り戻していたのだから。

 

「……ふっ、ラウルめ。中々にやるではないか」

 

彼らの間に漂っていた空気が完全に一変した事を確認した椿は、目の前に立つローデンに向かって語りかける。

 

「お主、済まないが彼らを頼めるか。手前はこれから()()()

 

「ちょっ、椿さん!?」

 

その言葉につぶさに反応したラウルが彼女を引き留めようとするも、椿は退かない。

 

「お主らも理解しているであろう。状況は芳しくない」

 

「……っ!」

 

「ここは一人でも多く動ける者が加勢に出るべきだ。そして幸いにも、手前には僅かながらその力がある」

 

ここまで言う【ヘファイストス・ファミリア】団長にしてLv.5の冒険者である椿の言葉に反論できる者はいなかった。いくら客人扱いの身であるからと言って、彼女を力づくで止められる者は、この中にはいないからだ。

 

「それにフィンの奴ならきっと許してくれるはずだ。『仕方がないなぁ』とか言ってな」

 

全く似ていない声真似でおどけて見せる椿。しかし彼女の意志は固く、そして何よりもこの状況では、彼も同じ判断を下すだろうという思いがラウルたちの心に芽吹いた。

 

彼らの沈黙を肯定と捉えた椿は太刀を握り直し、その視線を戦場へと向ける。

 

「では頼んだぞ、ローデンとやら」

 

「お任せを。この身が助力になるのなら」

 

出会ったばかりの不死人と別れを告げた椿はそのまま戦場へと駆けてゆく。Lv.5の身体能力を発揮しての速度はラウルたちのそれを軽く上回り、その背はあっという間に小さくなっていく。

 

「椿さん!」

 

「おうよ、心配は無用!何なら敵兵どもの得物を手土産にしてくれるわ!!」

 

にぃ、と笑った椿はその言葉を最後に姿をくらました。

 

後に残ったのはラウルたちサポーターと不死人であるローデンのみ。気を取り直した彼らは、再び目立たなそうな岩陰を探そうとしたが―――。

 

「! あそこが怪しいぞ!」

 

「ああ、何やら敵の気配がする!」

 

「うえぇ!?み、見つかったっす!?」

 

再び現れた闇の騎士たち。なんと彼らは遠く離れた場所にいたにも拘らず、こちらを察知したのだ。

 

周囲に敵兵の姿は無かったはず、一体何故!?と慌てるラウルたちであったが、その答えは意外なところにあった。

 

「おっと、指輪を外し忘れていました」

 

と言ったローデンは指に嵌められていたそれを……『赤眼の指輪』を外す。同時に、彼の瞳から赤い揺らめきが消えた。

 

「な、なんすかそれ?」

 

「これは赤眼の指輪と言いまして、付けると敵から狙われやすくなるのですよ」

 

「「「 はぁっっ!? 」」」

 

「前衛の時は役に立つのですが、それが仇になりましたね。いやぁ、申し訳ない」

 

説明を聞いて顔色を失うラウルたちであったが、当の本人であるローデンは少しも動揺していない。それもそのはずで、彼にはとっておきの武器……鍛え上げ、信仰という段階にまで昇華させた己の肉体があるのだから。

 

「ご心配なさらずに……すぐに終わらせます」

 

そう言った彼はラウルたちを背にして、やって来た闇の騎士たちへと大竜牙を振るのであった。

 

 

 

 

 

(さて、大見栄を切ったは良いが)

 

ラウルたちと別れ戦場に躍り出た椿。彼らに不安を与えないような言葉を残したが、その胸の内には抑えきれない不安が渦巻いていた。

 

今までいた場所とは比較にならない程に激しい戦場。闇の騎士たちが至る所におり、それを不死人たちが懸命に応戦している。この状況を生み出したのがあの巨大な火球によるものである事を、椿はすぐに見抜いた。

 

(こ奴ら、こちらの混乱に乗じて一気に乗り込んできたな。このまま押し切るつもりか……!)

