不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第八話 神

黄昏の館。

 

【ロキ・ファミリア】が有する団員達の住居。周囲にある建物よりも遥かに高く、凝った建築に目が行く建造物。そこにある僅かばかりの空間に設けられた庭園。

 

所属する団員の数に対してお世辞にも広いとは言えないその場所には、遠征から帰還してきた団員達がひしめき合っていた。

 

いつもであればロキが帰って来た女性の団員にセクハラを強行し、それに気付いたリヴェリアがティオナ達に止めさせるよう指示。引き剥がされたロキにフィンが簡易報告をして終了という流れであったのだが、今回はそうはならなかった。

 

「……」

 

「……」

 

ダンジョンより帰還した【ロキ・ファミリア】を包み込む痛い程の静寂。

 

本拠(ホーム)へ帰還しすっかり気が抜けていた団員達も、ロキとファーナムの間に漂う妙な気配を察知して思わず顔を強張らせている。

 

「……ロキ、どうしたんだい?」

 

沈黙を破るように、フィンが口を開いた。

 

ロキの表情は普段のおどけた姿からは考えられない程のものだった。双眸は大きく見開いてはいるものの、それ以外の顔の筋肉は一切動いていない。

 

常日頃からにやにやとした薄ら笑いを浮かべているイメージが強い分、今のロキの表情はあまりに普段のそれとかけ離れていた。まるで豹変したようにすら思えるロキの様子に、団員達は知らずに息を呑む。

 

しかし、それはファーナムも同じ事。

 

フルフェイスの兜に覆われている為に傍目からは分からないものの、彼もまた、その顔を驚愕の色に染めていた。

 

 

 

(何なのだ、コレ(・・)は……?)

 

 

 

ファーナムの脳裏には、そんな疑問が浮かんでいた。

 

話は変わるが、ファーナムはこれまでに数々の強敵と戦ってきた。

 

半ば朽ちた体でありながら、まるで手負いの獣のような凶暴性を見せてきた『最後の巨人』。

 

強いソウルを持つ者達、『忘れられた罪人』、『鉄の古王』、『腐れ』、『公のフレイディア』。

 

祭祀場の最奥に鎮座し、世界を傍観し続けていると言う『古の竜』。

 

そして大いなるソウルを欲し、それを渇望してやまなかった異形の王妃『デュナシャンドラ』。

 

不死人となってから歩んできた旅路を思い起こせばキリがないが、尋常ではない存在と遭遇した時には必ずと言って良い程に、何らかの胸騒ぎを覚えたものだ。まるで心臓を鷲掴みにされたようなあの感覚は、どうやっても忘れようが無い。

 

そんな胸騒ぎを今、ファーナムは感じていた。

 

目の前の女の姿に特に変わったところは無い。少々露出が多い服装という事を除けば、先程歩いたオラリオの街でもよく見るような姿である。

 

しかしその身に纏っている気配はまるで別物。

 

覚えがあるものの中では『古の竜』が最も近いだろうか……ある種の『神性』とも言うべき何か(・・)が、この目の前にいる女からは感じられた。

 

どう行動すべきか。ファーナムが心の中で思案していると、フィンの呼びかけに反応したロキがおもむろに口を開く。

 

「……あ、あー、いやなぁ?フィン達のピンチを華麗に救った言うもんやから、どないな容姿端麗超絶美少女かと思ったら……なんや男やん!?しかもこんな鎧まで着よって!毛皮なんか見てるこっちが暑苦しいっちゅーねん!!」

 

口を開くや否や、先程までの張り詰めていた空気をぶち壊す勢いでまくしたてるロキ。そのままずかずかとファーナムの前までやって来たロキは彼の困惑を余所に下から睨み上げ、更に喋り続ける。

 

「大体なんやねん自分!いくら招待されたからってそないにホイホイ他のファミリアの本拠(ホーム)まで来るか!?普通は他の団員と相談するやん!自分んトコの主神はそないな事も分からんあっぱらぱーなんか!?」

