不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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とうとうここまで来ました

残り数話も、よろしくお願いします。


第七十一話 決着

 

まず初めに、ウラノスは出会いを語った。

 

ファーナムという異質な冒険者を見つけた事。そして彼と接触した上で敵意がない事を確認し、ここ最近でダンジョン内で起きていた異変についての調査を依頼していた事も明かした―――フェルズの存在については伏せて、だ―――。

 

そして『闇の王』。数多の世界を渡り歩き、そこにいる神々を殺す事こそを使命とする神殺しの旅団。そんな者たちに、遠征中の【ロキ・ファミリア】が遭遇した。

 

しかしその後は分からず、同時にダンジョン内部でこれまでにはない異常事態が生じた。故にバベル周辺の住民たちへの避難と同時に、ダンジョン内に残る他の冒険者たちの救出を【ガネーシャ・ファミリア】に指示した。

 

以上が、ロキがウラノスの口から聞かされた全てであった。

 

「………」

 

ここまで、ロキは沈黙を貫いた。

 

狼狽も激高もせず、ただ静かにウラノスの言葉を聞いていた。ただその両手は固く握りしめられており、彼女の心中を如実に物語っている。

 

心の中では様々な感情が嵐の如く渦巻いている事だろう。『闇の王』という未知の脅威に、自分の眷属(子供)たちが直面しているのだから。

 

それでもロキは取り乱さなかった。オラリオが誇る二大ファミリア、その一角を担う主神が無様に叫ぶなど事など、あり得ない。

 

やがて沈黙を破るかのように息を吐き出し、ゆるりと拳を解く。そして彼女は踵を返し、ウラノスに背を向けた。

 

「何処へ行くつもりだ」

 

「決まっとるやろ。本拠(ホーム)に帰るんや」

 

厳しい表情で問いかけるウラノスに対し、ロキは振り返る事もせずにそう告げた。

 

「うちも自分も、ファーナムの事について黙っとった。だからそれに関してはお互い様や。で、いま起こっとる事については誰にも非はない」

 

「であれば、どうする」

 

「せやから、いま言ったやろ」

 

地上へと伸びる階段に一歩足を踏み出し、ロキはやはり振り返らずに口を開く。

 

本拠(ホーム)に帰るんや。今のうちに出来るんは、そんだけや」

 

 

 

 

 

魔石灯に照らされた夜道を、ロキは行く。

 

バベル周辺の住民たちの眠そうな声を聞き流しつつ、ロキの姿は夜の闇へと溶けてゆく。

 

(せや。()()まだ、待つ事しか出来ん)

 

今この瞬間も眷属(子供)たちは戦っている。それは紛れもない死闘であり、オラリオの存亡を、()いてはこの世界の命運を懸けた戦争でもある。

 

が、介入は許されない。ダンジョンは神々を憎んでいるからだ。その内部で神力(アルカナム)を行使すればどうなるか……ダンジョンの防衛本能が発動し、事態は今以上の混乱を招くだろう。

 

故に、想定し得る最悪の事態。

 

ファーナム、そしてフィンたちが敗北し、『闇の王』率いる神殺しの旅団が地上に現れたその時は―――。

 

(その時は……(うち)が出る)

 

魔石灯に照らされた夜道を、ロキは行く。

 

眷属(子供)たちの生還を祈り―――同時に、己が前に出る事も辞さぬ覚悟を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上層にいた冒険者は今ので全員か!?」

 

「はい、シャクティ団長!」

 

「よし、次は中層へ向かう!一人も見落とすな!」

 

「了解っ!!」

 

 

 

 

 

「やべぇ、やべぇってボールス!あんなの見た事ねぇよ!!」

 

「ぐちゃぐちゃ言ってる暇がありゃあさっさと動け!絶対にあれを『リヴィラの街()』に入れんじゃねぇぞ!!」

 

「んな事言ってもよぉっ!あの気味悪ぃの、何でもかんでも喰ってるぞ!?」

 

「クソがぁ!一体何がどうなってやがるッ!?」

 

 

 

 

 

「駄目だ、アキ!矢も炎もまるで効かない!」

 

「森が枯れてる……いや、喰われてる!?」

 

「団長の言ってた『新種』じゃない!別の何かだ!」

 

