「随分と粘りましたが、これでお終いですね」
特徴的な形状のカタリナ鎧。その兜の隙間から発せられる声は、地面に倒れ伏す二人の少女へと降り注がれている。
双子のアマゾネスの冒険者、ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテ。オラリオでも名を轟かせる彼女たちは、現在瀕死の状況にまで追いやられていた。
どんな困難にも臆さずに挑んできた二人は、もはや起き上がる気力があるかも怪しい。
「………」
ジークリンデの斬撃を防ぐ事で精一杯だったティオナ。
「……ぐ、ぅ………」
ティオネも似たようなものだ。
ティオナが倒れた後も果敢に攻めたものの、彼我の実力差は覆せない。得物を捨て去った徒手空拳で挑む戦意も空しく、全身に裂傷を負い、仰向けで灰色の空を仰いでいる。
完全なる詰み。誰の目にも明らかだった。
「放っておいても問題ないでしょうが、念には念を入れておきましょう」
ジークリンデは抜き身のバスタードソードを怪しく光らせ、ティオネの元へと歩み寄ってゆく。
顔にかかった自身の長髪の隙間からその姿を目にするティオネは、思い通りに動かない身体に必死に命令を送る。起き上がって戦え、目の前の敵をぶちのめせ、と。
が―――動けない。
もぞもぞとしか動かない指先は地面の灰をかき集めるばかりで、戦うどころか起き上がる事すら遠い。目前まで迫った死に対し、今のティオネが出来る唯一の抵抗は、目をそらさずに睨みつけてやる事だけだった。
「ク、ソ……ッ……!」
とうとう距離がゼロになった両者。ジークリンデは無言でティオネを見下ろし、そして手にした大剣をゆっくりと振り上げた……その時。
「………」
「? 如何しましたか、ジークリンデ殿?」
周囲に集まった十名ほどの闇の騎士の内の一人が声を漏らす。
後は振り下ろすだけとなった恰好で動きを止めたジークリンデ。彼女は首だけを動かし、戦闘のとある方向へと視線を向けていた。
そこから聞こえてくるのは戦闘の雄叫びと、斬り伏せられる者たちの悲鳴。前者はファーナムの召喚に応じた不死人たちのもの、後者は闇の騎士たちのものだ。
「……あちらの戦況が不利のようですね」
そう言うとジークリンデは身を翻し、そちらの方向へと足を向ける。振り上げた大剣を下ろした彼女は、すでにティオネから完全に関心をなくしていた。
「私は今からあちらの応援に行きます。彼女たちの始末は貴方に任せます」
「は、ハッ!」
唐突に
それを確認したジークリンデは、ティオネを一瞥すらせずにその場を離れていった。急速に小さくなってゆく背に、ティオネは思い切り目玉を剥いて憤怒の形相を浮かべる。
「て……テメェ!待ちやがれ……!」
己の手で止めを刺す価値もない。そう断ぜられた事実に、アマゾネスの血が沸騰する。その怒りはもがくだけだった手足に力を送り込み、ぐぐっ……と身体を起き上がらせるまでに至る。
「動くな!」
「がっ!?」
しかし、それまでだった。
闇の騎士の放った足蹴を顔面に受け、再び地を這う恰好となったティオネ。口元から新たな流血を見せつつも、彼女の怒りは途切れない。満足に動かない身体で、なおもジークリンデを追おうとしていた。
「ジークリンデ殿の邪魔をしようなどと。もはや虫の息のお前などに割ける時間など、一秒もないというのが分からんか」
「ぐぁッ!!」
再び蹴りを喰らったティオネは、ごろりと仰向けとなって闇の騎士を仰ぐ。止めを刺す役目を受けた彼は高揚感からか幾分か饒舌になったようで、死を目前にした彼女を更なる絶望へと突き落とさんと台詞を並べる。
「安心しろ、早かれ遅かれお前らは全員死ぬ。そこで倒れているお前の片割れも、同胞もな……ああ、だがあいつはもう手遅れだろうなぁ」
「っ……あいつ……?」
「ああ。なにせ奴は今、ソラール殿が相手をしている」
いたぶるように話しかける闇の騎士。普段ならば聞き流しているはずの敵の
そして、闇の騎士は続きを口にする。
ティオネと闇の騎士―――双方にとって
「二本の槍を持った、あの金髪のガキだ。とっくに死んでいるだろうよ」
「 」
瞬間、ティオネの時が止まった。
