地獄先生と陰陽師一家 作:花札
病院内のデイルームで話す郷子達の前には、入院服を着た麗華が苦笑いをしながら、座っていた。
「いやぁ、ごめんごめん!」
「どれくらいで、退院するの?」
「予定では明日」
「明後日だ」
カルテを麗華の頭に乗せながら、焦げ茶色の髪を生やし白衣を着た男は、そう答えた。
「一週間も入院してるんだよ!?
もう退院しても」
「ダーメ!
ここ何日か、体力沢山使ったでしょ?」
「う……」
「その回復も込めて、退院は明後日」
「そんなぁ!」
「退院しても、しばらくは体育見学」
「えぇ!!」
「“えぇ”じゃない」
カルテを書きながら、男は呼ばれた看護婦の元へ行きそのままどこかへ行ってしまった。
「もぉ……せっかく明日には自由の身になれると思ったのに」
「まぁまぁ、用心に超したことは無いんだから!」
「入院生活、退屈なの!
自由に動き回れないし」
「それはお気の毒に」
「それにしても、何でこの病院に入院したの?
童守病院の方が、近いのに」
「知り合いがいるから」
「知り合い?」
「さっき話してた男の人。
母さんの弟子で、私の担当医だから」
「麗華のお母さん、病院で働いてるんだ!」
「うん……前はそうだった」
「え?前はって……」
「あ!お姉ちゃん!」
花束を持った緋音の姿を目にした麗華は、嬉しそうに椅子の背もたれに手を掛けて、膝立ちをした。
「あらあら、今日はお友達がお見舞いに?」
「はい!」
「ご無沙汰してます!」
「どうも。
麗華ちゃん、寝てなくていいの?」
「平気平気!もう体調、良くなったもん!
あれ?お兄ちゃんは?」
「龍二は、今日部活で遅くなるって」
「そうなんだ……」
「そろそろ帰るね。
時間だから」
「あ、送ってくよ!」
荷物を持った郷子達に、礼を言いながら麗華は彼等を見送った。
翌日……
「大変よ!!大変よ!!」
登校してきた美樹は、大声を上げながらやって来た。世間話をしていた広と郷子は、話すのをやめ駆けてきた彼女の元へ寄った。
「どうしたんだよ?美樹」
「何かあったの?」
「さっき職員室で言ってたんだけど……
麗華、容体が急変したって!!」
「!?」
病院……
ICUに移動され、酸素マスクを着け体に数本の管を着けた麗華が、ベッドに寝かされていた。
硝子越しから、駆け付けたぬ~べ~は驚き彼女の姿に目を疑った。
「夜中に突然連絡があって、俺が駆け付けた時にはもう……」
廊下に置かれていた椅子に座っていた龍二は、静かにそう言った。
「……麗華」
ICUから出て来た医師の元へ、龍二は駆け寄った。医師は何かを話すと、ぬ~べ~の元へ寄ってきた。
「初めまして……麗華ちゃんの担当医の、木戸茂と言います」
「担任の鵺野鳴介と言います」
「……あぁ、あなたでしたか。
麗華ちゃんの担任」
「あ、はい」
「麗華ちゃん、いつも楽しそうに先生のことを話しますので、どんな方かと思っていましたが……優しそうな人で良かった」
「いえ、そんな……
あの、麗華の容体は?」
「あぁ、すみません……
非常に危険な状態です……出来る限りのことはします」
軽く礼をすると、茂は看護婦からカルテを受け取り、そのままどこかへ行ってしまった。
その時、何かの気配を感じたぬ~べ~は後ろを振り返った。だが、そこには誰もいなかった。
(……誰かに見られていたような気が……
気のせいか)
ぬ~べ~が目を逸らしている時、病室に何者かが入り背を向けていた看護婦の目を盗み、麗華の額に手を置いた。しばらくすると、彼女の心拍数が正常に戻った。
それに気付いた看護婦は慌てて、病室を飛び出し茂を呼びに行った。飛び出した彼女と共に、病室から出て来た何かはぬ~べ~の横を通り過ぎ、気配を消した。
(……今のって)
「院長!早く!」
駆け付けた茂は、マスクの紐を結びながら病室へ入った。そこへ息を切らしながら、父親の輝二が駆け付けた。しばらく診察すると、茂は病室から出て来た。
「茂、麗華は!?」
「もう大丈夫です。呼吸も安定してますし、先程目を覚ましましたよ」
「よ、良かったぁ……」
「親父!」
腰が抜けたかのようにして、座り込もうとした輝二を龍二は慌てて支え立たせた。
「詳しい話は、診察室で」
そう言って茂は輝二を連れて、別の部屋へ移動した。ぬ~べ~は、先程感じた気配を気にしながら病院を後にした。
その日の夜……
一般病室に移された麗華は、ベッドの上で眠っていた。すると天井から、何かが飛び降り彼女の元へ寄りベッドの上に乗った。次の瞬間、そいつの体に白衣観音経が巻き付いた。
