不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

54 / 74
第五十三話 『深淵』

『闇の王』が放った奇跡『神の怒り』。

 

直前ではあったが、ファーナムは確かに盾を構えた。にも拘わらず盾は完全に破壊され、凄まじい衝撃が彼の身体を吹き飛ばした。内臓が傷ついたのか口と鼻からは血が溢れ、窒息するほどの息苦しさに見舞われる。

 

が、それは些末事(さまつじ)に過ぎない。

 

少なくとも、今この瞬間―――両の手に武器を携える『闇の王』を目の前にした、この状況では。

 

「ぐ……っ!」

 

必死に身体を起こそうとし、何度も失敗する。それでも震える手足を動かすのを止めようとしないのは、黙って殺されてなるものかという意志の表れか。

 

まるで死にかけの虫のような様を晒すファーナムに、しかし『闇の王』が抱く殺意は微塵も揺るがない。

 

(嗚呼、忌々しい……!)

 

開き切った瞳孔で標的(ファーナム)を兜の奥より睨む『闇の王』は、右手の十字槍へありったけの憎悪を込める。

 

かつてアノール・ロンドにて何度も戦いを挑み、その果てにようやく勝利した、大王グウィンに仕える四騎士の長【竜狩り】オーンスタイン。黄金の獅子鎧を纏った()の騎士のソウルより生み出された『竜狩りの槍』は雷の力を宿し、古竜の岩のウロコすらも打ち砕いたという。

 

左手に握られた『深淵の大剣』もまた、四騎士の一人【深淵歩き】アルトリウスのソウルから出来ている。

 

ウーラシールで遭遇した彼は深淵に飲まれ、すでに正気を失っていた。獣同然と成り下がったその姿に暗い愉悦を覚えつつ『闇の王』は戦い、そして倒し、そのソウルよりこの大剣を生み出した。かつての輝かしい姿ではなく、深淵の泥に塗れ、穢れきった大剣を。

 

他にも、彼のソウルの奥底には【王の刃】キアランの得物である『黄金の残光』と『暗銀の残滅』がある。そして【鷹の目】ゴーの愛弓である『ゴーの大弓』も……ソウルの底の、更に底に。

 

神族と、それに連なる者たちの武器を使う気など『闇の王』にはさらさらなかった。だと言うのに、捨て去るでもなくソウルの奥底に仕舞い込んでいたのは、ひとえにその身に宿る復讐の炎を絶やさぬ為だ。

 

見る事さえ忌み嫌い、触れる事さえ嫌悪する。それほどのモノを己がソウルの内に留めておくなど反吐が出る……それでも『闇の王』は手放さなかった。彼らの得物は、今も彼の中で燃え続ける復讐の炎の(たきぎ)であるが故に。

 

それを手にする。

 

その行為の意味するところは“絶殺”。『闇の王』の中でファーナムの死はすでに確定した事象であり、神々への復讐心から一人の不死人への憎悪に転じた黒い炎が、彼の中で一際大きく燃え盛る。

 

(殺す……絶対に、殺す……ッ!)

 

殺意の虜囚となった『闇の王』が、ついに動いた。

 

深淵の大剣を握った左拳で地面を噛み、極端なまでの前傾姿勢を取る。皮肉にも、忌み嫌う神族【竜狩り】オーンスタインと全く同じ構えとなった彼は右手にある竜狩りの槍を引き絞り、その狙いを立ち上がろうともがくファーナムへと集中させる。

 

そして―――ドンッッ!!と。

 

正しく雷のような速度で、『闇の王』はファーナムへ向けて突きを撃ち放った。

 

 

 

 

 

「ッッ!?」

 

その姿がかき消えたかに思われた瞬間、全身を駆け巡った尋常ではない程の圧力(プレッシャー)。しかしそれこそが、紙一重のところでファーナムを槍の一突きから救う事となった。

 

なりふり構わず、立ち上がりざまに前へと転がったファーナム。瞬間、今まで倒れていた場所には『闇の王』が振るった竜狩りの槍が突き刺さり、同時に激しい雷撃が周囲に解き放たれた。

 

その余波を受けたファーナムは再び吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられてしまう。

 

「ぐぅっ!?」

 