彼女の五感は機能を停止し、闇の騎士が放った言葉を脳内で幾度も反芻する。それを絶望と受け取った闇の騎士は仮面の奥で満足気に笑みを深めると、見せつけるように剣を振り上げる。
「では、終いだ。真の人の世を創る為の礎となるが良い」
そんな陳腐な台詞を吐きながら、闇の騎士は渾身の力で剣を振り下ろした―――しかし。
ガッ!!と、剣が止まる。
「!?」
一体何が起こったのか。予想外の出来事に闇の騎士と、周囲にいる同胞たちは目を見開いた。
一同の驚愕を集めるのはティオネの右手である。振り下ろされた鋭い刀身を、あろう事か彼女は素手で引っ掴んでいるのだ。
「……テメェ、今なんつった?」
ギチギチと震える刀身。たまらず闇の騎士は両手持ちにして刃を押し込もうとするも、それは岩のように固い感触を前に少しも動かない。
「く、クソ……!?」
「団長が死んだ?ソラールだか言う、訳の分からねぇ奴が殺した?」
刃を掴む手は無事では済まない。皮膚を切り裂かれ、赤い血が幾筋も右腕を伝う。それでも刀身を握る力は少しも緩まず、逆に悲鳴を上げているのは剣の方だ。
そして倒れていたティオネはゆらりと起き上がり……血に塗れた顔に憤怒の形相を張り付け、咆哮を放った。
「……ンな妄想、よくも言えたモンだなぁッッ!!!」
バギンッ!!と砕け散る剣。
破壊した刀身を握り潰して作り上げた拳は、そのまま闇の騎士の顔面へと吸い込まれた。拳が直撃した瞬間に頭部がはじけ飛び、周囲に赤黒い霧を振りまく。
断末魔すら許されずに息絶えた同胞の姿に、周囲にいた闇の騎士たちも今になって異常事態である事を理解した。
「ぶ、武器を構えろ!!」
「一気に潰すぞ!!」
慌てて武器を構えるも、全てが遅すぎた。ティオネの姿がかき消えたかと思えば、近場にいた闇の騎士が身体をくの字に曲げて真横へと吹き飛んでゆく。
それを目撃した別の騎士は、すでに懐まで彼女の接近を許していた。
「なん……げァ!?」
強烈な
「ティオナァ!!いつまで寝てやがる、さっさと起きろォ!!」
「……うるっさぁーーーーーいっっ!!!」
ドカンッ!!という轟音と共に爆発した瓦礫の山。
否、爆発ではない。今の今まで意識を失っていたティオナが覚醒し、瓦礫を蹴り飛ばしたのだ。
「なっ!?」
声のした方へと目を向けた闇の騎士。彼が見たのは未だ落下を続ける瓦礫と、目前まで迫っていたティオナの顔だけだった。
姉同様にボロボロになりながらも、その顔に浮かんでいるのはいつもと変わらない笑み。ティオナとはまた違った威圧感に身体が硬直してしまった闇の騎士は、ティオナの放った拳をその身に受ける事となる。
「な、なんだ、こいつら!?」
「死に損ないのクセに、どこにこんな力が……!?」
目の前で荒れ狂う暴力の嵐。
【
二人が持つスキルであり、
【
前者はティオネのもので、瀕死時においてのみ『力』に超高補正がかかる。後者はティオナのもので、同じく瀕死時においてのみ全アビリティの高補正が働くという、まさに反則級のスキルだ。
手負いの獣が一番恐ろしいという言葉通り、今の二人は荒れ狂う獣そのもの。そんなものを相手に、闇の騎士たちに勝ち目などあろうはずもない。
「ねぇ、この後どうするー!?」
「決まってんだろ、
「
スキルの影響による赤い吐息を漏らしながら、ティオネとティオナはジークリンデの後を追う。
後に残ったのは、消えゆく闇の騎士たちの亡骸と、ソウルの残滓のみであった。
「ハァッ!!」
両軍入り乱れた戦場に響く、一際高い声。
女性に違いないその声の主は重厚な番兵装備に身を固め、『番兵の直剣』と『番兵の盾』を手に、周囲の敵兵たちと激戦を演じていた。
―――実体 放浪騎士ジャスクが現界しました―――
「がっ……!」
一刀のもとに斬り伏せた闇の騎士には目もくれず、次なる敵へと意識を尖らせるジャスクは、兜の隙間から鋭い視線を飛ばす。
「はぁ、はぁ……どうした。こんなものかっ、悪賊ども!」
威勢の良い言葉に違わず、ジャスクの実力は本物だった。
四方を敵に囲まれ、そう簡単に援軍の介入も許さない状況の中、彼女は襲い来る闇の騎士たちを迎撃し続けた。それは一重に、これまでの旅路で培ってきた力と技量が為せる技である。
「ちっ、しぶとい奴め!」
「ッ!!」