 

「ち、ちょっとロキ、落ち着いてよ!?」

 

ギャーギャーと騒ぐロキを、近くにいたティオナが慌てて取り押さえる。

 

ぐえーっはなせぇー!?と見苦しく暴れるロキはそのままティオナに羽交い絞めにされるが、それでもなおも抵抗の意を見せた。

 

「落ち着いてくれロキ。彼の名前はファーナムと言う。詳しい事は僕たちもまだよく知らないが、無闇に暴れ回るような人物じゃない」

 

見かねたフィンがダンジョン内での出来事について話し始める。出会い方こそ悪かったものの、他ファミリアの危機を身を挺して救ってくれた事。それこそが彼は危険な人物などでは無いことの証明だと。

 

庭園にいた誰もがフィンの言葉に耳を傾けていた。未だに羽交い絞めにされているロキもフィンの話に集中しているようで、ひとまずこの場でどうこうなるという事は無さそうだと、ファーナムは密かに胸を撫で下ろした。

 

「という訳だ。理解してもらえたかい」

 

「―――――まぁな。しかしまだコイツの所属しとるファミリアの名前を聞いとらん。ファーナム言うたな、どこのファミリアのモンやねん?」

 

ティオナの拘束を解かれ、地べたに胡坐をかいたロキの朱色の瞳がファーナムを射抜く。

 

こちらを疑るような目には虚偽は許さないという警告がはっきりと浮かんでいた。しかし本当の事など言えるはずも無いし、ここでフィン達に話した事と食い違いが起きても困る。

 

「……【クァト・ファミリア】だ」

 

少し悩み、結局ダンジョンで言った事と同じ事を話した。短くファミリアの名前だけを口にしたのは必要以上の事を喋り、ボロが出るのを恐れての事だった。

 

密かに相手の出方を窺うファーナム。もしも不味い展開になりそうだった場合、少しでも先手を打てるよう気を引き締め、意識を集中させる。

 

ロキは依然としてファーナムをまっすぐに見据えていた。

 

睨み付けるかの様なその視線。しかし先程に比べ、その視線には別の物が混じっているように思える。

 

形の良い眉にしわを寄せ、ロキはその整った顔立ちを不快げに歪ませる。それは不可解な出来事に遭遇したかのような、困惑の感情を彷彿とさせるものだった。

 

「【クァト・ファミリア】、やと……?」

 

やがてロキは口を開き、そう零した。少し苛立ったようなその口調が、再び庭園に穏やかでない空気を呼び込む。

 

「……ロキは何か知ってるの?その【クァト・ファミリア】について」

 

そう口を開いたのはティオネだった。

 

ダンジョンでファーナムについての情報を知りたがっていた彼女だったが、今口を開いたのは何か糸口を掴めそうだから、というよりもこの空気を打破したかったからであろう。

 

ティオネの質問を受け、視線を彼女に移すロキ。普段とはあまりにかけ離れたその雰囲気に瞠目しながらも、ティオネは負けじと目を逸らさなかった。

 

一方のロキは少ししてその視線を移し、周囲を見渡す。

 

目に映る団員達の表情はどれも固く、困惑している様子だ。彼らの顔を見回し、ロキはふぅ、と小さく息を漏らして俯いた。

 

「ロキ?」

 

フィンが怪訝そうな表情で語りかける。胡坐をかいた格好のまま俯く我らが主神を、他の団員達も心配そうに見つめている。

 

「……なんや自分、クァトんトコの子供やったんかー!?」

 

と、唐突に。

 

先程と同じように、またしてもロキの大声が重苦しい空気を霧散させた。

 

呆気にとられる団員達を尻目に、スッと立ち上がったロキはずかずかとファーナムの元まで歩み寄り、その身長差を無視して無理矢理に肩を組んでくる。

 

「何やねん、それならそうと先に言い!おかげでなんや変な空気になってもうたやーん!!」

 