しかし、先ほどと同じように倒れる事は許されない。

 

即座に立ち上がり首を回して見てみれば、すでに『闇の王』は地面に突き刺さった穂先を引き抜き、こちらへ視線を向けているではないか。その十字槍は次こそは外さぬとばかりに、纏う紫電の激しさを増してゆく。

 

「貴様だけは……ここで、殺す……!」

 

怨嗟の込められた声に、ファーナムの双眸が見開かれた。

 

否、正確には『闇の王』の腰にある一振りの直剣。その鞘の隙間から滲み出る、()()()()()()()()()()()を目にして、だ。

 

(何だ、あれは……!?)

 

思わずそう口に出しかけるも、本心ではそれが何であるかを理解していた。

 

かつて見た事も耳にした事もない、しかし古くから続く不死という“呪い”に深く刻み込まれた、神々すらも侵す猛毒。どろりとした生あたたかい人間性の塊……即ち『深淵』であると。

 

明らかに尋常ではないが、『闇の王』本人は気付いてすらいない様子だ。今なお滲み出る『深淵』は彼の左腕に絡みつき、背中を伝って右腕へ。遂にはその先にある十字槍までも侵蝕してゆく。

 

(まばゆ)いばかりの紫電は消え、代わりに現れたのは淀みきった暗い雷光。煌びやかな意匠を穢すその輝きは意思を持ったかのように蠢き、穂先へと集まっていった。

 

「死、ね……不死人ッ!!」

 

「ッ!!」

 

腰を切り、『闇の王』が十字槍を薙ぐ。穂先から放たれた暗い雷撃は無数に枝分かれしながら放射状に広がり、砂嵐の如く前方にあるもの全てに襲い掛かった。

 

迫り来る黒雷に対し、ファーナムは『眠り竜の盾』を取り出し構える。

 

雷に対して高い耐久性を持ち、それでいて扱いやすい中盾だ。攻撃を耐え凌ぐにはまさに打ってつけかに思われたのだが……黒雷を防いだ瞬間、大きな衝撃が彼の身体を揺さぶった。

 

(何っ!?)

 

兜の奥でファーナムの表情が驚愕に染まる。

 

構えていた盾は弾き飛ばされ、後方へと吹き飛んでしまった。その衝撃に身体は開いてしまい、無防備となったところを目掛け、矢継ぎ早に第二撃が放たれる。

 

「ぜァああッ!!」

 

鋭い掛け声と共に放たれた黒雷は分散せず、今度は一直線に飛んできた。咄嗟の判断で自身のソウルより『巨象の大盾』を掴んだファーナムは、その影に隠れるようにして身構え、来たるべき瞬間(とき)に備える。

 

そして、激突。

 

黒雷が盾にぶち当たると同時に、先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃がファーナムの全身を突き抜ける。

 

「ぐっ、ううぅぅうううううううううっっ!?」

 

ガリガリガリガリッ!と地面を抉る両脚。

 

ただの雷撃にあるまじき、恐ろしいまでのこの威力。この黒雷の正体を、ファーナムは歯を食い縛りながらも理解していた。

 

(そうか。これは、奴の……ッ!!)

 

思い出されるのは先ほどの出来事……『闇の王』が腰に差している直剣の鞘から滲み出た『深淵』が彼の両腕を覆い、そして竜狩りの槍までも侵した、あの瞬間の光景。

 

あの時に十字槍の性質が変質したのだ。ファーナムもよく知っている闇術と同様に、『深淵』の力を得た雷撃には物理的な“重さ”までも兼ね備えたという訳だ。

 

もはや神族の武器などではない。『闇の王』が左手に携えた大剣同様に、穢れたものへと成り果てた。

 

敢えて名付けるのであれば……それはさしずめ『深淵の十字槍』と言ったところか。

 

「っ……ぉおあッ!!」

 

渾身の力で盾を振るい、黒雷を弾き飛ばす。

 

軌道の逸れた黒雷はそのままファーナムの後方へと飛んでゆき、地面と衝突。轟音が響き渡るも、彼の思考は『闇の王』の次なる動きへと向けられていた。

 

(どこだ!?)