「ッ……ギリギリまで堪えて!団長たちは今、59階層(もっと下)にいるんだから!!」

 

 

 

 

 

ダンジョンが、オラリオが、世界が喰われかけている。別の世界からの侵略者。悍ましき『深淵の獣』に。

 

宿主たる『闇の王』の意識は『深淵』の内に揺蕩い、今にも失われようとしている。身勝手ながらも確固とした信念も、かつて愛したただ一人の少女への想いも、全てが『深淵』に飲み込まれ、塗り潰されようとしている。

 

ああ、だから。

 

だからこそ。

 

『闇の王』を再び呼び起こすものがあるとすれば、それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ■ァ■■ア ヲ■ォ 」

 

命を冒涜する音色が、灰の大地に木霊する。

 

奏でるは『深淵の獣』。その身より産み落とした無数の異形たちの中心で、ボロ切れのようになって転がる【ロキ・ファミリア】を見下ろしていた。

 

彼らは傷だらけの身体を動かし続け、身体の端々を『深淵』に侵されながらも必死に抵抗を続けた。勝ち目のない戦いに、果敢にも挑んだ。しかし結果は残酷極まるもので、もはや逆転の可能性など皆無であった。

 

これが終わり。

 

オラリオが誇る二大勢力である【ロキ・ファミリア】の、誰にも知られる事のない末路。

 

地に伏し、命を絶たれるその瞬間を待つ事しか出来ない、哀れな人の子らの最期―――かに、思われた。

 

 

 

無数の武器の残骸が散らばる灰の大地。

 

その奥より、ふらつきながらも確かにこちらへとやって来る、一人の男が現れるまでは。

 

 

 

「……ファーナム、さん……?」

 

アイズの口から声が漏れる。

 

そのか細い呟きに呼応するように、全員がその姿を視界に認めた。彼らにも負けず劣らず酷く傷つき、それでもなお戦うべく戦場へと戻ってきた男の姿を。

 

「何をしている、『闇の王』……」

 

兜の隙間から血を滴らせながら、ファーナムは腰に()いた直剣に手をかける。

 

もはや己のソウルより武器を取り出す力もなくなってしまった彼に残された、唯一の武器。

それは椿の手によって鍛えられた、ファーナムの為に造られた武骨な直剣である。

 

それを引き抜き、『深淵の獣』へと切っ先を向ける。

 

「お前の相手は、俺だろう」

 

 

 

 

 

ぎょろぎょろと、乱杭歯の奥で蠢いていた無数の目玉が一点へと向けられる。

 

視線の先にあるのは、一人の男の姿。今すぐに倒れてもおかしくない程の深手を全身に負っているというのに、兜の奥より向けられる眼光は、その手にしている剣のように鋭い。

 

同時に、『深淵の獣』の内に揺蕩っていた『闇の王』の意識が、急速に覚醒してゆく。

 

 

 

―――ああ、そうだ。

 

 

 

前触れもなく、無数の異形たちの形が崩れ『深淵』へと還ってゆく。

 

その蕩けた『深淵』を足元より吸い上げた『深淵の獣』の肉体は泡立ち、肥大し、膨れ上がる。

 

 

 

―――こいつだ。

 

 

 

異形の頭部すらも飲み込み、見上げる程の巨大な肉塊と化した悍ましき獣は。

 

体外に露出した巨人の子宮の如き、災厄の化身は。

 

今一度、人の形となって顕現する。

 

 

 

―――この男だ。

 

 

 

肉塊に亀裂が走った。濃紫色の腐汁が流れ、死の香りの瘴気が立ち込める。

 

内より出でるは甲冑姿の男。零れた臓腑も、穿たれた心臓も、切り飛ばされた首も、全てが『深淵』によって補われ、繋ぎ止められている。

 

元の形を取り戻した男―――『闇の王』は、ただ唯一その左腕だけを『神殺しの直剣』と一体化させていた。

 

彼の内に宿る感情は、ただ一つ。

 

 

 

 

 

―――殺す。

 

 

 

殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺―――殺してやる。

 

 

 

 

 

獣の肉体から人の形へ。そこまでして残ったのは殺意だけだった。

 

