不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第七話 オラリオ

女体型との戦闘を終えたファーナムは【ロキ・ファミリア】一行と共に地上への帰路に就いていた。

 

現在の階層は第十七階層。中堅のファミリアでは手も足も出ないようなモンスター達が出現する階層だが、それは【ロキ・ファミリア】にとって何の問題でもない。

 

【ロキ・ファミリア】はオラリオでも屈指の実力を誇るファミリアの一つ。下っ端の団員でさえ、そこらの中堅ファミリアでは歯が立たない程の戦力を有している。故に彼らは帰還の疲労によってその顔を歪ませども、モンスターの恐怖は微塵も感じていなかった。

 

そんな団員達の先頭を行くのは、彼ら全員の信頼を集める小人族(パルゥム)の団長、フィン・ディムナ。そしてそのすぐ隣には、彼のおよそ倍の背丈の男、ファーナムがいた。

 

ファーナムは先程の戦闘で担いでいたゲルムの大盾を仕舞い、代わりに『王国のカイトシールド』と『ロングソード』を装備している。アイズ達との戦闘で使用していた武器だ。

 

「まさか遠く離れた場所にある物まで回収できるとはね」

 

「盗まれたり他人に譲渡したりといった特殊な状況を除けば、大抵の場合は回収可能だ」

 

「全く、羨ましいスキルだよ」

 

そう言って苦笑するフィン。ファーナムも余計な誤解を招かぬよう必要以上の事は話さなかったが、フィンも追及するような真似はしなかった。

 

本拠(ホーム)とやらで色々と聞かれるだろうが……まあいい。こちらも怪しまれぬよう、聞きたい事は聞かせてもらうとしよう)

 

考えを悟られないように当たり障りのない会話を続け、ファーナムとフィンは団員達の先頭を歩き続ける。

 

そんな二人の様子を……否、ファーナムを背後から睨んでいる一つの視線が。

 

「うぎぎぎぎ……!団長の隣があんな訳の分かんない奴にぃ……!!」

 

「ちょっとティオネうるさーい。さっきから歯ぎしりばっかしてるじゃん」

 

「だってさっきからずっとあの調子なのよ!あのデカい芋虫倒したのは中々やると思うけど、それでもアイツ部外者でしょ!?分をわきまえなさいよ!」

 

「我が姉の嫉妬が止まらない……アイズー、助けてー」

 

「……ごめん、ティオナ。よく分かんない……」

 

「やっぱりかー。あ、でも確かにあのモンスターを倒したのはすごいよね。アイズも割と苦戦したんでしょ?」

 

怒れる身内をなだめるティオナからの質問に、隣を歩くアイズは先程の戦闘を振り返る。

 

大型のモンスターとの戦闘はあれが初めてと言う訳ではもちろん無いが、それでもやはりあのモンスターはイレギュラーであると言えた。

 

撃ち出される大量の腐食液、爆発を起こす極彩色の鱗粉、倒したら倒したで大爆発……とてもでは無いが、アイズたち上級冒険者でも初見でアレを倒すのは相当困難だろう。

 

「私は風を纏っていたから、爆風や腐食液は大体受け流せたけど……」

 

ティオナの質問に答えつつ、アイズはその視線を前方にやる。金の双眸は自身を含めた行進する団員達の先頭を歩くファーナムへと向けられた。

 

「あの人……ファーナムさんはその全部を、武器と体捌きで対処してた。魔法も使わず、初見にも関わらず……」

 

「ほんっと、何者なんだろうね。リヴェリアから聞いた話だと確か、ク、クァ~…

えーっと……」

 

「【クァト・ファミリア】でしょ」

 

「そうそれっ!その【クァト・ファミリア】ってトコに入団してるみたいなんだけど、あたし全然聞き覚えが無いんだよねー」

 

ティオネからの補足を受けようやく思い出すも、んー、と顎に手を当てながら唸るティオナ。何時になく真剣に悩む素振りを見せる妹の姿を横目に、今度はティオネが近くにいたレフィーヤに質問する。

 

「レフィーヤは何か知らない?」

 

「へっ?私ですか?」

 

「ほら、あなたリヴェリアとよく一緒にいるじゃない。今までに何かアイツに関する事とか聞かされてないかしら?」

 

「え、えぇと……」

 

突然振られた質問にレフィーヤは困惑する。眉間に皺を寄せ、頭の中で何か有益な情報は無かったかと整理するも、結局何も浮かばなかった。

 

