不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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明けましておめでとうございます(遅)。

とうとう2022年になってしまいましたが、今年中の完結を目指して頑張っていきたいと思います。

恐らく残り数話で完結すると思いますので、どうぞ今後ともよろしくお願い致します。


第六十八話 顕現

くるくると、視界が廻る。

 

灰の空。灰の大地。散乱した武器。『深淵(何か)』が混じって淀んだ血。

 

複数の人影。捕らえる者たちと、捕らえられる者。

 

紅蓮の炎と黄金の穂先。

 

崩れ落ちる人影。心臓は潰され、首もない。

 

ここはどこだ。あれは誰だ。

 

遂に地に伏した肉体。その胸元から零れ落ちたペンダント(あれ)は……何だ。

 

分からない。分からない。何も分からない。

 

ごろりと転がる首。狭まってゆく視界。

 

霞みゆく意識の奥底で、彼は思う。

 

―――――私は、何者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を黒く染めた『闇の王』。

 

それと入れ替わるように……『神殺しの直剣』に宿る『深淵』が、密かに胎動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……みんな、生きてるか……?」

 

『闇の王』の首を刎ねたフィンは軽やかに着地した。しかしもう限界が近付いていたのか、倒れそうになった身体を、地面に突いた手で支え直す。

 

そうして彼は口元の血を拭い、魔法の効力が切れた蒼眼を背後へと向けた。

 

「はい、団長……」

 

「なん、とかぁー……」

 

「ハッ……誰に言ってやがる……」

 

同じく魔法とスキルの効力が消えたベートとティオネ、そしてティオナが気丈に答える。ガレスは倒れ込んだ椿を抱え起こし、同じく返答した。

 

「全く……流石に今回は、老骨には応えたわい……」

 

「それで済むあたり、お主も大概であろう……」

 

やはり【ロキ・ファミリア】は規格外揃いだ、と感心半分呆れ半分に息を吐く椿に、フィンは疲れ切った顔に笑みを浮かべる。

 

自分も含め酷く痛めつけられたが、生きている。異常(イレギュラー)続きの今回の『遠征』だったが、どうにかなったという実感を噛み締めつつ、彼は地に伏した『闇の王』の亡骸に目をやった。

 

緩やかにソウルの粒子へと還ってゆく亡骸は凄惨極まるが、こうまでしなければ『闇の王』は倒れなかった。一体何が彼にそこまでの執念を抱かせたのかはとうとう分からなかったが、それは考えても仕方のない事だ。

 

それよりも、今は地上への帰還が最優先だ。フィンは痛む身体に鞭を打ち、まずは今も回復に専念しているであろうアイズの元へと向かう事とした。

 

鈍い歩みで『闇の王』の亡骸から離れてゆく一行。一歩、また一歩とその距離は広がっていく。

 

誰も口を開かず、その顔に浮かんだ色濃い疲労を隠せずにいた。これ以上ない位の傷を負い、今すぐにでも倒れ込んでしまいたい程の疲労が身体を包み込んでいる。

 

―――だというのに。

 

フィンの親指は容赦なく、残酷な運命を突き付けた。

 

「っ、団長!?」

 

がくり、とフィンが膝を折る。前触れのないその動きに、真っ先にティオネが反応した。

 

疲労の限界が来たのかと思った彼女は、その小さな身体に寄り添うようにして身を屈める。心配なのはガレスたちも同じようで、彼らは各々の顔に緊張の色を浮かべていた。

 

しかし、事態はそれよりも()()悪かった。

 

「………しくじった」

 

「え……?」

 

ぽつりと呟かれたその言葉。ティオナはその意図が分からずに、間の抜けた声を漏らす。

 

「……あれはもう、僕たちの前に現れた時の『闇の王』ではなかったんだ。狙うべきは心臓でも、首でもなく……」

 

フィンが何を言っているのか分からない。

 

時を凍てつかせる全員を尻目に、フィンはぎこちない動きで背後を見る。

 

「狙うべきは、断ち切るべきは……あの()()だったんだ……!!」

 

極限まで見開かれたフィンの碧眼。その瞳に映ったものは―――、

 