そこにあるのは普段となんら変わらない主神の姿だ。

 

鬱陶しくファーナムに絡むロキを見て呆気に取られた団員達であったが、立ち込めていた重苦しい空気が無くなりホッと胸を撫で下ろす。ティオナなど大きく息を吐いて、あからさまに安心しきっていた。

 

「もう何なのさーロキ!?急に深刻そうな顔なんてしちゃって!」

 

「っていうかその言い方。【クァト・ファミリア】について何か知ってるの?」

 

「おー、そらもちろん!」

 

肩を組んでいる、というよりはファーナムにぶら下がっていると言ったほうが正しいような姿で、ロキはティオネの疑問に元気に頷いた。

 

「え?なに、それじゃロキとそのクァトって神様は友達か何かなの?」

 

「おう!クァトとは天界におった頃からの(ふっる)ーい仲や!自分、クァトからうちの事聞いとらへんのかいな?」

 

そう言って兜の奥を覗き込んでくるロキ。先程よりも至近距離に迫って来たロキの顔を目の当たりにしたファーナムは、思わず硬直する。口元にこそ飄々とした笑みが浮かんでいるが、その薄く開かれた朱色の瞳は欠片も笑ってはいない。

 

『適当に話合わせぇ』

 

「……!」

 

ファーナムにだけ聞こえるような声でロキは小さく耳打ちした。

 

拒絶を許さぬ彼女の言葉。ファーナムは素直にそれに従い、適当にロキに話を合わせる。

 

「……ああ。そう言えばお前の事も言っていた、ような気がするな」

 

「かーっ、これや!女神のうちに向かって“お前”呼ばわり!相変わらず子供の教育がなっとらんなぁアイツは!」

 

ロキは大声を張り上げたかと思えば肩に回していた腕を解き、素早くファーナムの背後へ回り込んだ。そしてファーナムの背中を押しながら、強引に館へと帰っていくロキ。

 

「みんな疲れたやろ、風呂でも入ってきぃ!うちはコイツからクァトの近況でも聞かせてもらうわ」

 

「え、ちょ……!?」

 

困惑する団員達を置き去りにし、ロキはファーナムと共に館の中へと消えてしまった。後に残されたのはフィン達は半ば茫然としつつも、やがて各々のやるべき事をすべくその場から立ち去って行った。

 

 

 

 

 

がちゃり、とドアに鍵がかけられる音がファーナムの耳を打った。

 

場所はロキの私室。広すぎず狭すぎず、絶妙な大きさの部屋には寝具に物書き机、来客用の長机にソファなどといったごく一般的な家具が置かれている。神の部屋にしては質素すぎるかも知れないが、ロキ自身がそこまで畏まった扱いをされるのを望んでいないという事が主な原因だろう。

 

壁際に設置されたガラス付きの棚には様々な種類の酒が所狭しと並んでおり、無類の酒好きであるロキの趣味がよく現れている。

 

「おっし。これなら誰も入って来れへんやろ」

 

「その程度の扉など蹴破るのは容易いと思うが?」

 

「鍵かけたっちゅうんが肝や。ここは今使ってますよーっちゅう事が分かれば、そないいきなり入ってきたりせえへん」

 

そう言ってロキは鍵をかけた扉にもたれ、腕を組んでファーナムを見やる。先にこの部屋へ通されたファーナムは部屋の中央におり、直立不動の格好だ。

 

「で?何者(なにもん)やねん自分」

 

その顔に笑みは浮かんでいない。【ロキ・ファミリア】の者でも中々見ることの無い、『神』としての振る舞いを見せるロキの姿だ。

 

「先程言っただろう。俺は【クァト・ファミリア】のファーナムだ」

 

「アホ抜かせ。いつまでそないなしょーもない嘘吐いてるつもりや」

 

ロキの鋭い眼光がファーナムを貫く。その視線を受け、ファーナムも内心で溜め息を吐いた。

 