「すいません、私も特には……」

 

「それじゃあ今の所は手がかりは何も無いわね。やっぱり団長からの説明を待つしか無いかしら」

 

「そうだねー。あたしもさっぱり分かんないや」

 

ファーナムへの詮索を諦めたティオネに続き、頭を捻っていたティオナもここでリタイアした。元より深く詮索する事が得意では無い双子の姉妹は、ひとまずこの話題を切り上げる事にした。

 

その時である。

 

ピシリ、とダンジョンの壁に亀裂が走った。

 

生じた亀裂が新しい亀裂を作り、それはあっという間にアイズたちを取り囲むほどの大規模なものへと変貌する。

 

「あ、アイズさん……!」

 

「……うん」

 

レフィーヤの少し不安そうな声にアイズは応えつつ、周囲を見渡す。生じた亀裂、岩と岩の隙間からは次々と剛毛に覆われた赤銅色の肉体を持つモンスター『ミノタウロス』が生み出され、【ロキ・ファミリア】を取り囲む。

 

「も、怪物の宴(モンスター・パーティー)……!」

 

団員の誰かが思わず口走った。

 

ダンジョンで稀に起こるこの現象は、場合によっては多くの冒険者の命を脅かす非常に危険な出来事だ。その中でも今回の様な場合は特に危うい。

 

ダンジョン中層付近に出現するモンスターの中でも最強と謳われる『ミノタウロス』。それがこの規模で出現すれば下級の冒険者などはひとたまりも無い。抵抗する間も無く無残な末路を辿る事になるだろう。

 

しかしそれは“下級の冒険者”の場合。

 

【ロキ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】と対を成す、オラリオ屈指の二大派閥の一つ。一番下っ端の団員でさえLv1はほとんどいないと言って良い程の練度である。

 

そしてこの場にいるのはダンジョン深層から帰還した者たち。ただの荷物持ちでさえ最低でもLv3の者を揃えている彼らの前には、いかなミノタウロスの軍勢と言えども分が悪すぎる。

 

「ねーえーリヴェリアー。こんなにいるんだし、あたし達もやっちゃっていい?」

 

しかし今回は数が数だ。この場にいる全員を取り囲むほどの数のモンスターに、ティオナ達も参戦の意を示した。了承を得、自身の得物を失ったティオナが素手で先陣を切り、次いでティオネ、ベート、アイズと上級冒険者が動く。

 

『ヴォオオッ!!』

 

「む」

 

ミノタウロスはファーナムにも食って掛かった。3Mに迫る巨躯を揺らしながら近づき、背後から一気に叩き潰そうと腕を振り下ろす。

 

しかしファーナムは左手の盾でそれを難無く防いでしまう。振り向きもせずに攻撃を防がれたミノタウロスの驚愕を余所に、ファーナムは流れるような動きでそのまま剣を振るう。

 

『……ヴォ?』

 

と、間抜けな声がミノタウロスの喉から発せられた。それを皮切りに、赤銅色の体毛に覆われた胴体に横一線の赤い亀裂が生じる。

 

その亀裂はミノタウロスの胴をくるりと一周する。両端が合流するや否や亀裂からは血が溢れ出し、ミノタウロスの上半身は地面へとずり落ちた。

 

どちゃり、と自らの血と臓物に溺れながらミノタウロスは悲鳴すら上げられずに絶命し、魔石のみを残して灰へと還ってゆく。同胞の哀れな最期を目の当たりにしたミノタウロスは恐れ慄き、思わず後ずさってしまう。

 

「随分と呆気ないな」

 

「はは、君がやれば無理もないよ」

 

ファーナムの気の抜けた呟きを聞き、一部始終を見ていたフィンは苦笑しつつそう答えた。

 

堪ったものでは無いのはミノタウロス達だ。自分達よりも遥かに強い冒険者達がいるこの空間に生まれたのが運の尽き、ミノタウロス達はみるみるうちにその数を減らしていく。

 

『ヴヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

その数が半数を切った時、一匹のミノタウロスが叫んだ。雄叫びと言うには余りにも見苦しいそれは次々に同胞へと伝播し、一斉に同じ行動を誘う。

 

「お、オイッ!?」

 

「うそぉ!?」

 

土煙を上げながら撤退するミノタウロス達に、信じられないと言った風に驚愕の声を上げたのはベートとティオナだ。

 