 

 

 

 

心臓を潰され、首を刎ねられ、なおも立っている『闇の王』の身体だった。

 

 

 

 

 

「……マジ、かよ……ッ!?」

 

その姿にベートさえもが戦慄する。ガレスも、椿も、誰もかもが言葉を失った。

 

ひしゃげた身体、垂れ落ちた臓腑。がらんどうの腹を(さら)け出す殺意の化身は、しかし不気味なまでに微動だにしない。肉体の消滅を意味するソウルの流出も完全に止まり、ただその左腕だけが『深淵』の蠢きに蝕まれていた。

 

その根本となる凶剣の切っ先から、真っ黒な雫が滴る。地に落ち、潰れたそれは世界を侵すかのように『闇の王』の足元に広がってゆき、次の瞬間にはその身体を飲み込んでいた。

 

どぷんっ、と消え失せた『闇の王』の身体。それが意味するのが消滅ではないと悟ったフィンたちは、知らず己の拳を握り締める……否、硬直させる。

 

そして永遠にも感じられる数秒の時を経て、()()は顕現した。

 

深海より這い上がるように、黒い水溜まりから現れたのは先と同じ凶剣の切っ先。しかしそこから先は、全くの別物となっていた。

 

柄と手は完全に癒着し、左腕も全て『深淵』の色に染まっている―――それこそが()()

 

肩口より広がるのは瘴気の(たてがみ)。地上にありながら海の中を揺蕩(たゆた)うように揺れ動くそれは、絶えず苦悶の表情を浮かべる人の顔を形成し、竜にも似た長大な首へと繋がっている。

 

肉体は皮膚の爛れた獣のもの。歪み捻じれた背骨が大きく浮かび上がり、朽ちかけた船底のような肋骨は外へと飛び出ている。中に収められているはずの臓腑はなく、代わりに『深淵』が渦を巻いていた。

 

前足は巨大な人の腕で、後ろ足は蹄を持つ獣のもの。共に本来の形からは大きくかけ離れ、辛うじてそうであろうと感じさせるだけだ。

 

全長は20M(メドル)ほど。そのおよそ半分を占める、肉の剥がれ落ちた尻尾をゆるりと動かした怪物は、傍らに転がっていた己の首……否、『闇の王』の首を絡め取り、断面が接するように自らの()()、つまりは凶剣と一体化した左腕の付け根へと押し当てた。

 

すると、その箇所の肉が盛り上がり、『闇の王』の首を飲み込んでゆく。

 

上下が逆さまの状態で半ばまで取り込まれた兜。眉庇(バイザー)部分が震えるや否やガパリと開かれ、その内部をフィンたちへと晒した。

 

そこに、あるべき顔はなかった。

 

あるのは細かな乱杭歯と、口腔内を埋め尽くす無数の目玉。ぎょろぎょろと絶え間なく蠢くそれは、見る者に生理的嫌悪と吐き気を催させる。

 

そして、それは長大な首をもたげ―――、

 

 

 

 

 

「 お ■ぉヲ■■  おォア ■ ■■■ ォお  ■ん 」

 

 

 

 

 

―――産声を上げた。

 

「―――――っっ!!?」

 

無垢な赤子の寝息のような、悪意に満ちた吐息のような。頬を優しく撫でられるような、内臓を引きずり出されるような。愛されるような、殺されるような……そんな産声であった。

 

それだけ。

 

ただそれだけで、フィンたちは理解してしまった。これは()()()()()()()()()()だと。

 

例えるなら、荒れ狂う海に身を投げるようなもの。どんな抵抗も意味を成さず、そもそも立ち向かう事自体が間違っているのだ。

 

この怪物はそういう類のもの。『闇の王』が最期の瞬間まで抱いていた殺意を依代(よりしろ)に、『深淵』が形を得たのだ。

 

それがもたらすものは“終末”。

 

虫も草木も、人も獣も、モンスターも神も、そして夜空に煌めく星々さえも。ありとあらゆる形の生命(いのち)に無差別に襲い掛かり、啜り尽くし、やがては世界そのものを飲み干す大災厄。