 

敵の狙いは殲滅ただ一つ。その機を得た者たちが戦力を出し惜しみする道理もない。椿は頭上からの火球に細心の注意を払いながら戦場を駆けていたのだが……。

 

(攻撃が止んだ?)

 

いくら身構えようとも一向に来ない火球の追撃。敵からしてみればこの状況こそが好機であるというのに、それがぴたりと止んだ事を椿は訝しむ。

 

(敵味方が入り乱れているからか?いや、それでも狙える場所はいくらでもあるはず……)

 

攻撃が来ないのは都合が良いが、それでも敵の狙いが分からないと言うのは気味が悪い。なんとも言えない不安を抱えつつも椿は今出来る事のみに専念すべく、脳裏に渦巻く雑念を振り払い、得物を握り締めた。

 

「ふッ!」

 

「がっ!?」

 

不死人と鍔迫り合いをしていた闇の騎士を見つけた彼女は、敵の死角となる角度で斬りかかる。姿勢を低くして放たれた太刀による斬撃は相手の横っ腹を捉え、深く鋭い傷を負わせた。

 

突如の奇襲に闇の騎士はよろけ、その隙を突いて不死人が止めを刺す。正々堂々としたものではないが、これこそが戦場での正しい戦い方である。

 

「悪いな、助かったぜ!」

 

「気にするな、持ちつ持たれつという奴よ!」

 

そう言ってその場を離れた椿は、同様に奇襲を仕掛ける。

 

時には背後から、時には意表を突き真正面から。鍛冶師(スミス)と言えど上級冒険者でもある彼女の動きに無駄はなく、着実に闇の騎士たちに斬撃を見舞ってゆく。太刀を手に戦場を駆けるその姿は、まるで隼の如くであった。

 

が、そう何度も上手くはいかないのが世の常である。

 

「ぬうっ!?」

 

ガィンッ!と、振るったはずの刃が止まった。

 

新たに狙いを付けた敵へと斬り込んだ椿。しかし間合いに入る直前で勘付かれ、左手に展開した赤黒く揺らめく何かによって阻まれてしまう。

 

まるで盾であるかのようなそれに動揺したのも(つか)の間、闇の騎士が振り上げた肉厚な刀身が椿に迫る。

 

「くぅっ!?」

 

咄嗟に太刀を構えその攻撃を防ぐ。

 

その後も刃は二度、三度と振り下ろされた。いずれも紙一重で弾くも、両手に蓄積される重たい痺れは免れない。歯を食い縛る椿の額には、冷たい汗が浮かび始めていた。

 

そして六度目の剣戟の音が響いた瞬間。ついに椿が押し負け、体勢を崩しながら太刀がその手から離れてしまう。

 

「馬鹿めッ!!」

 

闇の騎士は勝利を確信したのか、そんな言葉を吐いた。止めを刺すべくダークソードを大上段に振りかぶった彼は、眼下に倒れる敵へと一直線に振り下ろす。

 

が、椿は諦めてなどいない。

 

眼帯に覆われていない右眼をカッ!と見開いた彼女が取った行動……それは相手にとっても予想出来ないものであった。

 

「なっ……!?」

 

振り下ろされた刃が、止まる。

 

相手に呼吸を合わせ、肉厚の刀身を挟み込むようにして両の掌を合わせる―――所謂『白刃取り』という技で以て、椿は相手の刃を止めて見せたのだ。

 

「うっ―――ぉおお!」

 

そのまま裂帛の気合いと共に相手の腹を蹴り上げる。同時にその手から直剣を奪い取ると、流れるような動きで持ち手をがしりと握り締める。

 

立ち上がる椿と倒れ込む闇の騎士。形勢が逆転したその隙を逃すことなく、椿は手中にある剣の切っ先を、相手の胸に深く突き立てた。

 

