不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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ようやく……ようやく言えた!出せた!!


第五十四話 集いし彼ら

 

アイズが駆け付ける少し前。

 

その“衝撃”がもたらした波動は、彼女たちの場所にまで伝わっていた。

 

「っ!?」

 

ゴォッ!と全身を叩いた空気に、フィンの双眸が揺れた。すぐ隣にいたアイズも感じ取ったようで、その端正な顔立ちに驚きの表情を浮かべる。

 

そして黒ローブの男も……フィンとアイズ、()()()()()()()()()()()()()()()()、ファーナムと『闇の王』がいる方向へと視線を向けた。

 

「これは……!」

 

初めて驚愕を含んだ呟きを零した男に、フィンとアイズは止められた得物を引き戻し距離を取る。

 

「ッ、フィン!」

 

「ああ、大丈夫だ。君は?」

 

「私も、なんとか……」

 

アイズの心配そうな声に、フィンは自らの無事を伝える。幼い少年の姿をした小人(パルゥム)の勇者は、口元に垂れた一筋の血を袖元で強引にぬぐい取った。

 

二人の身体は血と灰で汚れている。深手こそないものの、その見た目は痛々しい。そして男は二人がかりの攻撃をものともせず、未だ傷らしき傷すら負っていない。

 

彼我の実力の差を見せつけられたアイズとフィンであったが、その闘志は微塵も揺らがない。しかし先ほどの波動に嫌なものを覚えた二人は、この状況を打破出来ずにいる自分自身に歯痒い感情を覚えていた。

 

そんな時、アイズの脳裏に閃きが走る。

 

(あの人……私たちを見ていない?)

 

その視線の先にいる男は、波動を感じ取ってから動いていないのだ。まるで彫像のように微動だにせず、ただその視線を先にある丘へと送っている。

 

(……今なら!)

 

そこからのアイズの行動は早かった。

 

全身に『風』を纏い直し、両脚に力を溜める。すぐ傍らに立つフィンが気付いた時には、彼女はすでに全ての準備を終えていた。

 

そして、ダンッ!と。

 

フィンが制止する事すら叶わない速度で以て、丘へと向かって飛び出していった。

 

「ッ、アイズ!?」

 

咄嗟に叫ぶも、遅い。彼女は持ち前の速力を存分に振るい、男の脇を通り抜ける形で動いていた。

 

それをみすみす見逃す敵ではないと知っているフィンはアイズの無謀な行動を咎めるのではなく、その身を案じての声を発したのだが……それは杞憂に終わった。

 

何故なら、男は迎撃するでもなく―――そのまま何もせずにアイズを見逃したのだ。

 

「!!」

 

目を見開いて驚愕するアイズ。彼女自身もすんなり通り抜けられるとは思っていなかったのだろう。

 

刃を交える覚悟をしていただけに拍子抜けするほどの展開だったが、それならそれで都合が良い。彼女はそのままあっという間に男を置き去りにし、ファーナムのいる場所へと駆けて行った。

 

残されたのはフィンと男の二人のみ。

 

アイズ巻き起こした風が止みつつある中、フィンは彼方へと視線をやり続ける男へと語りかける。

 

「……何故、アイズを行かせたんだい?」

 

「……意味がないからだ」

 

「意味が、ない?」

 

どういう事だ、と訝しげに眉を(ひそ)めるフィン。その答えは男がここで二人と戦っていた理由を否定するものに等しく、だからこそ聡明なフィンであっても、その言葉の意図を理解する事が出来なかった。

 

やがて男は視線を前方へと戻し、黒ローブに覆われた頭を僅かに俯かせる。どこか諦めにも似た達観の空気を纏った彼は、小さな声で呟いた。

 

「それでも、俺は貴公と共に在り続けよう―――最期まで」

 

そして。

 

男は顔を上げ、大音量の号令を発した。

 

 

 

「聞けッ、“王”の騎士たちよッ!!」

 

 

 