「……やはり感付いていたか」

 

「当たり前や。そもそもうちに“クァト”なんて神の知り合いは居らへんし、そんな(ヤツ)聞いた事もあらへん。そないな神の名前を出しよった自分……一体、何者(なにもん)や?」

 

再度、ロキは同じ質問で問い詰めた。その瞳に宿る力―――神という絶対の存在が持つ独特の圧力を感じ取り、ファーナムは嘘や戯言の類は無意味と悟る。

 

「神なら嘘など見破れるだろう」

 

「まぁな。(うちら)人間(こども)の吐いた嘘くらい簡単に見破れる。白か黒かハッキリとな」

 

せやけどな、と区切り。

 

「自分の言うてる事はイマイチよう分からん。いや、嘘を言うてるんは分かる。せやけどその嘘が何を隠してるんか(・・・・・・・・)が分からんのや。自分見てると、まるで底の見えん泥ん中に腕突っ込んでるような、そんな気分になんねん」

 

「……」

 

「こんなんはうちの(なっが)ーい神生(じんせい)でも初めての事でな。ましてやそれにうちの団員(こども)達が関わっとんのやったら、うちは何が何でも自分の正体を突き止めなあかん」

 

オラリオ最大派閥の一つ【ロキ・ファミリア】の窮地を救った謎の冒険者。それだけならば聞こえは良いが、もしも彼の正体が良くない噂や評判のある者だとすれば、【ロキ・ファミリア】はそんな冒険者に(・・・・・・・)助けられたという事になる。

 

仮にそうなれば【ロキ・ファミリア】としての面子が立たないし、最悪の場合、良からぬ輩と通じているという噂まで立ちかねない。だからロキはこうしてファーナムの素性を確かめようとしているのだ。

 

「……分かった。俺は包み隠さずに全てを話そう」

 

「意外に素直やね」

 

「だが条件がある」

 

きょとんとした顔をするロキに向け、ファーナムは待ったをかけるように右手を軽く上げてそう言った。

 

「条件やと?」

 

「ああ。オラリオ、及び周辺の土地について知っている事の全てを話せ」

 

「オラリオについて……?」

 

ロキが怪訝そうな顔をするのも(もっと)もだ。

 

オラリオとは娯楽を求めて地上へ降りてきた神々がひしめき合い、地下迷宮であるダンジョンを有し、そしてそこに挑む冒険者達が数多く存在する迷宮都市。

 

この都市に身を置いている以上、今更オラリオの事について知りたいなどと言うのは不可解に過ぎる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ならば、なおさらだ。

 

「……ええやろ、等価交換や。うちは自分から、自分はうちから知りたい事を聞かせてもらう。これで文句無いな?」

 

「ああ。それで構わない」

 

不可解な点もあったが、とりあえず両者の意思は固まった。ロキとファーナムはソファに移動し、長机を挟んで互いの正面に腰を下ろす。そしてどちらからともなく、会話は始まった。

 

 

 

 

 

アイズ達女性陣がシャワーを浴びている間、残された男性陣はそれぞれに思い思いの行動を取っていた。

 

刃こぼれ等が無いか武器をチェックする者もいれば、さっさと自室に戻ってベッドに飛び込んだ者もいる。大規模な遠征の後は大抵の団員が自由に行動する。流石に本拠(ホーム)に戻ってまで、やれ事務仕事だの会議だのをする余裕は無い。

 

それはフィン、ガレス、そしてベートも同じである。

 

シャワー室が空くまでの間、三人は空いている部屋のソファで膝を突き合わせていた。長机を囲むように置かれた三つのソファ。一人が一つを占領する形だ。

 

こうしてこの三人が集まるのは中々無いが、そこには会議の時の様な堅苦しさは無い。

 

「ふぅ……やはり遠征の後の一杯は染みるわい」

 

