『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」   作:城元太

10 / 14
第四拾参話

 都の夜には、魑魅魍魎とした輩が無数に跳梁跋扈している。忽然と現れた乞食僧に向かって、桔梗は小次郎の盾となって身構えた。

「流石は元群盗頭目桔梗の前、身の(こな)しは衰えておらぬようだ。だが、心に惑いが見える。安堵しましたぞ。あなたも女であったことに」

 空也と名乗った僧は、剃り残した顎鬚を撫で、深い吐息をついて呟いた。

 桔梗は、顔から炎が噴き出すのではないかとばかりに紅潮した。怒りだけではない。正体を見破られたのに加え、見ず知らずの僧に心の奥底まで見透かされてしまったからだ。狼狽と恥じらいを隠すため、思わず叫んでいた。

「お前は何者だ」

 張り詰めた糸を緩めるかの如く、小次郎が二者の間に割って入る。暗がり故に桔梗が紅潮していることも知らず、武骨な坂東武者は朴念仁のままに。

「孝子、見ず知らずとはいえ上人殿に対し無礼な振る舞いはならん」

 しかし小次郎も又、この乞食僧に並々ならぬ圧迫感を覚えていた。

「最初に真意を伺いたい。この従者は私の上兵にて、今は孝子と申す。上人殿がこの者の過去を殊更に掘り起こそうとなさるのであれば、私は上人殿を看過することはできません」

「先程の言葉通り、拙僧はデッドリーコングを託せる者を捜しているだけだ。桔梗の前の消息などに興味はない」

 穏やかな口調であった。言葉に偽りはないと感じた小次郎は、肩の力を抜き、桔梗もそれに倣って構えを解いていた。

「上人殿、してその黒き猩々を模したゾイドとは如何なるものか。そしてなぜに私に」

 空也は無防備な背中を二人に向けた。錫杖の金輪が涼やかな音色を奏でる。

「まずは御高覧あれ。平将門殿、ついてきてくだされ」

 錫杖を響かせ、空也は都の闇の奥に向かって歩みだした。小次郎と桔梗は顔を見合わせたが、(ほだ)されるように妖しい乞食僧の後を追って行った。

 

 右京区は条理整備が中途で放棄されたため、未整備の湿地帯が残ったままである。行き届かない管理地の各所には、ゾイドウィルスに冒された残骸が投棄され、時には白骨化した人の骸も散乱するほど荒廃が進んでいた。

 空也は素足であった。足音がひたひたと続く。清貧を旨とする遊行の乞食であれば珍しいものでもないが、その歩調は夜目でも利くのかと思える位の早足である。小次郎達は錫杖の音を頼りに、必死でその背中を追う。不思議なことに、不安や迷いを感じることもない。

 やがて湿地の対岸に、月光に照らされて黒々と浮かび上がる廃寺の伽藍が現れた。

「小次郎様、あそこに灯が」

 淡い光が廃墟の隙間に点っている。空也は足が泥濘に浸るのも構わず、湿地を越えて寺院に向かっていく。小次郎達は、僅かに浮かぶ葦の株を踏み締め、対岸まで後を追った。

 

 伽藍には、低く読経が響いていた。一定の波長を刻む音色は人の鼓動にも思えるが、時折響く不快な高音が人声ではないことを示していた。鋼鉄の壁が目の前に聳え、見上げる先に朱の光を灯した瞳がある。屋台柱の殆どが圧し折られた広大な空間の中、まるで身を竦めるようにその黒いゾイドは潜んでいた。

 読経と思えた音色がゾイドコアの脈動であったことに漸く気が付く。デッドリーコングと呼ばれるゾイドに違いないが、暗がりの中では全身を覗うことができない。頻りに天井を見上げてみたものの、ただの鋼鉄の壁にしか見えなかった。

「御賞味されよ」

 廃屋の何処から携えてきたのか、空也は茶筅を二人の前に差し出した。喉がカラカラに乾いていたので、小次郎は躊躇わずに飲み干した。後から恐る恐る桔梗も椀を手にし、訝しみながら口に含んだ。薬味の強い、(くせ)のある茶ではあったが、それまでの疲労が霧消するような香りと味わいがあった。

「拙僧が叡山にて入定していた際、深山幽谷の中で出会ったゾイドだ。是奴め読経の音が気に入ったのか、いつしか経の真似事までするようになりおった。

 ゾイドとは重宝なもので、阿波や土佐、そして陸奥の遊行に伴ってきた。だが思ったのだ。ゾイドに頼るのは遊行としては堕落ではないかと」

 空也はそう語っていたが、小次郎も桔梗も、その大型ゾイドが一介の乞食僧に見合った存在でないことを知っていた。

 ゴジュラス、そしてアイアンコングクラスの巨大ゾイドは、この時代天上人、つまり朝廷の血族にしか与えられない貴重なものである。それを手懐けている以上、この僧が朝廷の血族者であることを意味している。襤褸切れを纏っていながらも、この目の前の僧が、自分と同じく遠く帝に血縁を辿る者であることに間違いない。

「将門殿、拙僧は都鄙に於いての念仏を広めたい。それにはこのゾイドは大き過ぎるのだ。将門殿の住む坂東の地にてこそ、このゾイドは活躍できるものと思う。必ず役に立つ。坂東への帰郷に、この猩々を伴って欲しい」

 読経を思わせるゾイドコアの脈動は、相も変わらず低く響く。小次郎はデッドリーコングと思しき鋼鉄の壁を撫でていた。

「無論、ゾイドを受け取ることに異議など御座いません。だがこれ程の大きさとなると、坂東への下向も容易なりません。安易な返答は差し控えたい」

 茶を啜った口許を拭い、空也は微笑んだ。

「御心配召さるな。師氏殿が手配してくれる」

「蔵人頭様が」

 その名を聞き、全ての円環が繋がった気がした。空也は、嘗て小次郎が嘗て滝口の武士として勤めていた際の別当、藤原師氏の寵を受けていた。立場上、表立って助力ができない師氏は、この乞食僧を介してこのゾイドを託したのだと推察した。空也は付け加えた。

「師氏殿からの御伝言がある。『藤原純友には近づくな』と」

「あの、海賊衆の頭目ですか」

 小次郎の記憶は一気に巻き戻される。無頼の輩と見せかけ、敢えて自分の眼の前に現れた不敵な男だった。シンカーから吊り下げられたケーブルに掴まり去ってく姿が目に焼き付いている。だがそれ以上の接点はない。

「師氏様は、如何にして私と海賊との接触を恐れておられるのか」

「純友が将門殿を騒擾の渦中に導き入れようとしているからだ」

 それは坂東で勇名を轟かせた平将門にとって、避けては通れない道であった。

 藤原純友。

 しかし将門は不確かながら、その男が自分の運命を大きく変えるような感情を抱き続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。