直後、フィンの背後で激しい戦闘を繰り広げていた闇の騎士たちが硬直する。そして彼らと戦っていた、ファーナムの招集に応えた不死人たちも。

 

戦闘を一時中断させるほどの圧の込められたその声に、戦場の時が止まる。

 

 

 

「“王”が奇跡を使われたッ!!この意味が分からぬ貴公らではあるまいッ!!」

 

 

 

『ッッ!!!』

 

続けて放たれた言葉は、全ての闇の騎士たちの双眸を開かせる。

 

そうして噴き上がり、訪れるのは―――これまで以上の覚悟(殺意)

 

 

 

「“王”の為―――貴公ら自身の()()()()、敵を撃滅せよッッ!!!」

 

 

 

変化は劇的だった。

 

時を取り戻した戦場に佇む不死人たち。彼らは空気を一変させた闇の騎士たちに、異様なものを感じ取る。

 

そして……ガシャリッ、と。乾いた音が生まれ落ちた。

 

一、十、百、と―――闇の騎士たちがダークソードを手放す音が合唱のように木霊する中、彼らが新たに構えるのは別の武器。

 

短剣。直剣。大剣。特大剣。

 

槍。槌。斧。斧槍。

 

刀。鞭。拳。弓。クロスボウ。

 

杖。呪術の火―――そして、タリスマン。

 

「まさか……」

 

その光景に、誰かの呟きが漏れ、

 

「こ、こいつら、全員っ!?」

 

ラウルたちの表情が固まり、

 

「……()()()()()では、なかったというのか……!?」

 

椿の隻眼が見開かれる。

 

“王”への忠誠と神々の滅殺を誓った装束と根源を同じくする剣、ダークソードを捨て去り、古い武器()を手にする。それは“王”自らが奇跡を行使した事に対する、彼らなりの決意の表れに他ならない。

 

『闇の王』の元へと下るより以前。ただの不死人であった頃に最も慣れ親しんだ武器を手に、確実に“王”の敵を、そして神々を殺し尽くすのだと。

 

彼らは更に奮い立つ。

 

『―――“王”の為にッッ!!!』

 

戒めは解かれた。

 

此処より、本当の闘いが始まる。

 

 

 

 

 

戦場そのものを飲み込まんとする闇の騎士たちの勢いを背に感じ取り、フィンは自らが焦りを感じている事を自覚する。

 

これまでとは比べ物にもならないそれは、確かに状況が変わったせいでもある。しかしそれ以上に、先ほど黒ローブの男の言った台詞が、彼の心をかき乱していた。

 

(“意味がないから”だと……それは一体、何を指している?)

 

アイズをみすみす見逃した理由として答えたこの言葉の意味する所は何なのか。

 

普通に考えれば『闇の王』が“奇跡”という奥の手を使った事により、彼に従う配下たちも自身の戒めを解き放ったという見方が出来るが、どうもフィンには、そんな単純な事ではないような気がしてならなかった。

 

だからこそ、彼はその真意を見極めるべく探りを入れる。

 

「成程。これが君たちの奥の手という事かな」

 

「そう受け取ってくれて構わない。どの道、全てここで終わるのだ」

 

「……全て、だって?」

 

「その通りだ、人の子よ」

 

男はフィンの背後に広がる戦場を見渡す。至る所で戦火が暴れ、未だ止む気配のない轟音と絶叫が支配する光景を、ただ静かに眺める。

 

「貴公たちも、オラリオ(この世界)も、数多の世界も、全て終わりだ……そして俺たちも」

 

不吉極まる男の言葉。その内容は聞き捨てならないものであり、更に追求を続けようとしたフィンであったが、直前で彼の動きが止まる。

 

どこか物哀しい感情の宿った、戦場を見つめる男の視線。ただの殺戮者にはあり得ない、そんな姿を目にしてしまったが故に。

 

「……そう言えば」

 

不意に放たれた男の言葉に、フィンはぴくりと眉を動かす。

 

「互いに、名乗りがまだだったな」

 

そう言って両手から剣と盾を消し去り―――バッ!と、男は身に纏っていたローブを剥ぎ取った。

 