「これ以上は、俺の生徒に手出しはさせない」
「ギ!!」
暗闇だった部屋に、電気が点いた。そこには、ぬ~べ~とドア付近に郷子と広の三人がいた。ベッドにいた麗華は、上半身だけを起こし目の前にいる妖怪に目を向けた。その妖怪は、緑色の翡翠のような目にデカい耳と毛深い体の小猿のような姿をしていた。
「妙な気配を感じていたから、もしやと思ったが……
お前が犯人か!」
「ぬ~べ~!早く、そいつをやっつけて!」
「ギギ!!ギーッ!!」
ぬ~べ~が鬼の手を出そうとした行為を見た、妖怪は麗華の背後に隠れた。
「こいつ、麗華の後ろに!!」
「先生、こいつが犯人じゃないよ!」
「?!」
「何言ってんのよ!麗華、そいつのせいで死にかけたんでしょ!?」
「私を殺そうとしたのは、別の奴。
焔!」
人の姿へとなった焔は、ぬ~べ~の後ろの壁に向かって黒い煙を吐いた。するとそこから、咽せる声が聞こえ姿を現した。
「げ?!何こいつ!?」
「こいつが犯人。
昔からいる悪霊で、治りかけの患者の容体を急変させて、入院生活を長引かせるの」
「い、嫌な妖怪」
「母さんいなくなったからって、また悪さばかりしてるらしいじゃん。
茂兄から聞いたよ!」
「黙れ!!
お前はいつも喜んでたじゃねぇか!!入院が長引く度に、母親と一緒にいられるって!」
「……
それは昔の話!!今は違う!!
これ以上悪さして、この病院の評判下げるなら、屋上で焼き殺すよ?」
微笑みながら、麗華はその妖怪の頭を鷲掴みにし、その横で焔は手に火玉を作り悪戯笑みを浮かべた。
「お、お助けぇ!!」
「だったらとっとと、この病院から出てけ!!」
いつの間にか開いていた窓に向かって、麗華はその妖怪を投げ飛ばした。妖怪は悲鳴を上げながら、夜の闇に姿を消した。
「ったく……茂兄に言って、あいつ専用の魔除け札玄関に貼っとこうかな」
「ああいう妖怪には、厳しいのね……」
「当たり前だ!
せっかく明日には、退院だったのに!延期になったんだよ!!退院!!」
「それはお気の毒に」
「ところで麗華」
「ん?」
「背中にしがみついてるそいつ、何者なんだ?悪い妖怪じゃないって……」
「あぁ、こいつ?
この病院の妖精、ギギーだよ」
「ギー!」
「妖精?!こいつが?」
「そうだよ!」
「ぬ~べ~、本当?」
「確かそいつは、インプという悪魔だけど……それは人が後から付け足したことで、本来は妖精だから本当だ」
「そうなんだ!」
「何で、ギギーって言うんだ?」
「ギーギー鳴くから!
と言っても、つけたのは母さんだけどね!」
「そういえば麗華、さっきの妖怪が言ってたけど……昔、入院してたの?」
「うん。風邪拗らせて肺炎掛かってそのまま!
けど、こいつがいたおかげで全然退屈じゃなかったけど!ね!」
「ギー!」
「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ君達は帰ってくれないかな?」
ドアの縁に凭り掛かり立っていた茂は、ぬ~べ~達を見ながら和やかに言った。するとギギーは、麗華から離れ茂の肩に乗り、乗ってきたギギーを彼は撫でた。
「わぁ、懐いてる」
「僕が見習いの頃からいるからね、こいつ。
さぁ、もう帰った帰った。面会時間はとっくに過ぎてるんだから」
「はーい」
「じゃあ麗華、またな!」
「学校で待ってるから!」
「じゃあ、大事に」
「うん!じゃあね!」
帰りの挨拶をし帰って行った三人に、手を振りながら麗華は笑顔で見送った。
院長室へ戻った茂……
彼の手から離れたギギーは、机に飾られていた写真立ての写真を見ながら、鳴き声を放った。
「……もういないよ。
先生は」
「ギー……」
その写真に写っていたのは、満面な笑みを浮かべた幼い龍二とその後ろで、彼の頭に手を乗せて笑みを浮かべる輝二、そして若い頃の自分を挟んでその隣には、幼い麗華を抱く黒髪の一つ三つ編みをした女性が写っていた。
(……あれから、四年)
思い出す過去……横たわる女性を前に、立ち尽くす自分。傍には、彼女を抱き締め泣く輝二と、泣く声を必死に抑えながら涙を流す、龍二がいた。
『ねぇ、茂兄……母さんは?』
立ち尽くす自分に、傍にいた幼い麗華は彼の服の裾を引っ張り質問した。
何と答えたか、覚えていない……
あの日の事を思い出した茂は、ソファーの上で眠ったギギーを撫でながら、暗い夜の町並みを一人静かに眺めた。