酒気を孕んだ吐息と共にそう零したのはガレスだ。琥珀色の液体が入ったグラスを傾けながら、目を閉じて酒の余韻に浸っている。

 

「女どもはまだ上がんねぇのか。こっちもさっさと汚れを落としたいってのによ」

 

「女性の身支度には時間が掛かるんだよ」

 

「女性ねぇ。あのバカアマゾネスの前でもそんな事言えんのか?」

 

「全く……そんな態度だからアイズも愛想を良くしてくれないんだよ」

 

「なんっ……バッ、てめぇフィン!なんでそこでアイズが出てくるんだよ!?」

 

「ははは」

 

行儀悪くソファに腰掛けていたベートが長机を叩いて抗議する。からかった事に対して思った以上に面白い反応をする彼の姿を見て、フィンは楽しそうに笑った。

 

「それにしても今回の遠征は異常(イレギュラー)続きだったね。おまけに物資もほぼ壊滅状態、次回の遠征はだいぶ先になりそうだ」

 

「他の者達に被害が少なかったのは不幸中の幸いじゃったな。しかしあの芋虫型のモンスターの腐食液は中々に厄介だのう」

 

「次までに不壊属性(デュランダル)の武器を用意しておく必要があるね。少なくとも僕ら第一級冒険者、その全員分の武器が」

 

「俺はフロスヴィルト(コイツ)がありゃそれで十分だ」

 

「そうは行かないよベート。君のそれは精製金属(ミスリル)だろう?もしかしてと言う事もあるからね」

 

譲ろうとしないフィンに舌打ちするベート。二人の掛け合いを肴に酒を飲んでいたガレスが、ここでおもむろに切り出した。

 

異常(イレギュラー)と言えば、フィン」

 

「ああ……ファーナムの事だね」

 

フィンの口から出たその男の名に、三人の顔が神妙なものに変わる。

 

アイズとベート達が連れてきた冒険者。深層をたった一人で攻略する程の力を有しているにも関わらず、名前も所属しているファミリアもまるで聞いた事がない。

 

実力に対して評判があまりに釣り合っていないのだ。それ程までにファーナムと言う男の存在は、ここオラリオではあまりに奇妙に過ぎた。

 

「【クァト・ファミリア】のファーナム、か。新参のファミリアにしては実がありすぎる。かと言って古参ならば話に上がらないのはおかしいのう」

 

「クァトとか言う神とロキは知り合いなんだろ?今頃色々と聞き出してるんだろうぜ」

 

ううむと唸るガレスと天井を仰いで知らせを待つベート。しかしフィンは顎に手を当てて一人、思考に没頭していた。

 

(第一級冒険者に迫る実力、見た事も聞いた事も無いスキル、そしてティオナの報告にもあった魔力を帯びた武器やアイテム。そしてこれらを併せ持つ冒険者、ファーナム)

 

寡聞にして聞いたことの無いそれらの情報は、ありえない憶測まで呼び起こしてしまう。しかしそれはあまりに荒唐無稽であった。娯楽に飢えた神々でさえもが、一笑に付してしまうほどに。

 

(これじゃあまるで……いきなりダンジョンに現れたみたいじゃないか)

 

馬鹿馬鹿しい妄想だという自覚はあった。しかしフィンは、何故かその可能性を捨てきれないでいた。その考えは女性陣とのシャワー交代の合図が出るまで、ずっとフィンの胸の内に燻り続けた。

 

 

 

 

 

ギュウ、と革張りのソファが軋む。

 

深く腰掛けたまま姿勢のまま、ロキは疲れたように目頭を押さえた。よく揉み、何度か瞬きし、そして目の前に座るファーナムの姿を確認して盛大に溜め息を吐く。

 

「はぁ~~~……やっぱ居るんやね、自分」

 

「俺はお前の妄想や幽霊の類ではない」

 

「うん、分かっとる。言うてみただけや」

 