「かっ―――」

 

髑髏の仮面の隙間から溢れた鮮血。それが契機であったのか、闇の騎士は小さく身体を痙攣させ、そして沈黙した。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

ソウルへと還りつつある亡骸を見下ろしつつ呼吸を整える椿は、止めを刺した相手の武器を一瞥する。

 

ずしりと重く、白骨を彷彿とさせる不気味な直剣を視界に収め―――そしてすぐに興味を失ったかのように手放した。

 

「……手前の趣味ではないな」

 

ポツリとそう呟いた椿は近くに転がっていた己の武器を拾い上げると、そのまま走り出していった。

 

次なる戦場……危機に瀕しているであろう不死人たちを助太刀する為に。

 

 

 

 

 

「おお、なんと勇ましい!」

 

そんな椿の奮闘ぶりを遠目で目撃していた不死人が、称賛の声を上げていた。

 

全身を独特の形状の鎧―――カタリナ装備で固めたその不死人は己の武器『骨の拳』を纏った両手を強く握り固め、自らもまたそう在らんと意気込む。

 

 

 

―――実体 カタリナの騎士ジークレストが現界しました―――

 

 

 

「ウワァァァァァァァ!!」

 

勇ましい雄叫びを上げたジークレストは、そのまま闇の騎士たちが一際密集している場所へと一人突貫する。

 

先の火球によってやられてしまったのか、攻め込んできた敵にやられてしまったのか、周囲に仲間の姿はほとんど見られない。見えるのは髑髏の仮面をつけた敵の姿ばかりだ。

 

彼らはどうやら複数人で一人を囲っている様子、それは誇り高きカタリナ騎士の逆鱗に触れる行いであった。彼は骨の拳を纏った右拳を引き、その身を砲弾の如く集団の中へと突っ込ませる。

 

「どうりゃぁぁぁぁっ!!」

 

「があっ!?」

 

一人に気を取られていた闇の騎士、その腰部に右拳が突き刺さる。腰骨を砕く確かな感触を得たジークレストの攻撃は留まる所を知らず、そのまま次なる敵へと殴り掛かった。

 

「はぁっ、ぜあぁッ!!」

 

「ぐふっ!?」

 

「こ、こいつ……っ!」

 

一呼吸の内に繰り出される幾つもの拳撃、蹴撃。

 

その拳は空気を破裂させ、その脚は地面を割り砕く。防御をかなぐり捨てた戦い方にも見えるが、その実、攻撃こそが最大の防御とでも言い張るかのような猛攻ぶりであった。

 

事実、重厚な鎧に似合わぬ軽快な体捌きは敵の攻撃を躱し、あるいは鎧で受け流し、見事に立ち回りを演じていた。数で勝る闇の騎士たちはただ一人の不死人に翻弄され、統率を乱されている。

 

「クソ!おい、誰かあいつを殺―――」

 

闇の騎士の内の一人が身体ごと振り返り、怒鳴り声で指示を飛ばす。

 

が、その呼びかけに対して返ってきたのは声ではなく―――ブヅッ、という奇妙な音と感触だった。

 

「……?」

 

発生源はちょうど左眼の辺り。暗くなった視界の元へと左手を伸ばして触れてみれば、そこには硬質な穂先の感触が。

 

本来あるはずのないものが、出てくるべきではない所から飛び出している……それは己の後頭部に、今しがた自分たちが取り囲んでいた不死人の得物が突き立てられた事を意味していた。

 

そこまで理解した瞬間、闇の騎士は脳ごと後ろに引っ張られるような感覚を味わう。直後に彼の意識は遠のき、そしてどおっ、と地面に倒れ込んだ。左眼のある位置に空いた空洞からは、どす黒い血と淡いソウルの粒子が止めどなく流れ続けている。

 

「………」

 

そんな哀れな亡骸などには一瞥もくれず、()は『黒銀の槍』をビュッ!と唸らせ血を振り払う。

 