何故そこまで殺したいのか。何故そこまで憎いのか……それすらも分からぬまま、途方もない殺意と赫怒(かくど)に支配された『闇の王』の喉が震える。

 

『   ふ、  シ   』

 

次の瞬間。

 

『闇の王』の身体は発火し―――。

 

『 ■■ 不 うぅ■うウ  し■死ィ■■い゛イ゛■ィぃ■いいいい゛イ゛ッッッ!!!! 』

 

―――その身を一つの砲弾と化した。

 

ただ、ファーナムを殺すべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい咆哮と共に『闇の王』が猛進する。その瞳にはファーナムしか映っていないのだろう、すぐ近くに倒れていたフィンたちには目もくれない。

 

爆散したかのように地面が抉れ、灰と(つぶて)が巻き上げられる。その中で、アイズの喉から焦燥に彩られた声が発せられる。

 

「駄目……ファーナムさんっ!?」

 

彼女だけではない。フィンの、ガレスの、リヴェリアの、椿の。レフィーヤの、ベートの、ティオネの、ティオナの……全員の意識がこちらに向けられている事を、ファーナムは肌で感じ取る。

 

(ここまで戦わせてしまった……と言うのは、思い上がりなのだろうな)

 

極大の殺意を纏った凶剣を前にしながら、口元に浮かぶのは小さな笑みだ。

 

オラリオ(ここ)へ来た当初ならば、疑いもせずそう思えていたに違いない。フィリア祭の時、突如として現れた食人花と戦い負傷したレフィーヤを下がらせようとしたあの時のように。

 

しかし彼らと時を共有し、死地を乗り越えてきた今ならば理解できる。仲間とは互いに助け合うものなのだと。

 

だからこそ、次はこちらが助ける番だ。自分が目を覚ますまで戦ってくれた彼らに代わり、この戦いに終止符を打つ。

 

それが自分なりの仲間への応え方であり……そして、自分がすべき事でもある。

 

「俺はもう十分、救われた……」

 

携えた直剣をしっかりと両手で握り込み、構える。

 

猛然と迫る『闇の王』を真っ直ぐに見据え、ファーナムは呟いた。

 

「だから『闇の王』……次は、お前の番だ」

 

そして響き渡る剣戟の音。

 

ファーナムと『闇の王』との最後の戦いが、幕を開けた。

 

 

 

 

 

『オ゛ォオオッッ!!』

 

力任せに振るわれる凶剣には何の技術も感じられない。だからこそ、今のファーナムであっても対応する事ができた。ソウルの流出により弱体化した身体能力を補っているのは、その身と(ソウル)に刻み込まれた戦闘技術。それこそがこの戦いを成立させていた。

 

しかし斬撃を受けるたびに両腕は痺れ、感覚も鈍くなる。動きが鈍ればそれだけ衝撃を受け流す事が難しくなり、ついには体勢すら崩されてしまう。

 

『ガアァッ!!』

 

「ッ!?」

 

『闇の王』の強烈な一撃に大きくよろめくファーナム。空いた胴を目掛けて放たれた振り下ろしに対し、後方へ跳んで回避しようとする……が、僅かに遅かった。

 

凶剣の切っ先が、腹部を斜めに切り裂いた。

 

「がっ、ッ―――!?」

 

少量の血が宙を舞い、視界が揺れる。肉体そのものが悲鳴を上げる。

 

『深淵』が(ソウル)を侵食してゆくのが分かる。それでもファーナムは割れんばかりに歯を食い縛り、たたらを踏みながらも体勢を立て直した。

 

「ハッ、はぁっ!!」

 

常人であれば……否、アイズたちであっても今の一撃で詰みだっただろう。不死という呪いをその身に宿した不死人であるからこそ、多少の『深淵』も許容できるのだ。

 

しかし致命傷を喰らえば終わりだ。その瞬間に(ソウル)を『深淵』に侵され、死は免れないだろう。あの穢れた精霊と同じように。

 

(まだ、まだだ……)

 

この状況も長くは続かない。傷が増えれば増えるほど、時間が経てば経つほど不利になるのはファーナムの方であり、必然、狙うは最良の一手に絞られる。

 

故に見極める。己の全てを懸けた一撃を放つに相応しい、その瞬間を。

 

例え、刺し違える事になったとしても。

 

 

 

 

 

ファーナムの意図しているであろう事は、フィンたちにも分かっていた。彼らも自分が同じ立場であれば、きっと同様の手段に出るからだ。

 

だからこそ、動かない自分の身体が恨めしい。今すぐにでも駆け付け、共に戦いたいのに。全身に刻まれた傷が、今もじわじわと肉体を蝕む『深淵』がそれを許さない。地に伏し、戦いの行く末を見守る事しか出来ない。

 

―――それで良いのか?