だが、何事にも限度というものがある。倒しても倒してもキリがない敵兵たちにジャスクは傷を重ね、次第にその剣技にも陰りが見え始めてくる。
いくら強くとも多勢に無勢という事実が覆る事はなく、エスト瓶の中身はすでに空。そして戦い通しによる疲労が僅かに足を鈍らせ、遂に闇の騎士が振り抜いた大槌による一撃が彼女の胴を強かに打ち付けた。
「かはっ!?」
堅牢な鎧のおかげで大事には至らなかったものの、転倒してしまうジャスク。
起き上がる暇も与えずに殺到する敵兵たちに、彼女の心は負けを悟る。それでもタダではやられぬと剣の切っ先を構え、刺し違えてでも一矢報いてやると覚悟を決める。
(くっ、ここまでか!)
剣、槍、斧。凶悪な武器の数々が、ジャスクの身体を貫く―――かに思われた、その直前に。
「おおおおおおおおおおッ!!」
「シィッ!!」
雄々しい雄叫びと、鋭い掛け声が耳を打つ。
それぞれ敵兵の真横、そして背後から強襲した拳と大剣は、ジャスクへと向けられていた殺意を見事に打ち砕いて見せた。
呆気にとられるジャスクを尻目に、『骨の拳』を備えた不死人は目にも止まらぬ連撃を闇の騎士たちへと叩き込む。慣れた身のこなしで敵の急所を突き、止めを刺した矢先には別の標的へと駆け出している。
生粋の
―――実体 鉄拳のリーが現界しました―――
「ぅおらあああああああッッ!!」
暴れ回るリーの姿に呆然としていると、ジャスクの傍らにもう一人の不死人が駆け寄って来た。
彼はクレイモアで貫いた闇の騎士を斬り払って左手に携えた『王の盾』を消し去り、代わりに『クァトの鈴』を取り出す。
「大丈夫ですか?」
そうして聖鈴を鳴らし、奇跡を唱える。
―――実体 巡礼騎士ロートスが現界しました―――
『太陽の光の癒し』による温かな感覚を肌に感じつつ、ジャスクはすぐ目の前にいるロートスを見上げた。
「す、すまない。助かった」
「いえ、お気になさらず。こうしてここに来る事が出来たのも、貴女が果敢に戦って敵の数を減らしてくれたおかげです」
上級騎士の鎧に身を包み優しく語りかけるその姿は、さながら物語の主人公のよう。囚われの姫とは程遠い恰好の自分に奇跡を使ってくれたロートスに対し、ジャスクは言い様のない感覚に陥ってしまう。
「動かないで。今は回復に専念して下さい」
「っ……っ……!!」
優しく労わってくれる言葉に盛大に顔を赤らめても、武骨な番兵兜では全く分からない。そんな微動だにしないジャスクに違和感を覚えたのか、ロートスは心配そうな声で語りかけた。
「まだ、どこか痛みますか?」
「い、いいえっ!?」
シャキッ!と姿勢よく立ち上がったジャスクは、上擦った声でそう答えた。これ以上奇妙な空気が漂い始める前にと、彼女はこれまた盛大に上擦った声で捲し上げる。
「かっ……勘違いするなよ!傷を癒してくれた事は感謝するが、それ以上の他意はない!!だからっ、か、かかか勘違いするなよ!?」
「えっ、あ、はい……?」
勝手に暴走し始めるジャスクに、ロートスは困惑するしかなかった―――ちなみに、ロートスは生来誰にでも分け隔てなく接する性格であり、ジャスクが女性であると知らなかった。故にこの状況はジャスクの盛大なひとり相撲である―――。
「戦場のど真ん中で、何やってんだか……」
と、その様子をリーは横目で見て、げんなりとした声を漏らした。
こちらは着々と敵を殴り倒しているというのに、よもやこんな
詰まるところ、『やってらんねぇ』という訳である。
「一応、俺も駆け付けてきたんだがなぁ」
誰にでもなく愚痴を零したリーは、更に拳を唸らせる。
と、その最中で、彼のある
「ッ、馬鹿野郎―――!?」
思わずそう口走ってしまうのも無理はない。何故ならその青年は不死人ですらないというのに盾すら持たず、同じく不死人ではない、仲間と思しき少年少女たちの元へと疾駆していたのだから。
―――その少年少女たちの数M先には、弓に矢を番えた闇の騎士たちが立っていた。
戦場を駆け、拳を振るい、足刀を叩き込む。身体に刻まれた幾つもの傷、そして胴に斜めに走った刀傷から、絶えず血を流しながら。
ベートはその痛みを一切合切無視し、怒りの形相で闇の騎士たちに襲い掛かる。
(畜生、畜生、畜生がっ!!)
