『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」 作:城元太
筑波の嶺の南東は広く業火に覆われた。
連なる火勢は夜半になっても収まらず、黒煙は高く天空に昇り雷雨を呼び寄せる。
野本を越えたランスタッグの群れは石田の荘にまで侵入する。それに乗じ、戦線を離脱した伴類の小型ゾイド群も一斉に常陸への進撃を開始した。防衛に当たるべきレッドホーン部隊を欠き、惣領
石田の館は略奪され廃墟と化し、更に突出した部隊は、一部が
下総一帯に雷鳴が轟き、やがて激しい豪雨が降り注ぐ。館に永年に亘り蓄えられてきた富も財も全て灰燼と帰し、火災が鎮火した頃には全てが黒い消炭と化していた。
小次郎が藤原
野本の合戦の終わった翌日の昼、小次郎は常陸の惨状と国香の死を知り愕然とした。
徹底破壊を望んだのではない。ただ坂東武者としての誇りを通したかっただけだった。無我夢中で戦って、勝利を得たものの、勝者に対する敗者の痛みは余りに大きい。戦に犠牲は付き物であるが、此処まで広範囲に亘って被害を及ぼすとは予想だにしなかった。
鬱積していた武士達の怒りが爆発したとも言えるが、切っ掛けを与えてしまったのは他ならぬ己の所業と知らされた。そして思った。
恋い焦がれた
霜月の末。季節は巡り、都から帰郷してほぼ一年が経過しようとする盛夏の頃。鎌輪の馬場では、伏せた村雨ライガーの背にレインボージャークが乗って戯れていた。時折仰向けになって、前肢で菫色の孔雀を追い立てる。レインボージャークもその度浮上し、村雨ライガーの脚が届くぎりぎりの高さに留まると、両脚で村雨のカウルブレード(=
合戦での勝利以来、小次郎の元には逃散していた農民や、新たに領地の寄進を申し出る者が集まること相次ぎ、以前にも増して活況を呈していた。初夏に植えられた稲の生育も順調で、遠方に広がる水田は日に日に緑を深めている。荒廃していた館の補修も終わり、ジェネレーターからのレッゲルの補給も確保され、ゾイド達にとっても立派な整備場が設置された。そして更なる慶事を、小次郎は心待ちにしていた。
奥の間から
「どうだ、ばば様」
地元の百姓で、多くの子をとりあげて来た嫗が目尻に皺を寄せた。
「おめでとうございます、お館様。女子にて御座います」
小次郎は喜びを爆発させた。声にならない声が回廊から響く。馬場で戯れていた村雨ライガーも、
嫗の後ろから、両手を灌ぎ嫗の手伝いを終えた桔梗が現れる。
「私からも申し上げます。おめでとうございます」
「孝子、俺からも礼を言いたい。ありがとう」
小次郎は桔梗の両手を取り、上下に大袈裟に振った。無垢な喜びの仕種に、桔梗は胸の内に喜びと寂しさの複雑な感情を抱いていた。
(こんなに喜ぶなんて。まるで自分が子どもになったみたい)
想い人が、別の愛する女性の子を授かる。それは自分にとって残酷にも思える。だが、想い人はこれほど素直に歓喜している。自分も素直に喜ばねばならないのだと、心の中で何度も言い聞かせた。
周囲から一斉に祝いの言葉が投げ掛けられる。
「兄者、おめでとうございます」
「殿、やりましたな」
「いや、めでたい。めでたいですな」
将頼が、将平が、員経が、そして何人もの郎党達が駆け寄ってきた。雰囲気を察した村雨ライガーも、姿勢を正して座り込み、小次郎を見つめる。
「村雨よ、良子に御子が授かったぞ。お前も仲良くしてやってくれ。もっとも、良子のようなじゃじゃ馬姫になったら厄介だな」
「聞こえておりますよ」
背後から、嬰児を抱いた良子が静かに近づいていた。不意を突かれ動転する。
「お前、もう起きていいのか」
母となった良子は、少し眼つきを険しくして呟く。
「私はじゃじゃ馬でございますから。折角御子をお連れしたのに、お見せするは止めにしましょうか」
立ち上がった小次郎は頻りに良子を宥め賺し、良子はわざと背を向け、抱いた子を隠す。
「許せ良子。俺にも抱かせてくれ。案ずるな、弟達を何度も世話をした。
――おお、軽いのう。まだ目も開かぬ故どちらに似たかもわからぬが、まずは元気な女子だ。なんだ、村雨も見たいのか。よし、そこに座れ。いいか、これが俺の子だ。よく見るがいい。
良子。ありがとう」
慎重な歩みで寄って来た村雨ライガーに子を示すと、低く唸り声を上げ、それがゾイドなりの祝いであることがわかる。
終わりに新しい父親は、新しい母親に向い礼を言っていた。良子はこれまで以上に温和な瞳で夫を見つめる。
「この子はあなた様と私の血を共に受け継いだ娘。きっと健やかに育ってくれるでしょう。それ故にじゃじゃ馬になるのも無理からぬことでございましょうが」
皆がどっと笑った。小次郎も良子も笑った。レインボージャークが甲高く啼いた。
桔梗も笑ったが、心の中で拭いきれない何かがカラカラと音をたてていた。
ゾイドが接近している。
息を潜め、光学迷彩で姿を消したゾイドが。
ヘルキャットが鎌輪の館に突如として姿を現したのは、娘誕生の日の夕刻であった。単機で来訪した事と、館の全員が浮かれ気味であった事が、警戒網の
良正の花押の入った書簡を
小次郎も遠からずと覚悟を決めていたことではあるが、好事魔多しの
書面には、良正が再編した兵を
「やはり戦は避けられぬか。早急に評定を開く。皆を集めよ」
館は忽ち緊迫した雰囲気に包まれた。
小次郎は兵力配置図を前にして腰を下ろす。
「兄者、何故に良正叔父は
「俺の予測に過ぎぬが、水守もやはり荒らされ補給も叶わぬはず。源家も石田にも頼れぬとなれば、今度は良兼叔父に助力を請うたはずだ。良兼叔父が
「では、今度こそダークホーン部隊が参戦するのでしょうか」
「慌てるな三郎。国香伯父が出陣した野本の合戦にさえ、良兼の長子
「私も殿と同じ考えです。ただ、レッゲルと弾薬程度の施しは受けているものと。源家の残存部隊が随伴している可能性はありますが、三兄弟の竜を失った今、大型ゾイドは皆無でしょう」
「厄介なのは手負いのアイスブレーザーのみか。相分かった。四郎を呼べ。玄明に書を
「兄者、また助力を願うのですか。この前の様に
「だから伝えておくのだ。〝一切手出しはするな。これは平氏の問題だ〟とな。今回は
小次郎は桔梗を真っ直ぐに見つめる。それは良子に向けられた視線とは違うものだった。自分はどこまでも、優秀なゾイド乗りとして、想い人に思われていることを痛感する。
(それでもいい)
「はい。ソードウルフのままでも充分戦えます。今度は慎重に、穫り入れ前の作物を守るよう戦いましょう」
全員が力強く頷く。
平将門は二度目の戦、『川曲の合戦』に挑む。