前代未聞、モンスターの一斉退避であった。

 

「フザけんなっ、テメェらモンスターだろうが!?」

 

冒険者に襲い掛かってこそのモンスター、それが背を向けて一斉に逃走するなど誰が想定しようか。最初こそ呆気にとられていた【ロキ・ファミリア】であったが、ベートの怒号を合図にすかさず逃走したミノタウロス達の処理に向かう。

 

「ファーナムッ!」

 

「分かっている」

 

ミノタウロス達のこれ以上の逃亡を阻止すべく、下位の団員から受け取った武器を振るいながら、フィンは鋭くファーナムの名を叫ぶ。それだけでファーナムは彼が何を言いたいのか理解し、アイズ達に次いで逃げたミノタウロス達の処理に向かった。

 

 

 

 

 

「あーもーツイてなーい!なんでこんな事になってるのさー!?」

 

「ぐちゃぐちゃ言ってないでさっさと()る!ほら、コレ使いなさい!」

 

アイズとベートが追っているのとは別方向に逃げたミノタウロスを処理すべく、アマゾネスの姉妹、ティオネとティオナは迷宮内を奔走していた。

 

追いかける道中で数体ばかりは倒したが、それでも逃げ出した数には程遠い。半数はアイズとベートに任せるとして、もう半数は自分達が何とかしなくてはならない。

 

何が起こるか分からないダンジョン内とは言え、自分達が逃したモンスターが他の冒険者の不幸の原因にでもなってしまえば、寝覚めが悪くて仕方が無い。

 

ティオネは頭を抱えながら自身の隣を並走するティオナに下位の団員からむしり取った武器を半ば強引に押し付ける。それはまるでギャーギャーと喧しく騒ぐ妹の口を塞ぐかの様だ。

 

「ちょ、あたし大剣ってあんま得意じゃないんだけど!?」

 

「あんたの武器と同じようなモンでしょ、いつもあんなデカい武器振り回してるくせに」

 

大双刃(ウルガ)と一緒にしないでよっ!あっちの方が使い慣れてるの!そもそも形が違って……」

 

「あぁもうウッセェ!!それなら素手で殴り殺せばいいだろ!?」

 

本性が見え始めたティオネの目の前に、不意に巨大な体躯が現れる。周囲を警戒するように見回しているソレは一斉逃亡したミノタウロス達、その内の一体だ。

 

その姿を視界に収めるや否や、ティオネのこめかみにビキリと青筋が浮かび上がる。

 

「テメェらのせいで―――――」

 

「ちょっ、ティオ……!?」

 

次の瞬間、ティオネの体がブレた。瞬間移動と見紛うほどの速さでミノタウロスに肉薄したティオネは右手に握り拳を作り、接近した際の勢いをそのままに全力で拳を振り抜く。

 

「団長が迷惑してんだろぉがああぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!」

 

その威力たるや。

 

ティオネの怒りの一撃をその身に受けたミノタウロスの上半身は衝撃で千切れ飛び、体内にあった魔石ごと粉微塵に弾け飛んでいってしまう。支えるべきものを無くした下半身は彷徨うようにその場でふらつき、やがて膝を突いて崩れ落ちた。

 

灰となって消えゆくミノタウロスの亡骸。それを見下ろすティオネの表情は唾でも吐きかけんばかりだ。

 

鬼神と化した姉の姿を目の当たりにして完全に引いているティオナ。と、その背にくぐもった男の声が掛けられる。

 

「……お前の姉はオーガか何かか?」

 

「うわっ!?」

 

ばっ!とティオナが振り返ってみれば、そこにはファーナムの姿があった。後ろを付いて来る者の事など考えていない速度で進んでいたはずだが、目の前にいるファーナムに息が切れている様子などはまるで見られない。

 

手にしている武器も盾とロングソードから、刀身の長い両手剣であるバスタードソードとヘビークロスボウに変わっている。

 

「ファーナム!付いて来てたんだ」

 

「フィンの指示でな。あの場に残っていたモンスター共はフィン達で始末している」

 

「なんであたし達の方に?」

 

「あの二人、アイズとベートは特に足が速そうだったからな。あの速度ならば逃げたモンスター共の掃討にも十分に間に合うだろう」

 

「何よ。私達には荷が重いとでも言いたいの?」

 