露わとなった男の姿。

 

全身を覆うチェインメイルに、飾り羽の付いた鉄兜。

 

白を基調としたサーコートのような布地。

 

そこに描かれた、自画と思しき太陽の印(ホーリーシンボル)

 

神殺しを行う者が身に纏うにはあまりに神々しく、その姿は正しく御伽噺に出てくる英雄のようである。

 

次いで男は武器を取る。

 

胴に描かれたものと同じ意匠の円盾と、素朴ながら業物であると一目で分からせる直剣。闇の騎士たち同様に彼本来の得物を取り出した男は、息を飲むフィンへ静かに名乗りを上げた。

 

「俺の名はソラール……アストラのソラールだ」

 

男は……ソラールは、自身を【太陽の戦士】とは言わない。その名は()と共に歩むと決めた時に、すでに捨てた名であるが故に。

 

そんな彼の覚悟を肌で感じ取ったフィンは、自らもまた名乗りを上げる。

 

「……【ロキ・ファミリア】団長。【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナ」

 

それだけで十分だった。今この場で交わすべきは、名乗りの言葉以外にはないのだから。

 

そうして二槍を構え直したフィンに、ソラールもまた腰を落として戦闘の構えを取る。

 

「そうか……ではフィンよ」

 

張り詰める空気の中、互いが互いを睨みつける。そして―――、

 

「―――征くぞ」

 

「ッ!!」

 

―――両雄は、再び激突した。

 

 

 

 

 

自らの枷を外した闇の騎士たちに、状況は一変した。これまで以上に激しい攻撃に晒され、至る所で阿鼻叫喚の地獄が巻き起こる。

 

しかし……最危険地帯は、間違いなく()()であろう。

 

『ヲヲォォオオオアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

「っ!!」

 

猛然と迫り来る『闇の王』に、アイズの背筋が戦慄(わなな)く。

 

瞬時の判断のもと、展開していた『風』を右脚へ一点集中させて跳躍。直後には『闇の王』の振るった剣が地面を直撃し、その場所は大きく陥没してしまった。

 

「くっ!?」

 

地面に走る夥しい亀裂、起き上がる岩盤。舞い上げられた灰が四方を暗く包み込む中、アイズは粉塵を突き破って数十M先へと逃れる。

 

咄嗟の緊急避難をどうにか成功させたアイズは、粉塵の舞う先へと意識を集中させる。一体何があったのかは知らないが、何か尋常ではない事が起きたであろう事は想像に難くない。

 

そしてそれは、『闇の王』の姿を見て確信に変わる。

 

「……っ!?」

 

毒々しい紫色に変色し、脈打つ血管が纏わりついたサーコート。焼け爛れたかのように歪んだ兜や手甲。それは先ほど、この場所へ駆けつけた時に見た通りだ。

 

違っているのはその佇まいである。

 

最初に目の前に現れた時の『闇の王』は、その名に相応しい風格があった。臣下の五人を引き連れ、更には一千もの闇の騎士たちを背にした姿は正しく“王”そのものだ。神殺しの集団だとしても、有無を言わさずそのような感想が浮かんでくるほどに。

 

しかし、今やその面影は何処にもない。

 

だらりと両腕を垂らし、こちらに背を向ける姿は幽鬼の如し。当初の風格は消え失せ、代わりに得体の知れない不気味さだけが彼とその周囲を支配している。

 

晴れつつある粉塵の中で立ち尽くす『闇の王』はごきりと首を回し、その両目をアイズへと向ける。

 

『……ァァァァァ』

 

ぐぢゃり、と水っぽい音と共に『闇の王』がゆらりと歩み出る。彼自身から零れ、今も鎧や兜の隙間から絶えず滴り落ちる『深淵』を引きずりながら、着実にアイズへと近付いてくる。

 

対するアイズは、足元から這い上がってくる悍ましさを押し殺して剣を構えた。

 

(多分、もう話は通じない)

 

人の形はしていても、あれはもうまともな思考回路は残っていないだろうと判断するアイズ。彼女は交戦の覚悟を決め、剣を握る手に力を込めた。

 

(早く倒さないと、ファーナムさんが……!)