左手に握られているのは『咎人の杖』。艶のない黒い何かが絡みついた不穏な杖を構えた彼は、薄汚れたボロ布に覆われた上級騎士の鎧を鳴らし、静かに腰を落とした。

 

 

 

―――実体 追放者ジークラインが現界しました―――

 

 

 

「……ッ!」

 

ダンッ!と地を蹴ったジークライン。地面を滑空するかの如く踏み込んだ彼は、同時に魔術『ソウルの大剣』を行使する。実体を持たないソウルの刃は前方にいた闇の騎士たちを切り裂き、その先へと身体を滑り込ませる。

 

そして黒銀の槍を突き出し、更に前進する。穂先は敵の太腿や腹部を穿ち、致命傷ではないにしてもその動きを一瞬止めるには十分なものだ。

 

「ぐぉっ!?」

 

「がっ!!」

 

膝を折る、あるいは剣を地面に突き立て踏ん張る闇の騎士たちには目もくれず、ジークラインはある一点、恐らくは同胞がいるであろう場所を目指す。状況故、ここは共闘を張ろうという腹である。

 

途中で武器を『ツヴァイヘンダー』に持ち替えた彼はその不死人の元へと辿り着き……そして、双眸を大きく見開いた。

 

その瞳が映したのは、ジークレスト―――かつて己が属し、そして追放された、今は帰れぬ故郷カタリナの騎士の姿であった。

 

「っ、貴公!」

 

ジークラインの姿を発見するや否や、ジークレストは瞬間的に口を開いた。陽気なカタリナ騎士らしからぬ鋭い声が、ジークラインの耳を打つ。

 

「背中合わせだ!」

 

「!」

 

その指示を正しく理解したジークラインは転がるようにして彼の元へと合流し、立ち上がると同時に背中を合わせる。

 

灰の土埃が舞う中、四方を敵に囲まれた状態で、二人の不死人はここに邂逅を果たした。

 

「焦る事はない、獲物が増えただけだ!」

 

「殺せ、殺せ!」

 

「“王”の敵対者に死を!」

 

急激に殺気が膨らむ最中(さなか)、背中合わせとなったジークレストとジークラインは油断なく周囲を警戒し、どの攻撃にも対応できるように気を払う。味方が増えたとはいえ、一対多から二対多に変わっただけ。油断など許される状況ではない。

 

しかし……ジークラインは、己の中にある感情を言葉にせずにはいられなかった。

 

「……おい」

 

「む?」

 

こんな時に言うべきではないのかも知れないが、それでもこれは抑え難い。彼は背中合わせの不死人に視線を合わせぬまま、ただ短くこう告げる。

 

「……良い鎧だな」

 

「……ふはっ」

 

僅かな間を置いて返された笑い声。そこには『この鎧の良さを解するとは!』という喜びと称賛の色が多分に含まれていた。

 

「貴公もな、良い剣を持っている!」

 

その返答を契機に、ジークレストは走り出した。剣を振りかざす闇の騎士たちに微塵も怯む事なく、勇敢に両拳による打撃を繰り出す。

 

ジークラインもまた動き出す。咎人の杖から『ソウルの結晶槍』を放ち、動きが乱れたその瞬間を狙い、自らに残された唯一の誇りである特大剣を振るう。

 

「この戦いを生き延び再び出会えた暁には、互いに存分に語らおうではないか!」

 

「……ああ」

 

激しい剣戟と敵の殺意が渦巻く中、意図せず出会った故郷を同じくする者同士。

 

阿吽の呼吸で戦う様は、まるで旧知の間柄のようでさえあった。

 

 




~今回登場した不死人~


ミラのローデン ドンファン様

カタリナの騎士ジークレスト 松牙正光様

追放者ジークライン フラグ建築したい男様


以上の皆さまです。本当にありがとうございました。

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