 

兜の奥より視線を飛ばす。

 

前方。

 

左。

 

右。

 

―――上。

 

そこへと目を向けたファーナムの瞳が、揺れる。

 

彼の瞳が映したもの……それは宙高く跳躍し、左手に携えた大剣を振り下ろさんとする『闇の王』の姿であった。

 

「ッ!!」

 

視認すると同時に盾を構えるファーナム。

 

屈強で知られる獣人戦士の得物だ。黒雷を弾いたように、この重厚な大盾はそうそう壊れはしないのだが……今回ばかりは相手が悪かった。

 

「がァああああああああああああッッ!!」

 

凄まじい咆哮が耳を打ち、深淵の大剣が振り下ろされる。

 

その穢れた刃は巨象の大盾を斜めに斬り裂き、そのまま両断。直前で手を離したファーナムであったが、その際に大剣の切っ先が彼の左腕を捉えた。

 

ザシュッ!という筋線維を切断される感触。見れば二の腕の半ばを斬り裂かれており、少なくない量の血が噴き出している。

 

「くッ!?」

 

回復しなくては、と焦るファーナムであったが、それは今ではない。ひとまずは無事な右手に呪術の火を灯し、牽制の意味も込めて『大発火』を撃ち込む。一度怯んだこの攻撃ならば、という判断からの行動であった。

 

しかし『闇の王』は止まらない。

 

「なっ!?」

 

爆炎を突き破り、繰り出される斬撃。少しも怯まない『闇の王』にファーナムの顔が驚愕に染まる。

 

身を捻ってどうにかこれを躱すも続けざまに放たれる斬撃の嵐を前に、傷の回復どころか距離を開く事さえままならない。左腕から溢れる血をまき散らしながら、ぎりぎりの所で回避し続ける。

 

『闇の王』の斬撃は荒々しく、それでいて反撃の隙すら与えない程のものだった。まるで剣技を身に着けた狼の如き体捌きにファーナムは翻弄され、その身に新たな傷を重ねてゆく。

 

「死ね、死ねッ、不死人!!死んでしまえェッ!!」

 

「ぬうっ……!!」

 

激しい連斬の最中にも紡がれる怨嗟の声。

 

幼稚なようにも聞こえる言葉は、それだけ『闇の王』の心から余裕を奪っている事の表れに他ならない。“彼女”について知った風に語ったこの男だけは許さぬと、この手で殺さねばならぬと、殺意の赴くままに剣を振るっている―――自身を覆う『深淵』にも気付かぬままに。

 

そんな中であっても、ファーナムは反撃の機を(うかが)っていた。

 

(まだ……まだだ……)

 

目の前に現れる幾つもの剣線。全身に浅い傷を負いながらも致命傷だけは回避しつつ、穿つべき一点を探る。

 

『闇の王』の動きを見極め、自身の呼吸と身体の状態を見極め―――ついにその時は来た。

 

「ッッ!!」

 

『闇の王』が剣を振り抜いた直後。次の斬撃を放つより早くファーナムは脚に力を込め、勢いのままに体当たりを決める。

 

「ぐっ!?」

 

防戦一方だった相手の突然の行動に『闇の王』のくぐもった声が上がる。何の痛痒もないだろうが、攻撃一色だった動きが乱れるだけで充分。ファーナムは素早く右腕を振り上げ、空を掴むその手に武器を顕現させる。

 

それは『ツヴァイヘンダー』。常人が振るう事の出来る剣の中でも、恐らく最大の大きさを誇る特大剣だ。

 

(これで……っ!)

 

死闘の末、ついに見えた勝機。

 

これでこの戦いは終わる。仲間たちも助かる。地上に帰還(かえ)れる。

 

 

 

……そう確信してしまったからだろうか。

 

 

 

勝利を目前にした瞬間こそが、最も気を抜くべきではない瞬間。そんな駆け出しの冒険者でも知っているべき常識を忘れてしまったファーナムの右手に―――()()()と、圧し掛かるような重量が襲い掛かった。

 

「ッ―――――!!」

 

瞬間、干上がる喉。

 

右腕を振り上げた姿勢から、崩れるようにツヴァイヘンダーを取り零すファーナム。ソウルの流出による能力の低下が、ここへ来て致命的な隙を晒してしまった。

 