警戒するように周囲を見渡すファーナム。彼の言葉にティオナがムッとしていると、その心境を代弁するかのようにティオネがファーナムにつっかかってきた。

 

「私達はレベル5の冒険者よ。ミノタウロスなんか相手にもならないわ」

 

「だろうな、だが事態が事態だ。赤の他人にまで被害が及ぶのはお前にとっても望ましくはないだろう」

 

睨み合う二人。ティオナはそんな剣呑な様子の二人をあわあわと見ている事しか出来なかったが、やがてティオネはファーナムから視線を外して瞳を閉じる。

 

「……悪かったわ。確かにあなたの言う通りね」

 

「理解してくれたか」

 

「ええ。こんな事でいがみ合っている間に誰かに死なれちゃ、気分が悪くて仕方が無いわ」

 

そう言って残ったミノタウロスを始末すべく、再びダンジョン上層へと駆けてゆくティオネ。目の前は二股に分かれた通路があり、ティオネは右手の通路へ進んでいった。

 

「左側をお願い!右側(こっち)は私が何とかする!」

 

「分かったー!!」

 

ダンジョンの暗闇へと消えてゆく姉の指示に、ティオナは大声で返答した。あっという間に見えなったその背中を見送った後、くるりと振り返ってファーナムに呼びかける。

 

「よし!あたし達も行こ……」

 

気合い十分と言った様子で語りかけてくるティオナ。しかし笑顔と共に振り返った彼女が目にしたのは、ヘビークロスボウを構えたファーナムの姿であった。

 

臨戦態勢のファーナムに彼女はポカンと口を開ける。それと同時に、バンッ!と射出音が響き、金属製のヘビーボルトが撃ち出される。

 

「ちょっ、危なっ!?」

 

瞬間的にその場にしゃがみ込んだティオナ、射出されたヘビーボルトはその頭上を通過し、ダンジョンの暗がりへと吸い込まれていった。

 

『ヴモォッ!?』

 

数瞬の間を置きミノタウロスの叫び声がティオナの耳に届く。どうやらファーナムは遥か前方にいるミノタウロスを発見し、手にしているヘビークロスボウで狙撃したらしい。

 

しかし、ファーナムの目の前にいたティオナからすればたまったものでは無い。

 

「ちょっと、撃つなら撃つって先に言ってよ!危ないじゃん!?」

 

「お前の身長ならば、あのまま立っていても当たる心配は無い」

 

「馬鹿にしてるのっ!?チビだって馬鹿にしてるのっ!?」

 

あーもうっ!!とファーナムにローキックをかますティオナ。子供っぽい仕草が目立つ彼女ではあるが、その実力はオラリオ屈指のレベル5。地味にクる攻撃は止めてもらいたいファーナムではあったが、流石に今のは一言必要だったかと反省する。

 

「すまん、俺の目線より随分下だったからな。つい忠告を忘れてしまった」

 

「やっぱり馬鹿にしてんじゃんーーーーー!?」

 

彼なりの弁明をしたファーナムは、結果として更に強烈な蹴りを貰う事となった。

 

何故だ?と自問するファーナムに答えをもたらす人物は残念ながらここにはいない。結局ファーナムは終始不機嫌なティオナと一緒に、逃げたミノタウロス達の後始末をする事となった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「ちょっとレフィーヤ、大丈夫?」

 

「ほら、もうちょっとで地上だよ!頑張って!」

 

「は、はいぃ」

 

逃げたミノタウロス達の始末を終えた【ロキ・ファミリア】の一行は、地上への帰還を再開していた。

 

長旅に加えて突如発生したミノタウロス達の後始末もあり、流石に多くの団員達の顔に疲労が色濃く浮き出ている。平然としているのはアイズ達レベル5以上の冒険者くらいだ。

 

疲労困憊(こんぱい)と言った様子のレフィーヤをアマゾネスの姉妹が励ましているのをぼんやりと見ながら、ファーナムは地上に出てからの事を考える。

 

(怪しまれない程度に適当に答えつつ、頃合いを見て彼らと別れる……やはりこれが一番だな)

 

岩が剥き出しの地面を踏みしめながら、ファーナムは本拠(ホーム)での対応を決めた。彼からしても聞きたい事は山ほどあるが、下手に詮索しすぎてボロを出さないようにしなければ、と心に決めたファーナムの耳に、フィンの声が聞こえてきた。

 