彼の脳内を埋め尽くすのは、激しい怒りの感情のみ。そしてその怒りは、他でもない自分自身に向けられている。
彼が直面した先ほどの一幕。敵兵に殺されかけたところを、タークと不死人であるオルフとエルスに助けられた。その事実が、ベートの心をかき乱す。
だが、実際はどうだ。彼らがいなければベートはそこら中に倒れている闇の騎士たち、あるいは名も知らない不死人たちの仲間入りを果たしていただろう。これまで散々目にしてきた、道半ばで命を落とした冒険者たちのように。
(クソが……あぁ、クソッたれ!!)
己への呪詛が止まらない。頬の刺青が熱を持つ。
自他共に強さを要求するベートは、自身が助けられたという事実に腸が煮えくり返る思いだった。
自分がもっと強ければ助けられる事もなかった。自分にもっと実力があれば、そもそも窮地になど陥っていなかった。これではまるで、他の冒険者に助けられる雑魚共と同じではないか。
故に、暴れ回っている。己の未熟を払拭するかのように、弱い自分を殴り殺すかのように。
手当たり次第に敵兵を仕留めて回るベートは、気が付けば戦場の後方付近まで来ていた。怒りのままに足を進ませていた彼は、血走った目で目指すべき方角を探る。
―――そして、見た。見てしまった。
闇の騎士たちと不死人たちとが入り混じる戦場。この中において自身と同じく異物たる、
「なっ!?」
ラウル、ナルヴィ、アリシア、クルス。【ロキ・ファミリア】に所属する中堅冒険者たち。手にそれぞれの得物を持ち奮闘する彼らの背後には、闇の騎士たちの攻撃を一身に受け持つ大盾持ちの
しかし、混戦を極める戦場ではローデンの守りも鉄壁ではなくなってきていた。ラウルたちも降りかかる火の粉は自分で振り払っているが、それだけで精一杯という様子だ。
だから、彼らは気付いていない。
弓を持った闇の騎士たちが、ラウルたちに狙いを付けているという事に。
「―――――ッ!!」
次の瞬間には、ベートの身体は動いていた。
これまで以上の速度で地を蹴り、人の波をすり抜け、その一点―――ラウルたちの元へと走っていた。
何か考えがある訳ではない。闇の騎士たちを蹴散らそうと思えば出来ただろうに、そうはせずに彼らの元へ行く事を選択したのは何故か。それは彼自身にも分からなかった。
(何やってんだ、俺は)
今までの激情が嘘のように霧散し、代わりに沸き上がったのはそんな疑問だった。
数瞬後、ベートの身体はラウルたちの前へと躍り出て……。
「え―――?」
―――ドドドドドッッ、と。
幾つもの矢が、その身体を貫いた。
「ベ……ベート、さん……?」
ラウルの目に最初に飛び込んで来たのは、ベートの後ろ姿……ではない。文字通り、目の前まで迫っていた
血に濡れ、ぬらぬらと光る鏃。その矢はベートの身体を半ば貫通したところで止まっている。
ベートが身を挺して自分たちを守ったのだと、ようやく彼は理解した。
「―――ベートさんッ!?」
悲壮な叫びが迸る。その声に周囲に目を向けていたナルヴィたちも振り返り、そしてベートの無残な姿を目に焼き付けた。
「嘘!?」
「なんで、こんな所に……!?」