当然、『闇の王』がそのような隙など見逃す訳もなく―――穢れた一閃が、ファーナムの胴を斜めに深く斬り裂いた。

 

「がっ……」

 

一拍遅れて噴き出す鮮血。

 

明らかな致命傷だが、『闇の王』はそれでも止まらなかった。より確実に仕留めるべく、駄目押しのように十字槍を振りかぶり……ドッッ!!と、彼の腹部を貫く。

 

そして。

 

「おォ―――ァァあああああああああああああああああッッ!!!」

 

勝利の雄叫びのように。

 

殺意の咆哮のように。

 

形容しがたい絶叫と共に―――深淵の雷撃を炸裂させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

『闇の王』を起点として、灰の大地は黒く焼け焦げていた。彼が放った深淵の雷撃はファーナムの肉体のみならず、その周囲にまで放出されたのだ。

 

「……は、ははっ……ハハハハ……!」

 

ガランッ、と深淵の大剣を落とす『闇の王』。

 

意図したものではないにも拘わらず彼はそれを気にした様子もなく、目の前で力なく倒れているファーナムの姿に笑い声を漏らしていた。

 

「無様だな、不死人。あれだけ威勢の良い言葉を並べようとも、所詮はこの程度。過去を忘れた貴様などに、この私を殺せるものか」

 

「…………ぁ………」

 

轟然と立つ『闇の王』とは対照的に、ファーナムは正しく瀕死の様相だ。

 

胴を斜めに横断する深い裂傷に、腹部には突き刺さった十字槍がそのまま地面を穿ち、磔にされている。体内に直接黒雷を撃ち込まれたために炭化した腹部からは今も煙が上がり、まだ息があるのが不思議な程である。

 

「このまま放置しても貴様は死ぬのだろうが……それでは私の気が済まん」

 

故に、これで殺す。

 

そう言って『闇の王』は、腰に差した直剣の柄を左手で掴む―――『穢れた精霊』を泥へと変えた、あの直剣を。

 

「……彼女の心を好き勝手に語った罪。汚物となって悔いるが良い」

 

ずるり、と逆手で引き抜かれた刀身は深い紫色……『深淵』に濡れていた。鞘から溢れた『深淵』は汚水のように流れ落ち、『闇の王』の両脚に絡みつく。

 

両脚から這い上がり、流れに逆らい腹部へと、胸へと。ついに頭部意外を舐め尽くした『深淵』は蜘蛛の巣状に全身を覆いつくしたが、それでも『闇の王』は気付かない。

 

ひとえに、“彼女”への想いの強さが故に。

 

「貴様を殺し、神共を殺す……彼女の為に」

 

 

 

そう、これは彼女の為だ。

 

彼女の死を無意味なものにしない為にしている事だ。

 

彼女はいつも私と共にある。

 

私のしている事は間違っていない。

 

今もこうして目を閉じれば、彼女の顔が浮かんで―――。

 

………―――――?

 

 

 

ここで『闇の王』の動きが止まった。

 

彼の心の中に生まれた、僅かな違和感。それは壁に走った小さな亀裂のように些細なもので、しかしそれは次第に大きくなってゆく。

 

 

 

……待て。

 

待て、待て。

 

何故だ……?

 

何故、そちらばかりが浮かぶ?

 

彼女の顔ではなく………ペンダントに彫った、あの横顔が?

 

 

 

彼女の顔が思い出せない。脳裏に浮かぶのは今も胸に仕舞い込んだペンダントに彫られた、彼女の横顔だけだ。血の通わない、似ているだけの、あの横顔だけ。

 

それが『闇の王』の心を蝕んでゆき、同時に『深淵』の脈動は大きくなってゆく。

 

 

 

「………止めろ」

 

逆手に剣を構え、振りかぶった左腕が震える。

 

「……止めろ……ッ!」

 

急速に失われてゆく過去の光景。

 

彼女と過ごした日々。交わした言葉。向けられた笑み……その全てが『闇の王』の心から欠落してゆく。

 

「……止めろォ!!奪うなっ、私から、彼女を奪うなァ!!」

 