 

「アイ、ズ……!?」

 

驚愕するフィンの声に、全員の視線がアイズへと注がれる。

 

「は、ぁ……っ!」

 

愛剣を支えにして、どうにか上体を起こすアイズ。血に濡れる口元を引き結び、なけなしの体力を総動員して来たるべき瞬間に備える。

 

精神(マインド)はとうに枯渇し、【エアリエル(魔法)】はもう使えない。疲弊した肉体では万全の動きも期待できないだろう。それでも、あと一撃……『闇の王』の斬撃を弾く事ならば出来る。いや、やって見せる。

 

(私に出来る事を、最後まで……!)

 

金の瞳に決意の火が灯る。

 

その眼差しは、斬り結ぶ二人の不死へと注がれていた。

 

 

 

 

 

剣戟は続く。劣勢なのは、未だファーナムであった。

 

いくら理性を失ったとは言え、殺意のままに振るわれる凶剣はやはり脅威そのもの。満身創痍の肉体にも限界が近付き、もはや一刻の猶予もない。

 

(勝負に出るしかない、か……っ!?)

 

間もなく腕も上がらなくなる。まだ剣を握れる内に勝負に出ねば、しかし……と、脳内で僅かに逡巡(しゅんじゅん)する。

 

それが仇となった。

 

ゴキィンッ!!と、凶剣がファーナムの構えを切り崩す。

 

一瞬の迷いが生んだ、先程のように体勢を立て直す余力ごと弾かれた、致命的なまでの隙。しまった、という声すら許さず、『闇の王』は『深淵』の蠢く凶剣をファーナムの心臓へと突き立てんとする―――その直前に。

 

 

 

金色の風が吹き荒れた。

 

 

 

「―――はぁああああああああっ!!」

 

裂帛の気合いと共に現れたアイズは、ファーナムを貫かんとしていた凶剣を銀の剣で切り払う。軌道を逸らされ、真っ黒な刀身が宙を仰ぐ。

 

痛む肉体を無視した無茶な動きの反動か、アイズは灰色の土埃を巻き上げながら地面を転がった。

 

『ガアァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!』

 

「―――ッ!!」

 

剣を弾かれた『闇の王』は即座に立て直し、今度こそその心臓を穿つべく凶剣を突き放つ。

 

しかし、ファーナムの方が速かった。

 

直剣を左手に持ち直し、(まなじり)を決して空いた右手を前へと突き出す。大きく開かれた掌は『闇の王』が振るう凶剣と真っ向からぶつかり―――その切っ先が、ファーナムの肘を突き破って現れた。

 

その光景にアイズが、フィンたちが、『闇の王』ですら硬直する。

 

掌から肘までを貫通した凶剣、その刀身で蠢く『深淵』がファーナムを侵食する。瞬く間に広がってゆく『深淵』は、すでに肘から先を真っ黒に染め上げていた。指先は形を失い、泥のように溶けている。

 

……そこまで想定の内だったファーナムは、躊躇うことなく己の右腕を切断した。

 

「づッ―――」

 

真っ赤な、『深淵』に侵されていない鮮血が噴き上がる。

 

絶叫を噛み殺したファーナムが『闇の王』の懐に潜り込む。一瞬の内の接近に『闇の王』は左腕(凶剣)を振り上げるも……やはり、ファーナムの方が速かった。

 

 

 

「……ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 

 

正しく全身全霊。

 

喉よ爆ぜろ、この身よ砕けろとばかりの咆哮と共に、ファーナムは剣を振るい―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地に落ちた左腕が、形を失い溶けてゆく。左手と同化していた剣の柄には、指の骨が癒着しているのが見て取れる。

 