 

この名もなき怪物を、あえて呼称するならば―――それは『深淵の獣』。

 

歪み切りながらも己が大義を貫き続けた『闇の王』は、今この瞬間、最も穢れた存在へと成り果てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その大災厄の誕生を、この場にいる誰もが感じ取っていた。

 

敵味方の入り乱れる戦場。未だ激しい剣戟が絶えぬ場においても、その時ばかりは静寂が訪れる。

 

手にした武器をぶら下げる者。振りかぶったまま硬直する者。今まさに命を絶たれようとしているにも拘わらず、同様に動きを止める者……時を凍てつかせた者たちばかりが、この戦場を埋め尽くしていた。

 

彼らの視線はただ一つの場所へと向けられている。

 

「な、何が……?」

 

視界に映る異様な光景に、ラウルたちも戸惑うばかりであった。

 

今自分たちがいる場所よりも更に奥。フィンたちが居るであろう場所で起こっている事態に、その身を竦ませながら。

 

 

 

 

 

それは唐突にやって来た。

 

(な、に。これ……?)

 

リヴェリアによる治療を受け続けるファーナム。無防備となった二人を守る為に残されたレフィーヤは、不意に背筋に悪寒を感じ取った。

 

何気なく振り返る。

 

己の肩越しに視界に入り込んだのは、この場と同じく無数の武器が散らばる荒野と……その只中に小さく見えた()()の姿であった。

 

「………っひ、ィッ!?」

 

その姿をまじまじと見た訳ではない。だというのにレフィーヤの身体は恐怖に慄き、その余りの悍ましさに引き攣った声がせり上がった。

 

「レフィーヤ!?」

 

杖を抱えて蹲った愛弟子にリヴェリアが声を上げるも、彼女も同様にそれが、『深淵の獣』が発する負の気配を感じ取る。全身から冷や汗が滲み、生命そのものが警鐘の音をかき鳴らす。

 

しかし、リヴェリアはそれを強引に捻じ伏せ、蹲るレフィーヤの肩を掴んだ。

 

「気を、しっかり保て……!」

 

「はっ、はぁっ……リ、リヴェリア、様……?」

 

その声が無ければ、きっと自分はそのまま蹲り続けていただろう。

 

この戦場を駆け抜けてみせた精神を以てしても抗い難い恐怖心を飲み下し、レフィーヤは師の声を頼りに顔を上げる。

 

そしてリヴェリアは、フィンに代わる指示を出した。

 

「……レフィーヤ、私たちもフィンたちの元へ行くぞ」

 

「ッ!でも、それじゃあファーナムさんは……!?」

 

「お前の言いたい事はよく分かる。だが……正直に言えば、これ以上の治療が意味を成すかどうか、私には分からない」

 

己の力不足を悔やむように、リヴェリアはファーナムを見る。

 

腹部に十字槍が突き刺さったままの痛々しい姿ではあるが、懸命の治療によって発見当初よりは全身の傷も、出血の量も格段に減っていた。

 

それでもまだ目は覚めない。本来ならばとっくに死んでいるはずの傷を負っても息があったファーナムに、どこまでの治療が有効なのかが分からないのだ。

 

「不死人の生命力というものが分からない以上、ここで治療を中断して良いものかは分からない。だが今は、フィンたちも危険な状況にある事に違いない」

 

リヴェリアがフィンたちの元へ行こうとする理由は他にもある。それは、無事『闇の王』を撃破したのであれば、()()は何なのかというものだ。

 

この距離からでも視認できる『深淵の獣』がもたらした、心臓が締め上げられるような圧迫感。あれを放置してはならないと確信してしまったリヴェリアは、こうして苦渋の決断を下す事となったのだ。

 

ファーナムを再び一人にしてしまう事に躊躇いを感じていたレフィーヤもまた、同じ思いを抱いていたのだろう。痛々しい姿を晒す彼へと視線を向け、しかしここまで抗って見せたその力に賭け、キッ!と表情を引き締める。

 

「……私も、ファーナムさんを信じますっ!」

 

レフィーヤの言葉にリヴェリアは小さく微笑み、そして頷いた。

 

杖を手に、二人は立ち上がる。一人残してしまう事となったファーナムの、しかしその生きようとする力を信じて。

 

 

 

 

 

「………っ!!」

 

束の間の休息は唐突に終わりを告げた。

 

叩き起こされるように目を覚ましたアイズ。得体の知れない感覚に身体を突き動かされ、彼女は即座に戦闘態勢に入る。

 

(何、あれ……!?)