 

焦る理由は、視界の端で倒れているファーナムである。腹部に十字槍を突き立てられ死人のようにピクリとも動かないが、それでも彼がまだ生きていると信じられる証拠は、その肉体が消滅していないからだ。

 

不死というのがどのようなものなのかを完全に理解できた訳ではないが、少なくとも息絶えれば死体は残らず、ソウルとなって霧散する事はこれまでの戦いで分かっている。それに加勢に来た他の不死人たちの雄叫びも未だ鳴り響いている。つまり、ファーナムの魔法はまだ発動しているのだ。

 

以上の事から生きているのは確かだが、瀕死の重傷を負っている事に変わりはない。一刻も早く『闇の王』を倒すか、或いは回復の手助けをしなければならない。

 

胸中で渦巻く焦燥に顔を険しくさせるも、時間は待ってはくれない。

 

そして、『闇の王』が再び動く。

 

『ィ゛ィ゛ィ……』

 

全身から『深淵』がどろりと溢れる。一体何がと警戒するアイズを尻目に、彼は左手の剣を弓のように引き―――ドンッ!!と、身体ごとアイズ目掛けて()()した。

 

『―――ァァアア゛ア゛ァァァァァァァァッッ!!!』

 

「!?」

 

予想だにしなかった動きに、アイズは目を見開く。

 

まるで斜面を垂直に滑るかのようにして迫る『闇の王』。彼が過ぎ去った後の地面には、黒い道が出来上がっていた。

 

『深淵』を利用して急速に距離を詰める―――その技は、かつて深淵に飲まれたアルトリウスが使っていたもの。常人の動体視力では目で追う事すら敵わず、ましてや防ぐなど出来るはずがない。

 

しかしアイズはオラリオが誇る第一級冒険者だ。予想外に対する定石(セオリー)も心得ている。

 

金の双眸は『闇の王』から離さない。

 

敵の体勢などから放たれるであろう攻撃を予測し、それに合わせる形で最適な動き(答え)を選び取る。まだ少女ながらも長い冒険者生活の中で培ってきた経験を元に、アイズは放たれた突きに合わせて宙へと逃れた。

 

「―――【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

攻撃を回避したアイズは額に浮かんだ汗を飛ばしつつ、魔力を込めた言葉を紡ぐ。直後に『風』が召喚され、それは右手に握られた愛剣《デスペレート》へと収束してゆく。

 

(いけるっ!)

 

『闇の王』の体勢は前のめり。こちらはすでに詠唱を終え、『風』も剣に纏わせている。どう転んでもこちらが先手を取れる―――そう確信した時だった。

 

突如、『闇の王』が右腕を振るう。

 

裏拳を見舞うようにして振るわれたその腕はアイズに届かない。しかし全身を覆っていた『深淵』は違う。それは飛沫となって襲い掛かり、虚を突かれた彼女の視界いっぱいを埋め尽くした。

 

「―――ッ!!」

 

アイズは咄嗟に剣に乗せた『風』を全身へと移す。それは『深淵』が肌に触れる直前にどうにか間に合い、二つの力は正面からぶつかり、そして大きく弾けた。

 

ドパァッ!!と四散する『深淵』。しかし直撃を免れたとはいえ、彼女はここで即座に後退すべきだった。

 

押し返した『深淵』。その、ほんの僅か。

 

雫より小さな一滴がアイズの右肩に付着した瞬間―――ドクンッ!と、彼女の視界は大きく揺さぶられる。

 

「ッ、あ―――!?」

 

開く瞳孔。止まる呼吸。

 

自らの身体の異常に気が付くと同時に頭に過ぎったのは、ダンジョン深層に潜むモンスター『ペルーダ』の猛毒だった。

 

打ち出す毒針が掠っただけで激しい痛みと喀血(かっけつ)を引き起こす恐ろしいモンスターだが、俊足を誇るアイズがそのようなものに後れを取った事など、今までに一度もない。

 

故に今この身を蝕んでいるものの正体は、その猛毒と同じようなものだと思ってしまいそうになったが、その考えを自身の中で否定する。

 

(違う、これは……っ!)