右手で兜に覆われた頭を押さえてもがき苦しむ『闇の王』。左手の剣をがむしゃらに振り回し、まるで見えない敵でもいるかのように、そこへ怒りの言葉を浴びせかける。

 

「まだ飽き足らないと言うのか!?彼女を殺しておいてッ、記憶すらも私から奪おうと言うのかッ、()()()()ッッ!!」

 

紡がれた名はかつて彼が殺した神、太陽の光の王のもの。

 

最初の火の炉にて殺し、そのソウルを踏み潰した。二度も殺した者がこの場に居るはずもなく、『闇の王』に見えているものは全て自身の妄想が生み出したものに過ぎない。

 

だからこそ、彼は逃げられない。

 

自身も気が付かない間に……“彼女”の顔すらも忘れてしまっていたという事実から。

 

「止め……止めろッ。か、返せ……彼女を、返してくれ………!」

 

怒りの言葉は徐々に消え失せ、次第に懇願へと変わってゆく。

 

しかしその祈りは叶わない。神々を殺す事に心を囚われ、いつの間にか愛する者の顔すら忘れ、“かつてそうであった”という事実のみを覚えていただけの哀れな男の懇願など、誰も叶えられないのだ。

 

そして『深淵』の脈動は留まるところを知らず、『闇の王』の心が弱まるにつれ、その力を強くしてゆく。

 

「お願いだ、もう……もう……」

 

 

 

 

 

()から何も、奪わないで………!

 

 

 

 

 

そこにはもう『闇の王』はいない。

 

いるのはただの、どこにでもいるような平凡な男。ごく普通の幸せを願い、しかし叶わなかった、悲惨な運命を背負う事となった一人の男の姿だけ。

 

神々を殺し続ける為の原動力。”彼女”との記憶という心の支えを失くし、強大な力のみが残ってしまった、そんな男に……『深淵』は容赦なく牙を剥く。

 

「ッ!?」

 

ビクンッ!!と痙攣する『闇の王』。

 

全身を蜘蛛の素状に覆っていた『深淵』が鎧の下の肉体を食い破り、急速に同化を進めてゆく。

 

「がっ、あッ!?ぁああがぁぁあああああああああああァァァアアアッッ!?」

 

耳を(つんざ)く絶叫。

 

この世の苦しみを全て注ぎ込んだかのようなその叫びは絶え間なく放たれ続け、ついには『闇の王』の身体を『深淵』が包み込んだ。

 

―――その時。

 

 

 

「ファーナムさんっ!?」

 

 

 

破壊された武器が散乱する戦場に、少女の声が飛んでくる。

 

金髪金眼に、女神と見紛う美貌を備えた女剣士……【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがやって来たのだ。

 

同時に『深淵』が解け、『闇の王』の全身がアイズの前に露わとなる。

 

黒く変色していたサーコートは毒々しい紫色へと変わり、表面には血管のようなものが幾つもへばりついている。兜や手甲は焼け爛れたかの如く歪み、元の意匠からはかけ離れた印象をアイズに与える。

 

そして何よりも、その左手に握られた直剣。

 

それはもはや刀身などなく、ただ刃の形をした『深淵』だけが渦巻いていた。

 

不吉をそのまま形にしたかのようなその剣に、アイズの額に嫌な汗が滲む。

 

「貴方は……!」

 

意図せず漏れたその呟き。

 

それに反応した『闇の王』は、ごきりと首を鳴らしてアイズを見やる。

 

『……ヲォォ……』

 

そして―――。

 

 

 

 

 

『……ヲォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

 

 

 

 

人ならざる叫び声を上げ、猛然とアイズへ襲い掛かった。

 

 




【神殺しの直剣】

『闇の王』が神を殺す際に用いる直剣。元はただの直剣だったこの刀身には、尽きぬ深淵が蠢いている。

殺した相手のソウルを斬り、消滅させる。この特性は『闇の王』が神へと抱く憎悪の念の結実であり、その根幹には彼が愛した女性への一途な想いがある。

しかし、想いが深いほど、重みも増す。いつか想いが弾けてしまえば、積み重ねて来た重みは容赦なく彼へと降りかかるだろう。

特殊効果:ソウル取得不可


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。