真面目に受け取るファーナムにロキはひらひらと手を振ってみせるが、どこか力無いように思える。普段の騒がしいお調子者の面影は鳴りを潜め、そこには気苦労する神の姿しかない。

 

「はぁ~~~。マジで自分、何やねん。不死の呪いとかけったいな事言い出しよってからに」

 

「真実を語ったまでだ」

 

「あー分かっとる。自分が包み隠さずに全部(ぜーんぶ)本当の事話してるっちゅうんはよう分かった」

 

そう、神であるが故に分かってしまった(・・・・・・・・)

 

ファーナムの口から語られた不死の呪い、そしてそれに(まつ)わる彼の歩んできた旅路。それは壮絶の一言に尽きた。

 

“闇の刻印”はその身に現れた者から全てを奪う。過去も未来も、そして光すらも―――。

 

やがて失くした事すら思い出せなくなった者は、ただ(ソウル)を貪り喰らうだけの獣……亡者と成り果てる。

 

そんな化物で溢れた悍ましい世界から、ファーナムはやって来た。

 

殺し殺され、やがてソウルが尽き果てるまでその時まで戦い続ける。敗者は糧となり、勝者だけが進む事を許される。その先に何があるのかも分からないままに。

 

そこには巷で聞く冒険譚や英雄譚のような華やかさは無く、ただひたすらに陰鬱で、余りにも救いの無い物語。そんな理不尽な旅路をファーナムは何十年も、何百年も続けてきたと言う。

 

彼は“闇の刻印”が現れた不死人で、しかし元は普通の人間(こども)。話を聞いた感触だと人間の頃(さいしょ)から冒険者の様な荒事に慣れていた訳では無さそうだ。

 

(不死の呪い、数百年に及ぶ旅路、そしてその過程で手に入れた膨大なソウル……それらが自分を、今の姿に変えてしもたんやな……)

 

数百年という時間は、神にとって決して長い時間では無い。しかしヒューマンにとっては違う。常人の送る人生の約三倍の時を、ファーナムは過ごしてきたのだ。全てを失う恐怖と常に隣り合わせの状態で。

 

(“未知”は(うちら)にとっての娯楽やけど……こんなん見せつけられてもうたらなぁ)

 

天界での暮らしに飽き、下界に娯楽を求めて降りてきた神々。恐らくその多くがファーナムの事を知れば興味を持ち、新しい玩具がやって来たと大喜びするだろう。見た事も聞いた事も無い世界から来た者、娯楽に飢えた神々がこれに食いつかないはずがない。一昔前のロキならばきっとはしゃいでいた事だろう。

 

しかしオラリオでも屈指のファミリアとなった今は違う。

 

ここまでファミリアの規模を大きくするために、多くの団員(こども)達が尽くしてくれた。ダンジョンに潜り、武勇を重ね、ファミリアの名声を高めていった。フィンやリヴェリア、ガレスといった第一級冒険者を始めとした、多くの強者が生まれた。

 

そして、それと同じくらいに死んでいった者達もいた。

 

今でこそあまり被害は出てはいないが、ファミリア設立当初は死人が出る事もしばしばあった。ロキは今でも、その時のフィン達の悔しそうな顔を鮮明に覚えている。

 

神にとって人間(こども)達の死は別れでは無い。姿は変われども、いつかは生まれ変わりまた会える。ロキも天界にいた時はそう考えていた。しかし面と向かって人間(こども)達の死に直面すると、少し考えも変わってくる。

 

(いつか会える。せやけど、この瞬間は今しかない)

 

不変の神。常命の人間(こども)。彼らと過ごす内に、ロキの中では彼らは娯楽を運んでくる存在から、苦楽を共にする存在へと変わっていった。だからこそロキは頻繁に宴や酒盛りを開き、彼らとの時を精一杯楽しむ。常命の彼らと、今しかないこの瞬間を全員の心に刻みつけるために。

 

(……人間(こども)は楽しまなアカン)

 

「……分かったわ。自分がうちらに敵意が無いことはよーっく分かった」

 