「地上はもうすぐそこだ!さぁ、もうひと踏ん張りだ!」

 

フィンの言葉に勇気付けられ、疲れ果てた団員達の表情にも気合いが入る。よろよろと危なげに歩いていた団員も、彼の言葉に歯を食いしばって歩みを進める。

 

(大したものだな)

 

ファーナムは純粋にそう感じた。

 

流石にこれだけの数の団員達をまとめ上げる人物だけの事はある。彼が一言声を掛けただけで団員達をこれだけ力付けたのを見て、改めてフィンの団長としての力を実感した。

 

そうこうしている間にダンジョンの入り口が見えてきた。ダンジョン内の発光する壁のものとは違う、地上からの光がファーナム達を照らす。

 

「みんな、よく頑張った。オラリオに帰ってきたぞ!」

 

先頭のフィンに続き、次々に地上への帰還を果たす団員達。

 

帰ってこれた事に歓喜する者、疲労と安堵からその場にへたり込む者、大きく背伸びする者。茜色の夕日を浴びながら、団員達は思い思いの行動で帰還の成功を喜び合う。

 

「やっと地上だよ~!あーお腹すいたー!」

 

「今回は大変だったわね。物資はほとんど無くなるし、あんたの大双刃(ウルガ)も溶かされるし」

 

「また作って貰わないと駄目だね。あー、お金が飛ぶ~」

 

「だ、大丈夫ですよ!ティオナさん強いですし、きっとすぐに貯まりますって!」

 

大双刃(ウルガ)はティオナの専用武器(オーダーメイド)、それも超硬金属(アダマンタイト)製よ?いくらかかると思う?」

 

「あっ……」

 

借金確定の事実に、うがー!と頭を掻きむしるティオナ。そんな様子の妹をそしらぬ顔で知らんぷりするティオネと、必死にフォローの言葉を考えるも何も言えないレフィーヤ。彼女達のやり取りを見て、他の団員達は困ったように笑っている。

 

「全く。帰還した直後だと言うのに落ち着きのない事だ」

 

「それだけ余裕があるという事じゃろう。儂なんぞ肩が凝って堪らんわい」

 

「ハッ、なら隠居なり何なりしやがれってんだ」

 

「それならさっさと儂より強くならんか。あまり老人をこき使うもんでは無いぞ」

 

「……チッ、クソジジイが」

 

軽く頭を押さえるリヴェリア、ベートが吐いた悪態を軽く受け流すガレス。

 

地上へ帰還した事により彼らも彼らなりに肩の荷が下りたのだろう、ベートはそれ以上は何も言わずにどこかへ行ってしまう。リヴェリアとガレスはその後ろ姿を見送り、互いに顔を見合わせて苦笑し合う。

 

団員達を見渡し、その顔に安堵の色が戻った事を確認したフィン。彼はそこでふと、オラリオの街並みを静かに見つめるファーナムの姿を発見した。

 

まるで石像のように立ち尽くしているファーナム。先程までとは違うその様子に、フィンは彼の元まで歩み寄った。

 

「……これが地上か」

 

「ファーナム?」

 

背後にいるフィンに対し、ファーナムは振り返る事もせずにそう呟く。小さなその呟きはフィンの耳に入る事はなかったが、彼はとりあえず言葉を返す事にした。

 

「なにか珍しいものでも見たのかい?」

 

「……ああ。とても、懐かしい光景のような……そんな気がする」

 

「……そうか」

 

曖昧な返事をするファーナムだったが、フィンは深層での疲れが出ているのだと判断し、それ以上は何も言わなかった。

 

背後から彼が立ち去る事すら気にも止めず、ファーナムはただただ眼下の光景に心を奪われていた。

 

行き交う人々、野菜や肉を売る商売人、ギルドへ魔石を換金しに行く冒険者、酒場でジョッキ片手に盛り上がる人々……ファーナムは活気に溢れるオラリオの街並みを、食い入るように見つめる。

 

兜のスリットから入ってくる夕陽に目を細めた彼は、その喧騒の中に足を踏み入れようとする。

 

しかし、一歩進んだところでその歩みは止まり、ファーナムは再びその場に立ち尽くした。ハッと何かに気が付いた様子のファーナムは顔を伏せる。   

 

―――まるで目の前の光景を、これ以上視界に収めるのを恐れるかのように。

 

「……どうしたん、ですか?」

 