途方もない力とて、それは依代(よりしろ)があってこそのもの。『闇の王』という宿主から切り離されてしまえば、呆気なく霧散するしかない。

 

そして『深淵』によって動かし続けていた、『闇の王』の肉体も―――。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

浅い呼吸を繰り返すのはファーナムだ。灰の大地に膝を突く彼に、『闇の王』は力なく寄りかかっている。

 

その時。チャリ、と『闇の王』の首から何かが落ちた。

 

それは銀のペンダントだった。開いた台座部分には、一人の少女の横顔が彫られている。

 

「………ぁ………」

 

か細く漏れ出た声は『闇の王』のもの。震える右腕でペンダントを掴もうとするも、もはやその力もない。

 

「………『闇の王』」

 

それを、ファーナムが拾い上げる。灰に塗れてもなお美しい、彫り込まれた少女の横顔に目を落とし、『闇の王』の右手に乗せてやる。

 

「……お前のしてきた事は間違っていたし、到底許されるものではない」

 

「………」

 

俯く『闇の王』に届いているのかは分からない。それでもファーナムは、彼へと言葉を紡ぐ。

 

「許されるものではないが……気持ちは、分かる」

 

共に不死の呪いを身体に刻まれた者同士。

 

ファーナムは最愛の妻子を守るために、自ら村を離れる決心をした。しかし『闇の王』は、後にそう呼ばれる事となった男は、その選択すら出来なかった。

 

ペンダントに刻まれた少女の身に何が起こったのか、どうなったのかファーナムは分からない。それでも恐らく、それが切っ掛けで一人の不死人が『闇の王』となり、神々の殺戮者にまでなったのだろう。

 

そしてその根幹には、少女への一途な想いがあったに違いない。

 

……『闇の王』のしてきた神殺し。それは間違っていたし、到底許されるものではない。

 

それでも―――それでも。

 

「それでも俺は……今だけは、お前を赦したい」

 

とうとう『闇の王』の肉体が崩壊を始める。

 

『深淵』によって繋ぎ止められていた傷が開き、(ソウル)が流れ出てゆく。残された時間は、もう十秒もないだろう。

 

「『闇の王』……いいや。人の心を忘れなかった、偉大なる先達よ」

 

ファーナムはペンダントをしっかりと握らせる。もう二度と落とさないように。

 

「せめて今だけは、安らかに……」

 

その時。

 

『闇の王』……否、不死人の兜が壊れた。

 

露わとなった銀髪は、灰の混じって僅かにくすんでいる。目元まで伸びた前髪が隠すその顔は、まだ青年にも満たないほどに幼さを残していた。

 

「……ぁぁ……」

 

不死人は手元のペンダントに視線を落とす。

 

灰に塗れてなお美しい少女の横顔が、少しだけ微笑んだ……少なくとも、不死人にはそう感じた。

 

 

 

「     」

 

 

 

そうして不死人は、誰にも聞かれぬ小さな声で少女の名前を口にし―――塵一つ残さず、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちの良い風が吹いている。

 

一面に広がる鮮やかな紫の花々。その真ん中に、少年と少女が肩を並べて寝転がっていた。

 

 

 

―――おはよう。起きた?

 

―――うん、おはよう。ごめん、寝ちゃってた。

 

―――いいよ、私もさっき起きたところだし。

 

 

 

少年は空を見上げる。

 

少女はすぐ近くにある花を眺めている。

 

 

 

―――本当に、この花が好きなんだね。

 

―――うん。一番好き。

 

―――じゃあ、少し摘んで帰ろうか?

 

―――……ううん、いい。その代わり、また明日二人で()よう。

 

 

 

また明日、二人で。

 

そんな約束をして、少年と少女は顔を見つめ合い、笑った。

 

 

 

―――ねえ、この花……紫蘭(シラン)の花言葉って、知ってる?

 

―――え?えぇっと……ごめん、分からない。

 

―――あはは、やっぱり!

 

 

 

少女は楽しそうに笑い、少しだけ頬を染めて、こう続けた。

 

 

 

―――教えてあげるから、忘れちゃだめだよ?

 

―――紫蘭の花言葉はね……。

 

 





紫蘭の花言葉

永遠の愛、あなたを忘れない

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