 

そうして見据えた視線の先。数十M先にいたのは傷ついた仲間たちと、アイズの知らぬ怪物の姿であった。

 

その怪物が纏う気配とも言うべきものは、正気を失った『闇の王』のものと酷似している。信じがたい事だが、どうやらあれが今の『闇の王』であるらしい。

 

瞬時に状況を把握したアイズ。その金眼が、フィンたちが攻撃を仕掛ける瞬間を目撃する。

 

同時に、怪物の身体が僅かに動く瞬間も。

 

(―――不味いッ!?)

 

それはほとんど直感に近い感覚だった。

 

全身に『風』を纏ったアイズは愛剣を構え、同時に強く地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったのかは分からない。しかし、()()が起こったのだ。ソウルの粒子へと還るはずだった肉体をこの場に繋ぎ止め、あまつさえ、より悍ましい存在へと『闇の王』を変質させてしまう程の何かが。

 

「『強化種』……どころの話ではなさそうじゃな」

 

モンスターの突然変異になぞらえ、そう呟くガレス。にやりと笑おうとして失敗したのを、誰もが感じ取っていた。

 

それだけではない。戦う事自体が間違っているのだと、生物の持つ生存本能が訴えかけてくる。今すぐ逃げろと心臓が早鐘を打つ。

 

だが、そうはしない。

 

元より逃げ場などないのだ。ならば取るべき手段は徹底抗戦のみ。こちらは誰も彼も満身創痍だが、それがどうした。冒険に窮地など付き物ではないか。

 

「フィンよ、作戦はあるか?」

 

「……相手がどんな手を使うか分からないけど、定石(セオリー)通りに行こう」

 

「つまり、脚狙いか」

 

「大物相手の基本、だっけ?」

 

「そうね。でも勝手に突っ走るんじゃないわよ、ティオナ」

 

「テメーも人の事言えねぇぞ、ティオネ」

 

方針は決まった。

 

『深淵の獣』は未だ動かず、首をもたげて虚空を仰いでいる。先手を取る絶好の機会だが、細かな指示を飛ばす余裕も、それを実践する余力もフィンたちには残されていない。

 

しかし、これだけは言わなければならなかった。

 

「戦う前にひとつだけ……死ぬなよ、皆」

 

勿論、と誰もが心の中で誓う。

 

死ぬ為の特攻ではない。勝利し、生きて帰還する為の戦いなのだから。

 

「―――行くぞ」

 

静かに放たれたフィンの号令の元、一同は地を蹴った。

 

先ほどまでの激闘に比べれば見劣りする速度。それでも十分に速く、彼らはあと数秒もせず武器を振るうに適う距離まで迫るだろう。

 

呆けたように宙を仰ぐ『深淵の獣』にはこれを防ぐ術などない……かに、思われた。

 

「 を■■ン 」

 

身じろぎするように『深淵の獣』が腹部を震わせる。するとその朽ちかけの腹部より、『深淵』が噴き出したではないか。

 

「ッ!!」

 

『深淵』は(せき)を切ったように噴出し、そのまま地面に叩きつけられた。本来ならば腹部には到底収まり切らないであろう量のそれは、自身を中心に全方位へと真っ黒な津波を生み出した。

 

突如として現れた黒い壁。『闇の王』が身に纏っていたものよりも更に凶悪で、触れただけで肉体に深刻な影響を与えるものだという事が一目で分かる。

 

フィンたちはこれを回避しようとするも、傷ついた身体の反応は鈍い。急激な方向転換に全身が軋み、一刻を争う事態で致命的な隙が生じてしまう。

 