彼らの疑問は尤もだ。てっきり遥か先の戦場にいたと思っていたベートがこんな後方に居り、しかも自分たちの盾となっていたのだから。俊足の狼の接近に気付けた者など居らず、時すでに遅しとなった今になり、ようやく事の重大さを思い知らされる。
「し、しっかり!しっかりして下さい、ベートさん!!」
膝から崩れかけたベートの身体を、ラウルは泣きそうになりながらもどうにか支える。
その身に受けた矢傷は全部で五ヵ所。大腿に一つ、腹に二つ、肩に一つ、そして突き出した右の掌に一つ。その全てがラウルたちを庇ってのものだった。
「ッ、いけない!」
すぐ背後で防衛に徹していたローデンもベートの存在に気付き、声を荒げた。彼は大竜牙を振り上げて敵兵を牽制し、一気に攻め込まれるのを防ぐために大立ち回りを演じる。
「なんだ、あいつは」
「邪魔が入ったか」
「構わん、次で終わらせてやる」
矢を放った闇の騎士たちは舌打ちしながらも、早くも次の攻撃へと取り掛かっている。ベート諸共にラウルたちを射殺そうという算段なのだろう。
突如の窮地に、ラウルはこれまで生きてきた中で最も頭を回転させた。取るべき手段は避難か、それとも迎撃か、それとも……幾つもの選択肢が脳内を駆け巡り、そして消えてゆく。
そうしている内に敵は準備を終えていた。番えた矢が放たれ、第二撃が迫り来る。
「ッ!?」
咄嗟に動いたのはラウルだった。ぐったりと動かないベートをナルヴィたちに預け、今度は彼が全員の矢面に立ったのだ。
ちょうど足元に転がっていた盾を引っ掴み、腰を落として防御の構えを取る。直後に盾に突き刺さる矢の衝撃は常人のそれではなく、その感覚に戦慄しながらも決して無様に転げたりはしなかった。
「ま、守れ!ベートさんを、守れぇ!!」
そして、ラウルは声を張り上げた。
目尻に涙を浮かべ、焦燥と恐怖に駆られ、それでも意思は砕けない。頼りなさげなヒューマンの青年のその声は、しかしナルヴィたちの心を強く揺さぶった。
「ナルヴィ、クルス!転がってる盾を拾うっす!」
「えっ、ええ!」
「分かった!」
「アリシア!
「駄目です、もう手持ちは……!」
「なら、せめて傷口を押さえるっす!矢は抜かずに!」
これまでの姿が嘘のように正確に指示を飛ばすラウル。
ナルヴィとクルスに盾を持つよう伝え、アリシアにはベートの応急処置に当たらせる。敵を目の前にした状況で出来る事の全てを尽くそうと、彼は必死に考え、そして行動に移していた。
その姿を、ベートは朦朧とする意識の中で目撃する。
(……雑魚が、一丁前な口を叩きやがって)
アリシアに出血の激しい腹部の傷を押さえられながら、ベートは心の中で毒づいた。
次々に射かけられる矢を盾で防ぎ、己の身、そして何よりもベートを守ろうとするラウルたちの後ろ姿。先程とは逆の光景に、彼の身体に熱が戻ってくる。
ベートは弱者が嫌いだ。
困難にぶち当たっては容易く挫け、運よく生き延びてもヘラヘラと笑っているだけの軟弱者たち……『雑魚』が嫌いだ。
そんな奴らは冒険者になる資格はない。雑魚は戦場に出てくるな、巣穴にでも引っ込んでろ。口先だけの奴らは、真っ先に死ぬのだから。
ならば、今の自分は?
ならば、今のラウルたちは?
今、この状況で……雑魚はどっちだ?