ロキはおもむろに立ち上がる。会話を終えてからずっと沈黙を貫いていたファーナムは顔を上げ、彼女を見上げる。

 

「自分……ファーナム。アンタこの先どないすんねん?」

 

「そうだな……とりあえずはこの都市から出て行こうと思う。あまり長々とここに居座るのも良くないだろう」

 

「ちゅう事は、特に当ては無いんやろ?」

 

「?」

 

ファーナムは意図を測りかねているようであったが、ロキは気にせずに手を差し伸べた。

 

「せやったら、うちにちょっと提案があんねんやけど」

 

満面の笑みを浮かべたその顔は、紛れも無く人間(こども)に向ける慈愛を含んだ神のそれであった。

 

 

 

 

 

「ロキったらまだ話してるのかなー?あーもうお腹すいたー」

 

「よっぽどそのクァトって神と仲が良かったんでしょ。彼を通して思い出話に花を咲かせてるんじゃない?」

 

「でももう皆集まってるし、早くご飯食べたいよー」

 

先程から腹の虫が大合唱しているティオナはそんな事を言いつつ、すでにほとんどの団員が集まっている食堂の椅子に座って足をぶらぶらさせる。隣に座っているティオネは適当に相槌を打っているが、やはり空腹なのか、組んだ指が若干せわしなく動いている。

 

食事はいる者全員で、がルールの【ロキ・ファミリア】。そう決めた肝心のロキ自身が不在なので、全員こうして彼女の登場を待っているのだ。

 

「アイズさんっ、今日は何を食べますか?」

 

「……ジャガ丸くん、みたらし醤油味……」

 

「え、えーと、アイズさん?ここは屋台じゃないのでそれはちょっと……」

 

反対の席ではレフィーヤがアイズに何を食べるか聞いていた。あわ良くば所望した料理を取って来ようとしたレフィーヤだが、しかしアイズの口から出た料理に戸惑ってしまう。アイズはアイズで、それが食べられない事に地味にショックを受けていた。

 

「いやーっ、スマンスマン!ちょっと話が盛り上がってしもたわー!」

 

と、そこにロキが食堂の扉を通って現れた。ようやくのお出ましに腹を空かせた団員達から歓声を起こる。

 

「もう、ロキ遅すぎー!お腹と背中がくっつくところだったよー!」

 

ティオナの抗議の声に「堪忍してやー!」とペコペコと謝るロキ。そのまま席に着くと思われたが、ここでロキは食堂にいる全員に聞こえる声で話し始める。

 

「ご飯食べる前にみんな聞いてやー!今からちょっと大事な話するでー!」

 

酒の注がれた木製のジョッキを掲げて、声を張り上げるロキ。主神の突然の行動に団員達が何事かと視線を向ける中、ロキは食堂の入り口に向かって手招きをする。

 

「あ……」

 

不意にアイズの口から声が漏れた。

 

食堂の扉を通って現れたのは、食堂に似つかわしくない格好の人物。無骨な金属鎧に緑のコートの様な布を(ひるがえ)し、フルフェイスの兜を被った男。

 

「あー、知らん奴も居るかと思うから、一応簡単に説明すんで」

 

突如食堂に現れた見かけない男にざわつく団員達を手で制し、ロキは再び声を張り上げる。

 

「コイツの名前はファーナム!うちの知り合いの神んトコの子やってんけど、ソイツが急用で天界に帰らなアカンくなってしもてな?」

 

そして、畳み掛けるようにロキは言い放った。

 

「ちゅう訳で、今日からうちらのファミリアに入る事になったから。みんなよろしくしてやってやー」

 

一拍置いて。

 

「「「「「………ハアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」」」」」

 

団員達の絶叫が食堂に鳴り響いた。

 




やっとここまで書けました……。

次回からはオラリオでの描写もたくさん書いてみたいですね。

ダンジョンばっかりだと飽きてきますので(笑)。

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