 

胸の奥よりも更に深い場所。肺や心臓などという臓器ではなく、人を人たらしめている存在そのものを侵されているような感覚。

 

不死の時代を知らずとも、その身に受けてしまえば否が応でも理解させられる。

 

『深淵』にまともに触れてしまったが最後。例えどれほどの強者であっても、どれほど強大なモンスターであっても、生あるものが触れてしまえばその在り方を歪められてしまう―――そんな代物であると。

 

そして。

 

「―――ッッ!?」

 

長い刹那は終わりを告げ、アイズの思考が現実へと引き戻される。

 

『ハァァァ……!!』

 

動きの止まったアイズ(獲物)をみすみす逃すはずもなく、『闇の王』は【神殺しの直剣】を振りかざす。

 

『深淵』の溢れる兜の下に、アイズは悍ましい程の狂笑を幻視()た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おお、貴公!どうやら亡者ではないらしいな』

 

最初の会話はこんな始まり方だったと、ソラールは記憶している。

 

粗末な装備に身を包み、道中で倒した亡者たちから奪ったであろう武器を手にやって来たその男に、ソラールは自分だけの太陽を見つけるためにやって来たのだと話した。

 

自身が変人だという自覚はあった。これまで出会った者のほとんどが、そういう反応を示したからだ。しかし、まともな不死人を見つけたら話しかけずにはいられないのがソラールの(さが)であり、この時も笑われる事を覚悟で話しかけたのだった。

 

しかし。

 

『笑わないよ』

 

『……何だって?』

 

彼は少しも笑わなかった。

 

変人の戯言とも、狂人の妄言とも思わない。どれだけ荒唐無稽であろうと、確固とした目的がある者を笑いはしないと、そう言った。

 

そして。

 

『僕にも、この旅には目的があるんだ』

 

『ほう、貴公もか!それは良い!で、それはどういったものなんだ?』

 

『ああ。分を弁えていない、不遜とも思われるかもしれないが……』

 

 

 

―――この世界から“不死の呪い”を消し去る。

 

 

 

あの時の彼は―――かつての『闇の王』は薄く微笑みながら、そう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッッ!!という衝撃と共に、フィンのその小さな身体が灰の地面へと叩きつけられる。

 

「……くッ!」

 

込み上げる血を飲み下し、鋭い眼光で頭上を睨みつける。

 

次の瞬間、舞い上げられた粉塵を突き破って現れた剣の切っ先。額を穿たんとしたそれを首を捻ってギリギリの所で避けるも、刃が掠った頬には一筋の赤い線が刻まれた。

 

肉を斬り裂かれる鋭い痛みに、しかしフィンの目は揺るがない。ソラールの剣が地面に突き刺さった今が好機とばかりに、右手の金槍を力いっぱいに上へと薙ぐ。

 

「ふっ!!」

 

裂帛の気合いで放たれた攻撃だったが、これはソラールの盾によって阻まれてしまう。ガァンッ!と激しい金属音が響き渡り、その衝撃で辺りの粉塵が一気に晴れた。

 

「この状況でも逃げなかったか。流石は【勇者(ブレイバー)】だな」

 

「それは……どうも!」

 

地面に倒れたまま槍を振るった格好のフィンは、言い終わると同時に腰を切って蹴りをお見舞いする。倒れたままの為、十分な威力はなかったが、この状況から脱するにはそれで十分だった。

 

ソラールの脇腹を蹴りつけたフィンは、その力を利用して再度距離を取る。敵の懐から逃れた彼はふらつく両脚に力を入れるも、咄嗟に右手の金槍を地面に突き立て、支えとした。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……!」

 

暴れる呼吸を無理やりにでも落ち着かせようとするフィン。

 