「……………クソッたれ」
バキリ、と、乾いた音が鳴った。
ベートの拳が握られ、掌を貫いた矢がへし折れた音だ。え?と驚くアリシアの手を押しのけ、ベートはゆらりと立ち上がる。
そして―――『歌』を紡いだ。
己を過去の
「【戒められし、
その声にラウルたちは目を見開く。瀕死の状態から立ち上がったという事もあるが、それ以上に、ベートが『魔法』を習得していたのだという事に。
だが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。襲い来る弓撃から身を守る事で手一杯なのだから。
(いいや、違う)
そう思いかけたラウルはその考えを否定する。
身を守るだけじゃない、背後に立つベートが紡ぐ『魔法』……反撃の体勢が整うまで敵の攻撃を防ぎ切る事こそが、自分たちに課せられた使命なのだと理解した。
「踏ん張れぇぇえええええええええええええッ!!!」
「「「 おおおおおおおおおおおおおおっっ!!! 」」」
ラウルの咆哮にナルヴィ、クルス、そして盾を拾い上げ防御に加わったアリシアが、同じく気を吐く。
そして四人の雄々しき冒険者たちに守られながら、ベートの『歌』は淀みなく紡がれ続けた。
「【一傷、
傷だらけの狼は歌う。己の過去を。
「【癒せぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」
傷だらけの狼は相対する。己の『弱さ』と。
「【
頬の刺青、その奥に刻まれた『傷』の痛みを受け入れ、更なる力を要求する。
「【傷を牙に、
とうとう痺れを切らした闇の騎士たちが、手に得物を持って襲い掛かる。ラウルたちが構える盾が甲高い音を発するも、決して彼らは引かない。
「【解き放たれる
残る詠唱はあと一節のみ。そこにベートは全ての想いを込める。
「【その
「ッ!!」
瞬間、ラウルの背筋が
何か途方もなく大きなモノが召喚されるという予感。今立っているこの場所こそが最危険地帯となる直感を得た彼は、闇の騎士が振り下ろした剣を渾身の力で弾き返し、叫ぶ。
「飛べぇぇええええええええええっっ!!!」
何の打ち合わせもなかったのにナルヴィたちが動けたのは、日頃の訓練と連携の賜物だった。声に反応した彼らは力いっぱいに地を蹴り、全力でその場から飛び退く。
「ッ!?」
後に残ったのは幾人かの闇の騎士のみ。彼らは突如として逃走したかに見えるラウルたちに気を取られ、行動が遅れてしまった。
そして―――。
「【ハティ】」
―――『
「づっ!?」
ズザザッ!と頬を汚して飛び退いたラウルたち。直後に彼らの背は、とんでもない熱量を感じ取る。
「一体、何が……?」
どうにか顔を上げたアリシアがその方向を見ると……そこには、一匹の
四肢に炎を宿した、傷だらけの狼。身体に突き刺さった矢はとっくに燃え尽き、恐らくは体内にすら残っていないだろう。
変貌を遂げたベートの周囲に転がっているのは、炭化した黒い塊。それが今まで自分たちが相対していた敵兵たちであるという事に、ラウルたちは遂に理解する事が出来なかった。
「……おい」
「はッ、はいっす!?」
ドスの利いた声に、ラウルは背筋を伸ばして応える。彼の後方からは再び闇の騎士たちが集まり始め、こちらへと走り出していた。
「退け」
「は?」
「……ちっ」
言葉の意図を理解していないラウルにベートは舌打ちし、ぐぐ、と腰を落とした。それが跳躍の構えである事を、ナルヴィたちは瞬時に理解する。
「馬鹿っ、ラウル!?」
「伏せろ!!」
そんな助言も空しく、ラウルは口を半開きにしたままの間抜けな表情で固まっており……直後、ごうっ!!と、頭上を通過したベートがもたらした熱風に身体を煽られてしまった。
「おぶっ!?」
そのままゴロゴロと地面を転がり、ラウルは天地が逆転した視界でベートの姿を目にする。
その後ろ姿はすでに遥か遠く、闇の騎士たちの中で無双の限りを尽くしていた。
「なんっ、げぁっっ!?」
「ば、化けも……ぎゃッ!!」
炎を纏った腕が、脚が、乱舞する。
振るった拳はそのまま豪速の火球となり、当たった箇所を炭へと変えて打ち砕く。同じく蹴りも炎を纏った特大の矢、あるいは鞭となり、やはり片端から敵を炭化させてゆく。
両腕と両脚、二対四本のそれらは
「るおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
ベートの咆哮が大気を揺さぶる中、ラウルたちは呆然とした様子でその光景を見ている。
彼らは等しく、ベートが【
~今回登場した不死人~
流浪騎士ジャスク 蛸助様
巡礼騎士ロートス 月夜見(アクセントは夜)様
鉄拳のリー No Name様
以上の皆さまです。本当にありがとうございました。
追記
今回はベートのパートが多めですが、オラトリアの中では個人的に一番好きなキャラなので、こうなりました。初めて詠唱を呼んだ時なんかは鳥肌モノでした。特に一番最初の部分がカッコいいですよね!