そんな彼に、突然アイズが話しかけてきた。今度はちゃんと振り返り、彼女の顔を見る。少しだけ心配そうな顔をした少女の顔がファーナムの視界に入る。

 

「いや、なに。ただ少し、眩しくてな……」

 

「……ダンジョンは、薄暗いですから。眩しく感じるのは、そのせい……」

 

拙い言葉で懸命に返答するアイズの姿を、ファーナムは微笑ましく感じた。言葉が尻すぼみになってゆく彼女に、ファーナムは穏やかな、しかしどこか影を落としたような口調で返答する。

 

「ああ。本当に……眩しいな」

 

 

 

 

 

「やっと着いたぁ~」

 

オラリオ北部に建てられた、群を抜いて大きな建物。

 

まるで物語に出てくる城をそのままの形で無理矢理コンパクトにしたようなこの建物こそ、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、黄昏の館である。

 

複数ある塔の中でも一番高い位置にある中央塔には【ロキ・ファミリア】の紋章(エンブレム)である道化師(トリックスター)が描かれた旗が揺れている。

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

フィンが門番をしている二人の団員に告げる。団長の命令を受けた彼らは素早く開門し、ダンジョン深層より帰還した彼らを庭園へと向かい入れる。

 

ファーナムの姿が見られた際は一瞬だけ警戒されたが、傍にいたリヴェリアが手で制して彼らの動きを止めたため、大した騒ぎにはならなかった。

 

「おっかえりぃぃぃいいいいいいいいいい!!」

 

と、そこへアイズ達目掛けて走り寄ってくる一つの人影が現れた。

 

朱色の髪をしたその女性は何の迷いも無くアイズ達に飛びかかった。しかしアイズを始めとしたティオナ、ティオネはその特攻を難無く回避、結局その被害を受けたのは最後尾にいたレフィーヤ一人であった。

 

「ちょっ、待、きゃあ!?」

 

「うおーっ!みんな怪我ないかー!?めっちゃ寂しかったでぇー!!」

 

オラリオにおいてあまり聞き慣れない方言で喋りまくるのは、先程飛び出した朱色の髪をした女性。庭園に設けられた『魔石灯』の光が、押し倒されたレフィーヤとその張本人である彼女を照らし出す。

 

「やあ。ただいま、ロキ」

 

「おーフィン、おかえりぃ!。ちょい待ちぃ、今レフィーヤの成長具合確かめとるからーっ!!」

 

「きゃーっ!?きゃーーーっ!!?」

 

毎度恒例となったこのセクハラ行為に、流石に苦笑を隠せない団員達。今回の哀れな犠牲者であるレフィーヤが解放されたところで、ようやくフィンは今回の遠征の報告をおこなう。

 

「今回の遠征も犠牲者なしだ、深層の開拓も出来なかったけどね。詳細は追って説明するよ」

 

「ん、了解や」

 

フィンからの簡易報告を聞き、にへらっと笑うロキと呼ばれたその女性。

 

黄昏を思わせる朱色の髪。細長い双眸は帰還した子供たちの無事を喜び、その整った顔を破顔させている。

 

彼女こそがオラリオ最大派閥の一つ【ロキ・ファミリア】の主神である女神、道化神(トリックスター)の異名でも知られる、ロキその(ひと)である。

 

「それでロキ、もう一つ報告だ。実はダンジョンの道中でとある冒険者に出会ってね、紆余曲折はあったが、僕らは彼に助けられた。それで彼に感謝の意を伝えようと、ここまで一緒に来てもらったんだけど……」

 

「へぇ~珍しいなぁ。フィンがそこまで言うんなら、うちも興味あるわ。で?ソイツはどこに居んねん?」

 

「うん。今呼ぶよ……ファーナム!」

 

「ここにいる」

 

フィンの呼びかけに応じ、ファーナムは団員達をかき分けてやって来る。大柄と言えども人だかりで姿がほとんど隠れてしまっていたため、ロキもこうして出てくるまで気が付く事は無かった。

 

「へぇー!アンタがフィン達を助けて、くれたん……」

 

「!!」

 

直後、二人は同時に固まった。

 

ロキはその細目を目一杯に見開いて、ファーナムは兜の奥で静かに目を見開いて……。

 

魔石灯の光が薄暗くなったオラリオの街を照らし出す中、こうして不死人は“神”との邂逅を果たした。

 

 


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