吐き出す息は熱く、そこには血の味も混じっている。今やアイズと共闘していた時以上に多くの傷を負い、足元に滴り落ちる血は不吉なまだら模様を描いていた。

 

それだけではない。椿に作成してもらった銀槍《スピア・ローラン》は戦闘の最中で弾き飛ばされてしまい、この灰の大地に埋もれてしまった。残ったのは今手にしている金槍《フォルティア・スピア》のみだ。

 

「槍の一振りは飛ばされ、おまけにその傷だ。これでもまだ戦う気か」

 

「……おかしな事を言うね」

 

ごし、と乱暴に口元を拭うフィン。

 

真っすぐにソラールへと顔を向ける彼の目には、僅かばかりの諦念も絶望もない。

 

「僕の後ろには戦っている仲間たちがいる。そしてファーナムも、アイズも、まだ戦っている。それなのに、僕が諦める訳がないだろう」

 

「勇気と蛮勇は違うぞ」

 

「確かに今の僕の姿はそう見えるのかも知れない。けどね、ソラール……」

 

フィンは地面に突き立てていた金槍を引き抜き、ヒュンッ、と風を切る。

 

身の丈以上の長槍を構え直し、彼は断言した。

 

 

 

冒険者(ぼくたち)は諦めが悪いんだ。どれだけ強大な敵だろうが、そこに(ゆず)れないものがある限り―――僕たちは絶対に諦めない」

 

 

 

血と灰に塗れた姿で言い切った小人(パルゥム)の冒険者の姿に、ソラールは兜の奥で僅かに両目を見開いた。

 

その脳裏に、かつての()との記憶が蘇る。

 

決して譲れぬ願い―――“不死の呪い”を消し去る事が目的であると語った、唯一無二の友との会話を。

 

「………そうか」

 

目の前にいる小人(パルゥム)が、古い記憶の中の人物と被る。

 

しかし、ソラールは目を閉じてその考えを頭の中から追いやると、極めて現実的な事実のみを突き付ける。

 

「だが、現実はそう甘くはないぞ」

 

 

 

 

 

ソラールの言葉は正しい。

 

 

 

「おらァッ!!」

 

「ぬぅっ!?」

 

青き戦士の猛攻に、あのガレスですら防戦一方を強いられ。

 

 

 

「死ねェ!!」

 

「“王”の為にッ!!」

 

「クソッ、たれがぁ!!」

 

雪崩のように襲い掛かる闇の騎士たちに、ベートは次第に飲まれてゆき。

 

 

 

「っ……ティオ、ナ……!」

 

「………」

 

「随分と粘りましたが……もう終わりですね」

 

ジークリンデに二人がかりで挑んだティオネとティオナは地面に倒れ伏し。

 

 

 

「はっ、はっ……リヴェリア様っ!?」

 

「私に構うな、レフィーヤッ!!」

 

魔術を放つグリッグスの攻撃に晒されるリヴェリアに、レフィーヤの悲痛な声が響き渡る。

 

 

 

「囲めッ、囲めッ!」

 

「八つ裂きにしてしまえ!!」

 

「“王”の敵を排除しろォ!!」

 

戦場の至る所から聞こえてくる、闇の騎士たちの雄叫び。

 

「ぐあぁ!?」

 

「ぎゃあッ!!」

 

そして、ファーナムの召喚に応じてやって来た不死人たちの断末魔と血飛沫。

 

これまでと一変して多彩さと激しさを増した闇の騎士たちの猛攻に、ルカティエルとバンホルトは窮地に立たされていた。

 

「ぬぅ!これでは押し負けるぞ、ルカティエル殿!」

 

「分かっている!だが、ここでやられる訳にはいかないッ!」

 

次々と襲い掛かる敵勢力相手に、二人は背中合わせとなって剣を振るう。

 

しかし、その程度でどうにかなる状況ではすでになくなっていた。

 

「“奇跡”を!」

 

「“平和”を使え!!」

 

四方から聞こえて来た闇の騎士たちの声に、ルカティエルはハッ、と周囲を見渡す。

 