飲み込まれる―――そう覚悟した、その時。

 

「―――ハアァッ!!」

 

裂帛の気合いと共に、風を纏った斬撃が真横から放たれた。

 

それはフィンたちの目の前を通過し、津波と化した『深淵』を千々(ちぢ)に吹き飛ばした。凄まじい風圧に瞠目する一同は、等しくその後ろ姿を目にする。

 

「アイズっ!」

 

「あんた、もう動けるの!?」

 

「皆……遅れて、ごめん」

 

喜びに声を弾ませるティオナと、こちらを心配するティオネ。それに対しアイズは振り返らずに短く言葉だけを返す。これ程までの傷を負わせてしまった事に対する、謝罪の言葉を。

 

誰も彼も、全身を血に(まみ)れさせている。今この瞬間に力尽き、倒れてしまっても可笑しくない。皆はここまで戦っていたというのに、自分は何を呑気に眠っていたのだ……と、アイズは唇を強く噛んだ。

 

(後は、私に任せて)

 

右手に握る愛剣に再び『風』を纏わせ始める。

 

後悔と焦燥。皆を傷つけた『深淵の獣(闇の王)』に対する怒りと、何よりその場に立ってすらいなかった、自分自身への激しい嫌悪。それらがごちゃ混ぜとなった胸の内を表しているかのように『風』は荒れ、巨大な暴風の塊へと変貌を遂げようとしていた。

 

(全部、私がやるから、だから……っ!)

 

大き過ぎる感情の昂りは、己をも飲み込んでしまう。自身も知らず表情が消え、暴風が爪を割ろうとも気が付かない。

 

「【穿て、必中の矢―――アルクス・レイ】!!」

 

感情の赴くままに振るわれる『風』が、アイズの肉体の限界をも無視して吹き荒れる―――彼女の後方から一条の光矢が飛んで来たのは、正しくその直前であった。

 

眩い軌跡を描いて現れた単射魔法(アルクス・レイ)は『深淵の獣』の肩に直撃、着弾と共に爆発音が轟く。

 

己の感情に飲まれかけていたアイズはハッと目を瞬かせ、肩越しに振り返る。そこには杖を前方に構えたレフィーヤと、その傍らに立つリヴェリアの姿があった。

 

「アイズ、無事か!?」

 

「リヴェリア……それに、レフィーヤ」

 

アイズの意識は二人の方へと向き、同時に心の中で渦巻いていた感情の奔流もかき消える。あれほど膨大だった『風』はそれと呼応するかのように静まり、冷静な思考が戻ってくるのを感じた。

 

「アイズ」

 

近付く事すら拒絶する、強大で孤独な『風』を解いたアイズにフィンが語りかける。

 

「僕たちの事を想ってくれるのは嬉しいが、一人で戦うような真似は止めてくれ。いつも言っているだろう?」

 

「フィン……」

 

血塗れの顔に、少しだけ困ったような微笑みを浮かべるフィン。

 

それは手のかかる子供を諭すような、そんな優しい顔だ。

 

「僕たちは【ファミリア】だ。だから、一緒に戦おう」

 

「……うん」

 

息を吸い、そして吐く。そこにはもう、感情の赴くままに剣を振ろうとしていた少女の姿はない。

 

今のアイズは、ただがむしゃらに力を求め、襲い来る敵全てを力任せに斬り伏せていたあの頃の幼女(アイズ)ではない。仲間と共に戦う事を覚え、仲間の為に戦える少女(アイズ)になったのだ。

 

ヒュッ、と、愛剣《デスペレート》を横に薙ぐ。先程までとは違う、透明な『風』が刀身を覆う。

 

「皆……力を貸して」

 

応じる声はない。そんなもの、彼らには今更必要なかった。

 

アイズを先頭に、フィンたちは戦闘態勢を取る。レフィーヤの魔法を受けた『深淵の獣』も『深淵』の放出を止め、攻撃が飛んで来た方向へと首をゆるりと動かした。

 

【ロキ・ファミリア】対『闇の王』……もとい、『深淵の獣』。

 

期せずしての第二戦目が、始まる。

 

 


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