そして気が付いた。数十人規模の闇の騎士たちが、いつの間にか自分たちを囲っていた事に。

 

その手に“奇跡”の触媒を……タリスマンを握っている事に。

 

「……全員、ここから離れ―――!!」

 

咄嗟に声を上げるも、間に合わない。

 

闇の騎士たちは同時にその“奇跡”を……『緩やかな平和の歩み』を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】たち、及び不死人たちは正しく絶体絶命。【ディア・ソウルズ】を行使しているファーナムもまた、いつ息絶えてもおかしくない状況だ。

 

しかし、運命とは時として神々の予想や思惑すらも覆す代物である。

 

故に―――彼らの存在を予期していた者は、神殺しの旅団の中では誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そなたの旅は、未だ終わらぬのだな」

 

その勇士は、濃い霧の支配する森の中で静かに呟いた。

 

 

 

「今度は我が動くが道理か……」

 

その異形は、自身の連れ合いを解き放ってくれた者への義理を感じていた。

 

 

 

そして。

 

凍てついた氷の城。その最奥に一人座した闇の落とし子の一人。

 

『恐怖』の使徒である彼女は、長らく震わせていなかった喉で言葉を紡いだ。

 

「ああ、新たな『闇』が……『深淵』が……!」

 

ここではない何処か。

 

無数に存在する世界の内のひとつで生まれた新たな『深淵』の誕生を感じ取った彼女は、同時に()が窮地に陥っている事も察知した。

 

「ですが、私には何の力もありません。貴方を、助ける事さえも……」

 

沈痛な面持ちで言葉を絞り出す。

 

そんな彼女の耳が、小さな足音を感じ取る。

 

「………!」

 

ハッ、と、彼女は顔を上げる。

 

長い黒髪に隠されたその顔は、しかし先ほどまでの悲しみに彩られてはいない。

 

「……そうですか。貴方たちも、私と同じ思いなのですね」

 

振り向く事もなくそう呟く。

 

そして彼女は―――沈黙の巫女アルシュナは、再び手を組み合わせ、祈りの言葉と共に()()を送り出した。

 

「ならば行って下さい。我らが王の騎士たちよ―――あの方の与えてくれた大恩に、報いるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、彼らはやって来た。

 

 

 

「がっっ!?」

 

「ッ、一体なにが……ぁぐッ!?」

 

その勇士は両の手の獲物を振り回し、“奇跡”を行使した闇の騎士たちの足元から突如として姿を現した。

 

 

 

『―――ォオオオッ!!』

 

「なっ……ぎゃぁああっ!!」

 

「ッ……ンだ、こいつは……!?」

 

その異形は現れるや否や、ベートに群がっていた闇の騎士たちをその長大な武器で薙ぎ払った。

 

 

 

そして、()()は現れた。

 

地面に浮かぶ白き言葉からではなく、空から。凍てつく氷の大地の風と共に。

 

「きゃあっ!?」

 

「くっ……!?」

 

その衝撃に思わず目を瞑るレフィーヤとリヴェリア。

 

突如として目の前で生じた冷たい突風が過ぎ去った後。目を開けたリヴェリアは、自分たちを守るかのようにして片膝を突く四人の騎士の姿を見た。

 

「お、お前たちは……?」

 

その声に反応した四人の騎士……白銀の甲冑に身を包んだ長身痩躯の騎士たちはリヴェリアへと向き直り、自身の胸元に手を当て無言のままに共闘の誓いを立てる。

 

 

 

 

 

―――実体 ヴァンガルの首が現界しました―――

 

―――実体 蠍のタークが現界しました―――

 

―――実体 エス・ロイエス 最後の騎士隊が現界しました―――

 

 




前回の投稿から時間が空いてしまいまして、申し訳ありません。

今回の話は書きたかったシーンが色々詰まっているので、楽しかったのと同時に書けて一安心といった所です。

また、感想を頂ければ幸いです。これまでの流れについてだとか、不自然に感じた点などでも構いません。作者のモチベアップにもなりますので、お時間があればお願いします。
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